4-47 泣き虫の剣聖1
国境線の砦の手前に、コバルト侯爵家の旗がはためき、雪煙を巻き上げているのが、遠目に見えた。
思ったよりは、はるかに少数だった。もっと2000名くらいいるかと思ったけど、100もいないように見えた。
こちらは騎士が1000名を超える。いかに北部が強いとはいえ、数の差が大きすぎる。
もしかして、見送りに来ただけ?
私のそんな甘い考えは、あちらが一斉に馬を走らせ始めたことで、打ち砕かれる。
あぁ、そうか。もう、諦めなきゃいけないのは、彼らじゃなくて、私なんだ。
「ホワイトとセラドンは、殿下をお護りしながら後方にさがれ!アシュフォード隊は殿下の護りを固めろ!タイラー中隊前進!」
副団長が号令する。すぐさま私達は馬車を反転させて、後方にさがった。
あちらの100名の騎士を、こちらの1000名の騎士が迎え撃つ。
一体どういうつもりなの。この戦力差で、どう足掻いても勝てるわけがないのに。これじゃあまるで、自殺と変わらない。あちらの指揮官だって、わからないはずがないのに。
あっという間に、コバルト侯爵家の旗が倒れていく。馬が倒れ騎士が沈む。うめき声が響き渡り、鮮血が雪原を染めた。
明らかに、死を覚悟した特攻。盾と槍を構えて、突破だけを試みるような突撃。
クインシー殿下を目指した一点集中は、狙いが見え透いているから、呆気なく騎士が死んでいく。
勝ち筋なんてまるで見えないのに、コバルト侯爵家の騎士達はぶつかり合う。
こんなの無駄死にだよ!なんでこんなことをするの!
叫び出したくなったその時、一騎の騎馬が、包囲を破って突進してきた。立ちはだかる近衛騎士を打ち倒し、斬り飛ばして前進するその騎士が、高く馬を跳ねさせる。騎士の頭上を飛び越えた馬は槍に貫かれたが、その騎士は空中で前転し、私達の前に膝をついた。
立ち上がったその騎士が、私に剣の切っ先を向けた。
「剣聖、シヴィル・ホワイト。君との一騎打ちを所望する」
「な、ん……」
声が、震えた。ガクガクと膝が震えて、構えていたのに、思わず腕を下ろした。
彼は、この騎士は、ここにいていい人じゃない。絶対にいて欲しくない人だった。
私の前に立ちはだかり、挑もうとするその騎士は、ディラン・コバルト侯爵令息だった。