4-41 会談
ニコール様が登城するので、私も騎士として同行する。
部屋には関係者と、ドルストフ帝国の使者もいた。
話に聞いていた通り、和平の為の婚姻に、クインシー殿下が指名された事。あちらからも女帝の弟を送るので、こちらの皇女殿下と婚姻する事。皇子の交換によって、和平を結ぼうとの話だった。
「悪い話ではない。ただ、何故クインシーを指名されたのか?」
「その質問に対する答えを、私は持ち合わせておりませぬ。私も指名の理由までは、お聞かせ願えませんでしたので」
皇帝陛下の質問に使者が答える。知らないってホントかなぁ。
「私共としましても、いずれ皇統を継がれるであろう第1皇子殿下よりも、第2皇子殿下や、他の皇族の方が、混乱は少なかろうと思うのですが……」
汗を拭き拭き答える使者。あ、これホントに知らないっぽい。多分使者さんの考えの方が普通だと思うもんね。ブロンザー公爵令息とか、ゴールディ公爵とかいるよー?
「そうさな。クインシーの婚約者は花の国の王女殿下である。その事はご存知か?」
「存じております。婚約が成りましたら、花の国へ謝罪の使者を向かわせる事となっております」
それなりに義理立てしてくれるつもりはあるのね。女帝陛下は悪い人では無いらしい。
でも婚約してる事を知ってて、横取りするのは酷いよねぇ。まぁだからこその謝罪の使者なんだろうけど、これ受け入れたら、花の国からウチの国にもクレームの嵐だろうな。
ウチと花の国が仲悪くならないと良いけど……。
「クインシー殿下には、皇配として、手厚く待遇致します。敵対国の城に不安はおありでしょうが、有象無象は女帝陛下が黙らせますゆえ」
「ふむ」
皇帝陛下がクインシー殿下に視線を投げると、クインシー殿下はいつも通りの微笑みで頷く。それを見たシルケ殿下は真っ青になり、ブルブルと震えながら、必死に唇を噛んで涙を堪えている。
「よろしい。ならばその話を受けよう」
皇帝陛下が判断を下した瞬間、シルケ殿下が泣き崩れた。ニコール様が付き添い外に連れ出したので、私も団長に視線で合図した後、2人を追った。
皇城のシルケ殿下の部屋で、泣きじゃくるシルケ殿下に、ニコール様が寄り添っている。
この2人も未来の皇子妃同士、とても仲が良かった。
でも、2人ともジョナサン殿下の妻になることが、先程決定したようなものだった。この2人の関係も、きっと今までのようにはいかなくなる。
「シルケは、本当は、わかってたの。クインシーは、優しいけど、シルケの事、愛してないって。今まで、認めたくなくて……、でも、やっぱり、シルケは愛されてなかった」
「そんな……、そんなはずありませんわ」
「でも!クインシーは簡単にシルケを捨てたわ!」
「そんな事はありませんわ。断腸の思いでいらしたはず。皇族の義務に従わざるを得なかっただけですわ」
「違う、違うの。ニコールは、クインシーのこと、わかってない。クインシーは、本当は、誰にも興味なんかないのよ」
「そんな事……」
私はクインシー殿下との付き合いが浅いので分からないけど、普段お2人はとても仲良しに見えた。
それにこの話にも困っていたみたいだし、少なくとも簡単に捨てたなんて、そんな事はないんじゃないかな。
私はそう思うけど、追い詰められたシルケ殿下は、否定を繰り返すニコール様に、叫ぶように言った。
「ニコールに何がわかるのよ!ニコールは良いわよね!ジョナサン殿下に愛されているし、選ばれたのはジョナサン殿下じゃなかったのだから!ニコールにシルケの気持ちなんかわからないわよ!出てって!もう出ていってちょうだい!」
そう言われては仕方がなかったのか、ニコール様が腰を上げた。私もその後に続く。部屋のドアを潜る時、最後にニコール様は振り返った。
「ごめんなさい」
それだけ呟くと、ニコール様は出て行かれた。後を追ってドアを閉めると、中からわっと泣き叫ぶ声が聞こえた。
ニコール様はいつものように、しずしずと歩いていく。少しだけ、肩を震わせて。
「ニコール様、どうかお気に病まれぬよう」
「……わかってるわ。八つ当たりくらい、したくもなるでしょう。それにね」
ふと、ニコール様が足を止めた。そしてポツリと言った。
「ジョナサン殿下じゃなくて良かったと、思ってしまったのよ。きっと、シルケ殿下には、見透かされたのね」
それだけ言うと、ニコール様はまた歩き出した。
ああ、なんてやるせないんだろう。シルケ殿下の立場なら、誰だって嘆き悲しむ。ニコール様の立場だったら、安心する気持ちもわかる。
2人とも、何も悪くないのに。この件が溝にならないことを、私には願うしかない。
元いた会議室に戻ると、交渉はある程度終わっていたようだった。最初から挙げていたこちらの条件、関税とか取引品目とかの話は、とっくに受け入れられていたと聞くから、後はクインシー殿下の件を詰めるだけだったのだ。それも一段落したみたい。後でパーシバルに教えてもらおう。
ふと、使者と目が合った。なんだろ?でもすぐに逸らされて、使者は皇帝陛下とクインシー殿下に向き直った。
「では、先程の件も含め、女帝陛下に奏上致します」
「うむ。ご苦労だった」
「こちらこそありがとうございました」
話し合いが終わった後、クインシー殿下に呼ばれた。私達が居なかった間の話を教えてくれるようだ。
ドルストフ帝国の準備が整い次第、恐らく2ヶ月程で、クインシー殿下は卒業を待たずドルストフ帝国に行く。入れ違いにあちらの皇子殿下と、国境で身柄を交換。どちらも男性なので、女性程準備に時間はかからないらしい。
「実はシヴィル嬢を連れていく事に、皇帝陛下がゴネまくってさぁ」
なんか目に浮かぶ。「嫌じゃ!嫌じゃ!」って、駄々こねてそう。よく納得したな。
「それで皇帝陛下が、更に条件を追加してさ」
私を連れて行くのはクインシー殿下なのに、皇帝陛下はドルストフ帝国に条件を出したのか。もう完全に八つ当たりだね。子どもか。
「ドルストフ帝国でもシヴィル嬢に爵位を与えて、正確にはサンタンドレでの爵位に復権し、帝国領サンタンドレを、シヴィル嬢に与える事」
「はい?」
ちょ、待って待って!クインシー殿下と話すといつもこれだよ!また爆弾発言来た!これからクインシー殿下の事は爆弾魔って呼ぶよこの野郎!
ていうか皇帝陛下も、何を言い出すのよ!
「大丈夫大丈夫。領地経営ならパーシバルに任せれば良いって」
「あの、え?」
「もし受け入れられたら、ドルストフでは女公爵だね。いや、大出世。あはっ、凄いや」
あはっじゃないよ!
ああ、神様女帝様、どうかマトモな判断をしてください。私に公爵なんて、無理ですからー!
とか言って、普通受け入れないって。
あれ?受け入れられなかったら、私はどうなるのかな?
ドルストフ帝国に私の秘密はバレた。どの道女帝陛下は、サンタンドレ亡命政府を黙らせる為に、王家の血筋の者が手の内に居ると、正当性をアピールするんじゃないかな。
そうなると、真実味を持たせる為に、私をそれなりの地位につけるしかなくなるよね。
あれ?結局逃げられない?
あ、詰んだ。