4-46 身勝手な願い
ついに出立の日となった。輿入れの行列は二千名にも及ぶ。クインシー殿下の警護に加えて、輿入れの為の品、宝石や衣装、家具やお土産等を満載した馬車が、ずらりと並ぶ。
主にお土産の食料が多い。まだ冬なので、冬場に食料不足に陥りがちなドルストフでは、食料は喜ばれるだろう。
クインシー殿下の馬車に同乗するのは、侍従兼文官のパーシバル、護衛侍女の私、護衛騎士のザカライア・セラドン伯爵令息。ザカライアは騎士団長の長男なので、元々ついて来れないはずだったのだが、自分はクインシー殿下の騎士になる為にそばにいたのだと、熱烈に同行を志願したそうな。
殿下についていけるのは、双方3名までと取り決めがあって、あと一人はどうしようかと思っていた所に、ザカライアからの志願。ザカライアは私にサークルで鍛えられて、以前より強くなったと騎士団長よりお墨付きもあり、ザカライアが最後の同行者として選ばれた。
私もパーシバルも渋々だし、他の人もドルストフ行きは怖がったと言うのに、その忠誠心はホント尊敬するわ。
皇城から北門に続く通りには、見送りに来た人達がひしめいていた。中心地には貴族達が、そこを抜けた先の商店街や外縁部では都民達が、輿入れの馬車を見上げて手を振っていた。
皇都を抜けるまでゆっくりパレードする馬車の上で、クインシー殿下はいつも通りにこやかに手を振っている。
クインシー殿下は、いつだって笑顔だ。いつも、同じ笑顔。気持ち悪いくらいに整備された、鉄壁の仮面。
故郷を離れることに、何も思わない?寂しくない?そんなはずはない。あの笑顔の下に押し隠して、誰にも何も悟らせないだけ。
改めて、これが為政者なんだと震える。トップに立つ人は、感情を出したり消費するなんて、そんな贅沢なことは許されない。彼は他者の感情を操る側の人間だから。
少しずつ毒を飲み込むように、自分の心の声も、飲み込んでいる。
「パーシバル」
「うん」
「クインシー殿下のこと、ちゃんとお支えしましょう」
「うん。殿下の味方は、僕らだけだ」
「うん」
敵地に一人飛び込むクインシー殿下の味方になれる人は、私達だけだ。決意を新たにした私達を乗せた馬車は、皇都を旅立った。
ドルストフ帝国に行くために、必ず通らなきゃ行けないのが、北部貴族の領地だ。
北部貴族が何かやらかす可能性はあるので、中央貴族と騎士が先行している。北部貴族が変な動きをしないか監視するためだ。
北部貴族もそれをわかっているようで、今のところ変な動きはない。
これまで2週間の道程で、いくつもの町を経由してきたけど、今のところ変わったことはないみたいだ。
宿を利用する時も、貴族の屋敷に泊まる時も、クインシー殿下の部屋の両側を、パーシバルとザカライア、私が挟み、常に近衛騎士団が周囲を固めていた。ブライアン・ビリジア副団長の率いる部隊だ。私や団長は、個の武勇で有名だけど、ビリジア副団長は、将としての武勇が有名な人だ。こういう時に、一番頼りになる適任。
「副団長、異常はありませんか?」
「ホワイトか」
ちょうど見かけた副団長に声をかけると、副団長は外を見ながら言った。
「異常はない。不気味な程にな」
それも変な話だった。北部貴族にとっては、和平の決定打を打ったクインシー殿下には、煮え湯を飲まされたはず。それなのに、あるはずの敵意は僅かしかない。はっきり言って気持ち悪い。
「諦めて何も出来ないか、これから起きることに、余程自信があるのだろう」
「大規模な襲撃を企んでいると?」
「可能性はある」
北部貴族の双璧、コバルト侯爵家とジョンブリア辺境伯家。元々コバルト侯爵は、開戦派を宥めていた。ジョンブリア辺境伯は、開戦ガチ勢だったけど、婚約破棄の件で僅かに信用と発言力が低下したと聞いている。
それを見逃さず、中立だった東部は和睦派に鞍替えした。南部はまだ様子見してるけど、女帝からの婿入りをクインシー殿下が受け入れた時点で、南部の後押しがなくても問題なく世論を傾けた。
クインシー殿下の婿入りに北部はかなり反対したそうだが、発言力の低下した北部貴族の声は黙殺された。
北部貴族は、かなり追い詰められていると言っていい。彼らに出来るのは、諦めて見送るか、処刑覚悟で行動を起こすか。
以前樹里が、人は追い詰めすぎると、何をしでかすかわからないと言っていた。今まさにそういう状況だ。せめて軍事演習の案が通ってくれたら違ったかもだけど、あっさり却下だったらしい。
参ったな。人が人を殺すところなんか、見たくないのに。
「回避することは、出来ないのでしょうか?」
「手は尽くした。それでも楯突くなら、引導を渡すまで」
「……はい」
何も起きないことを、心から願う。どうか諦めて欲しい。彼らのプライドが、それを許せなくても。それでも諦めて欲しい。同じ国の人間が争うなんて、そんなの嫌だ。
でも、私のそんな身勝手な願いを、神は聞き入れて下さらなかった。