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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第4章 学園生時代
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4-42 ホワイト姉妹

公爵家に戻ると、手紙を渡された。ニコール様が引きこもり中に、実家にも手紙を書いていた。

近日中に祖父と母、前辺境伯とルサルカお姉様の母であるユージェニー様、ルサルカお姉様とソフィアお姉様がタウンハウスに来てくれるそうだ。

父と母とトーマスとジャスティンは、忙しいから無理か。結局ジャスティンとは、騎士として肩を並べることも、学園生として机を並べる事も出来なかった。

私は実家に返事を書いた後、地元の知り合い、騎士団や教会、ユオヅ村の人にも手紙を書いた。

クインシー殿下について行ったら、多分もう二度と、故郷には帰れないから。最後にちょっとだけでも帰りたいけど、クインシー殿下が輿入れするまで、私が近衛騎士なのは変わらないから、きっと帰郷も出来ない。

皇都にやってきてまだ半年ちょっとなのに、あと2ヶ月でこの国ともオサラバなのかと思うと、やっぱり寂しい。


あぁ、私の屋敷の使用人達の待遇も、買った家の処分も考えなきゃいけないけど、そっちはパーシバルがやってくれるって。私は普段騎士業務が忙しいので、ホント助かる。頭のいいパーシバルと婚約してて良かったと、こういう時しみじみ思うね。


その日には先触れが来て、一先ず祖父が公爵家を訪れた。おじいちゃん絶対単身走ってきたな。髪が乱れてるよ。


「シヴィルお前、ドルストフに行くって正気か?」

「私の正気を疑わないでよ。仕事なんだもん。仕方ないよ」

「っかー。なんでこうなるかね」

「わかんないよぉ」


祖父はガシガシと頭をかいて座る。乱れた髪が更に乱れる。


「しゃーねぇ、俺も行く」

「え?そんな事出来るの?」

「俺に構うな権を使えば行けんだろ」

「そうかなぁ?皇帝陛下が、易々と英雄を出すとは思えないよ」

「俺が居なくなった所で、別に国に損失はねぇだろ。今はただのご隠居だぞ」

「うーん、どうかなぁ」


竜殺しの英雄が、仮にも元敵国に渡るのは、皇帝陛下は納得しないと思うよ。私だけでも、あの後散々泣きつかれたのに……。

そりゃ、祖父が来てくれたら私は心強いけど。


「うーん、あんまり期待はしないでおくよ」

「どーにかなんだろ」


明日は明日の風が吹く的なノリは、血を感じるね。あははー。

この分なら祖父は無断出国も有り得る。私しーらない。


「せっかくだからよ、お嬢様達が来られたら、思い出作りしてこい。1日くらい俺が護衛代わってやるから。そんくらい姫様は許してくれんだろ」

「うん、そだね。ニコール様に相談してみる」


お姉様達とお出かけした事はなかった。勿論よく誘ってくれたんだけど、どうにも私が仕事で忙しいもので。

早速ニコール様に相談してみたら快諾して貰えた。それを聞きつけたらしく、公爵夫妻やガブリエル様も祖父に興味津々で、お出かけの日は祖父は公爵一家に、一日中相手して貰えそうだ。

祖父は意識を飛ばしかけていたが、言い出しっぺなので我慢してもらお。




ソフィア。紺色の髪に優しげな深緑色の瞳。見た目通りのおっとりとした姉。

ルサルカ。紫色の巻き髪に、勝気そうな水色の瞳。見た目通りの天真爛漫で活発な性格。

シヴィル。桃色の髪に紫の瞳。見た目は儚げな深窓の令嬢であるが、中身は真逆。ホワイト家で1番の不良娘。

それぞれが母親似で、見た目はバラバラ。性格も違う。それでも仲良し三姉妹な私達。



今日は、私達三姉妹は皇都の散策に出ていた。まずは第1の目的地、皇都の神殿だ。


「初めてお会いするので緊張しますわ」

「大丈夫よ」

「そうよ、ドナお姉様はお優しい方よ」


この日私は初めてドナお姉様に会いにいく。ドナお姉様は、会いたいと言って会える人では無い。

ドナお姉様は、この国唯一無二の、信託の巫女なのだ。

10歳から神殿で暮らして、神のお言葉を伝えてくれる。

神と交信出来るのは信託の巫女だけなので、ドナお姉様は教皇聖下とは別ベクトルだけど、同等レベルで崇められている。

私も教会所属の聖女なんだけど、教会の中ではレベルが違う。違いすぎる。

貴族っぽく言えば、私は男爵で、ドナお姉様は王族位の差がある。

ドナお姉様は、有象無象の聖女聖者とは格が違う存在なのだ。なにしろドナお姉様は、神から直接選ばれた巫女なのだ。

お陰で、仮にも血縁なのに、会うのに3年もかかった。


週末には通う神殿だけど、普段は行かないエリアに案内される。

奥の奥の方に導かれて、そこの応接室に通された。

私より3歳年上で、今年19になるドナお姉様は、真っ白な肌に真っ白な髪や睫毛、そして祖父よりも真っ赤な瞳をした、アルビノの女性だった。私がその神秘的な容貌に見蕩れている間に、姉2人が挨拶していた。


「ドナ様」

「ドナお姉様!お久しぶりです!」

「お久しぶりですわね。会えて嬉しいわ」

「お元気でしたか?」

「ええ」


挨拶すると、ドナお姉様の赤い瞳が、私に向いた。私はしっかりと礼を取った。


「ドナお姉様、お初にお目にかかります。シヴィルと申します」

「トバイアスの手紙にも書いてあったわ。会えるのを楽しみにしていたの」

「え?トバイアスお兄様が?」

「ふふ、さぁ座って」


勧められるまま、私達は腰掛けた。話を聞く限り、ドナお姉様は、だいたいの事情を把握しているらしかった。

トバイアスお兄様や、執事長のセバスチャンから、近況報告の手紙は来ていたらしい。


「お父様の病の治療法を確立してしてくれた事、本当に嬉しく思うわ」

「そんな……」

「謙遜しないで。あれはホワイト家を蝕む病だと、論文にあったわ。それを克服出来るようにしてくれた、貴女の功績は計り知れないわ」

「……家族には、幸せでいて欲しかっただけですわ」

「貴女がウチに来てくれて、本当に良かったわ」


ドナお姉様の優しい言葉に、瞳が潤みそうになる。

でも、ドナお姉様の母親であるマリーベル様は、私が主導してホワイト家から追放した。

マリーベル様は父から理性を奪って、父は母を犯し、更に母の悪評を流した。だから、私はマリーベル様を許せなかった。その事を恨んではいないのか。

それを聞きたいけど、聞く勇気がなくて、曖昧に笑うしかなかった。

だが勇者はいた。ルサルカお姉様である。


「ねぇ、ドナお姉様。正直な所、シヴィルの事をどう思ってますの?」


大奥様も言ってたけど、本当にルサルカお姉様は貴族に向いてないな!私も人の事言えないけどさ!

ハラハラする私とは裏腹に、ドナお姉様は、おっとりと微笑んだ。


「会うのは初めてだけれど、私はシヴィルが好きよ。だってそうでしょう。私をお母様の呪縛から解き放ってくれたのだから」

「呪縛ですか?」

「ええ」


ルサルカお姉様の問いに、ドナお姉様が語り出す。

ドナお姉様は、ずっと苦しんでいたらしい。母親のマリーベル様から、男を籠絡しろと命じられるのが苦痛で仕方がなかった。

女の幸せは、金持ちの男と結婚することだけ。女は愛されていればそれでいい。それ以外の価値など必要ない。

そう言われ命令されたけれど、内向的なドナお姉様には、どうしたら良いのかも分からなくて、上手くいかないとマリーベル様から折檻された。そんな日々を終わらせてくれたのが信託だった。


「アズメラ神には心から感謝して、お仕えしているわ。そして貴女達家族にも。お母様は、可哀想な人だったと、今なら思えるけれど、私にとっては、恐ろしい人だったから……」

「そうだったのね……、私は何も気づけなかったわ。ごめんなさい」


ソフィアお姉様の謝罪に、ドナお姉様はゆるゆると首を横に振った。


「きっと、誰かが悪いとか、そういう話ではないと思うのよ。母にも、私にも、家族にも、少しずつの罪はあるのでしょうけれど。母が追放された時、神に尋ねられたわ。気は晴れたかと。特に晴れはしなかった、虚しかっただけ。ただ、それとは関係なく寄り添う人が居てくれたことが幸いだった。神は混乱しておられたわ。人間は複雑で意味がわからないと。神というのは基本、巫女以外の区別がつかないくらいには、大雑把だから」


ドナお姉様はくすくすと笑った。神はこの国を見ているけれど、一人一人なんて見えていない。余程注意深く観察しないと、個人の特定なんて出来ない。私達が動物の個体を判別出来ないのと似たものかな。

天罰だって巫女が何も言わなければ都市区画丸ごと吹き飛ばす天罰を下すくらいには、大雑把。

そんな神には、人間の心の機微などわかるわけもなく。お気に入りのドナお姉様を気にかけていても、情緒はどうやら幼児らしい。


「私はシヴィルを恨んでなどいないわ。お母様も。私には神と愛する人がいる。それだけで、多少の苦しみなど超越できるものよ」

「ドナお姉様……」


なんて、心根の強く美しい人なのだろう。こんなに素敵な人がお姉様で、心から嬉しい。

感激していると、ドナお姉様はどこかイタズラっぽく微笑んだ。


「いつか会えたら聞こうと思っていたのだけど。シヴィルから異界の気配がすると、神が仰っていたのだけれど?」

「!」

「心当たりがありそうね?」

「……」


心当たりはある。樹里の事だ。流石に神はお気づきらしい。

どうも黙っている訳にもいかず、私はお姉様達に、初めて転生者である事を打ち明けた。


「本当に?」

「そんな事が?」


ソフィアお姉様とルサルカお姉様は半信半疑のようだが、ドナお姉様はコロコロと笑った。


「あるそうよ。この国にも何名か。魔大陸なんかにはゴロゴロいるそうだし、なんなら先代と今代の魔王も異界の人らしいわ」

「そうなのですか!?」

「そうらしいわ」


こちらから見て魔大陸の手前には魔の島と呼ばれる大島があり、その島には魔王が住んでいる。

この世の魔術を極めた魔術師の頂点が、魔王と呼ばれているのだけど、まさか魔王まで異世界人とは。

この国にも、私やジョナサン殿下以外にいたのか。


「魔大陸の方は転生者より転移者が多いみたいで、魔国が繁栄しているのは、彼らを保護して上手く運用しているからなのですって。こちらの大陸は転生者が多いみたいで、そのせいか中々見つからないみたいね」


確かに、ジョナサン殿下みたいに派手にやらなければ見つからないと思う。

反して魔大陸は、人間よりも亜人や獣人、魔人の方が圧倒的に多いので、言葉も分からない人間が現れたらすぐに分かるはずだ。

その転移者を保護して言葉や常識を教え、専門知識を持つ人を活用出来たら、そりゃあ発展するだろう。


「いいなぁ。行ってみたい……」

「そんなに発展しているのね」

「想像がつかないわ」

「いつか見てみたいわね」


貴族の令嬢が、簡単に魔大陸に旅行なんて行けるわけもなし。航海だけで何ヶ月かかることやら。これは夢のまた夢だけど、チャンスがあったら行ってみたいな。


私達は色々雑談しながら親睦を深めて、ドナお姉様の付き人から時間を告げられるまで、沢山お喋りをした。


「次に会えるのはいつかしらね?」

「そうねぇ、私がお役目を終えた頃かしら」


ソフィアお姉様とドナお姉様が、そんな話をして呆れ笑いしている。ドナお姉様は、信託の巫女のお役目を終えたら、その後はどうするんだろう?

聞いてみたいけど、それは失礼な気がして飲み込んだ。もしドナお姉様が困る事があったら、その時に助けになれたらいいのだ。余計な事は言うまい。


「ドナお姉様、今日お会い出来て良かったです。ありがとうございました」

「私も会えて良かったわ。元気でね」

「はい、ドナお姉様も」


私達はドナお姉様とハグをして、別れを惜しみながら神殿を後にした。




馬車の中で、ドナお姉様の神秘的な存在感の余韻に浸っていると、姉2人がずずいと顔を寄せてきた。


「転生者ってなによ?」

「前世があるって、どういう事なの?」


好奇心が抑えられない姉2人に、私はしどろもどろになりながらも質問に答えて、しばらく。第2の目的地が見えてきた。


「ほ、ほら!着きましたよ!」

「あら、本当ね」

「家に帰ったらまた聞くわよ」

「もういいですからぁ!」


早く早くと無理やりせっついて馬車を降りると、目の前には白い階段と赤い絨毯、大きな扉と白い豪華な建物。


「わぁ!ここが帝立劇場!」

「久しぶりに来たわ」

「早く行きましょう!」


姉2人は何度か来たことがあるみたいだけど、私は初めてだ。姉2人を急かして、中に入る。

受付にチケットを差し出すと、半券になって返ってきた。これだけでなんか楽しい。

ホワイト家が確保している(!)ボックス席に、3人で腰掛ける。


「ワクワクしますわ」

「シヴィルは観劇は初めてだものね」

「今日の演目は恋物語ね。私も楽しみ」


恋に恋するお年頃な私達は、ドキドキと開演を待つ。しばらく待つと、ステージの緞帳が上がっていった。

ストーリーは、庶民出身のヒロインが、貴族の養子になり、夜会で出会った王子様に見初められる。

王子様の婚約者であるご令嬢から、散々嫌がらせされるが、それを乗り越えて愛を育み、最後に王子様はヒロインと結ばれるという話だった。


観劇が終わってカフェの個室に移動し、先程の感想を言い合う。


「素敵なお話だったわね……」


と、ルサルカお姉様はうっとりしている。


「そうかしら……」


と、婚約者持ちの高位貴族であるソフィアお姉様は、悪役令嬢に感情移入したのか、微妙な顔。


「あれ、王子様の浮気ではありませんか?」


と、ヒロインと境遇が似ていて、ゲームの事を知ってしまった私としては、複雑な気分。


「ええ?2人とも冷めてるわね!」

「だって……」

「貴族目線では、あれはないわよ」

「んもぉ、物語として楽しめば良いのに」


確かに純粋に楽しめないのは、勿体ない。ストーリーの賛否は置いておこう。


「あの悪役令嬢の役者の方、ものすごく演技が上手でしたわね。正直ヒロインが霞んでましたわ」

「わかるわ!迫真の演技だったわよね!」

「そうね。あの怪演は見ものだったわ」


そうしてお喋りしていると、良い時間になったので、帰宅する事にした。貴族令嬢は、夜会以外で遅くまで遊んだりしないのだ。


「今日はとっても楽しかったわね!」

「そうね。でも、これが最後なのよね……」


ソフィアお姉様の言葉に、しんみりとした空気が流れた。

最初、ルサルカお姉様とは対立してて、喧嘩になった事もあった。ソフィアお姉様は、私との距離感を測りかねて、ちょっとギクシャクしてた。ルサルカお姉様とはグレイ伯爵の事でまたギクシャクしたけど、ソフィアお姉様のお陰で仲直りできた。

色々あったけど、歩み寄ってくれて、仲良くしてくれた。本当に得がたい、大切なお姉様達だ。

なんか泣きたい気分になる。


「お姉様達も、元気でいてくださいね。幸せに、なってくださいね」

「シヴィル、本当に、行ってしまうのね」

「断れないの?」

「クインシー殿下に付いていける近衛騎士の中で、最も腕が立つからと、皇帝陛下も納得されたのです。今更覆りはしないでしょう」

「そう……」


不意に、ルサルカお姉様が抱きついてきた。いつもより、体温が高くて震えていた。


「シヴィル、色々あったけど、私はシヴィルが大好きよ」

「ルサルカお姉様」

「きっと手紙を書くのよ。嫌な事があったら言うのよ。シヴィルを傷つける人がいたら、私がとっちめてやるの」


徐々に涙声になるルサルカお姉様に釣られて、私の目の前も歪んだ。ふわりと私とルサルカお姉様を包むように、ソフィアお姉様が抱きしめた。


「シヴィルも元気でね。貴女はいつも無茶をするから心配よ」

「ソフィアお姉様……」

「もう会えないかもしれないけれど、シヴィルはずっと、私の大切な妹よ」

「ソフィアお姉様っ……」


私達は屋敷に着くまで泣きながら、ひとしきり抱き合った。

12歳からホワイト家に来た。最初は凄く嫌だったし、嫌な思いも沢山した。大奥様の指導はキツかったし、私に味方なんか誰1人居なかった。

でも、この家に来てよかった。お姉様達と出会えて、本当に幸せだ。

私がホワイト家に来たのもシナリオの強制力なんだろうけど、その点だけは、心から感謝できた。


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