1-4 2歳
2歳になった。スキルのことを聞いてから、ハイハイしながら腕立てしたり、つかまり立ちしながら屈伸していたら、あっという間に歩けるようになった。
そして現在はよちよち歩きを経て、安定して歩けるようになっている。
とっくに母のおっぱいも卒業して、母と祖父と3人で食卓に着けるようになっている。お喋りをしながらご飯を食べるのは楽しい。
歩けるようになったから、少しだけ母のお手伝いもする。食器を運んだり、洗濯物を畳んだりする程度だけれど。日の当たる縁側で洗濯物を畳んでいたら、ポカポカ陽気で眠くなり、洗濯物をぐちゃぐちゃにして怒られた。
祖父は「シワなんて着てりゃ伸びるだろ」とカラカラ笑っていたが、「甘やかさないで」と祖父も怒られた。
話せるようになり、歩けるようになり、私に出来ること、学んだことはたくさん増えた。
例えば、井戸で会う母たちに頭を下げて挨拶する人たち。彼女たちは村長を務めている、準男爵様の奴隷なのだそうだ。
樹里の知識によると、樹里の世代では人権うんぬんですでに奴隷制度はなくなっていた。なのでよくわからないが、人じゃなくて物として扱われていたようだ。
ここでも基本的には似たような扱いで、人が嫌がる仕事や、キツイことを奴隷にさせるとのこと。
とはいえ、少なくともこの村では、奴隷を不当に扱っているようには見えない。私が知らないだけかもしれないが、仕事が大変な以外は普通に過ごしているように見える。
ちなみにこの村での奴隷のお仕事は、開墾作業だ。この村はユオヅ村と言って、辺境の開拓村。近くに魔の森とか言う大きな森があって、その森を切り拓き、切り株を取り除き、地面を均して畑に変えていく。
普通の畑仕事もあるのだが、畑仕事以上に大変なお仕事だそうだ。何しろ魔の森に入らなければならないので、森を拓くときに魔物に出会って命を落とすリスクがある。
だから、森に入るときは祖父も同行するし、その為にこの領地を治めている辺境伯の第5騎士団から、1年交代で5人ほど屯田兵が派遣されている。
第5騎士団は、開発も災害救助も白兵戦も、なんでもやる部隊らしい。ここで屯田兵として開拓に参加すると、エリートである第1騎士団への入団試験で、査定がプラスされるのだと。
それだけ、開拓は大変なお仕事だということだ。とはいえ、開墾が本当に大変な作業なので、やりたがらない人が多いから、どうにか人員を派遣する口実にしている感も否めない。
今日は母に強請って、開拓の様子を見学しているところだ。ここ最近祖父が開拓のお手伝いをしているので、祖父が働く姿を見たかったのだ。
勿論本当は狩りをしている祖父を見たいのだが、さすがに2歳児には危ないと思うし、今のところ井戸しか外のことを知らないので、畑や森付近の様子を見れるだけでも十分だ。
本当は歩いて行きたいが、私の靴を用意していなかったとのことで、今日も母に負ぶわれている。母の知り合いにお下がりを譲ってもらえるそうなので、それまでは我慢だ。
この村の村長である、準男爵の屋敷を中心に、その周りに準男爵家の従士の家が立ち並び、その外周に私達自由市民や平民の家があって、一番外周に奴隷たちの家が建っている。建物は60戸くらいだろうか。
密集せず、ぽつぽつ建っている家や小さな畑の間を通り、村を抜けると大きな畑が見えてくる。一つが1aほどの畑が、農道に区切られて碁盤目状に広がっているのは、中々壮観だ。全部合わせたら、何ヘクタールくらいあるのだろう?
農道を歩いていると、畦道の上に座り込み休憩している人や、畑で種を蒔いている人が見える。
結構広い畑なので、収穫前の小麦畑は、きっと見応えがあるだろう。
時折通りすがる農奴の人達と挨拶を交わしながら、母はさらに奥を目指して歩く。畑の向こう側には、鬱蒼と茂る魔の森がそびえている。
畑を抜けたら、一面の荒れ地。手前の方はある程度整地されているが、魔の森の手前の方は、地面がボコボコしていて、石や岩も沢山落ちている。切り株だってあるし、草も生えている。
私は驚いて、母の肩をタップした。
「お母さん、こんなに荒れているところを、人の手で畑にするの?」
「人の手を使わずに、どうやって開拓するの?」
それはそうだ、この世界に重機なんてない。重機って、本当にあるべくしてあるんだな……。
いや、そうじゃない。
「そうだけど、すごく荒れてるよ? 切り株も、あの大きな石も、どうやって……?」
「どうやってって……みんなで引っ張ったり、持ち上げたりして動かすのよ」
あの、祖父よりも大きな岩を? しっかり根の張った大木の切り株を? 人力で?
重機があるわけでもなし、それしか方法がないのはわかってはいたが、私は愕然とした。
「たいへん……」
「そうよ、とっても大変なの。だから、奴隷の人達は凄く頑張ってるのよ」
そうか、この村の人達は開拓の大変さを知っているから、それを仕事にしている奴隷たちを、冷遇したりはしないんだ。むしろ母の言葉からは、一定の敬意を払うべきだという意思が感じられる。
黙り込んだ私が納得したと見たのか、母はまた歩き出して、すぐに祖父を見つけた。母が声をかけると祖父も気が付いて、額に浮かんだ汗を手拭いで拭きながら、笑顔になって手を振った。
「どうしたよ?」
「シヴィルがね、お爺ちゃんがお仕事してるところを見たいって言うから、連れてきたのよ」
「おう、そうかぁ」
祖父はにんまり嬉しそうに笑って、私を撫でようとした手を、一瞬止めて引っ込めた。手が汚れていると思って、遠慮してくれたのだろう。気遣いの出来るお爺ちゃん大好き。
私も笑顔になってお爺ちゃんを見上げた。
「今は何をしていたの?」
「アレを片付けるとこだった」
祖父が指差した先には、先ほど見つけた、祖父よりも大きな岩が鎮座している。あんなに大きな岩を、一体どうやって片付けるというのか。
「どうするの?」
「まぁ、見てろ」
祖父はニヤリと笑って、岩の所に向かう。岩の周りには奴隷の男性たちが10名以上いたが、祖父が近づくと岩から離れた。
祖父が腕まくりしたのを見て、母が溜息を吐く。母の反応を不思議に思いつつ、祖父に視線を戻した。
腕まくりをした祖父が、ポケットからグローブのようなものを取り出して、右手にはめた。ギュッギュと手を開閉して、ぐっと握りしめる。
そして右腕を引き絞って、大岩に叩きつけた。
「っ!」
私は祖父が右手を怪我すると思って、声にならない悲鳴を上げた。だが、その思惑に反して、祖父に殴られた岩はビキビキと亀裂が入り、ガラガラと音を立てて瓦解してしまったではないか。
あまりのことに私は呆然としていたが、相変わらず母は溜息を吐いている。そして祖父は手をパンパンと叩いて埃を払い、こちらにドヤ顔を向けた。
周りの奴隷達は、しきりに祖父を称賛している。
母が力持ちだから、当然祖父も力持ちなのはわかっていた。だが、これほど非常識だとは思わなかった。
開いた口が塞がらないとは、このことだ。
私がポカンとしている間に、割れた岩は奴隷達が荷車に載せていた。いつの間にやら祖父も傍に来ていた。
「どうよ?」
「び、びっくりした」
「じーちゃんはスゲェだろ?」
「うん……」
すごいなんてものじゃないと思うのだけれど。母が溜息を吐く理由が理解できたところで、奴隷の人達も寄ってきた。
「へぇ、ドゥシャンさんのお孫さんですかい?」
「可愛いお孫さんですねぇ」
「お嬢さん、君のお爺ちゃんはすげぇんだよ」
「俺達、ドゥシャンさんが来てくれて大助かりだよ」
「ドゥシャンさん、これからも頼んますね」
「バカ言え、もう1週間も手伝ってやってるじゃねぇか。狩りに行けねぇもんだから、ウチの金庫番がコレなんだぜ?」
祖父は母を見ながら、頭の上に指で角を生やしている。確かに狩りに行けないと収入はないのだろうけど、ちょっとくらいご飯が減っても我慢できるくらいには、祖父はカッコイイと思った。
普段会う奴隷の人は女性ばかりで、初見の男性も沢山いたので、改めて自己紹介をした。
「はじめまして。ドゥシャン・ゴリンデルの孫で、シヴィルと言います。2歳です。お爺ちゃんがお世話になってます」
挨拶をすると、奴隷の男性たちはみんな笑ってくれた。
「ステラさんに似て美人だねぇ。こりゃ将来が楽しみだ」
「まだ2才なのに、こんなにしっかり挨拶できるなんて、賢いなぁ」
「ウチのバカ息子は、2歳の時はただのクソガキだったからなぁ」
「おめぇんとこの息子は、今でもクソガキじゃねぇか」
「はは、言えてる」
「うるせーぞ! くそじじい! 聞こえてんだよ!」
少し離れたところにいた、15歳くらいの少年がわめくので、おじさん達は大笑いだ。
育ちがいいのは母のしつけの賜物で、私が母似でよかったと奴隷のおじさんたちが言い、それに祖父が憤慨するさまが面白くて、ついつい私も釣られて笑ってしまった。
開墾作業はやはり、ものすごく大変なお仕事なんだと思う。けれど、祖父も奴隷の人達も、村の人達も暖かい。
お爺ちゃんとお母さんのおうちに、この村に生まれてよかった。
【ゴリンデル家】
退役軍人の狩猟一家。シヴィル誕生前に、ホワイト辺境伯領ユオヅ村に引っ越してきた。
シヴィル
本作主人公。前世の記憶がある。
ステラ
シヴィルの母。若くて美人。村の男衆が密かにファンクラブを作っている。ドゥシャンが自由人なので、シヴィルより手がかかって困っている。
ドゥシャン
シヴィルの祖父。以前はホワイト辺境伯騎士団第3騎士団副団長だった。勝手に定年退職と言い出して辞めた。