4-45 見せしめ
皇城の皇子宮、クインシーの居室では、侍従兼文官としてついて行くパーシバルが、準備を整えていた。
何やら書類を読んでいるクインシーに、パーシバルは思い切って声をかけた。
「殿下が、手を回したんですか?」
「んー?」
書類から目を離さず、そらとぼけるクインシーに、僅かな憤りを感じながら、パーシバルは震えそうになる声を落ち着かせて、言葉を続けた。
「アーモンド伯爵家の事です」
「あぁ」
ようやく顔を上げたクインシーは、やはりいつも通りに微笑んだ。
「そうだよ?」
パーシバルは愕然としながら、「なんで……」と呟く事しか出来なかった。
「奴隷の違法売買を、僕が許すと思う?」
クインシーの母方の実家ローシェンナ伯爵家は、伯爵家ではあるが名門中の名門。建国の頃から存在する歴史ある家であり、保有する資産は帝国一と言われる大富豪だ。
元々現皇太子との婚姻になったのも、当時の財政状況から、ローシェンナ伯爵家の資産をあてにした側面もある。元属国の花の国独立の為に、多額の資金が必要だった。それを出してくれたのがローシェンナ家で、その報奨という事で、ローシェンナ伯爵令嬢が皇太子妃になった。
実の所、ローシェンナ伯爵と一緒に登城した伯爵令嬢を、皇太子が見初めたのは裏話だ。
そのローシェンナ伯爵家の家業は、国家に唯一認定された奴隷商。ローシェンナ伯爵家の男子にのみ発現するスキル「隷属」で、教育された奴隷は非常に質が高く、帝国内の各地に支店を持つ大商会だった。
そんなローシェンナ伯爵家を後ろ盾に持つクインシーが、違法売買など許すはずがなかったのだ。
「ですが、帝国法では、奴隷の違法売買の罰則は……」
「うん、処刑じゃないね」
「じゃあ、どうして」
「君への虐待、シャモア男爵への暴行、ビリジア侯爵への暴言、ローラ嬢への婚約破棄、奴隷の違法売買、運営費の横領、領民の誘拐。全部ひっくるめたら妥当だよ」
「でも、僕は……そんな事、望んでませんでした」
「君はね。でも、僕が望んだ。それだけだよ」
「……」
パーシバルに必要以上に配慮した訳ではなく、クインシーの望んだことと言われては、何も言えなくなった。
確かに、家族に対して全く恨みがないと言えば、嘘になる。自分の知らない所で苦労すればいい、その位は思っていた。
でも、決してこんな結果を望んだ訳では無い。
こんな事を笑いながら、平然と実行出来るクインシーに、背筋が粟立つ。
俯くパーシバルに、クインシーが苦笑した。
「僕について行くのが怖くなった?」
正直怖い。ドルストフに行くことも。でも、シヴィルと離れるのは嫌だったし、パーシバルを見出して救ってくれたのは、紛れもなくクインシーだ。
「僕は殿下について行きます」
「そう?良かった。大丈夫、僕は君やシヴィル嬢に何かしたりしないよ。君達が裏切らない限りはね」
「僕が殿下を裏切ることはありません」
「助かるよ。これからもよろしく」
「はい」
優しく恐ろしい自分の主に、パーシバルは深々と頭を下げた。
それを満足気に見やったクインシーは、物思いに耽る。
アーモンド伯爵家の処刑は、言ってみれば見せしめだ。
クインシーを敵に回すとどうなるか、実際にわからせてやった。
アーモンド伯爵家が奴隷の違法売買をしていたのは、パーシバルが家にいた頃からだった。あの時点で告発したら、パーシバルも連座で処罰されていた。
だからクインシーは機会を待っていた。アーモンド伯爵家が困窮して、奴隷の違法売買に手を出さなければならない状況だったと、他者に思わせられる時期が来るまで。
そして慰謝料等の支払いで首が回らなくなり、アーモンド伯爵家が屋敷を売りに出そうというタイミングで告発した。
虐待や婚約破棄等の醜聞は知れ渡っていたので、それらも加えて処刑になった。
(これで北部が大人しくしてくれるといいけど)
この見せしめで、大人しくしてくれたらいい。しかし、そう甘くもないだろう。
これからドルストフに輿入れという一大事の前に、もう一波乱起きそうだ。
(これでドルストフにも辿り着けず死んだら笑えるな)
1人クスクス笑うクインシーを、パーシバルが不気味そうに見ていた。