4-30 男子会?
パーシバルとシヴィルの婚約が成立して、しばらくした頃。パーシバルはジョナサンに呼び出されていた。
ジョナサンのサロンで待っていたのは、ジョナサンとバーソロミュー・スレート伯爵令息。ミカエル・スカーレット侯爵令息、それとイザイア・グレイ伯爵だった。
パーシバルはクインシーの側近になったので、このメンツとも話すことは時々あった。わざわざ呼び出しするのだから、何か重大な話だろうかと緊張しながら腰掛ける。
それとも新参者が調子に乗るなと釘を刺されるのだろうか。それともジョナサンに何か無礼を働いて叱られるのだろうか。
ネガティブな想像ばかりしてしまって、パーシバルはつい俯いた。
「パーシバル、そう硬くならなくていい。別に文句があるわけではない」
「は、はい」
「実はな、念の為耳に入れておきたい話がある」
「どのようなお話でしょうか?」
怒られるわけではないと言うので、安心して顔を上げて問うと、ジョナサンが言いにくそうに戸惑った隙を着いて、ミカエルが口を開いた。
「君さー、シヴィル嬢と婚約したじゃん?」
「あ、はい」
「シヴィル嬢に、求婚者が殺到してたの知ってたー?」
「噂で聞きました」
「誰が求婚したか知ってる?」
「生憎とそこまでは」
何故こんな事を聞くのかと不思議に思いつつも、パーシバルは素直に答えた。
いつもはちょっとおちゃらけた感じのミカエルが、無表情なのがなんだか怖い。
「ま、俺もあんまり知らないけどー、コンラッドもだよ」
「えっ!」
コンラッドとは、側近仲間のコンラッド・ブロンザー公爵令息である。まさか仲間内に求婚者がいたとは思わず、パーシバルから血の気が引いた。
「あ、コンラッドは大丈夫だよ。彼の意思じゃないから」
「そ、そうなんですか?」
「うん。おじいちゃんが勝手に申し込んだって怒ってたし。コンラッドは去年婚約者を亡くしたばかりなんだ」
「そうでしたか……」
コンラッドは長年付き合ってきた婚約者を、去年病気で喪っている。やっと婚約者の死を受け入れられて来たところで、祖父の暴挙に腹を立てていた。
それならむしろ、シヴィルが断って安心したことだろう。そう考えてパーシバルもほっとした。
「でもねー」
ミカエルの声が一段低くなった。パーシバルは思わず身を固くした。
「俺も求婚してたんだよねー」
「えっ……」
「俺婚約者いなかったし、一目惚れしたからね。シヴィル嬢は完全に政略だと思ってたっぽいけど」
「えっと……」
パーシバルにはどういう反応が正解なのかわからず、口ごもった。習慣で謝罪が口から出そうになったが、それもなんだか違う気がする。
ミカエルも実はシヴィルに恋をしていた。本人の言う通り一目惚れだ。だがシヴィルは恋愛や結婚に、特に興味はなさそうだった。
それで徐々に仲良くなりつつも、手をこまねいていたら、ノーマークだったパーシバルに掠め取られてしまった。
多少ムッとしてしまうのは仕方がない。
「どうやって落としたのさ」
「え、えっと」
「教えてよ」
「その……跪いて、想いを告げました」
「……ふーん」
聞いておいてミカエルは、ツンとそっぽを向いてしまった。パーシバルが困り果てていると、ジョナサンが溜息をついた。
「ミカエル、これで満足か?」
「全然?でももういい」
「全く……だから言っただろう」
「うるさいなぁもう」
ジョナサンはミカエルに忠告していた。シヴィルにはきっと言わないと伝わらないし、意識もしてもらえないと。それでも伝えなかったのはミカエルだ。
勝敗を分けた要因は他にもあるだろうが、一番大きな違いはここだった。
「ミカエルの態度を許してやってくれ」
「あ、それは、はい。もちろん」
「助かる。それと……」
一旦微笑んだジョナサンが、グレイ伯爵に視線を投げた。まさかとパーシバルは青くなる。
反対にグレイ伯爵は、面倒臭そうだった。
「え?僕も説明しなきゃいけませんか?」
「一応な」
「はぁーー」
「皇族に溜息をつくな!」
「グレイ伯爵は相変わらず不敬ですね……」
ジョナサンとバーソロミューは呆れているが、クソデカ溜息をついたグレイ伯爵が、パーシバルを見た。
「あー、僕の事はそんなに気にしなくていいんだけど。ただ、僕はシヴィルの元彼なんだよね」
「えっ!」
「以前付き合ってたの。3年くらいかな、付き合ってたのは。まぁ僕が振ったんだけど」
「……」
思わず絶句したパーシバルの様子など気にもせず、グレイ伯爵は続けた。
「シヴィルはなんて言うか、あんまり情熱的な方じゃないんだよね。ニコール嬢やシルケ殿下みたいに、好き好きアピールとかしない。普通に仕事優先するしね。だから、自分が与えたのと同じ熱量が返ってくるとは思わない方がいいよ」
どうやらアドバイスしてくれるようだ。グレイ伯爵の話はちゃんと聞いておいた方が良さそうだ。
「それでもシヴィルの方に愛情がないわけじゃないけど、こっちとしてはもっとこう、興味持って欲しくなるわけ」
「それは、はい。わかります」
「でもその辺のコントロールが上手いのか、シヴィルの気を引きたくて、シヴィルの為に頑張ろうって気になる」
「わかります」
「そんで僕は元々準男爵の次男だったけど、ここまで成り上がったわけ」
「凄い……」
「ちょっと男心わかってないとこあるけどね。いい女だよ、シヴィルは。君もその内大出世するかもね」
「それがシヴィルの為になるなら頑張ります」
「ま、シヴィルの方が先に出世してそうだけどね。付いてくの大変だよ。まぁ頑張って」
「頑張ります」
意気込んだパーシバルとは裏腹に、グレイ伯爵は興味をなくしたようで、マイペースにお茶を飲んだ。
それを見届けて、バーソロミューが口を開いた。
「実は自分も求婚していました」
「えっ!」
「あぁ、気にしないでください。ジョナサン殿下の指示です」
「殿下の?」
パーシバルがジョナサンを見ると、ジョナサンが頷いた。
「そうだ。政治的な理由だ」
「政治的な?」
「この件に関しては、ホワイト辺境伯家と皇族のみの極秘となっている。私の口からは話せない。ただ、ブロンザー公爵やゴールディ公爵が求婚したのも、それが理由だ。私や兄上の側妃にという案も出た」
パーシバルは事情を全く理解できないが、公爵や皇族が引き入れようとする程だ。シヴィルには何か、とんでもない秘密があるらしい。
「あの、では僕が婚約しても良かったのでしょうか?」
「アーモンド伯爵令息では問題だ。だが、兄上の側近のビリジア侯爵令息ならば、問題ない」
ほっとするパーシバルをよそに、ジョナサンは、兄貴の事だから、この辺まで計算してたんだろうなと考えをめぐらすが、口には出さなかった。
「そもそもシヴィル嬢の婚約については、シヴィル嬢の判断に任せると皇帝陛下が仰った。彼女が望むなら、平民でも婚約出来た」
「皇帝陛下がお許しになったのですか?」
「皇帝陛下は、事の他シヴィル嬢を気に入っておられるからな。最初は皇帝陛下が妃に召し上げようとしたくらいだ」
「えっ!」
「皇族全員で大反対したから大丈夫だ」
「そうでしたか……」
さすがに皇帝陛下から命令があったら、パーシバルにもシヴィルにもどうしようもないが、他の皇族が反対してくれるなら助かった。
しかし、皇帝陛下が欲しがるほどのシヴィルの秘密。なんだろう。とても気になる。
「教えてくれるかはわからないが、気になるならシヴィル嬢に聞くといい」
そう言われてパーシバルも考える。皇族が引き入れようとする程の秘密が、シヴィルにはある。それを聞いてしまって、自分は抱えきれるのかと不安が首をもたげる。
だが、シヴィルの事を知りたい。ホワイト辺境伯家と皇族の秘密という事は、家族は支えになってくれているのだろう。
パーシバル1人では支えきれないかもしれないが、家族や皇族のサポートがあるならと、パーシバルは顔を上げた。
「わかりました」
「そうか。話は以上だ」
「色々と教えて頂いて、ありがとうございました」
「いや。これからパーシバルも巻き込まれる事になるからな」
ジョナサンは多くを語らなかったが、その表情は真剣そのものだった。パーシバルの想像より遥かに重大なのかもしれないと、パーシバルは気を引き締めた。
「シヴィルが教えてくれるかはわかりませんが、あらゆる状況を想定して備えます」
「それがいい。正直私達にも予測がつかないのだ。私達でも彼女を守りきれないかもしれない。シヴィル嬢も不安を抱えているはずだ。支えてやってくれ」
「はい」
皇族でもシヴィルを守りきれない可能性がある。とするなら外交関連だろう。
シヴィルには、外国との関係を左右するなにかがある。それが何かはわからないが、シヴィルに不安な思いをして欲しくない。
であれば、シヴィルを守れるように備える必要がある。
自分で言ったのだ。あなたの為ならなんだって出来る気がすると。
(絶対、僕がシヴィルを守るんだ)
そう、胸に決意を秘めて、パーシバルはサロンを後にした。
その後のサロン。
「ねーねー、シヴィル嬢の秘密ってなにー?」
「秘密だ」
「僕も知らないんですけど」
「秘密だ」
「「教えて教えて」」
「うるさい」
ジョナサンがミカエルとグレイ伯爵からウザ絡みされた。