4-9 スタンピード1
皇都には大河が流れていて、その三角州には皇城がある。その川が繋がる先に湖があって、湖畔に近い小島に学園都市がある。
この小島全体が学園都市と呼ばれていて、元は離宮だった学園を中心に商店街があり、外郭は住民の居住地。そのエリアをぐるっと壁で囲っているのは、小島の南に、そこそこ大きな森があるからだ。
今、その森から、魔物の大群が押し寄せてきている。
全くもう、なんでこうなるかなぁ。せっかく団長とノリノリで戦ってたのに、台無しだわ。団長とバトる機会なんか、滅多にないってのに、腹立つわ。
腹立ち紛れに、ゴブリンをまとめて切り飛ばし、死体を投げつけて更に吹っ飛ばす。
うじゃうじゃ湧いてくる魔物だけど、見る限り弱い魔物ばっかりだ。大型の魔物は少ない。倒すだけならなんの問題もない。
でも、いかんせん数が多すぎる。横に広がりつつあるから、そうなると捌ききれない。
魔物はそれぞれ足の速さが違うし、人間と違って隊列を組んで行進してくる訳じゃない。基本バラバラに走ってくる。
だから、ギリいけるかなと思ったけど、流石に私1人で防衛線を張るのは無理があったなぁ。
飛び出してきた所に走って押さえ込み、また反対側に走って押さえ込み。かなり倒したはずだけど、流石にこちらが押されている。
ヤバイ、もう学園都市の外壁まで来てしまった。せめて門だけでも死守しなければ!
そう考えて門前に回った時だった。壁の上から、矢と魔術が雨のように放たれた。上を見ると、騎士と魔術師、そして学園生が立ち並んでいた。
ロープが落ちてきて、次々と騎士も降りてくる。
「騎士ホワイト殿!両翼は任せろ!」
「援護感謝します!」
「貴殿は好きに暴れよとのご命令だ!」
「了解しました!」
よし、これなら守り切れる!応援が来てくれたおかげで、すっかり気を持ち直した私は、一気に前方に突っ込んだ。
高速移動しながら、ひたすら剣を振って振って振りまくる。飛び散る血で、既に全身ずぶ濡れ。気持ち悪いけど、構ってられない。
火魔術の爆音、水魔術の水音、風魔術の風切り音、土魔術の揺れ、斬撃音、魔物の断末魔。
あらゆる音が周囲で飛び交っているはずなのに、私の頭の中は、不思議と静かだった。
とにかく斬る。斬る。斬る。
ひたすら斬りつける。
どれほどそうしていたのか、気づけばとっくに日が暮れて、外壁には篝火が灯されている。
魔術師が気を利かせてくれて、魔物に火をつけてくれたので、真っ暗闇ではない。
それでも覚醒は切らせない。夜行性の魔物もいるし、スタンピードの魔物は暴走状態にあるから、夜闇なんかお構い無しなんだもん。嫌んなっちゃう。
あ、怪我人発見。すぐに担ぎあげて治癒しながら、門前まで搬送する。その頃には怪我も治っていた。
「助かった!」
「出血した分は戻せませんので、下がられた方がよろしいですわ」
「恩に着る!」
僅かに開かれた門から入って行く騎士を見届けたあと、再び走って跳躍し、背後から騎士に襲いかかろうとしていた魔物をぶっ飛ばす。
応援の騎士は増えたけど、魔物の物量に対処しきれなくて怪我人が多い。
斬りながら治癒しなきゃいけないので、これまでにないハードモードだ。
それでも、魔術師や魔術を使える学園生は、交代で継続して援護してくれている。チラホラ勇敢な貴族も見える。ありがたい。
「騎士ホワイト!君も一旦下がって休め!」
近衛騎士団の先輩が声を掛けてくれたが、「まだ大丈夫です!」と返事をして、再び剣を振る。
ここで頑張らなきゃ、いつ頑張るってのよ。私はニコール様の護衛騎士だから、本当はニコール様のお傍にいるべきだ。
でも、団長がちゃんと守るから行けって言った。団長とグレイ伯爵が学園を守ってくれてる。それなら学園は絶対大丈夫。あの二人に守れない訳が無い。
だから、私はオフェンスの役割を果たすんだ。私はとにかく魔物を倒すか、森に追い返せばいい。私のやることは、たったそれだけ。
たったそれだけの事が出来なかったら、学園都市にいる人達の未来が、なくなってしまうのだから。
だから、頑張らなきゃ。
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バーソロミュー・スレートは、外壁の上からシヴィルの戦いを見ていた。デモンストレーションでも、自分と戦った時も、手加減されていたのがよく分かる。
夜だから、暗いから、それだけのせいではない。シヴィルの動きが早すぎて捉えられない。桃色の髪が靡く軌跡だけが、あちこちに線を描く。
その軌跡の道程では魔物が倒れ、血しぶきが上がる。魔術は使えないはずなのに、爆発が起きて魔物が吹き飛ぶ。次々と、屍が増え続ける戦場。
「正に剣鬼の再来だな……」
外壁から援護している学園生、騎士、参加者、貴族も、シヴィルの戦う姿に驚嘆しているのが見て取れる。
シヴィルに加勢するように言われたものの、足手まといになる予感しかしない。
「シヴィル嬢、結婚出来ないんじゃないか……?」
自分より強い男と結婚したいと言ったシヴィルだが、こんな化け物じみたシヴィルに勝てる相手がいるのかと、素直に疑問だ。
失礼な呟きを漏らしたあと、バーソロミュー・スレートは外壁から飛び降りた。
暗がりにポツポツ灯る、燃えた魔物に照らし出されるのは、未だ途切れぬ魔物の群れ。暗闇で蠢動するそれに、背筋が寒くなる。こんな場所に突っ込むなんて馬鹿だと思いつつ、シヴィルを探すが当然見つからない。シヴィルが視認出来ないので、とりあえず大声で呼んでみた。
「シヴィル嬢!助太刀に参りました」
「助かります!」
どこからか声が聞こえたと思ったら、爆風が起きて一度に魔物が20匹は吹き飛んだ。あそこか。
「でも出来れば食べ物が欲しいですわ!」
「休憩されては?」
「そんな暇はありませんわ!」
「仕方がありませんね……」
仕方なく一旦戻ったバーソロミュー・スレートは、水とパンを一抱えと果物を持ってきた。このご令嬢が大食漢なのは、もう知っているので。
「持ってきましたよ!」
「でも今手が汚れておりますの。食べさせて下さいませ!」
「ええっ……」
またどこからか声がするが、バーソロミュー・スレートは困惑した。戸惑いつつも、パンを持った手を、何処にいるか分からないので前に突き出す。
すると、「いただきます」と声がしたと思ったら、風に煽られた瞬間にパンが無くなっていた。
パンを口に咥えて走り去ったのかと思うと、それを想像したら笑えてきた。なんて破天荒な令嬢だろう。
また爆風が起きて、魔物が吹き飛ぶ。
「パンのおかわりはありますか!」
「あります」
「流石ですわ!」
戦場でおかわりを強請る人なんていないだろう。変な人だなと思いつつも差し出せば、風と共に消えるパン。時々果物や水。
シヴィルに食事を与えながら、俺何しにここに来たんだっけ?と、彼は首を傾げた。




