4-37 流星を君に捧ぐ
乙女ゲームと言うのがなんなのかよく分からないけど、樹里が唸っているし、ジョナサン殿下も難しい顔をしている。ニコール様もだ。私は無心になって樹里の口になるしか無かった。
「あのさ、ストーリー聞いていい?」
樹里の質問を受けて、ジョナサン殿下が話すことには、このゲームのヒロインは、どうやら私らしい。
攻略対象は、ジョナサン殿下と、クインシー殿下の取り巻きメンバー。
悪役令嬢が、ニコール様の取り巻きメンバーで、もちろんルサルカお姉様やソフィアお姉様も悪役。現時点では考えられない事だけど、ゲームではソフィアお姉様とルサルカお姉様は敵だった。
そんで、その内ジョナサン殿下と婚約するルートもあったらしい。
嫉妬に狂ったニコール様の嫌がらせを断罪した婚約破棄を、卒業パーティでするそうだ。
そんなの頼まれてもやるか!百歩譲ってニコール様から嫌がらせされたとしても、そんな事出来るわけがないが、ゲームではやるそうだ。ゲームの中の私はバカなんじゃなかろうか。
ゲーム開始は1年生からだから、私が入学してこなかったあたりから怪しんではいたらしい。
それでも私は入学してきたし、スタンピードも婚約破棄も起きた。自分達に降りかからなくても、このゲームの強制力がどこかに働くようになっている。
「このゲームの大きなイベントの1つが、今秋に起きるんだ」
「どんなイベント?」
「ドルストフ帝国との大戦だよ」
現在ドルストフとは休戦状態だ。和平交渉の進捗はわからないけど、多分上手くいってない。何がきっかけかは分からないけど、交渉は決裂して戦争になるのだ。
「このゲームのタイトルは、流星を君に捧ぐ」
この世界において、流星と言うのは死者を意味する。人は死んだら流れ星になると言われている。戦争や災害時には、流星群が観測されるので、流星は不吉なものだ。
その流星を、私に捧げるということは、ゲームの中での人死には、私がきっかけということだ。もしかしたら、ドルストフとの大戦も。
そうか、だからニコール様も北部貴族の取り込みに必死だったんだ。戦争になる要因を、ひとつでも潰したかったから。
「ゲームではこの国が勝つよ。そして兄貴は、ドルストフと内通してたのがバレて処刑。俺が皇太子になり、卒業パーティでの断罪を経て、本田さんが皇太子妃になるって流れ」
「でもさ、今かなり状況違うよね?」
「そりゃ、俺も色々動いたからね。兄貴が皇太子になることは決定してるから、兄貴が俺を謀殺することも、ドルストフと内通することもない。風の国ダルハン首長国とも和平が叶ったから、ドルストフと示し合わせて攻撃してくることは無い。俺はニコールを愛しているし、ニコールも理解してくれてるから、本田さんをいじめたりしない。何よりヒロインが本田さんなのが大きい。本田さん側でも、かなりストーリーを覆してくれてる」
「そうね。ゴリ子はもうメガネ君と婚約したし。それでも、戦争になる可能性はあるの?」
「ゲームでは兄貴と俺の対立がまずあって、ドルストフは兄貴に利用された形だった。最大要因の兄貴が大人しくしてても、和平交渉は上手くいってない以上、何がきっかけになるのか、今はわからないんだ」
「なるほどね。ゴリ子がその原因になる事も、森山さんは危惧してるのね」
「うん。ハッキリ言って本田さんの血筋は想定外だった。多分本田さんのおばあさん、ニキータ姫も転生者だよ。本来本田さんは王族の血筋なんかじゃなかった。それがどう転ぶのか、予測がつかない」
「お兄さんが戦争の要因にならない代わりに、ゴリ子の血筋が戦争の代替要因として用意される可能性もあるってわけね」
私は驚きっぱなしで、開いた口が塞がらない思いなのだが、樹里が淡々と返すしせっつくので、最早代弁する機械に成り下がっている。
本当はクインシー殿下とジョナサン殿下は対立してた?私がジョナサン殿下と婚約するルートでは、ニコール様に婚約破棄突きつけて断罪?クインシー殿下が内通して戦争?私が皇太子妃?
そんな未来が有り得たというのか、しかも私を中心にして。
(そんな重荷をゴリ子に背負えるとは思えんわ)
「そんな重荷、背負いたくない……」
本音が樹里とハミングした。
「普通そうだよな。良かったよ、本田さんみたいなマトモな人が、ヒロインの中の人で」
確かに。樹里は時々感覚を共有したがり、面白がったりする事があるくらいで、基本私にあれこれ命令したりしない。説教はされるけど、理不尽な事は言わない。基本私の意思を尊重してくれるし、相談にも乗ってくれるし、頼れる心の友なのだ。
樹里を褒めてくれて嬉しいな、と思ったが、ジョナサン殿下の顔つきが変わった。
「だが、私は皇族だ。いざとなれば、私はお前を切り捨てる」
そこにいるのは、森山康介さんではなくなっていた。私の前にいるのは、この国の皇子、ジョナサン・スカーレット・アズメラ第2皇子殿下だった。
(ちょっと!何勝手な事言ってんのよ!ゴリ子だって好きでヒロインやってんじゃないのよ!?)
樹里が私の為に怒ってくれる。ありがとう。でもね、仕方がないと思うんだよ。
私が戦争の引き金になる時、ジョナサン殿下は国を守る為に私を切り捨てる。面と向かって言われて、傷ついた。
けれど、殿下のお立場であれば、そうするのが、きっと正しいのだ。
「はい。私も祖母の二の舞など嫌です。その時はどうぞ、お見捨て下さい」
「あぁ。とはいえ、兄上の手前もあるし、皇帝陛下はお前を守ろうとするだろう。簡単には見捨てないから安心しろ。ニコールの機嫌を、これ以上損ねたくもないしな」
見るとニコール様は微笑んでいるが、冷たい目でジョナサン殿下を見ていた。お、怒ってる……。
「ジョナサン様、聞いているだけなのに、悲しくなりましたわ」
「すまない」
「あまりシヴィルを虐めないで下さいませね。シヴィルはヒロインとは、異なるのでしょう?」
「わかっている。お前の騎士だからな」
「ようございます」
ニコール様が微笑むと、ジョナサン殿下も微笑んだ。
そうか、殿下は私がゲームのヒロインそのまんまのキャラクターだと言うことも懸念材料だったのか。
確かに、婚約してる皇子様篭絡して婚約破棄とか、そんな非常識な事する人間なら、警戒もするわな。
でも、私は私だ。
この世界はゲームの世界なのかもしれない。定められたシナリオもあるのかもしれない。
でも、私はこの世界で生まれ育って、これからも生きていく。
キャラクターなんかじゃなくて、1人の人間として。
自分の意思で生きる、シヴィル・ホワイトとして。
世界には、どうしたって理不尽な出来事はある。戦争がゲームのイベントになるということは、戦争は恐らくジョナサン殿下も参加するし、私も参加することになるのだろう。
でも、それをただ受け入れるのは嫌だ。嫌な出来事には抗いたいよ。
戦争なんか嫌だ。でも、戦争を回避する為に利用されるのも嫌だ。
きっと皇帝陛下がお守りくださると思いたいけど、それだけじゃ足りないかもしれない。
私に何が出来るのかわからないけれど、ちゃんと考えよう。もしかしたら、その上で取り越し苦労で済むかもしれないし。
戦争が起きるのは秋。今は夏が始まったばかり。まだ時間はあるもの。義父やパーシバルにも、相談の手紙を書こう。ジョナサン殿下とニコール様にも相談に乗ってもらおう。
そうしてこの秋を乗り越えるんだ。
私は、流星なんか望んでいないのだから。