101:友の為に オレリア
放課後のテラスで、エレノアとヨランダとお紅茶を飲みながら読書の時間。
手にするのは【淑女の在り方】…ページを捲る手が進まない…エレノアは飽きたとばかりに本を閉じてカップを手に持ち、ヨランダは開いたページをそのままに、遠くを見つめて溜め息を漏らしている。
「ご機嫌様、令嬢方。沈鬱な表情も麗しいわね」
「「「リディア先生!」」」
「それで?御尊父方になんて叱られちゃったのかしら?」
憂鬱な空気を散らす明るい声とその主の登場に、私達の心も一気に軽くなったけれど、空いている椅子に腰を下ろしたリディア先生が、頬杖を付いて揶揄う様に放たれた言葉に、笑顔が固まる。
いち早く持ち直したヨランダが、苦笑いと共に話を始めた。
「感情を押さえられない者は、戦場で一番に命を落とすと言われましたわね」
「淑女の心得なる本を読まされて…扇子も取り上げられてしまいました」
「それでも、後悔はしておりません。友の為であれば素手であっても戦います……充分に気を付けながらですが…」
セイドのおじ様の言葉と、ラスターのおじ様の持って来られた本、そしてお父様に取り上げられた扇子…親子の面談で、反省していないとみなされた結果が今の私達。
「…プッ…アハハッ…ッフフ…流石だわ…フフ…うちの子達も心配してたけど、大丈夫そうね」
「私達の心配をする時間があるのなら、杖でも磨く様にとお伝え下さい」
「明日の合同演習で、私達の足を引っ張られても困りますからね…フフッ」
「…リディア先生、明日の演習は宜しくお願い致します」
「貴方達となら、ドラゴンにも勝てる気がするわ…」
遠い目をしたリディア先生も、私達が反省していないと思っていらっしゃるのね…
私達の心配をしてくれているという魔術科の生徒達は、いつだって私達を快く迎えてくれる。
遠慮のない会話、裏のない態度、心からの笑顔…貴族科にはない友との距離が、私の萎縮した心を解してくれた。
その大切な友人達を、威圧して怯えさせて、笑うなんて…傷付けられる彼女達を、見て見ぬ振りなど出来ないと、エレノアとヨランダと共に立ち向かい、模擬戦の申し出を受けたけれど…色々な意味で驚かされた模擬戦だった。
『さあ、どなたからでもいいですよ。何なら3人ご一緒でも構いせんが?』
『…では、私からお願いしても?』
『エリックの婚約者殿か…傷を付けない様に気を付けないとね』
『フフッ…お気遣いありがとうございます』
『両者、剣を前に……ヨランダさんは…やはり扇子で?』
『これが私の剣ですので』
『…両者剣を前に、始めっ!』
『終わりだっ!』
『…遅いわ』
『…なっ!…うぐっ…』
相手の振り下ろす剣を、ターンして避けたヨランダの制服のスカートが翻る。
閉じたままの扇で相手の上腕の外側を突き、膝裏に蹴りを入れると、あっさり剣を離して膝を着いてしまった…
『ロイド先生?』
『?!し、勝者…ヨランダ・ファン・セイド!』
『『『『『『『『やったーっ!』』』』』』』』
『私のお相手は、どちらがして頂けるのかしら…?』
『女子だからとて、容赦はしない!』
『まぁ怖い…手が震えてしまうわ…?』
『両者剣を前に、始めっ!』
『この一振りで充分っ!』
『ガラ空きね…』
『はがっ…ゔぐっ…』
真横から斬り込む様に、相手が剣を構えて向かって来る…前にエレノアの扇子が相手の脇腹を打ち、落ちてきた顎に膝を入れて膝を着かせた。
『一刀くらい、剣を振らせて差し上げてもよかったかしら?』
『…勝者…エレノア・ファン・ラスター!』
『『『『『『『……おおっ…』』』』』』』
『勝負は付いてしまいましたが…いかがされますか?』
『っく…騎士が背を向けるなど、あってはならない!殿下の婚約者とて、ここは戦いの場。後で無礼などと仰る事のない様に』
『…心得ております』
『最後の勝負です…両者剣を前に…始めっ!!』
『膝を着かせてやーーおゔっ…かはっ…』
相手は大会の優勝候補達、その大切な御身を傷付けてはいけないと充分に注意して、振り下ろされた剣を閉じた扇で受け止め、手首を返して鳩尾を打っただけなのに…
『吹き飛ばしてしまったわね…』
『膝を着かせるだけでいいのに…』
『…勝者…オレリア…ファン・デュバル…』
『『『『『『『…………』』』』』』』
相手方達が運び出された後、苦笑いのロイド先生に、リディア先生が何度も頭を下げていらっしゃったのを見て、加減を誤ってしまった事だけは反省した。
「リディア先生にも、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした…私のせいで、ロイド先生とーー」
「ちょっと?!オレリアさん?!激しく誤解している様だけど、私は別にロイド先生の事をす、好きなわけではないのよっ。一教員として敬慕しているだけーー」
「あら?ロイド先生ご機嫌様」
「え?!ロッ、ロイド先生ーー」
「冗談ですわ」
「……ヨランダさん、貴女ね、教師を揶揄うものじゃないわ」
「揶揄ってなどおりません。ですが、先生は…素直になられた方がいいと思います」
「どういう意味かしら?」
「先日の王都のカフェ…とってもいい雰囲気で…声をかけるのも憚られてしまいました」
「エレノアさん…もしかして…街に出てたの?」
「ネイト様の絵姿の新作が出たので、ヨランダと共に購入しに」
綺麗に微笑むエレノアは、街で購入したネイト様の捩れた絵姿を手に、泣きそうな顔で、けれどどこか満足気な表情も浮かべてヨランダと共に寮に帰って来て、リディア先生にもう少しお肉を付けなければいけないと、最近では教員棟にお菓子の差し入れまでしている。
「嘘でしょ…」
「隠す事でもございませんのに…好きな方を好きと言える…羨ましいですわ」
「ヨランダ…」
羨ましいと言って長い睫毛を伏せたヨランダは、10年前の流行り病で、御令兄を喪くしている。
父は、お兄様とアリーシャお義姉様の婚約を白紙にしようとお申し出したけれど、ヨランダがいるから大丈夫だと、想い合う2人を割く事はしないと、セイドのおじ様は断られた。
ヨランダはセイド公爵家を継ぐ為、エリック様との婚約を受け入れたけれど、2人の仲は水と油の様に反発し合い、最近では顔を合わせる事もなくなり、休日も私とエレノアと共に過ごしている。
同じ政略でも、エレノアは甘い色の容姿から幼く見られる事に悩みながら、突拍子もない言動でカイン様を振り回す程に好きを溢れさせ、私も臆病になり過ぎて一歩を踏み出せずにいたけれど、今はフラン様を好きだと堂々と言えるまでに自信を持てる様になった。
私やエレノアの様に、婚約した方が好きな方になり、好きと言えて、好きと言ってもらえる人間は多くない。その殆どが、ヨランダの様に家の為と心に蓋をして、愛になるかも分からない結婚を受け入れる。
ヨランダにも幸せになって欲しい…けれど、わたし達は貴族。義務を放棄する事は許されない。
「その様な顔をなさらないで下さる?あのバ…エリック様との結婚は義務であり、勤めなのですから、私は気にしていないわ」
「今、馬鹿って言おうとしたわよね?」
「嫌だわ…エレノア様、その様な品のないお言葉…そちらの本をもう一度、表題から、読む事を、お勧めするわ」
「まあ、ヨランダ様…貴女も全く読み進んでいらっしゃらない様だけれど…難しい言葉でもありまして?私でよければ教えて差し上げるわ」
「この2人…仲は、良いのよね?」
「はい。私の大切な親友です」
エレノア、ヨランダ…私の大切な、大切な親友…貴女達の幸せを願うわ。




