4-24 ドアマットヒーロー4
まずは私の紹介で、叔母であるビリジア侯爵夫人にクインシー殿下とアーモンド伯爵令息を紹介して、味方になってもらった。
そしてビリジア侯爵から、寄子貴族にパーシバル・アーモンド伯爵令息の支援を指示。ちなみにアーモンド伯爵家はこの指示から除外されている。
次にクインシー殿下が、食堂でアーモンド伯爵令息に声をかけて、専用ブースに案内。これで学園ではパーシバル・アーモンド伯爵令息が、クインシー殿下の側近になったことはすぐに広まった。
そして、私はアーモンド伯爵家に、パーシバル・アーモンド伯爵令息との婚約を打診する手紙を送った。
クインシー殿下の作戦では、私が婚約する必要まではないけど、まぁ念の為というか嫌がらせというか。
そうして手紙を送って、アーモンド伯爵令息と共にアーモンド伯爵家に行くところ。
アーモンド伯爵家は皇都にタウンハウスを持っているけれど、アーモンド伯爵令息は学園の男子寮にいたから、学園までウチの馬車で迎えに行った。
向かいに座るアーモンド伯爵令息は、かなり緊張した様子だ。
ちなみに私も緊張している。
「緊張するわね……」
「シャモア男爵も緊張するんですね……」
「するわよ。あなたのご両親にお会いするのよ。腹が立って殴ったりしないか心配だわ」
「……お手柔らかにお願いします」
「あら、やめろとは言わないのね?」
「ちょっと、見てみたいかも、なんて」
「ふふっ、やだ」
「あはは」
おや、笑った顔を初めて見たかもしれない。暗い顔をして俯いてばかりのアーモンド伯爵令息が笑っているのを見たら、なんだか嬉しくなってしまった。
「なんだか気合いが入ってきたわ。頑張りましょう」
「はい!」
アーモンド伯爵家のタウンハウスは、こじんまりして古いけど、味わいがあってセンスの良い家だった。壁も古いけど、柱の彫刻にマッチしてる。
アーモンド伯爵令息のエスコートで馬車を降りると、30後半の男性が、揉み手をしながら笑顔で寄ってきた。
揉み手する人初めて見た……。ていうか当主が出迎えるっておかしくない?
「これはこれは、剣聖殿自らお越し頂きまして、誠にありがとうございます。私はアーモンド伯爵家当主、モーリスと申します」
「お初にお目にかかりますわ。私はシャモア男爵、そしてホワイト辺境伯が次女、シヴィル・ホワイトでございます」
「お噂はかねがね。いや、剣聖殿は実にお美しい。ささ、どうぞこちらへ」
貴族の名前で自己紹介してるんだからシャモア男爵って呼びなさいよ。なんかもうイラッとした。
しかも隣のアーモンド伯爵令息には、一言も声をかけなかった。ちょっと殴打バロメーターが上がった。
案内された応接室には、変に着飾った夫人と、変に着飾った弟さんのギャリー・アーモンド伯爵令息がいた。夜会にでも行くのかというレベルで着飾ってるけど、お出かけ前なの?
わけがわからないと思いつつも、挨拶してアーモンド伯爵令息と共にソファに座る。
ちなみに室内はセンスが悪い。派手なだけで価値の低い調度品ばかり。このタウンハウスを建てた人はセンス良かったみたいだけど、現伯爵のセンスは皆無ね。
最初は当たり障りない話というか、アーモンド伯爵が一方的に自慢話を繰り広げるのを適当に聞き流した。その間、ギャリーが私をガン見するわ、アーモンド伯爵令息を睨みつけるわ。喧嘩売ってる?買うわよ?
「ええもう、ギャリーは本当によく出来た子でしてな」
「そうですのよ。親思いの優しい子ですの」
そして何故かギャリーを推す伯爵夫妻。これ絶対喧嘩売ってるよね?
「そうですか。親孝行なご子息に恵まれたならば、アーモンド伯爵家は安泰ですわね」
「そうですの!それに引き換え、パーシバルときたら……」
「怠けてばかりで、何もしやしない。こやつは幼い頃病弱でしてな。甘やかした私共の責任もありましょうが、ワガママばかり言って手伝いの一つもしないボンクラになってしまいまして」
それはビリジア侯爵夫人であるサブリナ叔母様から聞いている。アーモンド伯爵令息は、対外的には病弱で家から出られないという事になっていたようで、サブリナ叔母様もそれを信じていたらしく、私とクインシー殿下から話を聞いて激怒していた。
サブリナ叔母様がそれを信じてしまったのは、アーモンド伯爵令息の母方の実家であるバーモント伯爵家が、当主を事故で失った上に、財政難で没落してしまい、アーモンド伯爵令息を気にかける貴族がいなかった為だ。
「あら、そうですの?今は至って健康なようですし、学園でも優秀な成績をおさめていらっしゃいますわ」
「それは違います!俺がソイツの課題を押し付けられていたんです!」
急にギャリーが横入りしてきたけど、課題を押し付けてたのはギャリーの方だと裏は取れている。
「だとしても、試験の成績は誤魔化せませんわ。試験官が複数配置された環境で、あなたがパーシバル様の代筆をしたとでも?」
「それは、名前を変えるように言われたんです!」
「お話になりませんわね。そもそもクラスも違いますのに、名前を入れ替えたところで無意味ですわ」
「違う!本当なんです!」
「そうですわ。何もこんな愚息でなくとも。ギャリーの方が優れておりますわ」
「そうですぞ。こやつは何の役にも立たない穀潰し。ホワイト家の名に傷をつけるに決まっております。どうしようもないワガママ息子で、我々も手を焼いておるのですよ」
殴打バロメーターが、順調に上昇していく。これ殴っていいよね?
「そもそも、ギャリー・アーモンド伯爵令息は婚約しておりますわよね。あなた方は、私に略奪をしろとでも仰るのですか?」
「まさか!剣聖殿にギャリーを選んで頂いた暁には、こちらで婚約を解消し、剣聖殿と婚約を結びます!」
「それが略奪だと言っているのがわかりませんの?」
「そ、そのような事は!」
「大体相手方も納得されませんでしょう。そもそも私は、ギャリー・アーモンド伯爵令息の話をしに来たのではありません。いい加減、本題に入らせて頂けます?」
本気でうんざりしていたので、本気でうんざりした態度で言い放った。その直後、ギャリーがテーブルを叩いて立ち上がった。隣でアーモンド伯爵令息が、びくりと身をすくめたのがわかって、安心させたくて肩を叩いた。
「おかしいだろ!何故そんな奴と!俺の方が顔がいいだろうが!」
言うに事欠いて顔?しかも、私に対して、顔って言った?
つい笑ってしまった。
「ふふっ」
「な、何がおかしい!」
「顔?顔ですって?私は毎日自分の顔を鏡で見ているのよ。あなた、鏡を見たことがないの?」
「な、なっ……」
こちとら傾城の血筋である。絶世の美女舐めんな。毎日自分や母やニコール様の顔を見ているので、多少顔がいいからってときめくわけがない。というか私の中で顔は割とどうでもいい。
「多少顔がいいから?それが何なの?人の美貌なんか、歳を取れば崩れるのよ。もちろん容姿もアイデンティティの一つだけれど、人の魂に輝きを与えるのは、努力や教養、経験そして精神の美しさよ。あなたには、その魅力を一切感じないわ」
「貴様!」
ガタッと立ち上がったギャリーが、テーブルを踏み越えて殴りかかって来たので、それをパシリと受け止めた後、鼻で笑ってやった。
「はっ。この程度で、私に勝てるとでも思っているの?決闘なら受けて立つけれど、私に挑む以上、死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね?」
「う……」
真っ赤な顔でギャリーはブルブルしていたが、脅すと青くなってブルブルしたので、受け止めた手を押し返して座らせた。
それを見て、伯爵夫妻を睨みつけると、途端に伯爵夫妻も真っ青になった。
「私はパーシバル・アーモンド伯爵令息の話をする為に、多忙な中わざわざ時間を割いて来ております。時間を浪費しないで下さいますこと?」
「うぐ……」
「はぁ、無駄な時間を過ごしたわね。まぁいいわ。パーシバル様、お願いできるかしら?」
「はい」
私の合図を受けて、アーモンド伯爵令息が持参した書類をテーブルに広げた。
「こちらから除籍届、養子縁組届になります。これは既に教会と貴族院に受理されていて、現行僕はビリジア侯爵令息となっています」
アーモンド伯爵令息の説明に、伯爵達は目を白黒させた。
「な」
「そんな馬鹿な!」
「現行法に則り、僕は自身でアーモンド伯爵家からの除籍を申請し、それが受理されました。そしてビリジア侯爵の養子となっています。今日は、お別れを言いに来ました」
「あ、ありえない!」
「こんな事、許されないわ!」
伯爵夫妻がうるさいので、床をダン!と踏みしめると、夫妻は大人しくなった。
「現行法では、成人した者が除籍を申し出ること、双方同意の元で養子縁組する事は認められていますの。法律に基づいた手続きを行いました。あなた方が許さずとも、法が許しておりますわ」
ビリジア侯爵は東部貴族の筆頭だけど、長子がまだ12歳で学園に来ていない。そのせいで殿下達に近づくチャンスがなくて、やきもきしていたようだ。
そこにクインシー殿下の側近に望まれた、アーモンド伯爵令息の話が降って湧いた。正義感も手伝い、是非養子にと言ってくれたのはサブリナ叔母様だった。
アーモンド伯爵一家は唖然としていた。散々罵倒した彼が、よりにもよって寄り親の侯爵令息になってるなんて、思いもしなかったんでしょうね。
「今日は、パーシバル様とあなた方のお別れの機会を作る為に来たのだけど、本当に無駄な時間だったわね。あぁ、伯爵風情が侯爵令息に暴言を吐いたこと、当然叔母様には報告させてもらいますわ。それと、私への傷害未遂も、父である辺境伯に報告致します。では、ごきげんよう」
私が立ち上がると、パーシバル様も書類を拾って、すぐ後に続き、ドアを閉めた。