2-29 冬の定期討伐 1
領都ストルファから見て北東にあるカフィ砦は、荷物を満載して大人数でゆっくり馬車を走らせて3時間強の場所にあった。魔の森に最も近い砦であることから、地方の割には巨大な砦だ。だから、この砦には第3、第4騎士団が常駐している。余談だけど第4は兵站や建築なんかの後方支援部隊で、力以上に頭脳や技術が優先される、騎士団の中では特殊な位置づけだ。
ザック様率いる中隊の人数は71名。内、騎士が52名、小姓19名。魔術師団から3名。あとは教会から派遣された聖者が2名、見習いが5名。狩猟組合へ依頼して派遣された狩人が15名で4チーム。総勢96名で砦にやってきた。百名近い人数でも収容して空きがあるほど巨大な砦だが、あくまで砦なので、お世辞にも過ごしやすいとは言えない。
壁も床も何もかもが石造りで、風が吹き込まない事だけは安心できるが、底冷えがして冬の季節には堪らない。雪が降る前とはいえ、寒いものは寒い。それでも配給されるのは毛布一枚きりで、身を寄せ合って眠ることになるそうだ。女性は私とニーナ先輩と聖女見習いの2人しかおらず、私達4人は固まって隅っこを陣取った。
昼前に到着して、荷物を運びこんだり、設営をしたり、隊長クラスは作戦会議を開いたりして、この日は皆早めに就寝した。
翌朝、朝食の支度を済ませて順番に朝食を配る。派遣された騎士にはライアン様もいたようで、配膳の列にルパートも並んでいるのを見つけた。
「どうぞ。熱いのでお気をつけて」
「ありがとう」
まだ目を合わせてはくれないけれど、素直にお礼を言えるようになっている。良きかな良きかな。
私がご機嫌になった理由はデリック達も分かっているようで、私の立ち位置が完全に我儘な弟を見守る姉目線だと言われた。確かにちょっとだけ保護者気分になりかけているかもしれない。
そんな浮ついた気持ちは、朝食後にザック様の号令でかき消される。ザック様が作戦を説明する。
弓兵、歩兵、魔術師を組み込んだチームを3組と、狩人のチームで、各組15名前後の編成で森に入る。狩人のチームを騎士団に組み込まないのは、狩人と騎士団では戦い方も戦いの目的も異なるからだ。有体に言えば、第3と狩猟組合の仲はあまり良くないのだと祖父が言っていた。
後方支援で第4が待機し、負傷者の搬送などを手伝ってくれるそうで、小姓の半分と聖者達も第4と待機だ。残りは砦に残って、夕食の支度をしてくれるはずだ。
「シヴィルはひとまず俺の傍にいろ。必要に応じて指示を出す」
「はい」
ザック様の指示に、一部でヒソヒソと囁かれている。それとなく様子を伺うと、狩人達のグループだ。制服で私が小姓なのはわかるはずなので、小姓の私が中隊長に随行するのが不思議なんだろう。でもそんなことを気にしても仕方がないので、私は見なかったことにして、他の騎士共々装備をチェックする。
森に入るのにプレートメイルのような重くて煩い防具をつける騎士はおらず、チェーンメイルが主流だ。森の中では機動性も損なわれるので騎馬もしない。各々自分の弓や剣、槍を装備している。私も奥様からもらった愛剣を腰に佩く。手持ち以外の予備の武器や弓矢は、後ろから第4が持ってきてくれる。
砦から1kmというほど近い場所に、魔の森は今日もぞわりと茂って待ち構えている。隊列の最後尾でザック様と並びながら見つめる先で、魔の森は騎士を飲み込んでいくみたいだ。
何度も魔の森で狩りをしてきたはずなのに、初めての集団戦だからか異様に緊張している。風は肌を斬りつける様に冷たいのに、手のひらにじっとりと汗をかいてきた。
「なんだぁ? 柄にもなく緊張してんのか?」
「柄にもないなんて……私だって初めての事ですもの。緊張しますわ」
「あぁ、すっかり忘れてたが、お前まだ12だったな」
私が緊張していると思って、ザック様が話しかけてくれたけれど、私がまだ未成年なのを忘れていたようだ。なんでさ。不服に思っていると、ザック様が苦笑した。
「だってよぅ、お前はその辺の騎士より余程堂に入ってるからよ」
「狩りや訓練なら場数を踏んでいますから……ですが、このような討伐は初めてですもの」
「だよなぁ。家族は心配したろ? よく許してもらえたな?」
当然心配されたし、母、ルサルカお姉様、ユージェニー様、奥様は大反対だった。未成年の貴族令嬢をいきなり討伐に派遣するなどとんでもないと激怒して、父経由で団長に苦情を入れようとした。
そこはもう、すっごく説得を頑張った。役に立ちたい、私なら役に立てる。何度も何度も説得して、相当の日数をかけてようやく納得してもらったのだ。そうしたら今度は奥様が高級ブランドのチェーンメイルを発注し、母が強化と自動修復のお守りを作成し、ルサルカお姉様とユージェニー様からは、何故か貞操帯を持たされた。え、そっちの心配?
森の中でもよおしたとき、着脱に手間取って半ケツで魔物に襲われたくはないので、悪いけど装着しないよ。気持ちはありがたかったので、一応受け取りはしたけどもさ。
その話をしたら、ザック様に大笑いされた。少なくとも騎士団の人で私に手を出そうなんて人はいないと、確信をもって言えるそうだ。
まぁそうでしょうね。辺境伯の娘だし、キレて人の足を折るような女ですからね。最近気づいたけど、どうやら私はモテないらしい。こんなに美人に生まれたのに。解せぬ。
話している間に、いよいよ森の入り口に差し掛かる。一瞬足を止めかけたけれど、すぐに歩き出した。
歩き慣れたはずの魔の森。今日も鬱蒼と木々が生い茂り、まだ早朝だというのに森は薄暗い。どこからか魔鳥のギャーギャー言う鳴き声が響き渡り、そこかしこから生き物の気配を感じる。
私は小さく生唾を飲み込むと、鑑定を使い、同時に覚醒する。視覚と聴覚を普段より少しレベルを上げた状態を維持して、触覚のレベルを数倍に上げる。ついでに強請られていたので樹里も呼んである。
(おー! ここが魔の森ね! なんかすっごいウジャウジャいるわね!)
(樹里、遠足じゃないんだからね?)
(わかってるわよ。ちゃんと黙ってる)
(本当かなぁ……)
若干樹里が浮かれているのが気に障るけれども、ちゃんと樹里とも情報の共有は出来ているみたいだ。
樹里の様子に呆れたのが良かったのか、緊張が少しだけ解れた。私は奥様からもらった剣をぎゅっと握って、改めて気合を入れなおすと、気配を消して魔の森へと足を踏み入れた。




