4-48 泣き虫の剣聖2
激しく狼狽する私の背後から、馬車のドアが開く音がした。
「殿下!」
「出てはなりません!」
パーシバルとザカライアが止めるが、クインシー殿下は馬車から降りた。
「一騎打ちだろう?それなら問題ないさ」
「ですが……」
「シヴィル嬢。最期のお願いくらい、叶えてあげたら?」
最期。やっぱり、最期なんだ。
わかってる。この襲撃が成功しようが失敗しようが、クインシー殿下を襲った時点で、彼らは全員死刑だ。
ここで死ぬか、刑場で死ぬか、選べるのは死に場所だけ。
そしてディランは、ここで私に殺されることを、望んだのだ。
ディランは、クインシー殿下を見つめていた。
「前から、聞きたかった事があります」
「何かな?」
「シャーロットの起こした婚約破棄も、殿下の筋書き通りでしたか?」
険しい表情をするディランとは対照的に、クインシー殿下は「さぁ?」と笑顔だった。
シャーロットの婚約破棄が何故?と考えた時、最初にクインシー殿下にシャーロットのことを聞いた日を思い出した。
あの時確かに、殿下は言ったのだ。
「使い道は考えてある」
と。
まさか、ギャリーとシャーロットが恋仲になったのも、ギャリーがローラと婚約破棄したのも、殿下の誘導だったの?
確かにクインシー殿下なら可能だ。第1スキルの支配を使えば、暗示とか思考誘導とか、催眠も出来る。
でもどうして?学園から追放したかった?
違う。ローシェンナ家に喧嘩を売ったアーモンド伯爵家が許せなかった。そしてジョンブリア辺境伯家の力を削ぐために、二人を利用したんだ。
ディランは、小さく溜息を吐いた。
「まんまとやられましたよ。貴方は人でなしだ」
「わー、酷い言われようだ」
「でも、だからこそ、俺は貴方こそが皇帝に相応しいと思った。ジョナサン殿下じゃダメだ。あの方はお優しすぎる。なのに何故貴方が、国を捨てるんだ」
「……これも、国の為さ」
「詭弁だ」
ディランとしては、皇帝として立って欲しい相手が、国を出ることも腹立たしかったのかもしれない。
この人が立ってくれたら、この人の下でなら。そう思っていたのに、その人が他国に行ってしまう。それなら、いっそのこと──。
ディランが自嘲した。
「お陰で俺は、このザマさ」
「まさか君が生贄になるとは、流石に僕も予想していなかったよ」
「生贄……?」
私の疑問に、クインシー殿下がやはり微笑みながら答えた。
「北部貴族の溜飲を下げつつ、北部貴族を守るには、こうする以外はないのさ。事が終われば、コバルト侯爵はこう発表するだろう。ディランの勝手にやったことで、コバルト侯爵家の関与はない、とね」
北部貴族は、やられっぱなしで、黙っている訳にいかなかった。かといって、大規模な襲撃などすれば、本格的な戦争あるいは内戦、またはその両方が起きる。そうなると、北部貴族はこの国全てを敵に回すことになり、生き残りの目はなくなる。
だから、絶対にクインシー殿下が傷つかない程度の戦力で襲撃して、失敗して、ディランを見殺しにすることで、この件の収束を図った。
そうすれば、北部貴族もただ黙ってはいなかったと、体面を保てるし、多くの北部貴族が守られる。
ディランと100名の騎士達は、北部貴族を守り、混乱を収めるための、生贄だ。
ここに来るまでの北部貴族の敵意が少なかったのは、それ以上にディランへの罪悪感が強かったのだろう。
「そんなことって……」
「僕なら諦める。ホント思い切ったことするよね。でも、君らは諦められなかったんだろう?」
クインシー殿下の問いかけに、ディランは自嘲した。
「俺だって諦めたらいいのにと思いますよ。けど、長年の恨みを消すことなんか、出来なかった。こうするしか、ないんだ」
改めて構えるディランに、私は声を上げた。
「待って!今なら引き返せるわ!やめられないの?」
「もう後戻りなんて出来ない」
「死ぬ覚悟が出来るなら、コバルト侯爵家を捨てて、私達についてきて!」
「じゃあ君は、クインシー殿下を見捨てて、俺につけばいい。出来ないだろ?」
「……っ!」
ディランはコバルト侯爵家を捨てられない。私はクインシー殿下を捨てられない。
もう、後戻りなんか、出来なかった。
「構えろ。最期くらい、本気を出してくれ」
「嫌……嫌よ!」
「往生際が悪いぞ!」
踏み込んだディランが、剣を振り下ろす。それを受け止めるが、出会った頃より遥かに重くなったその剣には、覚悟が乗っているのがわかる。
「嫌!ディランと戦いたくない!」
「戦え!俺を犬死にさせる気か!」
ディランが縦横無尽に剣を振るのを、どうにか受け流す。視界が涙で見えない。ボロボロ零れる涙が、幾つも雪の上に零れた。
「友達だと思っていたのに!」
「俺も思ってたよ!」
ディランに腹を蹴られて、雪の上を滑って倒れた。
ディランは構わず、私に剣を振りかぶった。
「本気出せって言ってるだろ!」
すんでのところで躱して、ゴロゴロ右に転がり、立ち上がって構えた。
まだ涙は止まらない。ディランも止まってはくれない。
もう後戻りなんか出来ないし、私が殺さなくても、いずれディランは死ぬ。
それなら、せめて友達の私が、ディランに引導を渡すことが、友情かもしれない。
「……わかったわ」
グイッと涙を拭った。開けた視界の先で、ディランが一瞬切なそうな顔をして、でも笑った。
「覚悟しろ」
「あなたこそ」
ディランと私の、最初で最期の死闘が、始まった。