4-29 アンガス子爵家の謝罪
帰りの馬車の中で、ローラは涙ぐんでいた。
「私もパーシバル様に謝りたい。私、酷いことを言ってしまったの」
「一緒に謝りに行こう。しかし、アーモンド伯爵があの様子ではな……。正直、本当にお前を嫁に出して良いものか」
「私がギャリー様を好きになって、パーシバル様を裏切ったんだもの。私が悪いの……」
「ローラ……」
事業提携の為の婚約。それも取り仕切ったのは代官とパーシバルのようだ。事業の話をしても、アーモンド伯爵はイマイチ反応が悪いと思っていたが、そういう事だったらしい。
肝心の事業は、アーモンド伯爵領とアンガス子爵領を結ぶ街道と橋の建設だ。この事業は大詰めを迎えていて、最後の橋の建設を始めたところだ。
「ローラ、嫌なら言いなさい。お前の一生に関わることだ」
「でも、事業が……」
「気にするな。もうほとんど完成しそうなんだ。後は私一人でもやれるさ」
「……結論を出すのは、少し待って。先に、パーシバル様に謝りたい」
「わかった」
アンガス子爵はアーモンド伯爵の返事を待たず、即日ビリジア侯爵に手紙を出した。
数日後にアンガス子爵とローラは、ビリジア侯爵家を訪ねた。
久しぶりに会ったパーシバルは元気そうで、表情も明るくなっていた。
以前は俯いてばかりで、声も小さくて、その様子にひたすらイライラしていた気がする。
最初にギャリーに、
「アイツは病弱だったから甘やかされたせいでワガママでさ。勉強もしないし怠けてばかりなんだ」
と聞かされたから、その先入観もあったのだろう。
でも、パーシバルをちゃんと見ようとしなかったのは、他ならぬローラだ。
「ビリジア侯爵令息。あの頃の私は、貴方に冷たい態度ばかりで、挙句に裏切りました。貴方にした振る舞いを、心から悔いています。本当に、申し訳ありませんでした」
神妙な顔つきでそう言ったローラは、ゆっくりと最敬礼で頭を下げた。
パーシバルは少し慌てた様子で、「頭を上げてください」と、ローラに頭を上げさせた。
「えっと、僕は正直、アンガス子爵令嬢も、ギャリーの嘘の被害者だと思っています。あの頃、手紙を送ってくれたんですよね?」
「はい。でも……」
「僕からの返事はなかったんですよね?」
「……そう、思っていました」
「ギャリー達の仕業だと思いますけど、妨害もあったしあなたは何も知らなかったんです。貴方にとっての僕は、茶会をすっぽかし、手紙もプレゼントも寄越さない、酷い婚約者だったはずです。貴方に辛い思いをさせた、僕こそ謝らなければ。申し訳ありませんでした」
「あ、謝らないで下さい!貴方はあの時も、本当は何も悪くないのに、謝って下さったじゃないですか!」
「では、これでお相子にしましょう」
にっこり笑ったパーシバルに、ローラは困惑した。確かにあの頃、ローラは蔑ろにされていると思って傷ついた。けれど、同じように妨害を受けていたパーシバルだって傷ついたはずだ。しまいにはローラはギャリーを選んで婚約破棄したのだ。
こんな事でお相子にしていいとは思えない。
「でも……」
「ほら、正直なところ、僕らは全然交流がなかったでしょう?それに、僕にはもう素敵な婚約者がいますし」
剣聖の話をしたパーシバルの表情が、一気に優しく温かいものに変わった。それを見たローラは気付いた。
「あなたは今……幸せ、ですか?」
「はい」
本当に幸せそうな笑顔。パーシバルは今、愛する婚約者がいて、優しい家族がいて、クインシー殿下から実力を認められた。
パーシバルは、幸せになったのだ。それを知って、ローラは一気に心のつかえが取れたような気がした。
「そうですか……良かった、あなたが幸せで」
「ありがとうございます。僕はあなたの幸せも願っていますよ。本当なら僕がそうするべきだったのですが、力及ばず申し訳ありません」
「いいえ。手を離したのは私ですから」
思案げにしたパーシバルが、少し言いにくそうに口を開いた。
「もうこの際なので言ってしまいますが、幸せになりたいのなら、ギャリーはやめておいた方がいいと思います。あまり勤勉な方ではないので、将来領地経営は傾くはずです。あの性格ですから、どこかでトラブルを起こして引っ掻き回されると思います。そして、その尻拭いをするのは、残念ながらアンガス子爵令嬢です」
アンガス親子が、ついに頭を抱える。婚約破棄後のダメージが、予想より大きすぎた。
しかしこれも自業自得。因果応報である。
「ご忠告に感謝致します……」
「婚約解消も2度目は流石に外聞が悪いかもしれませんが、一生ギャリーに振り回されるよりはマシではないかと思います」
「考えておきます……」
「もし婚約解消されるなら慎重になさった方がいいかもしれません。良ければ僕とシヴィルも相談に乗りますから、いつでもご連絡ください」
「重ね重ね、ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません……」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
アンガス親子は平身低頭で、最後まで謝罪とお礼を繰り返し述べた後、ビリジア侯爵家を後にした。
「逃がした魚は、大きかったな……」
「後悔してももう遅いわ……お父様、馬鹿なことをして、本当にごめんなさい」
「いや、よく調べもせず、アーモンド伯爵の言うことを真に受けた、私にも責任があるのだ。そう自分ばかりを責めなくていい」
流石にローラも決心した。ギャリーとの婚約は解消する。2度も婚約解消をする訳だから、その後はあらゆる噂が飛び交って、今後結婚出来るかはわからない。
でも、パーシバルのように馬車馬の如く働かされた上に暴力をふるわれる可能性を考えると、修道院の方が極楽に思える。
「婚約解消するわ。私、もう結婚出来なくてもいい。お父様、私に領地経営の事を教えて。お兄様の下で働くわ」
「ローラ……」
「それとも、勉強を頑張って文官を目指そうかしら。どこかの貴族の侍女もいいかもしれないわね」
「……文官は良いな。文官や騎士と結婚出来るかもしれないぞ」
「それもありね!」
空元気で無理やり悲壮感を振り切ったように、未来の展望を話すローラが、アンガス子爵には痛々しかった。
だが、ローラは無理やりにでも前を向いたのだ。これから大変な思いをするのはわかっている。だからこそ、支えてやらなければと、アンガス子爵も心に誓った。