4-31 問題児
これで両殿下の陣営には、中央、南、西、東が揃った。
問題の北部貴族、コバルト侯爵令息とは、サークルもあるのでそこそこ仲は良い。
雑談もすれば政治談義もするのだが、戦争絡みの話になると、キンバリーが詳しいんじゃないかと言って逃げる。令嬢が戦争に詳しいわけないでしょ。
そういう訳で、コバルト侯爵令息は、中々難攻不落だ。
そしてもう1つの北部貴族、ジョンブリア辺境伯家のキンバリー様。チラッとルサルカお姉様達から聞いたところ、妹さんが1年生にいるんだけど、どうも問題児らしくって、今はそれどころでは無いらしい。
そこで、妹さんと同じクラスのはずである、トーマスに聞いてみた。
「あぁ、彼女ですか。正直退学になって欲しいですね」
「そんなになの?」
「酷いものですよ」
トーマスが苦々しい顔をしながら言うことには、婚約者のいる男子にも構わず突撃、女子達のお茶会にも呼んでないのにしれっと参加、態度を改めるよう注意されると、イジメだと泣き喚く等など。
そんなことばかりしているので、1年生の高位貴族クラスでは、総スカンされているようだ。
最近は相手にされないので、被害が下位貴族クラスにまで波及しているそう。
「酷いわね……それはキンバリー様も頭を抱えるはずだわ」
「実の姉妹なのに、何故こうも違うのでしょうね?」
「不思議ね……」
もしかして、ジョンブリア辺境伯家も、姉妹格差のある家庭なんだろうか?
パーシバルの義弟のギャリーは酷いものだったけど、親のアーモンド伯爵も酷かった。もしかしたらジョンブリア辺境伯も、身内に引き込むべきではない、酷い人格破綻者かもしれない。
これは調べた方が良さそうね。というか、殿下達が既に調べているかもしれない。聞いてみよ。
という訳で聞いてみたら、クインシー殿下がにっこり。
「大丈夫。あの子の使い道は考えてあるから」
何かお考えがあるようだ。それにしても使い道とは。クインシー殿下って、ちょっと怖いかも。
「それと、キンバリー嬢を見てわかると思うけど、ご両親のジョンブリア辺境伯夫妻も、マトモな方だよ」
マトモな家族に囲まれてるのに、何故そんな突然変異が起きたのか。全く不思議だね。
とりあえず殿下に任せて大丈夫そうなので、私も様子見する事にした。
そんなある日の事。放課後にサークルに向かおうと、訓練場に向かっていたら、コバルト侯爵令息と、知らない女子が、腕を組んでベンチに座っているのを発見。
コバルト侯爵令息は、キンバリー様と婚約している。浮気現場を見てしまったと思って、一瞬凄く焦った。
物陰に隠れて、キャピキャピ話す女子を観察。あれ、あの子は確か……。念の為鑑定。
シャーロット・ジョンブリア
うわぁぁぁ!やっぱり噂のキンバリー様の妹じゃないの!
ちょ、なんで婚約者の妹と浮気してんのよ!と思ったが、よく見るとコバルト侯爵令息は腰が引けているし、笑顔も引きつっている。
あ、なんだ。絡まれただけか。じゃあ大丈夫だねと判断して、物陰から出て廊下を歩きはじめた所で、「剣聖殿!いい所に!」と、コバルト侯爵令息の声。
まさか、巻き込む気?
えー、ヤダヤダ無視していいかな。と思いはしたけれど、多分コバルト侯爵令息も困っていたんだろう。
仕方がない、巻き込まれるとするか……。
うんざりしながら振り向くと、ジョンブリア辺境伯令嬢を腕にぶら下げたコバルト侯爵令息が、こちらに歩いてきていた。
「あら、コバルト侯爵令息、そちらは?」
「誤解しないで下さいね!?彼女はキンバリーの妹ですよ」
「そうなの」
コバルト侯爵令息は必死の形相である。わかったわかった、疑ってないから。
何故か私を睨みつけるジョンブリア辺境伯令嬢に、私はにっこり微笑みかけた。
「初めまして。私はシヴィル・ホワイトよ。お姉様のキンバリー様には、とても良くしてもらっているの」
「シャーロットです。ディラン様とも?」
「ええ。仲良くして頂いているわ」
それを聞いた途端、ジョンブリア辺境伯令嬢は腕を離して、私とコバルト侯爵令息に指を突きつけた。
「ディラン様が浮気してるって、お姉様に言いつけてやる!」
そう言い放つと、小走りで去ってしまった。それを私とコバルト侯爵令息は、唖然と見送ったあと。
「「はぁぁぁ~~~!?」」
と、揃って声を上げたのだった。
「どうして!?私、挨拶しただけよね!?」
「彼女に理屈を求めるのは間違いです!」
「最悪なフォローをありがとう!」
私とコバルト侯爵令息は、ジョンブリア辺境伯令嬢を追いかけていた。私の足ならすぐに追いつくと思ったのに、どこかに隠れてやり過ごしたのか見つからない。
放課後だから帰ると思って馬車止めに行ったけどいない、ならば荷物を取りに行ったのかと教室に行ってもいない、トイレにもいない。
「はぁ、はぁ」
「どうしましょう。まぁキンバリー様が、あんな戯言を信じるとは思えないけれど、パーシバルの耳にまで入ったらどうしましょう」
キンバリー様は大丈夫だと思うけど、自己評価低めのパーシバルは信じちゃうかもしれない。それはとても困るわ。パーシバルを傷つけたくないし、一旦落ち込んだパーシバルを元気にするのは、中々骨が折れるのだ。
膝に手をついてゼーゼー言ってたコバルト侯爵令息が、やっと息が整ったようで、顔を上げた。
「ビリジア侯爵令息には、明日朝イチで事情を話せば大丈夫ですよ」
「そうね……そうするわ」
それにしても、まんまと巻き込まれた。それもこれも……と、私はコバルト侯爵令息を睨みつけた。
「ちょっと今日の訓練は、厳しめにいきましょうか」
「あぁ!どうかそれだけは!申し訳ありませんでした!」
みっちりしごいてやった。
翌日、朝イチでパーシバルに事情を説明。コバルト侯爵令息と、キンバリー様からも補足が入った。パーシバルは困惑した顔で「大変ですね……」と、キンバリー様に同情的である。
「お2人とも、本当にごめんなさい」
「そんな、キンバリー様のせいではありませんから」
キンバリー様が申し訳なさそうにして謝るが、キンバリー様は何も悪くない。どころか、苦労が窺える……。いつもこんな風に謝って回ってるんだろうなと思うと、涙が出てくる。
聞けば、コバルト侯爵令息は、キンバリー様と婚約しているせいか、中々の頻度で絡まれるらしい。可哀想。
「結婚したらシャーロット嬢も義理の兄弟になるんだから、仲良くしなきゃいけないとは、思うんだが……」
「シャーロットがディラン様に迷惑をかけるのが申し訳なくて、婚約を解消する案が出たくらいなのよ……」
「妹のせいで姉が婚約解消なんて、意味がわからないわ」
そんな話をしていたら、ジョナサン殿下が気の毒そうにキンバリー様を励ます横で、クインシー殿下が笑いをこらえてプルプルしていた。弟が気遣いを見せる一方で、兄は人の不幸を笑うのである。この兄弟も、大概性格に差があるな……。
そんな事があってからしばらく経った頃、婚約解消の相談に来ていたローラ・アンガス子爵令嬢から、驚きの情報がもたらされた。
最近ローラの婚約者である、パーシバルの元義弟ギャリーの様子がおかしい。
全然会いにこないし、話しかけても何だか生返事。
きっと家の事が大変なのだろうと様子を見ていたら、ある日噂を聞いたそうだ。
「ギャリーと、シャーロット・ジョンブリア辺境伯令嬢が、こっそり付き合っているって……」
話を聞かない✕話が通じないの、驚きのカップリングが出来ていた。
「本当なの?」
「まだわかりません。でも、本当だったら、ギャリーの浮気を理由に婚約解消出来ます」
ローラはそう言ったけど、ローラはギャリーを好きになったから婚約者を変更したはずなのだ。
婚約解消をするのは自分の未来の為だと思うけど、好きな人が浮気してたら、辛いんじゃないかな。
「大丈夫?辛いのではないの?」
「正直……ちょっと。でも、良いんです。私は1度人を裏切ったんだから、自分にかえって来ただけですから……」
ローラは気丈に微笑んで見せるが、瞳が潤んでいる。ローラは過去にパーシバルを傷付けた人ではあるけど、私がパーシバルの真実を話した時は猛省して、泣きじゃくって謝っていた。本当は良い子なんだよ。
「辛い時は泣いてもいいの」
そう言って私はローラの前にハンカチを置いて、部屋の外に出た。私がドアを閉めて少ししてから、ローラの啜り泣く声が聞こえた。
全く、ギャリーもシャーロットも、とんでもない人達だ。とにかく浮気の事はちゃんと調べないと。
それから、東と南の寄り子達に、パーシバルにも手伝ってもらって、話を集めてもらったんだけど、どうやら黒。真っ黒。
もう最近は人目もはばからなくなってきたらしい。
こうなったら仕方がない。ローラがちゃんと婚約解消出来るように、証拠を集めて回ろう。
そんな矢先、今度はローラがシャーロットをいじめているらしいという噂が出回り始めた。子爵令嬢が辺境伯令嬢をいじめる訳がないのに、何故そんな事に。
どうもほとんどの人は信じていない。1年生はシャーロットの悪評を、上から下まで知っているので、どうせシャーロットのでまかせだと思っている。
ただ、シャーロットの事を知らない2年生の下位貴族は、ちょっと信じてる人もいるようだ。
一応ローラにも確認してみたが、いじめなんかしていないとのこと。そもそも下位貴族にとっては、上位貴族はほとんど恐怖と憧れの対象と言ってよく、上位貴族クラスに近づきたくもないらしい。だいたい階級からして、ローラから話しかけることも出来ないのだ。それでいじめなんかできるわけもなし。そりゃそうだ。
でも念の為、南と東の寄り子に、ローラとギャリーの監視を頼んだ。
ローラがいじめなんかするとは思ってないけど、シャーロットやギャリーがローラに何かしそうな気はするからね。
ちなみにシャーロットには北の寄り子の監視をつけたらしい。流石にキンバリー様もコバルト侯爵令息も黙っていられなかったようだ。
それからまた2週間後。報告を聞く限り、やはりローラは何もしていない。最早ギャリーに近づこうともしない。ギャリーの傍には、常にシャーロットが侍るようになっていたからだ。
1度ギャリーがシャーロットを連れてローラに話しかけたらしいけど、ローラとシャーロットは大した話もせずにすぐに別れたみたいだし、特に問題は起きていないけど。
流石にローラがいたたまれない。ローラの友人達も腹を立てているようで、ギャリーに文句を言ったそうだが、無視されたようだ。
シャーロットにはキンバリー様がお説教したらしいが、こっちも聞きやしない。なんなら、「お姉様は私が羨ましいのね。嫉妬は醜いわよ」と、斜め上の返答が帰ってきたとのこと。このところキンバリー様、いつも頭を抱えてる……。
もうそろそろ期末テストだけど、大丈夫だろうか……。