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第1滴 気付けば異世界

 気付いた時には私は一人だった。




 目を覚ますと、私は一人でふかふかの草の上に横たわっていた。樹々の隙間から木漏れ日が差し込み、陽気は春を示すかのようにほんわかとあったかくて気持ちいい。何度か瞬きをしてそれからゆっくりと体を起こした。小さな手のひら。握ったり開いたりして確かめる。これは、私の手。視線の先には小さな足もあって、こちらも同じように動かしてみる。うん。これも私の足だ。大体、五歳児くらい? 私はもっと年を取っていたはずだし、なんでこんな形をしているんだろう。


「???」


 さらり、と髪の毛が落ちた。銀色の雨のような、流れるような真っすぐな銀色の糸。触るとさらさらと絹糸のような手触りで、気持ちがいい。


「ラーラ」


 声がした。

 何故か自分の名を呼ばれたような気がして、振り返る。目に映ったのは、黒くてもさもさとした人型の何かだった。


「き」


「ラーラ」


「きぃやぁぁぁぁああああ!!!」


 思わず、私が全身全霊の力をこめた絶叫を放ってしまったのはご容赦願いたい。だって、なんか、すごく、ものすごーく怖かったんだから。




 その日、辺境の地では神託が下りた。

 辺境伯であるレオンハルト・マルク=ブラーフ・フォン・シュヴァルツはその内容に驚いた。


『水の恵みが森に降りる。かよわきものを庇護せよ』


 神殿が神託を告げるのは百年領主をして一度あるかないか。そう言われていたというのに、この領地の領主の座を父から受け継いだ翌日に、まさか自分がそれを受け取る日が来るとは思わなかったのだ。


「ふむ」


 森に囲まれたシュヴァルツ領は意外にも水の恵みが少ない。【水の娘たち】と呼ばれる神殿の巫女は人数も少ないしこの土地まで遣わされることは滅多にないし、飲み水に適した水は少なく、その水さえも他国に水源があるため、供給量は十分とは言えない。


「庇護せよ。なるほど、庇護すれば恩恵を受けられるかもしれぬ」


 故に彼の決断は早かった。すぐに直轄の騎士たちを数人連れて森へと分け入った。か弱きもの、と言うのであれば出来るだけはやく保護しなければならないはずだと思ったからだ。


「神託を信じられるとは思いませんでした」


 幼馴染であり信頼できる従者でもあるヨーゼフの言葉に、レオンハルトはやや苦笑いを持って答える。


「俺だって父上から託された土地に神託が下りるとは思ってもみなかった。これが偽りであれ、真実であれ、本当に俺の領地でか弱きものが庇護を必要としているのならば、騎士なら行かぬ道理はないだろう」


「そうですね」


 領主となって尚、騎士であろうとしているレオンハルトに苦笑いを返して、ヨーゼフは彼の後について馬を走らせる。この領主様はいつだって、自分よりも領地を優先するのだ。


「ここから先は馬では進めませんね」


 深く昏い森の中では低木が多く生えている場所がある。まるで、何かを守るかのような茨の茂みの奥に光る何かが見えた気がした。


「馬を頼む。俺一人で行ってみる」


「……お気を付けて」


 護衛の一人もつけずに行くのかと、いつもならば小言の一つも言うヨーゼフであったが、何かに導かれるような顔をした領主に差し出がましいことを言うのはやめた。

 茨にレオンハルトが手を差し伸べると、まるで魔法のように避けていく。


「半刻で戻らなかったら、救援を頼む」


「はい」


 そして茨の茂みはするりとレオンハルト受け入れると、また先ほどと同じように口を閉ざし何人も通さないようにしてしまったのだった。




 まるで熱に浮かされたかのように、ふらふらとした足取りでレオンハルトは歩いていく。

 そして急に目の前が開けた。そこは芝生よりも少し長いくらいの草が生い茂り、王城の絨毯のようにふかふかとしていて、その中心、まるで神秘的な存在そのもののような姿で、彼女はそこにいた。

 銀色の長い髪。小さな手足から察するに、小さな、子ども。


「ラーラ」


 ラーラ、とはこの国の言葉で水の妖精を示す。この小さな子供がそうではない可能性もあったが、レオンハルトにはそれ以外にかける言葉が見つからなかった。

 声に反応してぴくりとした子どもはゆっくりと振り返る。

 美しい淡い水色の瞳。いつか見た南の海のような、水の色。乳白色の肌にバラ色の唇。おとぎ話に伝え聞く、妖精そのものの姿。


「き」


 小さな声で、子どもは言った。


「ラーラ」


 もう一度、レオンハルトは呼ぶ。


「きぃやぁぁぁぁああああ!!!」


 ものすごい金切り声、というよりは絶叫をして、子どもはぷつりと糸が切れた人形のように倒れてしまった。

 レオンハルトは慌てて駆け寄って、子どもが地面に倒れないように抱きかかえる。

 小さな、子ども。

 何故この森の中に一人なのかは分からない。長い髪に隠れて分からなかったが衣服も身に着けていなかったので、片手で体を支え、空いたもう片方の手で器用にマントを外しその体を包む。


「この子が、神託の?」


 気を失った子どもの顔を覗き込むと、何ともいえない気持ちになった。

 ひとまず、領地に連れて帰らねばなるまい。そう決めたレオンハルトは出来るだけ揺らさないようにそろそろと立ち上がり、従者である幼馴染の待つ場所へと早足で戻ることにした。


久しぶりに書き始めた話は、ほのぼのハッピーエンド前提の異世界転生ものでした。

他の書きかけのお話も少しずつ追加していきます。よろしくお願いします。

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