2-24 ザック・フロスト
新人が入団して1週間して、教育係の定例報告会に集まった。バレンタイン団長と、副団長。あとは俺を含めた教育係の4人の騎士だ。
「新人の様子を報告してもらおうか。先ずは1班ザック」
「勉強の方は3人とも真面目だし問題ない。特に商人の息子だけあって、一般人の伸びがいいな。厨房の仕事だと、丁稚をしていただけあって、サルは良く気が付くし働き者だ。2人とも訓練じゃ最初の3日は死にそうな顔してたが、シヴィルズブートキャンプのおかげで、目覚ましく成長してる。ゴリラは貴族の割に文句も言わずよく働くし、能力については……まぁ言わなくても知ってるだろ」
「はは、そうだな。あといつも思うが、ザックのあだ名のセンスが酷い」
「そうかぁ?」
デリックなんてほとんど一般人だし、ティモシーは猿の獣人のハーフだからそのままだし、シヴィルはゴリラだし。ちなみにニーナは木で、ランディは乳。いや、それはどうでもいい。
今期の大型新人、シヴィルについては、入団前から話題になってた。あの化け物の秘蔵っ子だけあって、あの娘も化け物だった。俺含め、最初は他の騎士も面白い物見たさでシヴィルを観察していたんだが、あれは人の常識を超えていた。
厨房じゃぁ、高速で野菜の皮を剥いて一瞬でコマ切れ野菜を作り出すし、解体をさせてみりゃぁ、そりゃ見事なブロック肉があっという間に量産される。厨房はそういう下仕事が一番時間を食うし重労働なんだが、シヴィルが来てから格段に時短になったんで、厨房長は滅茶苦茶シヴィルを気に入ってやがる。
戦闘訓練に至っては、シヴィルが本気で走ると目で追うのもやっと。剣筋が早すぎて見えない。本人はまだ粗削りだと言っているが、見えないのでわからん。怖いもの見たさで本気で打ち込ませたら、爆風が起きて俺は吹っ飛ばされた。「真剣だったら剣風が飛ぶんですよ」って、お前本当に人間か?
すでに騎士団内で、アイツに勝てる奴はいないんじゃないかって、俺はちょっと思っている。流石あの化け物が仕込んだだけある。ちゃんとお前の弟子は化け物に育ったぞ。シヴィルをみていると、昔のドゥシャンを思い出すなぁ。
シヴィルズブートキャンプと名付けられた強制回復のせいで、他2人も肉体改造されつつある。普通怪我をしたら休まされるんだが、アイツが治しちまうので、すぐに訓練復帰。ろくに休むことも出来ず、疲労したらしたで疲労を回復される。しかも中途半端に。なんてえげつない。あの2人の眼が日に日に狂気を帯びている気がする。最初はどっちもモヤシみたいだったのに、たったの1週間で従騎士程度には体力ついたからな。1週間でそこまで成長する奴なんか見た事ないぞ。おかしいだろ。
とまぁこういうわけで、たったの1週間でこれほどに成果を出しているものだから、シヴィルの事を知らない騎士なんかいない。見た目が良いのもあってアイドルみたいになっているが、シヴィルがガチ強いので、怒らせないように変に絡む奴もいない。面白半分でシヴィルに挑んだ騎士がぶっ飛ばされるのも、ちょっとした娯楽みたいになってる。
シヴィルはこういう化け物じみた奴で、普通なのは学力と馬が中々懐いてくれなくてへこんでる所くらいだ。それ以外はもう、ただの可愛いゴリラ。可愛いゴリラって何?
つーかシヴィルはニキータ――ドゥシャンの嫁――っつーか、ステラにそっくりなんだよな。多分アイツの孫なんだろうけど、なんで辺境伯家にいるんだ? まぁなんか事情があるんだろう。面倒くさいからその辺は知らんぷりしとく。
俺が色々考えている間にも、他の騎士達が新人の報告をしている。今報告しているのは、この中じゃ一番若手のやつだ。
「うちの所はまぁ、能力は悪くないんですが、とにかく態度が悪くてですね……」
「あー、あれだろ。初日から団長に喧嘩売った奴!」
「そうです! 3人とも貴族なので、無駄に口だけは達者だし。結託して反抗してくるのが、本当に面倒くさいんですよね」
「よく言うぜ。お前もそうだったろ!」
別の騎士からからかわれて、その若手は頭を抱えて悶えた。
「だから辛いんですよ! 昔の自分を見てるみたいで! 毎日黒歴史を突き付けられてる気分ですよ!」
「あっはっは!」
この若手も貴族のボンボンで、新人の頃はクソガキだったからなぁ。扱かれて今はいっぱしの騎士になった。「反抗的な貴族のボンボン」てのは、別に珍しくもないしコイツも通った道。ま、その内どーにかなるだろ。どーにもならん奴は辞めるしクビにするしな。
「ただ少し気になるのが、ルパート――団長に喧嘩売った奴です――が、シヴィルちゃんを逆恨みしてるっぽいんですよ」
それは穏やかじゃないな。
「なんでだ?」
「自分も従騎士から聞いたんですが……」
なんでも、洗濯場でのこと。新人3人がぶつくさ文句を言いながら、すっげぇ雑に洗濯してたらしい。それを従騎士達が叱りながらやらせてた。それを近くで見てた他の騎士がこう言ったそうだ。
「高位貴族のシヴィルちゃんが、文句も言わず誰よりも働いてるのに、コイツらときたら……みたいなことを言ったらしくて」
「あー」
「それは、プライドが傷つけられそうだな」
「そうなんですよ。それで他2人はちょっと改心したっぽいんですけど、ルパートはシヴィルちゃんのせいで自分が侮辱されたと思ったみたいで」
「なんでそうなるかね」
「まだガキなんだろ」
それはちょっと困ったな。シヴィルは化け物だが、馬が懐いてくれなくてへこむような子で、メンタルだけは普通なんだよな。意味も分からず嫌われたんじゃ、普通にショックだろう。
「何もないといいんですが」
「馬鹿、何も起こさないように監督するのがお前の仕事だろ」
「デスヨネー」
「俺も様子は見とくから、頼んだぞ」
「ハイ」
頼りねぇな、大丈夫か? つっても、余程の事がない限り、ガキの喧嘩に口出すのもな。自分らで解決できれば成長にも繋がるからいいんだが、目に余るようなら介入するか。まぁ、まだ何も起きてないから、しばらくは様子見だな。
報告はこれで最後だったようで、団長が一旦締めた後、俺達を真剣な目で見まわす。なんだ、なんか重要な話か?
「近い内に騎士団内でも通達する予定だが、シヴィルの能力については、第3騎士団以外への漏洩を禁ずる」
俺にはなんとなく心当たりがあった。過去にも同じことがあったからだ。だが、これは当時も上の人間しか知らなかったことで、若手の奴も当然知らない。首を傾げる連中に向けて、団長が説明した。
団長が言うには、シヴィルの強さは問題ない。これは別に外部に漏れてもいい。問題になるのは、シヴィルが聖女ということだ。これは騎士団の奴は既に全員知っている。だから団長に最近話を持ってくる奴がいる。まだ小姓だが例外としてシヴィルを戦線投入できないかと。
普通、討伐の時も教会から治療師を借りて連れて行くが、それはテントでの治療行為で、現場に連れて行くわけじゃない。勿論それでも十分大助かりなんだが、シヴィルと言う戦闘できる聖女が現れた。しかもべらぼうに強いので、聖女を守る必要もない。
戦闘できる聖女が戦線投入されたら、戦場で速やかに回復して戦線復帰できる。そう考える奴が出てくるのも不思議じゃないし、この点は団長も前向きに検討している。
しかし、これは第3だけならという話だ。シヴィルの事が他に知れ渡ると、国は必ず聖女聖者の戦線投入を検討し始める。基本的に聖女聖者は教会所属なので、現在所属している聖女聖者を奪うような事はしないだろうが、市井から血眼になって治療師を探し、戦場に立てるように教育しようとする。
聖女聖者の能力は驚異的だ。本来は負傷兵、死兵になっていたはずの戦力を即回復させ、無限に戦力を供給する。これは軍事革命だ、必ず歴史が動く。戦争をする国なら、「戦える聖女」は喉から手が出る程欲しい存在と言える。
「だが、本来聖女聖者は、人を救う存在だ。人を救う存在が、人を殺すために戦場に出る。これは神の意志に矛盾するのではないか」
「神の怒りに触れるって事か」
「恐らく。だから、第3のみで留める必要があると判断した。当然本国も他国も、聖女聖者の軍事運用を考えたことはあるはずだ。だが神罰を恐れたから運用されていなかったんだろう。しかし、世の中にはどうしても馬鹿な人間がいる。シヴィルという「戦える聖女」を目の当たりにすれば、神の怒りを恐れず、馬鹿な真似をする奴が現れないとも限らん」
「なるほどな。了解」
なぁ、ドゥシャン。懐かしいな。お前とジョヴァンニが騎士団にいた頃も、お前らの存在を秘匿するために、当時の団長が必死こいてたよな。その歴史再び。笑えるぜ。
お前は功績を立てて貴族に叙爵って褒美すらも断って、一人の騎士、一人の父親であることを貫こうとしていたが、運命はどうしてもお前たちを手放してはくれないようだ。
少し心配だが、楽しみでもある。見た目だけは可愛い12歳の化け物は、この国の瑞獣になるのか魔獣になるのか。
全く、これだからこの一族は、放っておけねぇんだよな。仕方がねぇから、また付き合ってやるよ。




