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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第1章 幸福な子ども時代
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1-2 0歳

 生後しばらく経ちました。


 やっと目も開きました。目が開いて、一番に見えたのはお母さんの顔でした。お母さんの顔が大きくて、滅茶苦茶ビックリしました。まぁ、私が小さいんだけどね。


 目が開いたと言っても、まだちょっとぼんやり。お母さんは金髪に白い肌をしている。声から判断するとまだ若いと思うんだけど、なんかの病気じゃないかと心配だ。でも、お母さんはすごく美人なので、お母さん似に生まれていると嬉しい。


 ちなみに、母の話す言語は理解不能。オッサンの声も聞こえる。これは父親かな?

 ひょっとすると外国なのかもしれない。幸運にも私は新生児なので、サクッと言語は覚えられる。多分。



 滅茶苦茶暑い。多分真夏に差し掛かってる。このタイミングで首が座ってきた。ということは、私は春生まれ。3月か4月くらいかな。

 この世界でも、3月とか言うかは不明だけど。



 というのも、一緒に暮らしているオッサン、もとい私の祖父なのだけど。職業は狩人のようで、時々獲物を持って帰ってくる。大体は既にバラしてあるのだけど、バラしててもわかる。祖父の獲った獲物が、イノシシやそんなものじゃないってことくらい。


 だって、樹里の記憶にあったもの。サーベルタイガーは絶滅してるって。あんなに大きな角があるのは草食獣ばかりで、牙が発達した肉食獣はもういないんだって。

 一度だけ母におんぶされて、祖父が獲った獲物を見た時に確信した。


 こんな生物は地球にはいない。羽の生えた豚なんかいない。

 

 つまりここは、異世界ということです。輪廻転生は、地球及び仏教の概念じゃなかったらしい。


 私としては、樹里の記憶を参考に生きられたら楽ができると思っていただけに、これは大誤算だった。

 なんなら樹里が死んだより先の未来の地球だと思っていたし。それがまさかの異世界だ。樹里の記憶は当てにならない部分も多いだろう。



 とはいえ、新生児効果も相まってか、私はサクッと気持ちを切り替えて、樹里の記憶に依存せず、私なりにこの世界のことを学ぼうと気を引き締めた。



 でも、大事なのはこの世界のすべてではない。私と、それを取り巻く環境が一番大事。



 家族構成は、どうやら母と祖父の3人のようだ。母も祖父も若い。母なんて、樹里より10歳は下に見える。

 外の印象からすると田舎のようだから、結婚が早かったのかもしれない。


 いつも母が私の面倒を見ながら家事をして、祖父が狩りをしているようだ。この家は祖父を基盤にした狩猟一家みたいだ。



 当初私は自分の欲求に逆らうことなく、やれ腹が減っただの、うんちが出ただの泣き喚く以外には、ゆりかごの中で眠っていた。喋ろうにも、言語野や咽頭が未発達なので喋れないし、では泣き叫べというわけだ。


 余談だけれど、お母さんのおっぱいは、結構美味しい。樹里の記憶に、医学部の学部長が「嫁が長男を生んだ時におっぱい飲んだけど、あれ不味かったわ」と言っていた記憶がある。

 しかし、続けて学部長が、

「新生児の味蕾は大人の数倍あるし、新生児は味覚に敏感だから、俺には薄い牛乳程度でも、新生児には美味しいのかもしれんなぁ」

 と言っていた。

 実際、甘さ控えめのコンデンスミルク程度の味で、正直に言うと美味しい。味覚に敏感な新生児が、不味いものを飲むわけがないので、美味しいのは当たり前だ。お陰でゴクゴク飲んでいる。


 閑話休題。



 当初は新生児の育児におっかなびっくりしていた母も、やがて慣れて、泣き声だけで私の欲求を判断してくれるようになった。お母さんってすごい。


 母は偉大だと思ったので、普段の母の様子が知りたくなった。いや、嘘。母ともっと触れ合いたかった。

 私は新生児なので、まだまだ愛着形成が必要なのだ。お乳でもうんちでもないのに泣き喚く私に、母は困惑していたけれど、私が縋りつくと理解したのか、その日のうちにおんぶ紐を作って、翌日から私を負ぶってくれるようになった。


 母は小柄で細身、加えて美人だし、儚い見た目をしている。淡い桃色交じりの金髪に、紫の瞳、真っ白な肌。小さい体躯に華奢な体つき。一日中赤ん坊をおんぶできるようには見えなかった。

 

 だから私は心配していたのだが、母は難なく私を負ぶって、井戸から桶いっぱいの水を汲んで運び、驚くべき手さばきで野菜の皮をむき、空中に放り投げて空中でカット。

 剣舞と見まがうこなしで裁断し、神速で縫物を仕上げ、箒を振り回して、力業で埃を家から追い払う。



 この世界の専業主婦は、どうなっているんだ。スペックが高すぎて、一周回って珍獣である。

 多分、あれだ。母はすごい技術を持ったお針子さんとか、なんかそんなんだ。いくらここが異世界でも、母がデフォルトということはないはずだ。多分。自信ないけど。サンプルが母しかいないから、母が普通なのか異常なのかもわからない。

 しかし、祖父が狩人なんだから、偉い人ということはないはず。つまり母も普通の人だ。


 これが普通なのか……異世界怖い。私に母と同じことが出来るようになるだろうか。自信がない。



 で、当初は食っちゃ寝していたわけだが、この頃にはそこそこ覚醒時間も延長し始めたわけで、首も座った。

 樹里の記憶によると、子どもが喃語を話し始めるのが平均生後9か月。でも、樹里は半年ほどで話し始めたらしい。これは多分、発声器官は既にできていて、あとはどう発語するかを新生児が発見できるかどうかだ。

 ちなみに樹里は「人より早く話し始めたから、天才が生まれたと思って喜んでいたけれど、二十過ぎればただの人、まさしくそれだった」と母親から言われていた。切ない。


 気を取り直して、ちゃんと意識して発語を試みる。


「ん、んー、んま、まんまぁ」


 縫物をしていた母が、驚いたように私を見る。


「あぅ、まんまぁ」


 母が、顔をほころばせて、縫物を放り投げて駆け寄ってきた。


「:@:ママ?  1”#$?」


 何を言われているのかわからなかったが、、多分催促されているんだろう。なにしろ母は、すごく嬉しそうだ。


「まんまぁ」

「ふふ」


 母は私を抱き寄せて、嬉しそうに頬ずりする。ただでさえ美しい母の顔が満面の笑顔で、私を見つめて笑っている。ただ一言話しただけなのに、たったこれだけのことで、これほどにも喜んでくれる。

 樹里は前世の母親を「感情に流されやすく合理的な判断が出来ない人」と下に見ていたようだけれど、仮にこの母も同じような人であったとしても、それでも私は言いたい。


 私の成長を喜んで、こんな些細なことで、これほど愛情を傾けてくれるお母さん。

 私は、お母さんのことが大好きです。



 ついでと言ったらなんだが、祖父も私を猫可愛がりしてくれる。でも、頬ずりされると髭が刺さって痛い。頬がヒリヒリする。新生児の肌は敏感なのだ。

 お爺ちゃんも好きだけど、髭は剃ってね。

 



 




 暑さが過ぎて肌寒くなった。


 母は井戸に水を汲みに行くとき、毎日ではないが時々私も連れて行ってくれる。今のところ、この水汲みが私の唯一の散歩コースで、ほんの少しだけ外を垣間見る事が出来る、ささやかな私の楽しみだ。


 井戸は家から少し離れたところにあって、この村の共同井戸のようだ。母もそうだが、他の家のおばちゃん達も朝から来るようで、時々母と顔を合わせては何事か話している。



 何を話しているのか、まだ理解しきれていないが、母や祖父、周りのおばちゃん達が、私に「シヴィル」「シヴィルちゃん」と話しかけるので、自分の名前はシヴィルというのだと知った。


 それと、母の髪は金髪なのだが、他のおばちゃん達もカラフルな髪色をしている。それに、耳が長かったり、頭の上に耳が生えていたり、角が生えていたり、尻尾のある人もいる。

 私が興味津々でその尻尾を目で追っていたら、その人が私に尻尾を寄せてくれたので、モフリ倒した。あんまり手入れされていないのか、枝毛もあったけど柔らかかった。狐のお姉さん、ごちそうさまでした。またお頼み申し上げたい。


 

 タイミングがずれることも多少はあるのか、毎日同じメンバーというわけではない。でも、元々規模の小さな村なのか、大体同じような顔ぶれが井戸で顔を合わせ、井戸端会議をする。

 その中の半数くらいは、母を含めた他のおばちゃん達に、頭を下げて挨拶をする。母や他のおばちゃん達は、頭を下げたりしない。

 多分母も他のおばちゃん達も、上流階級ではないと思う。多分母たちが上なのではなく、頭を下げている人たちが、下の階級なのだろう。


 少なくとも母も他のおばちゃん達も、頭を下げた人たちに理不尽な態度は取っていない。普通に和気あいあいと話しながら水を汲んでいる。

 階級制度なんてものがあったとしても、小さなコミュニティだ。みんな仲良くできるなら、それが一番良い。



 それにしてもだ。


 他のおばちゃんたちは、水の入った小さなバケツを両手に下げて、ヒイコラ言いながら何往復もしている。

 それに引き換えウチの母は、おんぶ紐で私を前に抱いた上、人一人は入れそうな大きな桶に水を汲み、それを肩に担いで2往復くらい。おばちゃん達はそんな母を見慣れているようだが、私は驚きを禁じ得ない。


 やはり母が異常だった。母が世界基準でなくて安心したと同時に、私はちゃんとこの家の子として成長できるのか、甚だ不安だ。




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