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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第4章 学園生時代
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4-49 泣き虫の剣聖3

ギン!と、金属のぶつかり合う音が、雪原に響く。決着は一騎打ち。だから、生き残ったコバルト侯爵家の騎士も、近衛騎士団も、私達の戦いを、静かに見ている。


「火弾!」

「くっ!」

「これも避けるか!氷槍!」

「甘いわ!」

「このっ!」


ディランは魔術騎士だ。剣の腕は並の騎士以上。それどころか遥かに上回る。魔術も卓越している。

剣に加えて魔術まで繰り出してくるものだから、私はそれを避けたりいなしたりしている。

ディランの攻撃は、私にはかすりもしない。避け続ける私に、ディランの表情が険しくなる。


「馬鹿にしてるのか!」

「そんなつもりはないわ。でも、グレイ伯爵の攻撃を避けられる私が、ディランの攻撃を避けられないはずがないでしょう」

「やっぱり馬鹿にしてるだろ!」

「してないったら!」


剣を振り抜いて、剣風が炸裂する。魔物が数十は爆裂して吹き飛ぶ程の攻撃。ディランはそれを火弾をぶつけて相殺した。

普段は剣のみで稽古していたけど、魔術を応用されると、かなり厄介だ。これが、ディランの本気か……。


距離を取ると、魔術を撃ち込まれて更に近寄りにくくなる。いや、本当は、魔術を避けて近付くことは出来る。そうしないのは、私にまだ、ディランを傷付ける覚悟が出来ていないからだ。

ディランからすれば、確かに馬鹿にしている。でも、そう簡単に、傷付けたくないし、傷つきたくない。

多分、ディランはそれに気付いてる。だから、さっきから私の急所ばかり狙って、ディランの本気と覚悟を見せつけてくる。


ディランは私と違って、覚悟も度胸もある、立派な騎士だったんだな。

私みたいな甘ったれとは、全然違う。そんな私が、ディランの最期を叶えてもいいのだろうか。


「ディラン、本当に私でいいの?」

「貴女がいいんだ」

「……わかったわ」


君と呼んでいたディランが、貴女と呼んだ。私に対するある程度の崇敬。剣聖としての私に、打ち倒される誉れを求めている。

まるでプロポーズの応答のようなやり取りなのに、私に友達を殺せなんて、酷いことを言うのね。


ディランの放った氷槍を掴んで投げ返す。ディランは後ろに飛んでそれを避けたが、高速で地面に埋もれた氷槍が、雪を巻き上げて、僅かにディランの視界を遮った。

その隙に踏み込んで、左下から切り上げると、硬い鎧と肉を切り裂く手応えを感じた。


ディランは苦痛に顔を歪めながら、スッパリ切り裂かれて肩からぶら下がった鎧を脱ぎ捨てると同時に、氷属性を付与された剣で私の肩口を抉る。

あまりの低温に激痛が走り、肩がパキパキと氷結していくのを耳が拾って、即座に後ろに下がって無理矢理剣を引き抜く。

左肩を払うと、血の混ざった氷の欠片が雪に落ちる。

ディランの腹部から胸にかけて走った裂傷からも、ダラダラと血が流れて雪を染めていた。

それでも、私の傷は徐々に塞がっていく。それを見て、ディランは苦笑した。


「聖女ってズルいな」

「魔術が使える貴方もズルいわ」

「お互い様か」

「そうよ」

「ぐっ!」


無拍子で放った刺突が、ディランの脇腹を抉る。咄嗟に急所は避けたみたいだけど、もうマトモに動けないはずだ。

だというのに、「ぐおおお!」と雄叫びを上げたディランが、猛然と斬り掛かる。

口から血を吐きながら、決死の覚悟を見せるディランの攻撃を、もう避けようなんて思えなかった。

私は真正面から、ディランの剣撃を受け止める。


ギギギギン!

ぶつかり合う剣の音が、雪原に木霊する。

ディランの足元には、血溜まりが出来ていた。息が上がって、少しずつ動きも鈍っている。

それでもディランの瞳は、まだ炎を失わない。その炎に、私は敬意を表するべきだ。


「はぁっ!」


ディランの刺突に、私は剣を絡めて捻り、上に弾くと、胴が空いたディランに袈裟懸けに斬りつけた。骨と肉を断ち切る感触と同時に、血が吹き出して、ディランがその場に膝をついた。


「っは、はぁっ、はぁっ、やっぱり、強い、な」

「……最期に、言い残すことはある?」

「げほっ」


剣を突きつけて問いかける私を、ディランが見上げた。


「本当は、貴女に、惚れてた……キンバリーには、秘密に、してくれ」


その言葉に、堪らなくなって左手で顔を覆った。


「……何故、今になって、そんなことを言うのよ……」

「こんな……ゲホゲホッ……でもなきゃ、一生、言う気なんて……ゲホッ、なかった」


だから、とディランは血塗れの顔で笑った。


「貴女に、この命を、奪われるなら……本望だ」


ディランは、こんな時に、今になって、私に酷い呪いをかける。これでもかと罪悪感を植え付ける癖に、私を処刑人から解放してはくれないのだ。

なんて、酷い人なんだろう。


いや、多分彼なりの思いやりなのだ。ディランに死を提供するのに望ましいのは、私だけだと、そう思わせることで、私の痛苦を和らげようとしてくれている。

なんて、馬鹿な人。それなら最初から、こんな選択をして欲しくなかったのに。

本当に、馬鹿な人。


「ひっ、く……」

「泣くなよ」

「うぅぅ~」

「貴女に泣かれると、困る。頼むから、一思いに、やってくれ」


嫌だ。嫌だ。こんなことしたくない。今すぐディランの傷を治したい。何も無かったことにして、どこかに逃げて欲しい。

でも、ディランは絶対そんなことをしないと、わかってる。


「今まで、楽しかった。さよなら」

「うっ、グスッ。……私も、楽しかったわ。さよなら」


剣を握る手が、無様な程に震えている。こんなんじゃだめ。せめて、痛みを一切感じないように。死んだことにも気付かないくらいに。

綺麗な剣で、死なせてあげたい。死なせて、あげなきゃ。

零れる涙を拭って、私は剣を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした。


血が迸って、ディランの首が落ちた後、ゆっくりと体が雪の上に倒れた。

私は力なくそばに座り込んで、ディランの首を拾って、腕に抱いた。


「っぐぅぅ、ううぅー!うわぁぁぁ!うあぁぁぁぁ!」


雪原に私の慟哭が木霊する。誰もがディランの死を見守って、黙祷を捧げた。

私は声が枯れるまで泣き喚いた。淑女らしからぬはしたない行いでも、騎士らしからぬ無様な態度でも、最早私はかなぐり捨てて泣き叫んだ。

雪原には私の泣き声と、冷たい雪風が吹き荒れている。


「僕の剣聖は、泣き虫だな」


暗くなってきた空に、クインシー殿下の呟きと流星群が、歌うように、零れ落ちた。


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