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11‐3 もっと早ければ

 ラフィットの元に一人の兵士が駆け寄ってくる。


「報告。村を襲っていた魔物をすべて討伐、及び撃退いたしました」


「うん、了解。それじゃ村の人を一箇所に集めて。必要だったら治療も。重症だったら即王都の病院へ」


「はっ!」


 兵士は心臓を叩くようにして返事をし、さっと身を翻して走っていった。ラフィットは俺とセレナに振り返ってくる。


「僕はこれから村を回っていくけれど、君たちはどうしようか?」


 俺は落ちていたサーベルを拾い上げていて、セレナがそれに答えた。


「私たちは別に、この村の住人とかではないんですけど、助けてもらった人がいるので、その人が無事かどうか確かめないといけないんです」


「そっか。だったらみんなが集まってるところに行こう。その人もきっとそこにいるはずだよ」


 そう言ってラフィットは指を使って口笛を吹いた。遠くから栗毛の馬が走ってきて、彼の隣で丁度歩いて止まる。


「二人はケガ、してなかったよね? だったら歩きでお願いね」


 最後まで配慮を怠らない王子。面倒だー、とかいう言動とは裏腹の行動力を意外に思いながら、俺は彼の後に続いて村の中央へと向かっていった。


 窓が割れてたり、地面に血がついていたり、中には、辺り一帯がもぬけの殻になっていたりと。だがこれは、元々の風景となんら変わりはない。それなのに、


「もっと早ければ、こんなにならなかったのになぁ……」とラフィットは呟きながら歩いていた。


 やがて、村人が集まっている場所まで出てきた。掲示板にベンチがいくつか並んだだけで、大した広さもなかったそこに、十数人の人間たちが集まっている。まさかこれだけなのか、と俺は驚いたが、ラフィットが「他にもいるよね?」と兵士に聞いてそれにうなずいてるのが見えた。セレナは人を探すようにキョロキョロしたが、肝心のお祖母ちゃんはそこにはいなかった。


「いないですね。もしかして、なんてことないですよね、ハヤマさん……」


 自分に言い聞かせるようにセレナが俺に聞いてくる。大丈夫だろう、とすぐに返してやればよかったものの、俺自身も不安な気がして何も答えられなかった。そこから生まれた沈黙を埋めるように、俺たちの前にあの灰色の魔法陣が光り出した。柱を作るように光出し、中からやはりあの男が現れる。


「アマラユ! 魔物ならもう全部倒されたぞ」


「私は見ていただけだ。村を助ける義理など私にはない」


「じゃあなんで今更ここに来たんだよ」


 気に食わない答え方に俺は不服そうにそう聞いた。それにアマラユは、俺ではない別のどこかに目をやりながら答えた。


「確認しにきたのさ。ちまたで話題の、陰の英雄さんとやらをね」


「ラフィット王子? ラフィット王子!」


「本当だ! 王子~」


「助けにきてくれたんですね。ありがとうございます!」


 急に騒がしくなると、集まっていた村人たちがラフィットの前で感謝のお礼をしていた。


「うん。君たちが無事でなによりだよ」


 ラフィットも彼らにそう笑みを返していく。この村にも国の王子が認知されているようで、そんな有名人に助けてもらったらこんなに盛り上がるものなんだな、と俺は感心していたが、そこでセレナがアマラユに聞いた。


「あの、陰の英雄さんって、一体どういう意味なんですか?」


「魔王を倒した英雄がアストラル旅団だとしたら、彼はその活躍に埋もれた存在だ」


 そう前置きして、アマラユの話しは少し昔のプルーグへ遡った。


 ――中立の国とよばれ、他国に比べて武力が少ないこの国は、魔王の侵略に対してなす術がなかった。国王はなけなしの策として魔王に進言。その内容は国の由来そのもので、街や市民への危害を出さないこと。そして、こちらから魔王や魔物を倒すことはしないというものだった。魔王はそれに表面上は両諾したらしい(話し通じるんだ)。だが、各地の村や都市での被害報告は国に相次いだ。フェリオン連合王国の至るところで、魔物たちが暴れていたのだ。負傷者、死者は出続け、崩壊した村も後を絶たなかった時、父親には黙って独断で彼は動き出した。


「王子は少数の兵を連れて、フェリオンの各地を走り回ったそうだ。潰れた村の生存者はなるべく王都に送り、その王都の街に至っては一切の損害を出さなかったらしい」


 そう言われて俺は、王都ピトラの歩きながら、崩壊した建物や誰かが修復作業をしている光景を見たことがないのを思い出した。あの綺麗でお洒落な街並みを、彼一人で守ったっていうのか。


「魔王と直接戦ったわけではないが、彼は守るべきものを守り続けた。それに助けられた人たちは次第に、彼のことを影の英雄と呼ぶようになった。おおまかにこんなもんかな」


 ラフィットについてアマラユはそうまとめた。今も村人たちに讃えられてる光景が、それを確証づけているようで、セレナも「そんな人がいたんですね」と感想を口にしていた。そんな俺たちの背後に気配を感じると、俺の腰くらいしかない少女が両目を抑えながら歩いてきていた。


「ひっく……ひく……」


 泣いている。肩を震わしながら、たった一人で歩いている。すぐにセレナが前に出て膝をつき、彼女に手を伸ばす。


「大丈夫? どこかケガでもしたの?」


 優しく声をかけると、少女は震えながらも喋ってくれた。


「……お父さんと、お母さんが、死んじゃった……」


 ふっと、セレナが息を呑むのが見えた。


「……そうだったの。怖いよね。悲しいよね」


 少女の涙を拭いてあげようと、セレナは頬に手を伸ばそうとする。


「どうして、誰も助けてくれないの……」


 触れようとした手がピタリと止まってしまう。


「どうして、誰もお母さんとお父さんを、助けてくれなかったの……。泣いても、泣いても……誰も、助けてくれなかった……」


「……ごめんね。近くにいたら、私たちが助けられたはずなのに」


 自分も泣きそうになりながらセレナが謝る。だが、少女の悲痛な涙は止まらず、頬を伝ったそれがポロポロと地面に落ち続けていった。そんな言葉を聞きたかったわけじゃないと、そう訴えるかのように少女は自分の手で拭い、セレナの顔を見ようとしなかった。


「ひっく……お母さん、お父さん……」


 シクシクと少女は泣き続ける。そのかすれる音が俺の胸を締め付けてくるようで、直視するのですら辛いものだった。だが、隣にいる男は、どうやらそうではなかった。


「――うるさいぞガキが」


 突然鋭く差したような声に、少女の泣き声が急に止まる。俺は仰天するように顔を上げると、アマラユは気だるそうにして続けた。


「さっきから聞いてればどうしてどうして、と。他人ひと任せなことばかり言ってるが、さっさと気づくべきだ。誰かに救いを求めるから、お前は大事な人を失った。誰かに頼ることでしか生きていけない奴が、都合よく救われることなんてないのだよ」


「ちょっと! 子供相手に何てこと言うんですか!」


 黙っていられないと言わんばかりに、セレナが大声で反論した。


「大事な家族がいなくなった子どもに、かける言葉がそれですか?」


「子供だろうが関係ない。もしこいつに、魔法か武術の心得があったのなら、時間稼ぎくらいはできたはずだ。その時間があれば、お前の家族は救われていたかもしれない。だがこいつはそれさえできなかった。いやしなかったんだ。日頃から人に甘えて生きていくことしか考えず、怠惰に過ごしてきた結果生まれた、当然の報いだ」


「ちいさな子ども相手に、どれだけ要求するつもりですか! 無理なこと言って傷つけないでください!」


「子供だろうが関係ないさ。命を失えばそれで終わりなんだ」


「あなたという人は! そもそも、あなたは私たちより先にこの村のことを知ってたのに、何もしなかったじゃないですか!」


「言ったはずだ。私がこの村を助ける理由はないと」


 最後まで冷徹にふるまったアマラユに、セレナは「あり得ない……」と本心からそう口にした。泣いている子どもの手前、これ以上醜い言い争いをするのも野暮だ。俺はセレナの肩に手を置いて彼女を落ち着かせ、アマラユにもこの場を離れろと目で合図した。それにあざ笑うようにしてアマラユは去っていこうとすると、入れ替わりにラフィットが歩み寄ってきていた。彼は俺たちを通り過ぎ、そのまま少女と目線を合わせる。


「ごめん。君の大事な人たちを助けられなくて。僕の力が弱かったばかりに、君に悲しい思いをさせてしまった。本当にごめん」


 ラフィットは顔を上げ、ゆっくりと、尚且つはっきりとした声で少女にそう話した。自分の本心を見せるかのように、瞳を真っすぐに向けたその言葉に、少女も涙を拭うのをやめてうなずいていく。そして、最後に耐えきれなくなったのか、いきなりラフィットの体に抱き着いて泣き叫んだ。


 不運な襲撃で両親を失った少女。ラフィットがその子の頭を抱き寄せても、くぐもった悲痛な泣き声は俺たちの耳に聞こえてきた。それを聞いてやるべきでないという気遣いと、聞きたくないという本音が足の原動力に変わる。その場を離れて村人たちがいるところを目指していくと、後からセレナも追ってきた。




「あ、おばあさんですよ」


 見覚えのある後ろ姿に、セレナがそう言った。それが聞こえたようにおばあさんも振り向いてくると、その顔を見て俺たちは駆け寄っていった。


「おやあんたたち。村に残ってたのかい?」


「襲われてたから引き返したんですよ。お祖母ちゃんが無事でよかった」


「私を助けようとしてくれたのかい? 嬉しいねー」


「ケガとかしてないか、お祖母ちゃん?」


「見ての通り私は無事だよ。ここら辺に出てきた魔物も、ラフィット王子様たちが倒してくださったからね」


「そうか。それはよかった」


「私はもう大丈夫だから安心しな。あんたたちも、ここにいる場合じゃないのでしょう? 早く旅に戻りな」


「あ、はい。おばあさんもお元気で」


 別れの言葉を交わすと、お祖母ちゃんは村の奥へと歩いていった。俺たちはホッと一息つく思いでそこに立ち尽くしていると、背後からラフィットがやってきたのに気づいた。


「会いたい人とは、会えたみたいだね」


「はい。ラフィット王子と、兵士さんたちのおかげで無事だったそうです」とセレナ。立て続けに俺は「さっきの女の子は大丈夫そうか?」と聞いた。


「あの子は災難だったね。一応は泣き止んでくれたけど、今後どうしてあげるか考えてあげないと」


「そうか……」


「そう言えば君たち、この村の人じゃないんだよね? ちょっと僕についてきてくれないかな?」


 そう言うや否や、ラフィットはさっさと来た道を引き返していった。俺とセレナは顔を見合わせて何事かと目を向け合ったが、結局分からずにいるとセレナが先に歩き出し、俺もとりあえず後をついていった。


 途中で一人の兵士が合流し、村を出た先の、少し離れたところにあった森までラフィットは歩き続けた。この異世界に来て何度も目にしてきた深緑の中を、俺たちも何も言わずについていく。そして、兵士が「こちらです」と言ったところを真っすぐ進んでいくと、その先にはなぜかアマラユが立っていた。


「あれ? 先客が来てたんだ」とラフィット。それにアマラユが振り返ると俺たちに意外そうな表情を見せ、偶然出会ったのだと俺は知った。


「これは王子。まさか、この先のダンジョンに用が?」


 そう言って振り返った先は、丘のように盛り上がった地面の中に、野生生物の巣穴のようにぽっかりと空いた穴があった。それを見てとっさにセレナが呟く。


「ダンジョンの入り口って、まさか、さっきのウルフたちの?」


「そう。場所を突き止めたって聞いたから、雰囲気だけでも知っとこうと思ったんだ」


 そうラフィットが呟くと、隣の兵士が差し押さえるようにこう言う。


「ラフィット王子。ダンジョン制圧の方は……」


「分かってるよ。あくまで場所を知るためだけだから」


「はっ。失礼いたしました」


 その会話にセレナが思わず「制圧はしないんですか?」と聞く。


「緊急でここに来たから、城でやることが残ったままなんだよ。だから、制圧はまた今度なんだ」


「ダンジョンの場所、しっかり地図に記しといてね」


「はっ!」


 ラフィットが兵士とやり取りをしあってる間、俺はアマラユがここにいる理由を聞いた。


「お前はどうしてここにいるんだよ」


「どこにいようが私の勝手だろう」


 答えになっていない返事をされ、どうせ聞き出せないだろうと俺も言葉を抑えた。その間に兵士が地図を片手に、地面に転がっていた極小の赤果実を指で潰し、付着したそれをインク代わりにマップに記した。


「よし。それじゃ、先に城に戻っていて。村にいる兵士たちにも、そう指示するように」


「はっ! ラフィット王子は、お戻りになられないのですか?」


「僕は彼らを送ってから戻るよ。なにせ全員、久々に出会った僕の知り合いだからね。大丈夫、すぐに戻るから」


「了解しました」


 兵士は地図を腰のポーチにしまって軽く頭を下げると、駆け足でその場から姿を消していった。その背中が木々の中に消えていくのを確認してから、俺はラフィットに当然の質問をした。


「俺たち、いつ知り合いになったんだ?」


「僕はコロシアムの試合を見てたからね。君たちのことはその時知ったよ」


「いや、知り合いって多分そういう意味じゃないと思うぞ……」


「まあいいじゃない。とりあえず、兵士くんも行ったことだし、僕たちも行こうか」


「え? 行くってどこに?」


 最後の質問に、ラフィットはこの場に残った俺とセレナとアマラユ、全員に聞こえるように、かつ素っ気ない振り向きでこう呟いた。


「ダンジョンの先にさ」


「……はあ?!」


 目をぱちくりしていた俺に代わって、アマラユも気が動転するようにそう声を出していた。

 12月28日本日、ユニークアクセス999人到達。なんだか数字カンストしてる感じに見えて最強になれそうです(ここまで読んでくださってるあなたに最大の感謝を)。

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