4-35 シルバリー公爵領へ
家族に加えて使用人と、旅の荷物もあるので、馬車は8台にもなった。その周囲を公爵家の私兵が取り囲んでいる。この時期には名物の貴族行列だ。
ちなみに私は馬に乗って馬車に並走している。騎士になった時に、義父からお祝いで貰ったんだぁ。青毛の馬で、全身真っ黒でツヤツヤなの。しかも並の戦争馬より大きいし力もあるし、すんごく速い上に体力もある。めっちゃ名馬なの!
この馬、実はめちゃくちゃ気性が荒くて、何故か全く人を乗せようとしなかったらしく、調教師は困り果てていたらしい。
この馬は戦争馬なんだけど、戦争馬には色々と訓練が必要だ。魔物や人間を踏みつけたり噛み付いたりする事を恐れず、剣戟や魔物の声、魔術音にも怯まない訓練をされる。
気性が荒いので、その辺の素質はあったんだけど、如何せん人を乗せない事には話にならない。乗せないどころか近づくのも嫌がって暴れる。
戦争馬として育てて来たけれど、これは運搬馬にするしかないか、という所で、私と義父が馬を見にやってきた。
この馬は私を見た瞬間に突撃してきて、目前で急停止したかと思うと、私の匂いを嗅いだと思ったら私にグルーミングしだした。
今まであんまり馬に懐かれなかったから、懐かれたのは嬉しいけど、唐突過ぎた。
この様子を見ていた調教師も、ポカンとしてたよね。
しかも、私はあっさり乗せてくれたし、言うことも聞いてくれる。なんなら手綱を離しても、声掛けと合図で伝わる。
「賢いわね」
「いや、そいつはそこまで調教してないんですが……」
今まで人を乗せなかったので、馬を操る訓練は出来ていなかったのに、何故か私の言う事だけは聞くのだ。
調教師の考察によると、ごく稀に一角獣とか二角獣が侵入してきて、雌馬を孕ませる事があるらしい。それでこの馬もその血を引いていて、恐らく先祖返りか、その血が強いのではないかということだった。
一角獣は女は大好きだけど、男は大嫌いで発見次第殺しにかかってくる魔物だ。
私をハートになった目で見つめてくる馬を見る。普段戦争馬を飼育する厩舎に、女が来ることは無い。だから誰も気が付かなかったのだ。なるほど。
というわけでこの馬を買った。名前はポルシェにしたよ。なんか、樹里が絶対ポルシェがいいって言うから。
(16歳で男も家も車も、社会的地位も持ってるなんて生意気が過ぎる)
はいはーい、樹里のやっかみがうるさいでーす。
普段馬車移動なので、ポルシェは拗ねていたのだ。旅の間はたくさん乗ってあげなきゃね。
ポルシェを撫でていると、私兵団の団長が近づいてきた。こらこら威嚇しないの。
鼻息荒く団長を睨みつけるポルシェを宥める。
「嫌われてしまいましたな」
「どうにも男嫌いで。気を悪くしたならごめんなさい」
「いやいや、お気になさらず」
団長は警備の相談に来たようだ。私はニコール様専属護衛だけど、彼等は公爵家を守るのが仕事なので、ちゃんと協力してるよ。
とはいえ、道中の危険と言えば、天候不順で道が荒れたとか、たまに出る魔物くらい。
この時期の貴族を狙った盗賊もいるらしいけど、流石に私兵団に守護された貴族は襲えないのか、気配もない。
なので、道中は実に平和な物だった。
そうして朝に出た馬車は、途中休憩を挟みながら、夕方にはシルバリー公爵領に到着したのだった。
ちなみに領地のニコール様の家は城だった。丘の頂上に建っていて、丘の麓には城下町が広がっている。見晴らしがいい、素敵なお城だ。
軽く旅の汚れを落とした後、ニコール様のお部屋で待機する。ニコール様もお風呂とお着替え中だ。
この後は夕食で、その後はもうお休みだ。一日中移動で疲れてるからね。
ニコール様が寝室に入った後、私は寝室の隣の私室で待機。私室の隣には侍女の待機部屋があるので、侍女達はそこにいる。
私は自由にしていいと言われたので、ニコール様の部屋にあった本を読んで過ごした。ニコール様の本は、経営学とか語学とかの本が多かった。これは将来に備えてお勉強なさったんだろう。
少ないけど小説もあった。歴史物が多い。次いでミステリー。私はミステリー小説を読むことにした。
思いがけず熱中してしまった。この作者の伏線回収が巧みすぎる。最後まで誰だろう、どうやったんだろうとわからないまま、最後の最後で明かされた謎に、そういう事か!と思わず膝を打ったところで、交代の時間になった。
本を戻す前に作者を確認する。アガサ・マクダレン女史ね。よし、集めよう。
2時に交代して10時から仕事開始だ。しかし今日からは、令嬢として過ごして欲しいと侍女から言われた。ニコール様の指示らしいので、私は言われた通りにする。
ニコール様は午前中から、午後3時までお勉強をした。私も一緒に勉強する。
「シヴィルは何ヶ国語くらい勉強したの?」
「私は5カ国です。サンタンドレ、ドルストフ、花の国、風の国、斎の国です。ニコール様は?」
「私は10カ国。加えて霧の国と雲の国、魔の国」
「魔の国まで学ばれたのですか?」
「取引の多い国だもの。妖精国や火の国は、日常会話ならできるけれど、外交出来るレベルではないわね」
魔の国は別の大陸だけど、この国と国交のある国だ。妖精国や火の国もそう。流石ニコール様、ハイスペック。私だって覚えた5カ国は、日常会話がせいぜいなところだと思う。
サンタンドレと花の国、風の国は、子どもの時に祖父や母、師匠から教わったのでペラペラだけど、難しい話は単語を知らないかも。ちなみに小さい時から習ってたのは、国外逃亡も視野に入れてたからだ。
シルケ殿下やクインシー殿下は、もっとお勉強しているらしい。
パーシバルは今まで外国語を必要としてなかったから、国語しか話せなかったと言ってたけど、持ち前の頭脳と第1スキル演算、第2スキルの記憶のお陰で、入学後にあっという間に覚えたらしい。
余談だけどパーシバルは国法全書を丸暗記していて、ソラで諳んじることが出来る。普段の雑談でも全部覚えてて、そういえばあの時誰がこう言ってたよねと言われて、毎回こちらはびっくりさせられるのだ。
一度見聞きしたものは覚えちゃうらしい。仲間内でついたあだ名は、歩行する図書館。私の婚約者がやばい。
お勉強の後はお茶会。ニコール様と、ニコール様のお兄様のガブリエル様と私。
ガブリエル様はクインシー殿下の側近の一人だ。ニコール様がジョナサン殿下の婚約者になったので、ガブリエル様はクインシー殿下についてバランスを取った、シルバリー公爵の思惑が透けて見えるよね。
そもそもシルバリー公爵が宰相なのは、皇帝陛下と従兄弟だからだ。シルバリー公爵は優秀なお方らしいけど、それ以上に皇帝陛下は、信頼でシルバリー公爵を選んだ。
シルバリー公爵家としては、国内のバランスを考えると、ニコール様がジョナサン殿下と婚約しなくても良かった。力を持ちすぎるのは良くない。
けれど、ジョナサン殿下がニコール様をお望みになったので、バランスを取るためにガブリエル様がクインシー殿下に着いたんだと思う。
「そういえば来週、ジョナサン殿下がいらっしゃるんだよな?」
「ええ」
ジョナサン殿下はニコール様を溺愛しているので、これまでもシーズンオフにはちょこちょこ来ていたそうな。
ニコール様も嬉しそうだ。
「本当にお前と殿下は仲良しだよな」
「羨ましいの?」
「羨ましいね」
ガブリエル様は、ニコール様の友人のヒラリー・メイズ侯爵令嬢と婚約している。
羨ましいなら、仲良くしたらいいんじゃないの?
そうは思うけど、簡単な事ではないらしい。
「お前と違って、私は政略結婚なんだ。無闇に近づける訳がないだろう」
「ヒラリー様は、お兄様を嫌ってはおりませんわよ?」
「それはわかっている。けれど、節度はあるだろう」
「そうですけれど……、ねぇ、シヴィルはどう思う?」
話を振られたので私も考える。確かにヒラリー様は、貞淑な淑女って感じの人で、いかにも生真面目っぽい。ガブリエル様の悪口なんか聞いたこともないけど、浮ついた感じは確かにない。
でもガブリエル様はニコール様のお兄様なだけあって、すこぶるイケメンなのだ。性格に難がある訳でもないし、一般的には好かれてそうな気もするけど。実際人気あってキャーキャー言われてるみたいだし。
とはいえ、話を振られても私もよく分からないので、樹里を呼び出す。
「押せば良いと思いますけれど」
「押す?」
「押して、押して、押し倒す」
「ダメだろ!」
「流石に冗談ですけれども、手を繋ぐ位は良いと思いますわ」
「そうか?」
「手袋や服越しではない接触は、やはり胸が高鳴りますし、手に触れる位なら、意識してもらうのに丁度良いのではないかと」
私の中の恋の百戦錬磨が言っている。樹里の顔は見たことないけど、なんかニヤニヤしてる雰囲気は感じる。
「言葉で伝えようとして、失敗する事もあるかもしれません。反応を見ながら、そっと触れて見てはいかがでしょう」
「……もし、嫌がられたら?」
「その時は言葉を尽くせば良いのです」
「……考えてみる」
樹里の言うことがどれだけ当てになるかは分からないけど、仲良く出来たらいいね。これでヒラリー様に嫌われても、責任取れないんだけど……。その時はごめんなさい。