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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第4章 学園生時代
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4-20 ステラとジャスティン1

お茶会からしばらくして、辺境伯ギデオンとシヴィルの母ステラが結婚することになった。

もちろん家族には説明してある。

事情を聞いて、義姉ソフィアも、義弟トーマスもジャスティンも理解はしてくれた。でも、どうしても納得出来ない部分はあるようで、ジャスティンは領地に帰ってしまった。

ステラはすぐにジャスティンを追いかけて領地に戻った。



ジャスティンは馬車で領地に帰ったが、ステラは走って帰ったのでジャスティンよりも1日早く実家に辿り着いていた。

予め手配はしてあったので、ステラは辺境伯夫人としての格好でジャスティンを出迎えた。

玄関先で出迎えた、ドレスを着たステラに、ジャスティンは驚いた。だがすぐに、俯いて歩き出した。


「ジャスティン」


ステラはもう侍女ではなくなる。義母になる。だから、今まではジャスティン様と呼んでいたけれど、ジャスティンと呼んだ。

その呼び掛けに、ジャスティンは一瞬足を止めたが、すぐに早歩きで階段を登り始めた。

ステラはそれを追わなかった。執事長のセバスチャンが気遣わしげにステラを見やるが、ステラは気にしなかった。


自室に戻ったジャスティンは、ベッドの上で膝を抱いていた。

事情は理解出来た。ステラはサンタンドレ王族の血筋、厳密にはステラは王孫である。それもサンタンドレ王族最後の血統だ。

ジャスティンにだって、その価値の重さが分からない訳じゃない。

ステラとシヴィルの血筋が公になったら、国内は勿論、きっとサンタンドレ亡命政府も、敵国ドルストフ帝国も黙ってはいない。

でも、それがどう転ぶのか全く予想がつかない。

だから国内でも大貴族であるホワイト辺境伯が妻として娶る事で、有象無象はシャットアウトできる。


それに父の気持ちも。母サフィナを愛して、愛し続ける事を容認してくれた上で、夫人としての役目を果たせる。

そういう、悪い言い方をすれば都合のいい女、良い言い方をすれば信頼出来る女が、ステラだった。


それはわかる。わかっている。理解している。

けれど、どうしても受け入れたくないと心が叫ぶ。

わかってはいても、母サフィナの立場を取って代わられたように感じる。


父様の母様への愛は、政治に惑わされる程度のものだったんじゃないか?ステラが言い募ったのでは?


そう思うと、憤りを抑えられない。そんなはずがないと、頭ではわかっているのに。

幼稚な自分にも憤りを覚えるのに、だからこそ、どうしたらいいか分からず逃げてしまった。


部屋のドアがノックされた。返事などしたくなかったから無視した。

それをノックの相手も分かったのだろう。ドアの前で、衣擦れの音がした後、ドアが軋む音がした。多分ステラがドアの前に座り込んだのだ。


「ジャスティン、聞いて。私が初めてサフィナ様に出会ったのは、11歳の時だったわ。私は大奥様付きの侍女で、サフィナ様はギデオン様の婚約者だった。初めてお会いしたのはお茶会だったわ」


そうしてステラが、サフィナの話を語り始める。


当時サフィナは従騎士だったが、休みを貰う度にギデオンに逢いに来ていた。最北端の領地と、最南端の領地だ。馬車だと1週間以上の距離を、サフィナは苦にもせず通った。その内ギデオンからも逢いに行くようになった。


「私とギデオン様は、いわゆる幼なじみなの。だから、よくわかったわ。サフィナ様のひたむきな愛情。それがどれほどギデオン様を慰めたか。ねぇ、ジャスティンは知っている?本当はギデオン様は、当主になど、なりたくなかったのよ」


それはジャスティンの知らないことだった。父は立派に当主を務めているし、その前の代行だってなんの問題もなかった。

それなのに、父は当主を嫌がっていたなど思いもしなかった。

思わずジャスティンは、ステラの話に聞き入った。


ギデオンは長男で、当主になることは生まれた時から決まっていた。

幼い頃からギデオンは優秀だった。その能力は誰でも認めていた。

しかしギデオンは、対魔物最強の領地であるホワイト辺境伯になる事については、気後れしていた。

ギデオンは、騎士としては実力がかなり劣っていたからだ。


これが他の領地ならば、そんな事はなかっただろう。だが、ホワイト辺境伯領の騎士団、特に第3は強かった。強すぎた。主にステラの父である剣鬼のせいで。

ギデオンの実力は、コバルト第1なら即戦力になるレベルだった。これは貴族の次期当主としては誇ってもいい実力だ。それがホワイト第3と比較されたなら、話は違った。


ホワイト辺境伯は、魔物の脅威から国を守る護国卿だ。魔物は人間よりも遥かに強い。成人男性1人とゴブリン1匹なら、ゴブリンが勝つ。そういう世界で、そういう環境だ。

当然辺境伯にも武威を求められる。


「でも、前辺境伯、エリック様はそうお考えにはならなかったわ。当主が最前線に立つよりも、能力のある者を立たせる。そういう方針だった。実際、その方が合理的なのよ」


それはジャスティンにもわかった。騎士は原則実力主義だ。もちろん家格に忖度がないとは言わない。けれど、少なくともホワイト辺境伯領では、それにとどまらない。

貴族優遇が全く無いとは言わないけれど、実力はなくとも頭の切れる貴族を参謀にするとか、頭は切れなくても実力があって忠実な騎士を重用している。

こういった合理性は、人の生死をかけた職なら必要だ。


「けれど、ギデオン様は、それに甘んじる自分を許せなかったのよ。その事をかなり苦悩しておられたけれど、それを解きほぐしてくれたのが、サフィナ様だったの。サフィナ様は仰ったわ。ギデオン様はギデオン様の役目を果たして。私が領民を守るから。危機が迫った時、私が戦うわ。互いの役目を全うしましょう。そう言ったわ。そしてサフィナ様は、そのお言葉通りになさったの」


スタンピードの時、ギデオンは護国卿としての立場で戦った。サフィナは戦場で戦った。

2人の約束は、何も違われていなかった。


たまらずジャスティンは泣き出した。父と母の間で交わされた約束。その約束は果たされていた。

その約束は、信頼と愛情がなければ、絶対に果たせない約束だ。

でも、ギデオンとサフィナは、その約束を果たしたのだ。果たして、果てた。


「あの日、皇城からの通達が遅れたことを、今でも私は恨めしく思うわ。私と父が戦場にいたら、絶対にサフィナ様をお助け出来たし、もっと早く終わらせることが出来たわ。私も父もシヴィルと同等以上の力があるのに、サフィナ様をお助け出来なかった……恨んでいるわよね」


ゴリンデル一族の能力は、知っている。きっと3人揃ったら無敵だったはずだ。

でも現実にはそうならなかった。ステラとドゥシャンに報告が来たのは深夜で、駆けつけた時には何もかもが終わっていた。


「別に、恨んでないよ」

「恨んでもいいのよ。ジャスティンには、その権利があるのよ」

「恨みたくないんだ。恨んだら、もっと惨めになりそうで」

「……強いのね」


部屋の中を沈黙が支配する。シヴィルとステラとドゥシャンを恨んでいる訳じゃない。もちろんディランだって恨んではいない。

母サフィナが死んだのは悲しい事だけど、誰かのせいじゃない。悪いのは魔物だ。

それなのに誰かを恨んでも、もう母は帰ってこない。誰かを責めてもいいかもしれない。でも、自分が惨めになるだけだ。どれほど責めて暴れ狂っても、母が戻ってくると言う望みは、天地がひっくりかえっても、果たせないのだから。


「ギデオン様とお約束したのだけれど、ジャスティンも一緒にどうかしら?」

「……なに?」

「毎月、月命日にサフィナ様のお墓参りをしましょうって。ジャスティンも一緒に」

「……行く」

「そう。良かったわ。お話はこれでおしまい。聞いてくれてありがとう、ジャスティン」


衣擦れの音がした後、ドアの前から人の気配が消えた。

それを感じた後、ジャスティンは膝に顔を埋めた。

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