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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第1章 幸福な子ども時代
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1-6 3歳 下

 イザイア様と友達にお別れを告げて、家に帰った。途中で祖父に会った。祖父は小脇に葉っぱで包まれている肉を抱えて、赤い羽根がはみ出た袋を下げていた。

 今日はホロバードを射止めたみたいだ。ホロバードは脂がのっていて美味しい。


 今日は鳥鍋かな、なんて思いながら、祖父と手を繋いで家に帰った。


 母の様子が変だ。なんだかそわそわして落ち着かない様子。祖父も気になったみたいで、どうしたのか母に尋ねていたが、母は答えようとしない。


「お母さん、具合が悪いの?」

「そうじゃないの。本当になんでもないのよ」


 母は苦笑しながらそういう。なんでもないとしか言わない。教えてもらえないことに下唇を尖らせていると、何やら考えていた祖父が、母に耳打ちした。

 私には聞こえなかったが、耳打ちされた母は顔色を変えて、首を横に振った。


「違うわ」

「本当か?」


 いつになく二人は真剣な様子だ。母は真剣な顔をして、もう一度違うと言った。それで祖父は「そうか、ならいい」と引き下がった。


 母と祖父には、何か秘密がありそうだ。でも、それを私に教えてくれないのは、多分私が子どもだからで、関わるべきではないからだ。

 それはなんとなくわかるのだが、仲間外れにされたみたいで、私はやはり下唇を尖らせて、鳥鍋をつついた。



 翌日。


 昨日大物を仕留めた祖父は、狩りの仕事をお休みしていた。それに、昨夜私が寝ている間に、母と話し合ったのだろう。

 祖父と母に呼ばれて、座るように言われた。


 3人で車座になって座る。何の話だろうか。何を言われるかわからず不安でいると、祖父が口を開いた。


「お前、なんか隠してることあんだろ?」


 祖父の質問に一瞬首を傾げたが、すぐに樹里の備忘録のことを思い出して、私は素直に項垂れた。


「……うん」

「隠してたことを怒ってるんじゃねぇよ。なんで隠してた?」


 祖父は努めて優しい声色で質問しているようだった。

 あれはただの妄想だとか、冗談だとかはぐらかしても、多分祖父や母は許してくれる。だが、いつか露呈するリスクを知っていながらも、あんな風に書類に書き残してしまったのは、こうして気づいてもらえるのを、本当は待っていたのかもしれなかった。


 だって、子どもは秘密を持てない。多分、秘密を抱えるストレスに耐えられないのだ。身近な人には本当のことを知って、受け入れてもらった方が良いに決まっている。

 子どもは無意識にそれをわかっているから、秘密を持てないのかもしれない。


 私だって本当は、祖父と母に知って欲しかった。そして、受け入れて欲しかったのだ。ただ、自分から言い出す勇気がなかった。

 でも、せっかく聞いてくれているのだ。今、心の内を素直に話すべきだ。


「信じてもらえないかもしれないし、頭のおかしい子どもだって、気味が悪いって思われるのが、怖かったの」

「俺らがお前を捨てるってか?」

「そこまでは思わないけど、受け入れてもらえないのが、怖い」

「……そうね。秘密を打ち明けるのは、その秘密が大きければ大きいほど、勇気がいるわ」


 母が同調してくれて、祖父も思うところがあったのか、「そうか」と頷いてくれた。

 祖父が、体の後ろから備忘録を取り出して、私の前に置いた。


「悪い、勝手に見ちまった」

「ごめんね」

「ううん」

「これに書いてあることは本当か?」

「うん」


 俯き加減で返事をして、首を横に振ったり首肯する私に、母の小さな溜息が吹きかかった。


「最初にこれを見たときは、なんの冗談かと思ったわ」

「……」

「でも、今のシヴィルの様子を見る限り、とても嘘とは思えないわね」

「ごめんね、全部本当の事……。黙っていてごめんなさい。騙す気はなかったの」

「騙されたなんて思ってないわ」


 クスリと母は苦笑交じりに笑った。母が笑ったのを見て、私は少しだけ緊張が解けて、気分が上向いた。

 だから、もう少し勇気を出して、質問してみた。


「気持ち悪いと、思わなかった?」

「このジュリという人が、そのまま生まれてきたら、正直得体の知れなさは感じたかもしれないわ。まぁそれでも多分私は可愛がるだろうけど。でも、シヴィルはシヴィルでしょう?」

「うん。樹里の心までは残ってないみたい。知識とかそういうのだけ。だから、私は私だよ」

「それなら、問題はなんにもないわ」

「本当?」

「ええ」


 母が信じてくれたことに、私は安心してほっと息を吐きだした。すぐに思いだして祖父を見上げると、祖父もうんうんと頷いているので、大丈夫そうだ。

 おもむろに何かを思いついた様子の祖父が、母に尋ねた。


「お前が教えたのは読み書きだけか?」

「今のところ、そうね」


 母の返答を聞いて、祖父が私に向く。


「インゴを3人で5個ずつ分け合うには、インゴは何個必要だ?」

「15個」

「はは! こりゃすげぇ、即答かよ!」


 祖父は快哉を上げ、母は目を丸くしている。私は少し得意な気分だ。少し落ち着いた祖父に、続けて問題を出された。


「ヤムギャ草からは何の薬が造れる?」

「んー、わかんない」

「ヤムギャ草、知らねぇか?」

「知らない。樹里の記憶にもないみたい」

「なるほど、こっちのことは年相応の知識ってわけか」

「うん」

「じゃぁ、ちゃんと教えてやんなきゃな。わかんねぇことは聞けよ」


 頭を撫でながら言ってくれる祖父に、私は笑顔で頷いた。

 ちなみに、ヤムギャ草から作られるのは、軽度の熱傷や擦過傷に使える傷薬だそうだ。蓬みたいなものだろう。


 思いがけず前世の記憶があることを暴露してしまったが、祖父と母に受け入れてもらえてよかった。

 役に立つかはわからないけれど、樹里の記憶が何かの役に立つなら、その知識で二人に孝行しなきゃと思った。




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