4-50 泣き虫の剣聖4
国境の砦のある町で数日待機していると、ドルストフ帝国の皇子が到着したと報せが来た。
今日は晩餐会、明日はパーティ、明後日は話し合いをして、その後お互いの皇子を交換して国境を越える手筈だ。
クインシー殿下は、ついに人質交換だなんて、身も蓋もないことを言ってるけど、まぁ現実問題そうなんだろう。
あちらの兵士の数もこちらと同じくらいだ。騎士が護衛について、文官達がお互いのお土産や持ち込んだ荷物の確認をしている。パーシバルもそっちにいる。
私はザカライアと一緒にクインシー殿下に付き従った。
そうしてクインシー殿下の晩餐会の準備をしていると、それが終えるのを見計らっていたように手紙を渡された。
クインシー殿下が気遣ってくれて、先に行くと言うので、読んだらすぐに追いつけばいい。
手紙は実家からだった。その手紙には、父方の祖父である前辺境伯が、急死したと書いてあった。心筋梗塞だった。診断したのが聖者イーサンなら、誤診ではないだろう。
祖父から貰った魔王の指輪が目に入った。
「私が死ぬ前に、また顔を見せなさい」
祖父との約束を果たせないどころか、私は葬儀にも行けない。
ディランのことだってまだ立ち直れてないのに、続け様に祖父の訃報を齎されて、私は限界だった。
目の前がぐらりと揺れて真っ暗になり、私は気を失った。
ふっと目を開けると、パーシバルの心配そうな顔が見えた。
「私……?」
「倒れたんだよ。心労が重なったんだろうって」
「私でも倒れることがあるのね」
「無理もないよ……」
事情を聞いたのか、パーシバルは私の髪を優しく撫でた。
「晩餐会は?」
「恙無く終わったから大丈夫」
「よかった」
「そんな心配しなくていいから、今は寝ててよ」
「ありがとう」
仕事すっぽかしたと思って焦ったけど、大丈夫みたいで安心した。パーシバルの言う通り、今は休んで、明日以降に備えなきゃね。
パーシバルは物憂げにしていた。
「シヴィル」
「なに?」
「僕はシヴィルの前から、いなくなったりしないからね」
「……っうん」
思わず涙が込み上げて、布団を頭まで被った。
私が耐えられなかったのは、これなんだ。ディランと祖父の喪失。立て続けだったから、余計だったんだと思う。
喪失感というのは、本当にどうしようもない。別で埋めるか、時間が癒すのを待つしかない。喪失感には、特効薬なんかない。
私はそういう苦しみの乗り越え方を知ってる。日々の勤めを果たすこと。
でも、パーシバルが続けて言った。
「シヴィルが頑張ってるのはわかるよ。でも、自分の気持ちを押さえつけたら、シヴィルの想いが可哀想だよ。僕に話して、思ってること全部」
樹里もそれに賛成した。
(ちゃんと向き合いな。その方が今のアンタには良い)
樹里の後押しも受けて、私は心の内を吐露した。
「ホントは、嫌だったの。ディランを殺すなんて、嫌だった」
「うん」
「でも、ディランが望んでた。私がやらなくても、誰かがディランを殺すの」
「うん」
「ディランも、私に殺されたがってた。だったら、私がって。でも、嫌だったの。凄く、嫌だったの」
「どうして?」
「だって、ディランは友達だもの。嫌だったの。嫌だったのに……」
号泣しながら話す私の言葉は、支離滅裂になっていった。けれど、パーシバルは根気強く聞いてくれて、価値観の押し付けなんかもしないで、傾聴してくれていた。
「お爺様と、約束したの。死ぬ前に顔を見せるって。それも、果たせなかった。私は、何もなせてない……」
「シヴィルを苦しめていたのは、喪失感と無力感だったんだね」
パーシバルにそう言われた、その言葉が、妙にカチリとハマった。
「そう……多分、そう。私は自分の誓いを、何も守れてない」
「シヴィルの誓いってなに?」
12歳までは、立派な狩人になろうって思ってた。
ライアン様が死んでからは、立派な騎士になろうと思ってた。
皇都に移ってからは、ニコール様をお守りしようと思ってた。
今はクインシー殿下をお守りしなきゃって、思ってる。
私はこれらの誓いを、守れたことがなかった。
私の誓いは、なんて薄っぺらいのだろう。祖父の言う通りだ、私は甘ったれた弱い子どものまま、成長してない。
そうか、私は自分に失望して絶望していたんだ。何も守れない自分に。命も約束も守れない不甲斐なさに。
脳内お花畑。樹里の言う通り。私は元々浅はかで希望的観測が過ぎる。
物事を慎重に考えられなくて、土壇場で右往左往してばかり。
今の私は、今までの私が生み出していた。こういうのを、なんて言うか樹里が教えてくれた。
因果応報。
でも、それがわかっても、私はどう生きればいいのかわからなかった。だからパーシバルに縋った。
「ねぇ、私はどうしたらいいの?」
私の漠然としすぎる質問に、パーシバルはしばらく考えると、やはり私の髪を撫でた。
「シヴィルの想いは矛盾もしてないし、破られてもいないよ。ただ状況が変化しただけだから、自分を責めなくてもいいんだよ。とりあえず、今日はおやすみ。眠るまで、僕がそばにいるから。明日また話そうね」
「わかったわ……」
「おやすみ。シヴィル、愛してるよ。僕はそばにいるから。シヴィルの味方だから、忘れないでね」
「私も……」
泣き疲れたのか、私はパーシバルと手を繋いだまま、深く眠った。