4-22 ドアマットヒーロー2
それから数日後に面談が叶った。初対面同士なので、立会人としてクインシー殿下とシルケ殿下もいる。これって逆に緊張しないだろうか。
案の定、サロンに呼び出されたパーシバル・アーモンド伯爵令息は、緊張した面持ちで俯いている。
栗色の髪に、ほっそりした体つき。青白い顔をして、分厚いメガネをかけている。目を伏せているから、瞳の色は分からない。緊張か怯えか分からないけどオドオドした態度。
「パーシバル、わざわざ来てもらって悪いね」
「いえ……」
声ちっさ。声をかけたクインシー殿下にも俯いたままだし、ある意味不敬。
「僕とシルケは気にしないで。シャモア男爵が、君と話したいらしくってね」
「そうなの。お呼び立てしてごめんなさいね。私はシャモア男爵のシヴィル・ホワイトよ」
「……パーシバル・アーモンドです……」
蚊の鳴くような声。近くでご令嬢がおしゃべりしてたら聞き取れないレベルだよ。
騎士は声の大きさも大事だから、モニョる人なんかすぐに矯正される。それもあるから、ちょっとイライラしちゃうよね。
「アーモンド伯爵令息、顔を上げてちょうだい」
ゆるゆるとアーモンド伯爵令息が顔を上げる。やはり目を伏せて私を見ない。
「私を見て」
ビクビクとしながら、そろそろとアーモンド伯爵令息が瞼を上げて、私と目が合った。
やっと見えた瞳の色は若葉のような薄緑色だ。でも、その瞳は明るい色なのに、どこか昏い。
「私から目を逸らさないで。わかった?」
「わ、かりま、した」
私の事は知っているだろう。目が合った後も怯えているのは、多分ビビってるのね。まぁいいや。慣れてるし。
「いいわ。あなたの成績を見たわ。クインシー殿下にもお話を伺ったけれど、あなたとても優秀なのね」
「そんな、ことは」
「あら、そこで謙遜してはいけないわ。あなたがそうすることで、あなたより下位の成績だった全学園生を、侮辱することになるわよ」
途端にアーモンド伯爵令息は真っ青になって、クインシー殿下達を見た。クインシー殿下もシルケ殿下もニコニコしているが、なんか圧を発している。アーモンド伯爵令息の顔色は真っ白だ。
「褒められた時は、下手に謙遜しなくていいのよ。お礼を言えばいいの」
「あ、えっと、お褒めに与り、光栄です……?」
「よく出来ました」
にっこり微笑むと、アーモンド伯爵令息は、ホッと安堵の息を吐いた。
「そもそも謙遜する必要があるとは思えないわ」
「同感だね。皇族である僕らよりも成績が良くて、ずっと独走してるんだ」
「そうよぉ。シルケ達だって、すっごく頑張っているのに、それでもあなたの方が上なのだもの」
「両殿下の仰る通り、あなたの成績はあなたの努力に裏打ちされたものよ。あなたはあなたの努力と実力を誇るべきだわ」
アーモンド伯爵令息は困惑しているのか、殿下達と私と視線さ迷わせた。
「そう、なんでしょうか?」
「ええ」
「そうだね」
「そうよ」
私達が同意しても、やはり困窮したアーモンド伯爵令息は俯く。俯かれるの、なんかイラッとするわね。この態度も虐げられてる原因じゃないかな。
いや、虐げられたから俯くのかも。これは鶏が先か卵が先か分からない話ね。とりあえず俯かせない。
「顔を上げて、私を見て」
「あっ、はい」
「まず、私はともかく、両殿下のお褒めの言葉に対して、否定するのは不敬だと覚えた方がいいわ」
「は、はい……申し訳ありません」
「今後誰かに褒められた時、否定せずお礼を言うと約束出来る?」
「約束します」
初めてちゃんとした返事が返ってきた。よしよし。やっと本題だわ。
「ところで、クインシー殿下から、あなたを側近にしたいと伺ったのよ。あなたにもその気はあるけれど、断ったと。それは本当?」
一瞬迷ったような表情をしたけれど、先程の会話を覚えていたのだろう、ちゃんと返事をした。
「恐れながら、お許し頂けるのでしたら、微力を尽くしたいと考えています」
「そう。素晴らしいことね」
「ありがとうございます」
うんうん、ちゃんとお礼も言えたね。
「だだ、家の事情があって、お断り致しました」
「あなたの家の事情も聞いたわ。間違っていたら訂正して」
クインシー殿下から聞いた話を述べると、アーモンド伯爵令息は驚いたようだった。そこまで殿下が調べているとは思わなかったんだろう。そしてやはり俯いてしまった。
「訂正すべき点はある?」
「……ありません」
よし。ここから作戦開始だ。私はセリフを言うだけだけどね。
「あなたは知らないかもしれないけれど、私は前辺境伯と侍女との間に出来た庶子よ」
「え………」
アーモンド伯爵令息は、驚いたのか顔を上げた。まぁ地方の伯爵は知らないでしょうよ。
「その後実子として認知された後、現辺境伯の養子になり、母が後妻におさまったわ。私には義兄弟が6人もいるの」
「……」
「それでも、母と私は亡くなられた前妻を唯一絶対と尊重しているし、血の繋がらない兄は別に家を興した。我家を継ぐのは前妻の長男で、次男は騎士団にいるわ。それがこの帝国では普通なの。あなたの家は異常だわ。あなた自身は、思うところはないの?」
「……」
「私には、話せないかしら?」
「違います。上手く、言葉にならなくて……ただ、羨ましいです。僕も、ホワイト家のような家に産まれたかった」
そう言ったアーモンド伯爵令息は、瞳を潤ませた。それでも、私から目をそらさなかった。その瞳には、悲愴と羨望が色濃かったというのに。我慢強いのね。
「あなたは家族と元婚約者に対して、どう思っているの?あぁ、言いたくなければ言わなくてもいいわ。こちらで勝手に推測して動くから」
私と両殿下がニンマリと笑う。彼は慌てて前のめりになった。
「あ、あの、別に僕は何も」
「あらやだ、冗談よ?」
「僕らが動いたら大事になるじゃないか」
「うふふ。アーモンド伯爵令息ってウブなのね」
「そ、そうなんですか?」
「当たり前でしょう。何故私達が一介の地方貴族の為に動かなければならないの?」
「そう……ですよね」
アーモンド伯爵令息は、打ちひしがれたようにして、やはり俯いた。いじめすぎてしまったけれど、これもクインシー殿下の作戦だから許して欲しい。
でも、これだけ虐げられていても、家族を庇おうとするほど優しい人柄なのはわかった。まぁ、面倒事を避けたいだけの可能性もあるけど。
「だからね、私の為に教えてちょうだい。あなたが本心ではどう思っているのかを」
「シャモア男爵の為にとは、どういう意味ですか?」
「当然、社交の話の種によ。ほら、話しなさい」
「……っ」
アーモンド伯爵令息は最初屈辱に震えていたが、私の事を思い出したのか、怯えながらも口を開いた。
「わかりました。言います。言いますから、どうかお願いです。僕が言ったと、家族にだけは……」
「あなたの家族には何も言わないと約束するわ。ホワイトの血に賭けて」
「約束する。アズメラの血に賭けて」
「約束するわ。アルテナの血に賭けて」
私達の血の誓いに、アーモンド伯爵令息は一瞬絶句したけれど、こくりと生唾を飲み込んだ後、彼の真意を語り出した。