11‐4 気合が入っているようだね
突然のラフィットの誘い。というか命令? さっきまでダンジョン制圧はしないっていう話しはどこにいったのか。
「待ってくれ。お前さっき、ダンジョン制圧はしないって言ってなかったか?」
「そーだったけどー、急に気が変わっちゃったー」
明らかな棒読みが返ってくる。まるで最初から制圧する気だったみたいな言い草だ。それにアマラユも呆れた声を出す。
「私がお前たちとダンジョン制圧だと。頼む相手を間違えてるんじゃないのかな?」
「そうですよ」と乗っかるセレナ。
「この人は村を助けなかったどころか、小さな子にひどいことを言うような人ですよ。一緒に行っても、どうせ何もしてくれませんよ」
心の底から不本意であると、顔を見ただけでも分かるように彼女は伝えたが、ラフィットは容認しない意志を見せながらアマラユに目を向ける。
「そうだとしても、僕は彼の力を知っているからね。あの時見せた力。あれだけ強い魔力を持っている君なら、ここは楽に制圧できると思うんだ」
「ふざけすぎにもほどがあるだろう。私はお前に従う兵士ではない」
「報酬なら支払うよ。それも国の王子直々の報酬。それでも不満?」
「ああ不満だとも。国のすべてでも貰えるのなら、話しは別だがな」
「それはお父さんに言わないといけないから、困るな……」
――言えばどうにかしてくれる規模じゃないだろ……。
「でもどうせ、君暇なんでしょう? ちょっとぐらい働いた方がいいよ。僕だって働いてるんだしさ」
「まるで私がニートみたいに言うが、これでも私は、――んなおい! 引っ張るな!」
もう説得するのに飽きたのか、ラフィットは強引にアマラユの腕を引っ張りだした。そのままダンジョンへ連れていこうとすると、ちゃんと俺たちにも振り向いて「遅れたら、報酬半額だからね~」と言って巣穴の中へと入っていった。
「……どうします、ハヤマさん?」
少し嫌そうな顔をしてセレナが聞いてくる。アマラユのことがそれだけ気に食わないようだが、さっき村が襲われた光景を軽く思い返してみれば、行かない理由を探す方のが難しそうだった。
「村には助けてくれたお祖母ちゃんが住んでるしな。それに、ここが制圧されれば、大声で泣く少女もいなくなる」
「……やっぱり、行くべきですよね」
不満そうにそう呟きながらも、セレナはため息一つついてから顔をシャキッとさせ、俺と一緒にラフィットたちの後を追っていった。
薄暗く天井が低いダンジョン内部。土の中を掘ったように作られたそこは、俺は少しだけ頭を下げないと歩けないほど窮屈で、同じく中腰で歩いていた、アマラユの手から出す炎魔法の明かりでしか辺りは見えなかった。彼は気だるそうな顔をして「どうして私が明かりまで……」と呟いている。王子と少女だけはすれすれながらも普通に歩けているのが少し妬ましい。
ひんやりとした冷たさを肌に感じながら、鼻にはドブのような、土まみれに汚れた子どものような臭いがずっとしていた。この魔法が便利になる時なんて一割未満で、さっさと効果が切れてほしいものだった。だが、微かに獣の臭いが紛れてくると、それはあの狼の魔物がのものだと予想できた。
「この先にいるな。だいぶ臭いが重なってるから、結構多そうだぞ」
俺の報告にラフィットは振り返ると「うわ、便利な鼻だ」と感心だけしてきた。緊張を感じ始めている俺とは正反対の態度で、俺は少し調子が狂う。そのまま俺たちは歩き続けていくと、突然崖が現れた。まるでくじらの開けた大口のように、縦に出来た穴が底が見えないほど深く続いている。
「深そうですよ」
セレナが穴を覗き込みながらそう言う。
「うーん、メンドーだなー」と呟くラフィット。アマラユが勝手に明かりの炎を投げ込むと、穴の側面に一本の螺旋を描くように燃えていった。すると穴の正体は、ここから底まで十メートルもあるような深さで、降りるのも危険だし到底戻ってこれないほどの高さだった。それになにより、真下にはやはり魔物がいて、明かりで目を覚ました彼らが真上の俺たちに唸り声をあげていった。
「うわ! 結構な数がいますよ!」
セレナの言う通り、そこにいる数は目視だけでも三十はいる。足を滑らせたりしから一巻の終わりだが、そんな光景を前にアマラユは余裕そうにこう言った。
「この程度、ここから魔法を撃つだけで終わるだろう。相手はリトルウルフのみ。ここまで登って襲われることはない」
「確かに」と俺は呟きながら、変な構造のダンジョンだとも頭の中で呟いた。アマラユの出した解決策だが、早速それを実行しようとしたのはセレナだった。掲げた両手に緑色の魔法陣を作り出し、左手首の魔力石も銀色に光らせて魔法を放つ。
「サイクロン!」
中程度の透明な風の斬撃が飛んでいき、見事一体の魔物の体を切り裂いた。そのまま二発、三発、四発と続けて撃ちこみ、一体ずつ数を減らしていく。彼女がただ無慈悲に魔物の命を奪っていくのを見ていると、ラフィットは背中に背負っていた弓を手に取って構える。
「地の利を生かしただけだから、悪く思わないでね」
わざわざ聞こえもしない言葉を投げかけ、彼は弦に何もつけないままそれを引っ張り出した。すると次の瞬間、彼の手から火花がほとばしり、ビビッと音を震わせながら雷の矢が二本生み出された。
「雷鳴の矢、二連!」
放たれた矢が残影を残すように飛んでいき、同時に二体の魔物の頭を一瞬で射抜く。こんがりと焼けた顔で表情筋を失うように倒れるリトルウルフ。その後もラフィットはその雷の矢を生み出しては、何発も連続で放っていく。
大きな地下ダンジョンの中で、風はうなり雷鳴が反響していく。二人の魔法になす術がない魔物たちは、早くも残り十体程度まで数が減っていた。圧倒的過ぎる戦い。俺はただ黙って彼らが片付けていく様を見守っていると、いきなりアマラユが割って出てきた。
「全く。この程度の小者に、時間をかける必要などないだろう」
まるで失望するようにそう言って、彼は右手を突き出して黒色の魔法陣を生み出していく。
「死属性上級、レイスソード」
唱えた瞬間に光出す魔法陣。その中から湧き出るように、煙の剣が出てこようとした。産卵する動物のようにゆっくり刀身を出し切り、柄の末端の部分まで出かかっていると、最後は囚われた蜘蛛の巣から抜け出すように勢いよく射出された。ラフィットの雷鳴の矢のように飛んでいったそれが、一体のリトルウルフに突き刺さる。それだけに留まらず、煙の剣は自我を持つように独りでに浮き上がると、
「失せるがいい小者ども」と呟いたアマラユに従うように、ゆらゆらと不規則に動いては、周りの魔物たちを散々に切り刻んでいった。手足、頭、胴体、腰と、せわしなく容赦のない攻撃が、あっという間に最後の一体まで追い詰め、それにも確実な死を与えるために首元を深く突き刺すと、断末魔もなくすべての魔物たちが地面に力なく倒れていくのだった。
「……マジかよ。あっという間に全部倒しやがった」
気がつくとすべてが片付いていて、俺はつい唖然としていた。
「思ったよりやる気あったんだ」と呑気なラフィット。アマラユは「フン」と目をそらしながら魔法陣を消すと、セレナが崖から顔を出すように下を見下ろした。
「見た限り、下にも続きがあるみたいですよ。どうやって降りましょうか?」
ラフィットがもう一度アマラユを見る。
「君だったら、多分有効な魔法の一つや二つ、持ってるんじゃないの?」
「ないと言ったら、王子はここを引き返すのかな?」
「いや、多分僕ならいけると思うから、面倒だけど別に引き返すことはしないよ」
いけるって本気で言っているのか? 彼の顔を見て俺はそう思ってしまったが、「ふーん」とアマラユが呟くのが聞こえると、白と水色が真っ二つに混同した魔法陣を手に浮かべた。すると、俺たちの体が少しの間、白水色に淡く光りだした。
「これは、魔法をかけたのか?」
光が消えていくのを見てから俺はそう聞いたが、アマラユは無視するセレナをどかし、崖へ近づいた。
「体勢は垂直だ。初心者が頭を動かしたら、まもなく死ぬとだけ言っておこう」
なんだか物騒なことを言ったなと思うと、アマラユは突然、崖に向かってふわっと軽く跳ねて落ちていった。「「え!?」」とセレナとハモってしまうが、慌てて崖下を見下ろしてみると、アマラユは真っ逆さまにではなく優雅にゆったりと、まるで見えない糸で降ろされているように落下していた。思わず「どうなってんだ!」と叫んでしまうと、ラフィットが感心する。
「飛翔魔法の『フライ』だよ。空を飛べる魔法だけど、結構希少なんだよ」
「空を飛べるのか! 凄い魔法だな」
「僕も初めてだな~。ちょっと楽しみ。えい」
興味津々な様子でラフィットも落ちていく。彼の体もアマラユ動揺にゆったり降りていっていると、いよいよ俺とセレナだけが残った。
「ちょ、ちょっと怖いですね……」
「行くしかないか。俺が先に――」
そう言いかけて、俺の脳裏にある瞬間がフラッシュバックする。先に下に下りて上を見上げた時、見てはいけないものを見てしまった時の焦り。セレナの禁忌に触れてしまいそうなあの決定的瞬間を思い出してしまい、俺はすぐに順番を譲ろうと「やっぱお前が先だな」と手でエスコートした。
「え! 私なんですか! ……ま、まあ行くしかないですよね」
そう言ってセレナは一つ深呼吸を挟む。ゆっくりと、吸った息を吐いていくと、そのまま勢いに乗るようにスッと崖から飛び降りていった。垂直になる体勢を意識し、その体がゆっくりと降りていく。それを上で確認すると、俺もすぐにその後に続いて崖から飛び降りていった。ちゃんと魔法が作用して落下がとても遅い。なんだか不思議な気持ちだ。体自体は何も感じないのに遅い落下は違和感しか感じられない。夢で超常現象の中を生きているような、陸の上なのに水中にいるかのような感覚だ。
やがて三人の立つところまで降りてこられると、「よし」と呟いたラフィットが早速、奥に繋がっていた道へと歩いていった。アマラユも再び魔法で炎を作り出してくれると、後を追う俺たちを追いながら、「王子」と気さくそうに話しかけた。
「なぜわざわざダンジョン制圧を自分で? こんなもの、兵士たちに任せておけばよいと思うが」
「僕だって、できるならそうしたいよ。でも、ダンジョン制圧って一応ギルドさんのお仕事なんだよね。報酬とかもあるから、それはそれでいいんだけど、その間被害が出て困るのは僕らなんだよ。僕はゆっくり寝てたいのに、色んな場所を行ったり来たりするはめになるんだ。そんなの君だって嫌だろう?」
「さあ。価値観の違いというやつでは?」
「僕は嫌だよ。嫌だから、被害が出る前にそこを潰しておく。そうすれば一回だけで済むからいいよねっていう話しさ」
ゆるやかな傾斜を、今度はちゃんと背筋を伸ばして歩きながら、ラフィットは何を考えてるのか分かりづらいような、つかみどころのないような表情でそう言ってみせた。それにアマラユは乾いた笑いをこぼす。
「ッフフ。ギルドの仕事を奪うのは、結構な問題な気がするが、まあ王子という立場があるか。しかし、被害が出て困っているのなら、今回の村の襲撃事件、結構気合が入っているようだね」
「きあいー? そんなのないと思うけど……」
「王子のいるピトラからあの村まで、歩いては一日はかかるほどの距離だ。それなのに王子が到着したのは襲撃があった直後」
俺も頭の中でその瞬間を思い返してみる。確かに俺たちが村で戦ってる時にやってきていて、馬で走ってきたとはいえ、とてもあの速さでたどり着ける距離ではない。まず襲撃があったという報告が届いてなさそうだ。
「報告を受けて飛んできたというのなら、きっと転移系の魔法を使ったのでしょうが、見た限りその魔法を有しているわけでもない」
問い詰めていくアマラユ。俺も少しずつラフィットのことが気になっていくと、アマラユは最後に自分の推理をぶつけた。
「ピトラの王子よ。あなたはこのダンジョン制圧を面倒だと言っていたが、あの村を助けたのも最初から、ここを制圧するためだったのではないのかな?」
ラフィットは前に向き直ったまま、無気力な声だけを返す。
「……まーさか。そんなやる気、持てるなら持ちたいくらいだよ」
一切の感情がこもってないように、彼はそう言った。顔が見えないせいで、彼の本心なのかどうか、何か隠しているのか、アマラユの推理が正しかったのかは分からない。ただ一つ確信できそうなのは、今も口を大きく開けてあくびをしている彼は、
「誰か代わりに王子になってくれないかなー。魔法最強さん、……は、市民に受けないから、セレナさん、やってみない?」
「ええ!? 無理です! 無理無理!」
面倒くさがり屋で間違いなさそうだということだけだった。




