4-43 覚悟
今日は私も自宅に帰っていいとニコール様が仰ったので、甘えさせてもらった。
家族で囲む食卓は久しぶりで、多分これが最後になる。だから、たくさんたくさん話をした。
夕食の後、前辺境伯に呼ばれた。私の実父で、戸籍上は祖父になった人。大奥様も一緒だった。
祖父は私の前に、小さな布張りの箱を置いた。
「これをやろう。開けるといい」
言われて開けてみると、指輪が1つ入っていた。
「お爺様、これは?」
「魔道具だ。魔力を流せば結界を張れる」
小ぶりな銀色の指輪だ。指先に摘んで、小指にはめてみる。ピッタリだ。
「魔道具なんて高価な物、戴いても良いのですか?」
「お前は騎士だからな。当然危険に晒される事も有るだろう。だがそれは使い捨てだ。1度限り、どのような攻撃からもお前を守る。使い所はお前が選ぶのだ」
そんな眉唾物の魔道具なんてあるの?と思ったので、鑑定してみる。
品名:魔王の指輪
効果:1度だけあらゆる攻撃を防ぐ。
ランク:アーティファクト級
目玉飛び出るかと思った!
1度限りの絶対防御の指輪。こんな魔道具、伝説級の代物だ。それを、私の為に用意してくれたんだ。
小さい頃は、この人の事が大嫌いだった。グレイ伯爵の事で、殺そうとすら思った。
この人が、私をどう思っていたのか、未だにわからない。でも、あの時、何かあれば力になると言ってくれた。
私は信用してなかったけど、この人は行動でそれを示してくれた。
それなら、私も応えなきゃ。
「有難く、頂戴致します。ホワイト家の名に恥じぬ働きを致します」
私の返答に、祖父は苦笑した。
「ホワイト家の名誉など、どうでもいい。生き残れ。そして、私が死ぬ前に」
今まで見たことの無い優しい顔で、祖父が微笑んだ。
「また、顔を見せなさい」
その言葉に、思わず涙が込み上げた。樹里が(ホントチョロいわ)と水を差すけど、もうチョロくても良かった。
「……っはい」
「これまで私は、お前の良き父でいられたことはなかった。今後もそれは変わらんだろう。だが、お前はホワイト家の家族だ。何時でも帰ってくるといい。エスメラルダもユージェニーも、そして私も、お前の無事を祈っている」
「お爺様、もっと、お爺様と話したいです。これまでの事も、これからの事も」
「……そうだな。何から話そうか……」
祖父が語り始めたのは、ホワイト家の歴史。これは大奥様からも学んだ。
元々ホワイト辺境伯領は、別の国だった。元の名前はストルファ王国。
ストルファ王国は魔の森に接しているからか、軍は精強で、魔物素材からの利益もあって、アズメラ帝国と国境を接する地域は、アズメラ神の加護も漏れていたのか豊作で、小さな国だったけど、比較的豊かな国だった。
それがある日突然、消滅したのだ。
今でも原因はよくわかっていない。ストルファ王国の王都全域が、唐突に消滅したのだ。
王都にいた王都民、貴族、王族全てが、ある日突然、城や屋敷ごと、丸ごと消えた。
全てが焼き尽くされて灰になったとか、突然塵になったとか言われているけど、定かではない。
これは過去に類を見ない魔力災害と言われていて、こんな現象を引き起こせるのは、神か魔王位のものだ。
しかし魔王は関与を否定している。魔王の言い分によると、意味が無いらしい。
この世界における魔王の役割からしたら、確かに意味がない。魔王の役割は、世界の均衡を図ること。首都1つ滅ぼしても、魔王には意味が無い。
それで結局は、いずれかの神の逆鱗に触れたのでは、ということになった。
それでも、人の生活は営まれる。でも、人が生活するためには、基盤は不可欠で、その基盤を作っていたのが王侯貴族なわけで。
王侯貴族が消えたストルファ王国は、あっという間に混乱に陥った。
だからアズメラ帝国が手を差し伸べた。最早国家として運営出来る状況じゃなかった。
たまたま領地にいた、残存した貴族達は、アズメラ帝国の支配領域になることで、存続を保った。
そうして、ストルファ王国領の監督官として派遣されたのが、初代ホワイト辺境伯だ。これは、ずっとずっと昔の話。
初代は元々、アズメラ帝国公爵の傍系だった。初代はかなり大変だったと思う。更地になった首都を再建し、人を呼び、残存した地方貴族と折衝し。
首都が、領都ストルファとして現在の形になるのに、100年もかかった。
勿論最初は残存したストルファ貴族達との衝突もあったし、市民も素直に受け入れた訳じゃなかった。
だから代々のホワイト辺境伯は、この地を守る事に死力を尽くした。
アズメラ帝国領になってから、実りが以前より豊かになった。
魔物が出ても、辺境伯騎士団が対処してくれる。
少しずつ実績を積み上げて、少しずつ受け入れてもらえた。
「我が一族に流れる血の誓いは、守る事だ。お前にもその血が流れている。私は貴族だ。汚いこともやった。暗殺もした。守る為に必要な事は、何でもやった。
ドルストフ帝国は、政権が交代したばかりで荒れているだろう。殿下もお命を狙われるだろう。何をしても、お守りするのだ」
祖父の懸念は当然だ。若くして皇帝になった女帝と、その皇配となるクインシー殿下には、多くの暗殺者が差し向けられると思う。前皇帝の派閥とか、反女帝派閥なんかがあるはずだ。女帝の基盤が盤石になるまでは、常にその危険が付きまとう。
私はこれから、そんな世界に行くのだ。
私は騎士だから、クインシー殿下をお守りするのが仕事。今後敵対するのは人間だ。私はいつか、きっと遠くない未来に、人を殺さなければならない時がやってくる。
私に、その覚悟がある?その覚悟ができる?
不安になっていると、祖父がふわりと頭を撫でた。だが、その顔は貴族の顔をしていた。
「お前は優しい子だ。そして、とても弱い」
弱い。もしかしたら、初めて言われたかもしれない。弱い、私が、弱い。
あまりにも言われ慣れてないから、思わずキョトンとした。
「覚悟もない、甘ったれた弱い子どもだ。お前は心が弱い」
確かに、そうかもしれない。魔物となら戦える。だって慣れているし、魔物となら戦う理由があるから。
でも人間相手だと、迷いがある。仮に相手が絶対悪でも、殺すのは怖い。相手を殺してでも生き残る、そういう気持ちを、覚悟を出来ていない。
「だが、じきにわかる。嫌でも巻き込まれる。だから1度だけその指輪がお前を守る。その時に覚悟を決められないのなら、後は死ぬだけだ」
祖父からもらった指輪をみる。シンプルな銀色の指輪には、魔術語の文字が彫ってある。それを読み解きながら、顔を上げた。
「いつかまた、お爺様にお会いする為にも、覚悟を決めて生き残るしか、ありませんわよね」
祖父は苦笑したあと、「そういうことだ」と笑った。
この国の人達は基本争い事が好きじゃない。穏やかな人が多くて、1年掛けて殿下達が仲良しこよししているのを見せつけたから、帝位争いはなさそうと知った貴族は安堵したと聞いた。
つまり、この国はかなり平和な国だった。
でも、ドルストフ帝国は違う。あの国の神は戦神で、戦って奪い取るのが信条。
帝位は皇帝を殺して奪い取るものなのだ。女帝となった若き皇帝も、クインシー殿下も、常に狙われ続ける。
女帝はクーデターの後、かなりの貴族を粛清したと聞いたけど、きっとうまく逃げた貴族はいるし、それで反感を持った人もいるはず。
身内に引き込んだ皇族が、ずっと味方でいてくれる保証もない。
まるで綱渡りみたいな日常を、まだ15歳の皇帝は、1人で歩いている。
私には、とてもそんな真似は出来ない。きっと、彼女には覚悟があるのだ。
覚悟。
私に出来るんだろうか。心の弱い、迷ってばかりの私に。
不安しかないけれど、祖父の指輪が1度でも私を守ってくれる。
指輪を見ながら、拳を握った。
怖いけど、でも、クインシー殿下をお守りするのが、私の仕事だ。
護国卿ホワイト家の名にかけて、守り通してみせる。
何があっても、どんな相手でも。怖くて震えが止まらなくても、それを成し遂げるのが、私の仕事なんだから。
私の人生は、ストーリーとは大きくかけ離れていく。どうしようもない力に翻弄されるのは変わらないけど、ジョナサン殿下と恋仲になるなんて事は、万に一つもなくなった。
私はゲームのストーリーから、脱却出来たと考えていいと思う。
でも、ジョナサン殿下やニコール様達は、この先どうなるんだろう。
国交が出来るようになったら、何年かに1度位は会えると思うけど。
その時ちゃんと、みんなが幸せそうにしていて欲しい。
せっかくの帰宅出来た夜なのに、その日は不安を抱えたまま眠った。