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10‐3 チョリーッス、ども~

 真っ白に染められたコンクリートの壁に、なだらかな傾斜の赤い屋根。日に当たったガラス窓が虹色に輝いているようで、街の風景に彩りを与えている。そんな西洋のような建物が立ち並ぶその真ん中を、俺とセレナは歩いていた。通りだって均等に敷かれたレンガが華やかさを演出していて、思わず息を飲むほど色鮮やかな、気品のある街並みがずうっと奥まで続いていた。


「本当にピトラでしたね、ここ」


 足を進めながら、セレナがそう呟く。


「みたいだな。魔法が解けたと思ったら、まさかここまで来ていたとは」


 隣を歩きながら俺もそう返した。デリンに魔法をかけられた俺たちは、なぜかピトラの前まで飛ばされていたのだったが、どうやらそれはワープ、つまり転移の魔法だったようだ。


「一体どういうことだったんでしょう。デリンさんが言ってたこと」


「お前に転移魔法の素質が既にあるって話しか?」


「そうです。妖精との契約だって、私が覚えてる限りは風と土属性の二種類だけです。転世魔法に関しても、お母さんが私が小さい頃に契約してるって聞いただけですし」


「ふうん。やっぱりデリンさんの虚言だったのかね?」


「でも、嘘を見抜けるハヤマさんが気づかなかったんじゃ、やっぱりそうだったんでしょうか?」


「どうだろうな。さすがに五百年も生きてる老人の嘘は、俺も見抜けないのかもしれない。元々頼りにしてるのは、結構直感的なものだしな」


「そうですか」


 真相は闇の中って感じか。デリンの残した言葉を考察しながら、ダラダラと歩き続けていく。ログデリーズ帝国、スレビスト王国に比べて、華やかさでは断トツの王都ではあったピトラ。だが、道に人気はほとんどなく、その賑やかさは断トツで閑散としきったものだった。


「静かな街だな、ここは」


「そうですね。皆さん、家からあまり出ないんですかね? ……あ、あった!」


 噴水もある広間のようなところに出た瞬間、セレナは突然歓喜の声を上げて指差した。その方向に目を向けてみると、噴水の奥に、広場の一角を占領するほど大きな店があった。その看板には、カップケーキの絵柄が描かれている。




 カランカランと透き通る鈴の音が鳴り、同時に甘い匂いが俺たちを歓迎してくれる。やはりスイーツ店だったかと思っていると、セレナは極端にテンションが上がっていた。


「うわぁ! 来ちゃいましたね! ハヤマさん!」


「スイーツ店な。相変わらずだな、お前は」


「『ツァンジェラ』ですよ。フェリオンで有名な焼き菓子店です」


 そう言いながら、色とりどりのラインナップに目を輝かせるセレナ。店の内装は外で見た通りバスケットコートが作れそうなくらい広く、入り口手前には、ケーキやパイなど様々な焼き菓子が中心に並べられ、その隣に、裏の厨房にも繋がった会計用のカウンターが。商品群のもっと奥には、室内飲食ができるようミニテーブルとイスがたくさん並べられた。お昼下がりのいい時間帯だと言うのに、そこにもあまり人は集まっていない。


「お前、こういう店一体どこから情報仕入れてるんだ?」


「前にソルスさんから教えてもらったんですよ。ピトラに行くなら、このスイーツ店は絶対に行くべきだって」


 エングの弟子のソルスの名前が出てきた。思えば彼も、理魔法をグルメにしていたわけだし、こういうのに詳しいのだろう。


「色々ありますねえ。全部見て回りましょう」


「俺は先に席とっとくぞ」


「あ、ハヤマさんも一緒に見ましょうよ」


 歩き出そうとした俺の腕を、上機嫌なセレナは無理やり引っ張ってきた。頭から音符でも見えそうな喜び具合に、俺はため息をつきながら、保護者にでもなったかのような気分で渋々ついていった。




 ミニテーブルに置いた焼き菓子を、セレナが恋にでも落ちたかのようなきらめきの目で見つめる。


 しばらく見つめるというのはいつも通りの反応ではあるが、今回は奮発して四種もの焼き菓子を購入している分、いつもより輝きが増しているようだ。


「おーい。これは見る物じゃないぞ。食べる物だぞ」


 一向に手が進まないので、俺は冗談混じりにそう言ってやった。


「分かってますよ。でも、見たことない菓子ばかりなので、目に焼き付けておきたいなと思って」


「“焼き”菓子だけにか?」


「やかましいです」


「すいません」


 机の上に並ぶ焼き菓子を見てみる。マカロンにエクレア、一口用のイチゴタルトにチョコレートクッキーと、異世界でありながらも、どれも俺が知っているような菓子ばかり。種類としてはどれも、コンビニとかで手に入りそうなものでありながら、その出来は一流シェフのように輝いているようなものだった。


「はあ……私の村にも、こんなにおいしそうなスイーツ店があればなぁ……」


「田舎の村じゃ、こんな美味しそうなお菓子は作られないみたいだな」


 セレナの手がやっと動き出す。一つの紫のマカロンを手に取り、それをまさかの俺の皿に置いていった。


「はい、どうぞ」


「え? いいのか、俺に渡して?」


「一人だけで食べたりしませんよ」


「そ、そうか。だったらありがたく」


 食い意地の張った奴だと思っていたが、こういうところはちゃんと譲るんだな。そう感心しながら、渡されたマカロンを手に取ってみると、丁度セレナももう一つの赤いマカロンを手に取っていた。


「いっただきっまーす!」


「いただきます」


 ポツリと呟いて、俺は人生初のマカロンを口にした。少しの力で音もなく砕けていくやわらかい歯ごたえ。クッキーみたいに思っていたのに対し、意外にクリームっぽいんだなと感じると、中にほんのりと甘味が優しく包むように広がっていく。


「ふーん、いい甘さだな」


 そうさっぱりとした感想を口にしたのに対し、目の前の甘党ピンクは天に昇っていきそうな顔をしていた。


「はあ……最高です……さすが、一番人気のマカロン」


 頬っぺたを抑えながら、史上の幸福を味わう少女。


「知ってましたか? これ、マカロンって言うんですよ」


「いや、知ってたけど……」


 意味不明な質問をされるが、セレナは気にせず次の菓子に手を付ける。それを口にしては、また声にならない喜びの音を上げ、別のを食べてはまた嬉しい悲鳴を上げ……。笑顔を絶やさないまま、彼女は残りの焼き菓子を、すべて平らげていくのだった。もちろん、俺の分は最初のマカロンだけだった。




「ふう……」


 店の外に出ると、セレナはやっと一息ついた。


「これからどうするか?」と俺は聞く。


「そうですね。宿はさっき取っておきましたし、食料も出発前に買えばいい。今日は特にすることはないですかね」


「日も暮れてくるころだし、今日はフカフカベッドで休憩か」


 さっき歩いてきた道が、夕日によって黄昏色に染まっている。日に当たる屋根が淡いオレンジ色に変色していて、さっきまでとは変わった色合いが街を包み込んでいる。ついため息が出てきてしまいそうなほど、外見は素晴らしいところだ。俺とセレナは、予めとっておいた宿に向かって、のんびりとした足取りで歩いていく。


「にしても、綺麗な街だよなぁ、ここ」


「色鮮やかですよね。純白っていうか、色とりどりっていうか」


「どっちなんだよ……」


「えぇと……まるで汚れてない、みたいな感じです」


「……まあ、言いたいことは分かる」


 セレナが俺と同意見なのは分かった。だが俺は、やはりこの街に何かが足りない感じがして引っかかってしまう。ここまで歩いてきて、目にした人の顔は十人もいないのではないだろうか。街はこれだけ綺麗だと言うのに、まるで田舎のような閉鎖空間が出来上がっている。


「汚れるもなにも、汚す奴がいないのかもな……」


「何か言いました?」


 囁くような呟きに、セレナがそう聞き返してきて、俺は「何でもない」と告げておく。そうして歩き続けていると、ふと目に映った建物に俺は足を止めた。


 連立する隣の建物と少し距離を置いた、ひと際雰囲気の違う灰色の立派な建物。十字架はないが、きっと教会的な何かかと俺は思った。均等に整えられて敷かれた石壁に、無駄に高く伸びた三角錐の屋根。細い石柱が立っている吹き抜けの外廊下も、この建物のお洒落さをアピールしている。


「これ、あれじゃないですか? ピトラ教会堂」


「ピトラ教会堂?」


 横から聞こえたセレナの言葉を俺は復唱する。


「有名な教会だそうですよ、ここの教会は」


「そうなのか。教会って言うと、信仰者たちがお祈りする場所ってことか」


「大体そうじゃないですか? 私も詳しく知りませんけど」


「この世界にも神の信仰とか、そういう文化があるんだな。俺は信じない主義だから、あまり興味は湧かないな」


「だよね~。神様なんて都合のいい時だけ信じればいいって感じよ、ジッサイ」


 ん? と目をぱちくりさせる。セレナの声じゃない。一体誰の声だと後ろに振り返ってみると、そこには見知った顔の、金髪縦ロールの女。黒い修道女衣装に身を包んだ、あのシスターが立っていた。


「お前は!? コロシアムの時のシスター!」


「チョリーッス、ども~」


 語尾を無駄に長引かせ、あざといウインクと、指で縦ロールをくねくねといじりながら、彼女はそう挨拶してくる。こうしてみると、セレナと大して身長差がなさそうだが、幼さでいったらミリエルのが頭一つ抜けている。横からセレナが「知ってる方なんですか?」と聞いてきて、俺は過去の記憶を呼び起こしていった。


「決闘祭りの本選で、俺たちに回復の魔法を発動してくれた裏方の人だ。名前は確か……ミリエル、さんだったか?」


「あ! 覚えててくれたのマジ~? 超嬉しいな~。んで、君誰だっけ?」


「覚えてないのかよ」思わずズッコケる。


「ごめんごめん。もう結構前のことだし、さすがに覚えてないわ~」


 常にテンションマックスな感じに、俺は調子を狂わされる。こんなのが修道女シスターで大丈夫なのか?


「ハヤマだ。ハヤマアキト。んで、こっちのピンクがセレナ」


「うん覚えた。よろ~」


 名乗って一秒も経たずに、ミリエルはそう返してきた。本当に覚えたのか怪しいが、いちいちツッコんだら霧がないなと思い、彼女が腕に持っていた買い物バスケットを目にして話題を掘り返した。


「んで、ミリエルはシスターさんなんだよな? この教会堂で働いてるのか?」


「そう。買い物の帰りって感じ」


「シスターが神様信じてないとか、大丈夫なのか? それも教会堂の前で堂々と口にして」


「平気っしょ。どうせ神様もウチのこと十分知ってるだろうし」


 俺の心配をミリエルは平気な顔してそう答えた。どうやら彼女の神様への信仰心は偽物でも構わないらしい。俺の中で思っていたシスター像が崩れていく感じがした。


「シスターってね。傷ついた人たちを癒すのが主な仕事のはずなのよ。ウチはそれに憧れてこの教会堂のシスターになったって言うのに、やることと言ったら毎日掃除と洗濯とお給仕お買い物お祈り時間通りに睡眠、そして時間が余ったらうつ病患者たちの愚痴聞き流しの会! こんなの、神に仕える私だって愚痴ってなきゃやってられないっつうの!」


 開いた口から滝のように流れる早口言葉。とりあえず最後の心からの叫びだけはしっかり耳に入ってくると、シスターも楽じゃないということだけちゃんと理解した。


「と、とりあえず分かった。お前が苦労していることはちゃんと分かったから」


 どうどうと暴れ馬を諭すようにそう言うと、セレナも「シスターって大変なんですね」と助力してくれた。


「そう。ウチもシスターの前に一人の人間だし、溜まったものはこうして吐き出してるのよ。教会堂でやったら、マザーに怒られるから普段はやらないんだけどねぇ」


「――ミリエル!!」


 急に聞こえた大きな声。目の前のシスターを呼ぶその声に、俺たちは全員教会堂の入り口に目を向けた。そこに腰を手を当て、険しい顔をしていたお祖母さんに、ミリエルは「ゲッ! マザー」と小さく呟き、いきなり俺とセレナを押しながら歩き出した。


「お、おい!? なんで俺たちを押すんだ?!」


「言い訳の証人になってほしいの! 適当に話しを合わせるだけでいいからさ」


 いきなりのことにセレナも「そんないきなり言われても!」と言い返した。それでもミリエルは容赦なく俺たちをマザーの前まで押し続けると、俺とセレナの間に挟まるように前に出て、弁解の言葉を喋り出した。


「遅くなってすんませんマザー。ここにいる古いお友達と喋ってたら楽しくなっちゃって」


 険しい顔をし続けるマザー。眉間に寄っているしわがさっきより深くなっているように見える。セレナはミリエルに合わせて愛想笑いを浮かべたが、俺は面倒だなと思って、正直に迷惑そうな表情をしてみせた。それにマザーはため息をこぼす。


「はあ……帰りが遅いのは許しません。しかし今、私が聞きたいのは謝罪の言葉じゃありません」


「え? そうなんですかマザー?」


 拍子抜けするような顔をするミリエル。マザーがまた口を開くと「失踪です」とだけ言った。そのたった一言に、ミリエルの目が信じられないと言うように丸くなる。


「またですか!? また誰かが失踪したんですか!?」


「オルドさんです。その様子だと、あなたも見ていないようですね」


「見てないですよ。お昼ご飯の時はいたじゃないですか!」


「恐らくその後、私たちが片付けをしている間に出ていったのでしょう。全く。これで今月は六人目ですか」


 ミリエルとマザーの間で、勝手に話しが進んでいく。何を喋っているのだろうと、セレナと目を合わせていると、突然ミリエルはバスケットをマザーに押し付けて「ウチ周り見てきます!」と言って教会堂の外回りを駆けだした。


「全く慌ただしい子。普段から冷静でありなさいと、何度言えば分かるのかしら」


 いきなりバスケットを受け取ったマザーが、また険悪そうな顔に戻る。それにセレナが勇敢にも訊き出した。


「あの、失踪したって、どういうことなんですか?」


「ん?」とマザーが初対面の俺たちの顔を交互に見ていく。表情を変えないままでいるのに、俺はなんとなく話しづらい内容なんだろうなと察しがつくと、「気味の悪い嫌なお話しさ」と置いといて、マザーは手招きで後に続くように俺たちに指示した。

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