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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第1章 幸福な子ども時代
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1-8 5歳 

 体力づくりとして、筋トレとランニングを始めた。この辺りは樹里の知識を活用している。

 樹里は医療従事者だけあって、ジムにも通っていたので、このあたりの事には詳しかった。

 ランニングの効果や、筋トレや体幹トレーニングが、人体力学に基づいてどのように作用するのかを説明すると、祖父も面白がって真似するようになった。


 私はまだ子どもだし、あんまり筋力をつけすぎてもいけないので、メインはランニングだ。村の外周を走るに留めている。

 祖父の方は、最初は3kmくらいだったのが、今は20kmくらい走るようになっている。もう50代も半ばを過ぎたというのに、まだまだ走行距離は伸びそうだ。あれはランナーズハイに味を占めたな。


 祖父が狩りに行く日は、備忘録を持って狩猟小屋で待機するのも日課になった。祖父たち狩人が狩ってきた魔物を、教わりながら解体する。そのついでに、この魔物の名前、特徴、魔物の攻撃に対する対応の仕方や、どこが高く売れるかなど、色々なことを狩猟エピソード付きで教えてもらった。

 薬草の選別を手伝いながら、それがどんな薬草で、どんな薬になるのかを教えてもらう。


 5歳になって、私の生活はかなり充実してきた。



 それでも子どもなので、祖父が狩りをお休みの日は、友達と遊ぶことは忘れない。子どもは遊ぶのが仕事なのだ。


 いつも通りオーガごっこ(鬼ごっこ)をして遊んで、疲れて休憩しておしゃべりをしていた。

 私の一つ年上の、犬の獣人の女の子リカが、私に尋ねた。


「そういえば、どうしてシヴィルのおうちには、お父さんがいないの?」


 私は、その質問に衝撃を受けた。何が驚きと言えば、父親がいないということに、言われるまさに今まで、気づかなかったことだ。


「そういえば、いないね。なんでだろ?」

「知らないの?」

「気にしたことがなかったから、聞いたことなかった」

「変なの!」


 うん、本当に変だよね。父親がいない事に今更気づくなんて、おかしいと自分でも思う。

 でも、寂しいと思ったこともなかったし、うーん。正直どうでもいい。


「お母さんに聞いてみたら?」

「そうだね、聞いてみる」

「わかったら教えてね!」

「教えたら言いふらすでしょ。言わないよ」

「ケチ!」

「べーだ」


 ムキャーと怒ったリカがポコポコ殴ってくるが、ふっ、そよ風よ。私は5歳にして鍛え方が違うのだ。



 しかし、父親のことを聞いたことがない。言わないようにしていたとしか思えない。ということは、祖父や母、私にとって父親は、メリットのある相手じゃないということだ。

 父親のことを知って私が傷つかないように、黙っていてくれたのかもしれない。


 正直、父親に対する興味は、全くと言っていいほどない。これは恐らく、樹里の人間不信に多少なりと影響を受けている。

 なので、別に聞きたいわけでもないのだが、もしデメリットをもたらす相手なのだとしたら、父親がコンタクトを取ってきた時に、対応できるよう最低限の情報は持っていた方が良いのかもしれないと思った。


 夕食の席で、私は口火を切った。


「今日ね、リカに聞かれたの。どうしてお父さんがいないのって」


 その瞬間、祖父と母が凍り付いたのが分かった。やはり、いい話ではないらしい。それはある程度予測していたので、続けた。


「あのね、私はお父さんには興味ないの。これからもお父さんはいらない。お母さんとおじいちゃんがいればいい。勿論お母さんが恋をして、誰かと結婚したいなら、その人のことは歓迎するよ。でも、私のお父さんのことは興味がないの。ただ、お父さんが嫌な人だったら、対策を立てるために知っておいた方が良いのかなと思っただけ。話したくないなら、それでいいよ。何度も言うけど、別に知りたいわけじゃないの」


 私に興味がないとわかってくれたら、祖父も母も「父は死んだ」とでも何とでも言い逃れできるようにした。

 うん、だって興味ないし、本当に死んでてもいい。


 だけど、しばらく悩んだ様子の祖父と母は、私の思惑とは裏腹に、「あのね……」と、言いにくそうに口を開いた。



 結論から言うと、私は辺境伯の庶子だった。

 祖父と母が教えてくれた。


 傭兵団を解体し、狩猟団として活動していた祖父達は、辺境伯の第3騎士団からスカウトされた。それで祖父は第3騎士団に入った。

 祖父の強さは騎士団でも抜きんでていたので、貴族の子弟の多かった騎士団のなかでも、祖父はその実力だけで副団長にまで上り詰めた。


 そして、この国には10歳から徒弟制度というものがある。10歳になった母は、祖父の伝手で辺境伯家の侍女見習いとして、徒弟になった。

 15歳で成人すると、既に奥様気に入りの侍女見習いだった母は、奥様専属の侍女兼専属護衛として仕えるようになった。


 それが不幸の切符だったのかもしれない。元々美しい母だ、辺境伯の目に留まって、母はお手付きになった。勿論、母の力があれば、辺境伯程度ボコボコに出来た。

 だが、既に副団長に就いていた祖父の地位を脅かしたくなくて、耐えた。


 やがて祖父は騎士団を退団し、それから程なくして、母は体調を崩した。激しい嘔吐感に襲われる母を見て、奥様が勘づいた。

 奥様は当面のお金を持たせ、母に暇を出した。母はその日の内に荷物をまとめて辺境伯家を出て、領都で隠居生活をしていた祖父の元に駆け込んだ。


 そうして、祖父と共にジョバンニおじさんを頼って、この村に住み着き、今に至る。



 話を聞いて、私は腕組みをしてうんうん唸っていた。どこぞのクズ野郎かと思っていたが、まさか辺境伯とは。隠したがるのも、致し方ないというものだ。


「えっと、その流れで言うと、辺境伯様は私の存在を知らない?」

「どうかしらね……わからないわ」


 突然退職した、お手付きの侍女。辺境伯が察して探している可能性もある。


「辺境伯領を出なかったのはどうして?」


 その質問には、祖父が答えた。


「関所を通れば記録が残る。記録を残したくなかった。あとは、他所に伝手がなかったってのと、「改造」にしろ辺境伯家の第1スキルにしろ、他領で発現するのはまずい」

「どうして?」

「貴族同士では第1スキルを知ってて当たり前だからな。辺境伯の第1スキルが他領で出たとなりゃ、外聞を恐れた辺境伯がお前に何をするか、わかったもんじゃねぇ」

「死人に口なしってこと?」

「そうだ」



 貴族って、怖い。体面を守るためなら、血の繋がった子どもでも殺す可能性があるなんて。

 


「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」

「辺境伯様のこと、どう思ってるの?」


 母は少しの間目を泳がせて、何かを逡巡して、そして振り切るように目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。


「殺したいくらい、憎んでいたわ。でも、今はただ、忘れたいの」

「そっか……」


 もしかしたら、母は私を見るとき、辺境伯のことを思い出して、苦しんでいたのかもしれない。だけど、母から感じるのは、私への深い愛情だけで、八つ当たりや憎しみなんて、微塵も感じさせなかった。

 言いたくないことを教えてくれた、隠してもよかったのに、隠さずに話してくれた母。私は母の愛にどうにかして応えたくて、私は母の所に行って、ぎゅっと抱き着いた。


「辛かったんだね。私のために我慢してくれたんだね。忘れて、嫌なことは全部。私とおじいちゃんがいるから、大丈夫だよ」

「シヴィル……」

「お母さん、ありがとう。大好きだよ。世界で一番、愛してる。私はずっと、お母さんの味方だよ。私がお母さんを守ってあげるからね」

「……っ」


 母は私をきつく抱きしめて、しばらくすすり泣く声が響いた。



 私はと言えば。


 辺境伯ぶち殺す。こんなにぷりちーでラブリーでビューティーなウチのお母さんに無体を働くなんて、万死に値する!


 と、辺境伯に静かにブチ切れていた。


 いつか、絶対復讐してやる。死ぬより辛い目に遭わせてやるから、首を洗って待っていなさい。 


 私に第2の目標ができた。

 これに関しては、母も忘れたいと言っているし、身分の関係もあるので、頑張ったところで出来るかどうかは別問題だけれど……。

 機会があれば、頑張る。


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