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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第1章 幸福な子ども時代
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1-5 3歳 上

 スキルの恩恵もあって、手先も大分器用さを身に着けてきた。なので母にお願いして、文字を教えてもらった。

 石の板に、炭でガリガリと文字の練習をしている。お陰でここ最近、手が真っ黒だ。


 そんな折、母の知り合いの「ある人」から、私の誕生祝と3歳祝いにと、鉛筆的な筆記具と紙を貰った。紙は手に入らないこともないのだが、いかんせんこの村で紙を使うのは、準男爵家とその従士さんがお仕事で使うのみ。

 商人さんはその分しか用意していないし、自由市民にはまあまあ高級品。1枚で500ダルもする。500ダルもあれば、大根が5本買える。すごく高いわけではないが、微妙に高い。


 私が最近文字の練習をしているから、知り合いの人にプレゼントは何がいいか聞かれた母が、紙をねだってくれたのかもしれない。

 それにしても、1枚で500ダルもする高価な紙が、100枚くらいある。結構なお値段だと思う。母の知り合いの「ある人」というのは、お金持ちなのかもしれない。

 もし会う機会があれば、しっかりお礼を伝えようと思う。


 せっかく頂いた紙なので、私は備忘録として樹里の記憶を紙に書き起こすことにした。

 記録に残すことは、もしかしたら危険かもしれないと思わないでもないが、生まれてからそれなりに年数が経ってきて、徐々に樹里の記憶が色褪せつつある。

 強烈な出来事はさすがに覚えているし、仕事でよく使っていた知識も覚えているのだが、元々樹里の中でも曖昧だった記憶は、今ではほとんど思いだせなくなっている。


 前世の記憶を持った子どもは、樹里の世界にも時々いたらしいが、そのほとんどが幼少期にその記憶を失っている。多分私も同じように、忘れていってしまう。

 それはすごく勿体ないと思うし、せっかく人より早く字が書けるようになったのだから、出来る限り書き残しておきたいと思った。


 せっせと樹里の記憶を書き起こす私に「何を書いているの?」と、しばしば母が覗き込んでくるが、「見ちゃだめー!」と覆い隠して、私は頑なに見せなかった。





 村の人からお下がりの靴を貰ったので、外に出る機会も増えた。私が年齢の割にしっかりした子どもだからか、家の周りなら一人で外に出ることも許された。


 そうしていると、当然近所の子どもとも顔を合わせるようになる。同世代のお友達が出来て、私は有頂天だった。


 友達の中では私が一番年下なので、年上のお姉さんがよく構ってくれる。私より5歳年上の8歳で、ジスさんの娘のモア。

 狐の獣人で、黄褐色の毛並みの尻尾は、子ども特有の柔らかさもあってふわふわだ。たまらん。


 もう一人よく構ってくれるのは、7歳のガキ大将ゾン。乱暴でうるさいんだけど、面倒見が良くてみんなの兄貴分。ゾンは薄い緑色の髪をしたハーフエルフだ。お父さんがエルフなんだそうだ。ちなみにゾンのお父さんは、ウチの祖父の昔からの友達だ。



 こんな風に遊んでいられるのは、自由市民と平民くらいなもので、貴族である準男爵の息子さんは、勉強や訓練に忙しくて、奴隷の子たちは5歳から簡単な仕事を始める。

 子どもの時代を過ごすなら、私達中流が一番贅沢なのかもしれない。



 そんな話をして、ふんふん頷いていると、ゾンが「やべ、噂をすればだ」と慌てて、地面に膝をついて頭を下げた。

 それに気づいたモアも少し離れたところを確認すると、ゾンと同じようにする。戸惑ってオロオロする私に、モアが「私の真似をして」というので、言うとおりに真似をして、地面に膝をつけて頭を下げた。



 なんだなんだと思っていたら、誰かがこちらに近づいているようだ。足音が私たちの前まで来た。頭を下げているので足しか見えないが、パリッとアイロンのかかったズボンをはいていて、高そうな革の靴を履いている、小さな足と大きな足が見えた。


「良い、顔を上げなさい」


 大人の男性の声がして、恐る恐る顔を上げる。グレーの髪にグレーの瞳をした、30歳くらいの人間男性と、その男性にそっくりな男の子。男の子は私と同じくらいか、少し上だろうか。


 観察していると、男性と目が合った。


「ふむ、見かけない子だが……その髪色からすると、ゴリンデル殿のお孫さんかな?」

「は、はい。お初にお目にかかります。ドゥシャン・ゴリンデルの孫で、シヴィルと申します」

「ほう。歳はいくつだね?」

「3歳になりました」

「おや」


 わざわざ跪いているのだ。この親子の身の上に薄々気づいた私は、緊張しながら受け答える。

 準男爵様(仮)は私の年齢を聞くと少し驚いたようにして、隣の男の子に並んでしゃがんだ。


「イザイアだ。この子は5歳。良くしてやって欲しい」

「はい、喜んで!」


 私のホストっぽい返答が愉快だったのか、準男爵様(仮)は小さく笑って、イザイアと呼ばれた男の子の背中を押した。


「アルフレッド・グレイ準男爵の次男、イザイア・グレイ。よろちくね」


 年相応に若干舌足らずな挨拶をするイザイア様を見て、自分がゴリンデル家の階段を順調に上っていることに、遠い目をしそうになった。

 とりあえず、「お前、僕の馬になれ」とか言いだしそうなクソガキではないようで、イザイア様は挨拶をするとニッコリと人好きのする微笑みを浮かべた。




 それで安心した私たちは、ゾンが先陣を切ってイザイア様を遊びに誘い、一緒に種飛ばしを始めた。 



 種飛ばしというのは、モメイジーという大きな木の種を飛ばす遊びだ。モメイジーの種は薄っぺらい竹トンボのような形をしている。ちょうどT字の真ん中に種がある。紅葉の種を大きくしたような形だ。


 それの茎を手のひらに挟んで、手のひらをすり合わせて上に飛ばす。私はスキルも発動して全力で遊んでいるので、ぶっちぎりで高く飛ばしている。


「くっそー! 俺だって!」


 と、ゾンが張り合ってくるが、まだまだ負けないよ。にやり。


 モアがイザイア様に、種飛ばしのやり方を教えて、イザイア様はたどたどしい手つきで種を飛ばしている。まだ5歳の小さな手では全然飛ばなくて、イザイア様はガッカリしている。


「慣れたら高く飛ばせますよ。今日は初めてですから。みんな初めは下手くそでした」


 と、モアがフォローしている。さすがみんなのお姉ちゃん。


「でも、シヴィルは飛ばすのがとても上手だね。僕より小さいのに、どうしてそんなに飛ばせるの?」


 どうしてと聞かれたら、少し困ってしまう。スキルのことなど話せない。少し考えて、コツがあるということにした。


「えっと、まだ手が小さいので、手のひらだけじゃなくて、指までまっすぐ伸ばして擦るんです」

「こう?」

「もっと指先まで使って、上に放り投げるみたいに……そうそう、そうです!」

「あっ、飛んだ!」


 種が飛んだ高さは、ほんの1メートルくらいのものだった。だけど、初めて飛ばせたイザイア様は嬉しそうで、「やった」とはしゃいでいる。

 良かった良かったと私も満足していると、「ありがとう」とお礼を言われた。


「勿体ないお言葉です。イザイア様がお上手なんですよ」

「えへへ」


 年相応に素直に喜んで照れたように笑う、イザイア様って尊いわ。

 準男爵様が見守る中、私達は時間が許す限り遊んで笑いあった。



++++++++++++++++++++




 その頃、家の掃除をしていたシヴィルの母ステラは、悩みに悩んでいた。

 シヴィルが書きつけている紙の束。覗こうとするといつも拒絶される。普通の子どもなら、自分や家族の名前を書いたりして、それを見せびらかしてくるものだ。

 だが、シヴィルは頑なに見せようとしない。


 いくら子どもの物でも、勝手に見るのは気が引ける。だが、隠されると余計に気になってしまっていた。

 スキルのせいか、成長が早く少し変わった子どもであることも、ステラを悩ませる一因だったかもしれない。


(ごめんね……)


 心の中で謝りながら、ステラは紙の束を手に取って読み始めた。

 そしてすぐに顔色を変え、信じられない思いをしながらも読み進める。


(なに、これ……?) 



 拙い文字で記された、本田樹里の記録。樹里の生きていた世界のこと。樹里の生きていた国の地理、情勢、法律。樹里の経歴、学校で学ぶこと、仕事にまつわる知識。

 それらが細かい字で膨大に記され、しかもまだ途中のようだ。


 最初はシヴィルの創作かと思った。だが有り得ない。政治体制や社会制度など、教えたこともないのに思いつくはずがない。

 ステラだって知りもしない数学や化学の知識、職業や経済のことを、いくら頭がいいとはいえ、3歳の子どもに考えつくわけがない。


 ばくばくとステラの心臓が拍動した。見てはいけないものを見てしまった。そんな後悔に駆られながらも記録の冒頭に戻って、最初の一文をもう一度読む。




 備忘録


 私の前世、ジュリ・ホンダの記憶を、ここに記録する。私はいつかジュリのことを忘れてしまうだろう。だから、ジュリという人間がいたことを、この世界に残しておく。

 


 やはり、見るべきではなかった。そう後悔しながら、ステラは頭を抱えた。


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