102:サラマンダー
「サラマンダー発見しましたっ!」
『ヴオオオオーッ!』
「囲め!」
「殿下に近付けるな!」
「殿下、下がって下さい」
ビリビリと身体が痺れる程の咆哮が、森の木々を震わす。
火龍の前身とも言われる火蜥蜴。
火山地帯の奥深くに棲み、滅多にその姿を現す事はないと言われている。
瘴気に誘われて来たのか、それとも仲間と逸れたのか…俺も実際に目にしたのは初めてだが、巨大な火を吹く蜥蜴は、その身体自体が高温なのだろう。周りの植物は焦げ、近づくと暑い、というより熱い。
「距離を取れっ!水属性の騎士と魔術師は前に!土属性はサラマンダーの足を封じろっ!但し!火吹きには充分注意しろ!!」
ラヴェル騎士団長の指示の基に、土属性の魔術師が地面に手を置き土を操って、サラマンダーの足を封じる。
身動きの取れなくなったサラマンダーに、水属性の王宮騎士団と魔術師団が前に出て攻撃を始めるが、その攻撃が裏目に出たのは直ぐの事。
『ギャオーッ…ボオッ!』
「団長!熱で水が全て蒸気になってしまいます!視界不良です!氷も身体に届く前に全て溶けてしまいます!」
騎士が剣に纏った氷は熱に溶かされ、魔術師が飛ばした水槍も全て蒸気に変わる。
夏の気温と、サラマンダーが発する熱と口からの火吹きに、更に蒸気が加わって蒸し風呂の様に暑い。
「仕方ない、水は一旦下がれ!!風属性は火に気を配りつつ、一先ず熱を散らせ!暑くて敵わんっ」
「殿下?!」
「シールドを張るくらいなら、手伝ってもいいだろ?」
「それ以上、前に出ないで下さいよ」
「分かってる。叔父上とネイトは土と水でしたよね?サラマンダーの討伐に。ウィルとレインは、俺の警護と周りの魔物の始末を頼む」
「「「「御意」」」」
叔父上は土、ネイトは水、俺とウィルは火。
この場で火を使えない火属性の騎士と魔術師は、周りの雑魚を叩いてサラマンダー討伐に影響が出ない様にしている。
傍観する事しか出来ないこの地位が腹立たしく思えてくるが、前に出て迷惑をかけたくない。それに、前に出ても攻撃の役には立てない。
それならばと自身の出来る事をしているのだが、これだけの空間にシールドを張るのはマナの消費も激しく、操作も集中力を要する。
結果、ウィルとレイン、他の者にも、俺の警護をしながらの魔物討伐と負担を強いてしまったが、周りの木に引火する心配もなくなり、ある程度の熱も散らす事も出来た。
「かなり手を焼いていますね…」
「騎士の剣が刃こぼれしてきたな」
「泥槍も表皮の熱で、直ぐに乾燥してしまう。泥で熱を奪う作戦も通じない。お手上げです」
主力は土属性の泥槍と、剣の物理攻撃のみとなってしまっただけでなく、分が悪い事に、鱗が硬いのか剣の歯が立たない。加えて尾の威力も凄まじく、騎士達が叩き付けられている。
火龍の前身と言われるだけあって、その大きさもさることながら、やはり強さも他の魔物とは格が違う。
サラマンダー討伐の作戦が悉く潰されて、騎士や魔術師の士気も下がってきた。
「口の中を狙うしかないな…叔父上!口の中です!!土属性の者にサラマンダーの顎に標準を合わせる様に伝えて下さい!下から突き上げて上を向かせるんですっ!」
「ラヴェル!!!顎を狙って上を向かせろっ!!泥槍で窒息させる!!」
「土属性!!今一度、足の動きを封じ、顎を狙って下から土柱を突き上げろ!風と水は尾の動きにと火吹きに注意しながら、サラマンダーの意識を逸らせっ!」
「確かに…口の中は鱗もない、泥で塞いで窒息させるのは有効ですね」
「口で言うのは簡単だがな…上手くいけばいいが、これで駄目なら…皆仲良く丸焦げだ」
騎士も肩で息をしている。魔術師も相当量のマナを消費している。この作戦で駄目なら撤退しかない。
見守るとは、これ程にもどかしい事なのか…疲弊する仲間を眼前にシールドを張る事しか出来ない己に苛立ちばかりが募る。
だが、疲れているのは相手も同じ。尾の動きは鈍くなり、吹かれる火も威力が弱まっている。
土属性の魔術師が、地に手を置き、足と、ついでに尾も封じる。標準を定めて突き上げられた土柱が、サラマンダーの顎を捉えて上を向かせた。
『ヴオッ…ギャンッー』
「泥槍とついでに水槍を叩き込めっ!風は槍の威力を上げろっっ!!」
「「「「「「「ウオオーッ!」」」」」」」
『ヴッ…オォォッ…オッ…オォ…ォッ…』
ーードッッ……シッ…ン…ーー
「終わった…」
「「「「「「「オオオオーッ!」」」」」」」
「殿下、お怪我はありませんか?」
「怪我人に身体を気遣われてもな…返り血一つ浴びてないよ」
戻って来た叔父上とネイトの綺麗な顔は擦り傷が、軍服は泥がはね、所々焦げている。
「セシル嬢とエルデに責められるな…」
「逆に情けないと叱られますよ」
ーーー
「サラマンダーは討伐した!明日は中休みだ!皆!今夜は呑むぞっ!!!」
「「「「「呑むぞーっ!」」」」」
明日は遠征の中休みの日。今日はとことん呑んで、明日はゆっくり休むだけ。
「五臓六腑に染み渡るとは、正にこの事だな」
叔父上がワインを一気に煽り、口元を拭いながら手酌をする。
貴族とは思えない雑な飲み方だが、俺はこっちの方が好きだ。
「一時はどうなるかと思ったが…流石は殿下。深い洞察力と冷静な判断力に助けられました」
「…俺は何もしていない。皆んなのおかげだ」
「よく耐えたな、褒めてやる」
「……前に出て、叔父上に斬られたくはないですからね」
多くの怪我人は出たが、命を落とした者もなく、サラマンダー討伐を終えて無事に帰還。
疲れを癒す間も無く、伯爵から差し入れられた沢山の肉と酒を手に、仕留めたサラマンダーを囲んで、騎士と魔術師、包帯だらけの男達が屋敷の庭園で騒いでいる。
擦り傷だらけの叔父上の顔を見たセシル嬢は、大いに顔を顰め、そして無事の帰還に涙を流した。
エルデは、ネイトの擦り傷だらけの顔に頬を寄せ、涙声でお帰りなさいと一言。
伯爵夫妻はそんな4人を、涙を流して見守っていた。
「叔父上はその一杯で終わりにして下さい」
「?!何故だ!」
「明日は式でしょう?擦り傷だけでなく、酒臭い新郎なんて聖堂に入れてもらえませんよ」
「明日は大事な日なんですから、もうお休みになられてはいかがです?ジーク#義兄上__・__#?」
「そうだな、一杯飲んだら帰れ」
叔父上は大事な大事な結婚式。
セシル嬢に釘を刺されたにも関わらず、樽を横に置いて、腰を上げる気配はない。
「お前ら…共に戦った戦友を労おうという気持ちはないのかっ!」
「セシル嬢との結婚式の後は、初夜も控えているんでしょう?二日酔いで使い物にならなくなりますよ」
「初夜…ッブハッ……し、失礼しました」
「斬られたい様だな…ネイト」
「叔父上は、何を怒ってるんです?」
「セシルに初夜はお預けと言われましてね…」
「……お預け?」
「それどころか、王都に戻ってからは、宰相閣下のお屋敷でお世話になると言われて、荒れてるんですよ…」
「宰相…カイエンの要塞……ッブハッ…」
「お前ら、体力が余っている様だな。いいだろう、夜間の特別訓練をしてやる」
「「?!理不尽!」」
翌朝のアズール屋敷の庭園は、サラマンダーの屍と共に、酔い潰れた討伐隊と、夜間訓練で潰れた俺とネイトの生きた屍達が、あちこちに転がっていた。




