1-7 4歳
ジョバンニおじさんが遊びに来た。ジョバンニおじさんは、エルフの魔法使いだ。祖父とは古い友人で、ゾンの父親。祖父と一緒に狩りについていくこともあるけれど、本業はこの村の治療師さんだ。
なんでも、騎士団に所属する前は、祖父は傭兵団を率いて、ジョバンニおじさんや仲間と共に、各国の戦場に顔を出していたのだとか。
傭兵団はその後色々あって解散してしまって、残った数名で狩人に転向。狩猟ギルド所属のパーティーを組んでいたら、辺境伯の第3騎士団からスカウトされた。それでパーティーメンバーみんなで第3騎士団に入った。
祖父もそうだが、ジョバンニおじさんや他の人も、今はもう年齢を理由に退団した。当時若手だった人が2人、騎士団に残っているのみだという。
ゴリンデル傭兵団もとい狩猟団は、事実上解散した。
「なんだか淋しいね」
「歴史のある傭兵団だったからなぁ、解散の憂き目にあったのは、先祖にゃ申し訳ねぇな。まぁ、こういう平和な生活も悪くねぇよ」
代々続いた傭兵団が、自分の代で無くなってしまうのは、やるせなさを感じていたのだろう。祖父は憂い顔で小さく笑った。
そこにジョバンニおじさんが口を挟んできた。
「なぁにが平和な生活だ。今でも魔物とガンガン戦ってるのは、ドゥシャンくらいだぞ」
そう言われてみればそうだ。祖父だけ殺伐としてた。私がつい笑ってしまったので、祖父はバツが悪そうに後ろ頭を掻いていた。
昔話がひと段落して、ジョバンニおじさんが訪問してきた理由を尋ねた。
ジョバンニおじさんはエルフの魔法使いで、見た目は20代後半くらいなのだが、実は100年以上生きているのだそうだ。それで、結構な実力者。
だから、もし私に魔法の適性があるなら、魔法の使い方を教えてやってくれと、祖父に頼まれたのだそうだ。
私はそれを聞いて、一気に色めき立った。村の中でも、小さな魔法を使う人はいる。ちょっと凍らせたり、火を出して種火を分けてくれる程度のものだが、それでも魔法を使えることに憧れていたのだ。
自分でも魔法が使えるようになるかもしれない、そう期待してしまうのも無理はない。
しかし、私がワクワクしだしたのとは反して、ジョバンニおじさんは渋い顔をした。
「別にいいけどさ、ゴリンデルの家系は代々、魔法の適性がないだろ? アンタもからっきしじゃないか」
「うっ……。でもよ、もしかしたら、シヴィルにはあるかもしんねぇだろ!」
せっかく持ち上がっていた気持ちが、途端にしぼんでしまった。しょんぼりする私の様子にジョバンニおじさんは慌ててしまったようで、「でも、うん、そうだね。見てみなきゃわからないし」と、私のご機嫌取りをした。
わざわざ祖父が頼んで来てくれたので、私も素直にうなずいた。
ジョバンニおじさんが、私の頭に手をかざした。前髪の隙間から、ほんのり緑色の光が放たれているのが見える。頭がほんのり暖かくなるのを感じていると、おじさんが唸りながら手を離した。
「魔力は人よりも多いみたいなんだけど、魔法を使える回路はないな。スキルを使用する分には問題ないみたいだし、やっぱりドゥシャンと同じく、君らのスキルに最適化されてるけど、魔法は使えない構造だな」
やはり適性がないらしい。私はガッカリして、下唇を尖らせた。私がむくれているので、ジョバンニおじさんが苦笑しながら、頭を撫でてくれた。
「そうガッカリしなくていいよ。元々魔法使いになれる人というのは、ほんの一握りなんだから、魔法が使えない方が普通なんだ。それにゴリンデル一族のスキルは、そりゃあもう、ぶっ壊れ性能だからね。魔法なんか使えなくたって、補って余りあるくらいにはさ」
ジョバンニおじさんのおかげで少し回復した私は、話のついでにおねだりしてみることにした。
「おじいちゃん、ジョバンニおじさん。邪魔しないから、狩りについてっていい?」
母に猛反対を受けた。だが祖父が「お前がシヴィルを抱いてりゃ問題ねぇだろ」と言うと、それもそうねと母はアッサリ引き下がった。
よくわからないが、母に抱かれていれば確実に安全らしい。私は連れて行ってもらえるだけでありがたいので、二人の方針に大人しく従うことにした。
母はおんぶ紐で私を背中に背負い、右腰に弓筒をかけて、左手に弓を握っている。私を前に抱っこすると、弓を射るときに弦が私に当たるので危ないそうだ。
祖父も弓を背中にかけて、腰に剣を佩いている。傭兵時代は槍がメインだったが、森の中では長物は邪魔になるから使わないそうだ。
ジョバンニおじさんは、タモや解体用ナイフ、罠なんかを運んでいる。元々魔法の得意なエルフなので、道具は特に必要ないとのこと。近接戦闘はしないらしい。
とはいえ、ジョバンニおじさんは魔法の得意なエルフの割に、使える属性魔法は風魔法だけ。本領を発揮するのは、原初魔法の光魔法で、ジョバンニおじさんの治癒魔法や支援魔法がなければ、死んでいたかもしれない戦いは、今まで沢山あったそうだ。
うん、ジョバンニおじさんは縁の下の力持ちだね。ゾンもこんな魔法使いになるのかな。
それと、狐の獣人のヴァンさんが同行している。ジスさんの旦那さんだ。狐の獣人は生まれつき、超聴覚の第1スキルを持っているので、索敵にピッタリなのだそう。祖父の狩猟仲間だ。
ヴァンさんの後をついて、静かに慎重に森を歩く。
祖父もそうだが、みんな足音を殺して森を歩むので、私も喋ったりせず母の背中で小さくなっている。いざという時、私が身を小さくしていた方が、母が動きやすいと思ったのだ。
それでも母の肩越しにキョロキョロと森の様子を観察した。新緑の隙間から木漏れ日が――なんて想像していたが、魔の森は鬱蒼と茂る大樹の葉が日光をさえぎり、昼間なのに夕方よりも薄暗い。
だから下草や小さな木もわずかにしか生えていなくて、歩きやすいことは歩きやすいのだが、不気味さの方が勝っていた。
立ち止まったヴァンさんが、こちらに手のひらを向けた。何やら発見したらしい。
「前方500m、4足歩行。でかいな……バッシングボアか? 400……早いな、走ってるぞ」
「よし、ステラとジョバンニは隠れろ」
祖父の指示で、ジョバンニおじさんは少し離れた木陰に隠れ、母はジャンプして大樹の枝に飛び乗った。
いや、ちょ、お母さん。言ってよ、危うく舌を噛みそうだったよ。あと普通にびっくりした。
ドドドと私の耳にも、何かが走ってくる音が聞こえた。祖父がハンドサインで合図をする。
50mほど先に姿が見えたと同時に、ジョバンニおじさんが風の魔法をぶつけて、巨大イノシシの勢いを殺す。
木の上から母が射撃して、首を射られたイノシシが体勢を崩す。すかさず祖父が躍り出て、イノシシの首を刎ねた。
木陰から出てきたヴァンさんとジョバンニおじさんが、ロープを使ってイノシシを吊り上げ、血抜きをする。
あっという間の出来事に、私は唖然として見つめるばかりだった。それぞれの技術もすごいけれど、一番すごいのはこれだけ連携が取れることだろう。
「どうだ?」
「すごいね! 憧れる!」
祖父の問いに素直に答えると、祖父は破顔して私の頭を撫でた。
帰り道、祖父に言われた薬草を摘みながら、森を抜けた。そして狩ったイノシシを狩猟小屋に運んで、皆で解体し始める。小さな獲物なら森で済ませてもいいのだが、大きい獲物は時間がかかるし、血の匂いに誘われて他の魔物がやってくるので、狩猟小屋で解体作業をする。
私は母の背中から降ろしてもらって、祖父に強請った。
「私も手伝いたい」
「気持ち悪いぞ? 大丈夫か?」
「うん、平気」
なにしろ私には樹里の記憶があるもので。手術室の記憶もあるし、仕事柄血には慣れていたみたいで、そのおかげでちっとも抵抗がない。
ジョバンニおじさんからナイフを借りて、祖父に教えてもらいながら解体した。
蛇足だが、樹里はちょっとお高めのフレンチレストランでバイトしていたことがあった。そこの店長は、親戚に猟友会の人がいたらしくて、たまに鹿やウサギなどを持ってきたので、樹里も解体を手伝っていたのだ。加えて解剖生理の知識もある。
イノシシもとい魔物相手は初めてだったが、私が想像以上に手際よく解体をこなすので、祖父も驚いていた。
また狩りに連れて行って欲しいとねだってみたが、頻繁には無理だと言われた。
「お前がもう少し大きくなって、もうちょっと体を鍛えたらな」
「わかった! 頑張る! あっ、でも狩猟小屋には行ってもいい? 解体のお手伝いはいいよね?」
「そんくらいならいいぜ」
「やった!」
祖父の手に掴まって、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
狩猟小屋では、狩った魔物を解体したり、採取した薬草を選別したりする。ここに通うだけでも、きっとすごく学びがあるはずだ。
森に入れるようになるまでに、得られる知識を得ていた方が、きっと効率的に稼げるだろうしね。
今日の出来事で、祖父と母に孝行したいという、ぼんやりした目標が、立派な狩人になるという、明確な目標になった。
よし、これから頑張ろう。