4-39 ジョナサン殿下からの伝言
ジョナサン殿下は皇都に戻られ、バカンスをシルバリー公爵領で過ごして一月ほどした頃、クインシー殿下と愉快な仲間たちがやって来た。パーシバルも来たよ。
「シヴィル!会いたかったよ!」
駆け寄ってきたパーシバルに、ぎゅうぎゅう抱きしめられる。
「ちょ、もう!恥ずかしいでしょ!」
「あっ!ご、ごめん!つい!」
パーシバルはすぐに離れてくれた。恥ずかしいのはホントだけど、避けようと思えば避けられたのに、そうしなかったのは、やっぱり私も嬉しかったからだ。
パーシバルも元気そう。ビリジア侯爵領での生活はどうかな?
色々話を聞きたいし、話したい事が沢山ある。
わかっていたのか、ニコール様に送り出された。ニコール様マジ天使。こんな天使が嫌がらせするなんて考えられないよね。
私とパーシバルは、連れ立って庭を散歩しながら話した。
「領地はどう?」
「流石は大貴族の領地だね。領都は賑わってたし、港にも視察に行ったけど、凄く活気があったし、僕は船や海を見たのも初めてで、はしゃいじゃったよ」
「わかるわ!私も初めて船に乗った時は、大はしゃぎしたもの!」
「乗ったの!?いいなぁ」
「と言っても、魔物討伐の遠征よ。全身ずぶ濡れになったわ」
「討伐ってことは戦艦に乗ったの!?いいなぁ」
「パーシバルも乗せてもらったら?」
「立場を利用して?とんだ迷惑貴族だね……」
「確かに……。ふふっ、似合わない」
「あはは」
領地の事や生活や家族の事。色々笑いながら話していると、四阿を見つけたのでそこに座った。
するとパーシバルが、何か言いにくそうに俯いた。どうも神妙な空気。
「どうしたの?」
「聞きたいことが……あるんだ」
「私のスリーサイズ?」
「違うよ!」
そんな真っ赤な顔しなさんなよ。わかってるって、悪ふざけしてごめんて。
「ふふ、ごめんね。何でも聞いて?」
「全くもう……」
気勢を削がれたらしいパーシバルは、少し呆れ笑いした後、表情を引き締めた。
「ジョナサン殿下に聞いたんだ。皇族とホワイト家だけの、シヴィルの秘密があるって」
そうか、どの道パーシバルも巻き込まれる事になる。だから殿下は、パーシバルにも知る権利があると考えたんだな。
でも、ちょうど良かった。
「そうね。私もその話をしようと思っていたの」
「僕が聞いても、いい話?」
「良いか悪いかで言えば、貴方を余計な混乱に巻き込みかねないから、悪いかしら……。でも、何も知らずに巻き込まれるよりは、マシかもしれないと思うの」
「うん、僕も知りたい。覚悟はしてきた」
パーシバルは私をまっすぐ見て、しっかり頷いてくれた。若葉色の瞳には、強い覚悟が見えた。
だから、私は血筋の事や、転生者である事、この世界がゲームである事、そのストーリーも話した。
長い長い私の話を聞く間、パーシバルは百面相してたけど、話が終わる頃には落ち着きを取り戻した。でも、額を押さえてテーブルに肘を突いた。
「予想を遥かに上回った……」
「どんな予想をしていたの?」
「実は皇帝陛下の落胤とか」
「その方が楽だったわね」
「本当に……」
その予想通りなら、ホントになーんにも問題なかったのにね。男なら問題だけど、私は女だし。
でも残念ながら、そうじゃないんだなぁ。ホント残念。
「まさかシヴィルが、あの大女優と剣鬼の孫とは」
「祖父と祖母を知っているの?」
「当然知ってるよ。あの大スターと竜殺しの英雄だよ?知らないわけがない。コンラッドの家でニキータ姫の絵姿を見た時、シヴィルに似てるなとは思ったけど」
「ブロンザー公爵家に、祖母の絵姿があるの?」
「ブロンザー公爵と公妃殿下は、ニキータ姫の大ファンで、夫婦揃って大陸中追っかけしてたらしいよ」
「なるほど……」
道理で釣り書が来るわけだ。金にものを言わせて全国ツアーについて行くとは、中々のドルヲタだ。
私は祖母に会ったことがないから、その絵姿見てみたいな。今度ブロンザー公爵令息にお願いしてみようかな。祖父と母と押しかけたら迷惑かな?
そんな事を考えている間に、パーシバルは何やら考えている。私は脳筋なのを自覚しているので、思考の邪魔はしない。
「多分、ドルストフ帝国は大丈夫だと思う。当時の皇帝は既に亡くなってるし、サンタンドレも手に入れてるから、今更シヴィルを欲しがる理由はないと思う」
「そうね」
「でも、問題はサンタンドレだね」
「そこなのよね…:」
一番動きが読めないのがサンタンドレだ。果たして祖母を敬っているのか恨んでいるのか。全く分からない。
「シヴィルはサンタンドレに伝手はある?」
「地元の聖女ならあるわ。確かお爺様が元伯爵だったとか」
「その聖女から探りを入れる事は?」
「出来なくはないわ。けれど、サンタンドレのゴメス侯爵家と繋がりがあるみたいで、迂闊に動くのが怖いのよ」
「そっか……」
私も調べて後から知ったんだど、求婚してきたゴメス侯爵家は、サンタンドレ亡命政府の中では代表的な貴族の一家らしかった。
サンタンドレ王家の血を引く貴族の中で、生き残った最高位がゴメス侯爵家。
現時点でゴメス侯爵家は、私の血筋を知らないと思う。でも、知ったら絶対欲しがると思うんだよ。あらゆる意味で。
またパーシバルは何やら考え込む。もちろん邪魔はしない。
その時、ふと人影が現れた。そちらを見るとクインシー殿下がいて、私と目が合った。
「いたいた。探したよ」
「私を探しておられたのですか?」
「うん。ジョニーから伝言。座るよ」
「ええ」
空席に座ったクインシー殿下が言った。
「これはシヴィル嬢も知っといた方が良いってジョニーがね」
「どのようなお話でしょうか?」
「ドルストフ帝国で政変が起きた。皇帝は死亡、新たに皇帝として、エリザヴェータ・スカブロンスカヤ・ドルストフ第3皇女殿下が、皇帝として即位した」
「えっ!」
流石に驚いて、パーシバルと顔を見合せた。
「ドルストフ帝国では、皇女も帝位につけるのですか?」
「あの国は完全に実力主義だからね。他の皇族を味方につけて、敵対する皇族を殺せばいい。で、彼女はそれを成し遂げたみたいだね」
「凄い……」
「凄いよねぇ。しかもまだ15歳だって」
私よりも歳若いのに、皇帝になるなんて。世の中には凄い人がいるもんだなぁ。
「でね、彼女は我が国との和平を望んでいるようだ。和平に応じない前皇帝が邪魔だったんだろうねぇ」
「和平交渉の進捗が悪かったのは、政変のせいもありそうですね」
「うん。でもこれも新皇帝のお陰で解決って訳だ」
「それでは……」
「うん。君やジョニーが心配していた戦争は、起きない」
思いがけない出来事に驚いたけど、私とパーシバルは手を取り合って喜んだ。
戦争は起きない。和平が成立したら今よりも流通は盛んになるだろうから、ドルストフ帝国の人達が冬に飢えて南下する必要だってなくなる。
私達は喜び合っていたけれど、クインシー殿下のお顔に陰りが出るのが見えた。
「クインシー殿下?何か気がかりな事が?」
「うん。その和平の条件がね……」
「何か、不利な条件だったのですか?」
「いや、妥当。でも困ってる」
妥当なら受け入れても良いはずだけど、何を困る事があるのか?
首を捻ると、クインシー殿下が溜息交じりに言った。
「和平の条件は、新皇帝の皇配として、僕を婿にする事」
「なっ……」
確かに、確かに妥当だ。この国の皇子があちらの女帝と結婚すれば、和平は永遠と言っても良い。
「ですが、シルケ殿下が……」
「この場合、シルケはジョニーの正妃になり、ニコール嬢は婚約解消か側妃ってとこかな」
「そんな……」
せっかく戦争を回避出来ても、ジョナサン殿下とニコール様が別れる可能性が、まだ残っていたなんて。
しかもシルケ殿下は、クインシー殿下の事を、心から愛しておられるのに、こんな事って……。
ショックを受けていると、パーシバルが口を開いた。
「その条件について、議論はあるのですか?」
「協議中。でも、僕は受け入れるつもり」
「殿下はそれで良いのですか?」
「仕方ないさ。これも皇族の務めだからね」
なんと言えば良いのか分からず、口篭る私達だったが、クインシー殿下がにっこり笑って言った。
「で、ここからが本題ね。パーシバルは僕の側近だから、勿論連れてくよ。で、パーシバルの婚約者であるシヴィル嬢も、勿論来てもらう。他の側近達は皆長男で連れて行けないから、パーシバルがいて良かったよ」
「え?」
「えっと」
ちょっと待ってイキナリ急展開!いやわかるけど!クインシー殿下1人で行かせる訳ないのはわかるけど!
パーシバルはビリジア侯爵の長男になってはいるけど、養子縁組の際に相続権は得ていない。血縁がないからね。だからパーシバルは国外に連れて行ける。
そしてパーシバルと婚約してる私だが、ホワイト家を出る身だし、永代貴族とはいえ領主貴族ではない。貴族が仕事で他国に行くなんて珍しくもなく、これも問題なし。
でも、この展開は完全に予想外だった。
「命令。これ、もう決定だから」
「「えーーー!!」」
「ハイ文句言わない」
あぁ、美容整形で左団扇計画が……。せっかく買った屋敷も……。
有無を言わさぬクインシー殿下に、私達は頷くしか無かったのだった。