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2‐3 人の何倍も臆病

 次の日の朝。予定通り俺たちは朝早に目を覚ますと、隣にはもうテントが残っていなかった。大方すぐにこの場を離れていったのだろう。あれだけ怯えておいて、その元凶が隣にいるのはたまったものではないはずだ。


「モグリさん。もういないですね」


「いいや、あいつはここに戻ってくる。金貨を全部渡して一文無しの状態。そんな中に、一抹の希望を残しておいたからな」


「希望?」


「後で分かる。それより先に、ここを片付けるぞ」


 俺はセレナにそう言うと、急いで寝床を片付けていった。セレナの土魔法もすべて片付け、そこを元あった姿そのままに戻してもらう。そうして元の状態に戻ったそこに、俺はモグリから手に入れた金貨の袋だけをそこに置いといた。


 ――置いてかないように気を付けないと――


 昨日言った言葉を覚えていれば、モグリはここに戻ってくる。金のない状態で外を出歩く不安の中、俺が残した一抹の希望に、臆病者の彼は姿をみせるはず。半ばそう願うようにして金貨の袋から離れると、俺は身を翻して木陰の裏に隠れ、モグリが出てくるまでそれをセレナと共に眺めた。


「ハヤマさん。あれが最後のまとめなんですか?」


「ああそうだ。あいつが戻ってくれば、昨日こぼした言葉から真っ先にあれを見つけるはず。それからどうするかはあいつ次第だが、昨日の脅迫が本当に成功していれば、きっと望む結果になってくれるはずだ」


「はあ。……あ、向こうからやってきましたよ」


 俺の目にもその姿が映っていると、セレナの言う通り、モグリは反対の道から歩いてきていた。足取りが重く、明らかにしょげた顔をして呆然と歩いていると、ちらっと動いた目に袋が映った。すると、モグリは俺の狙い通り、置いといたその袋にハッとし、猫のような俊敏さでそれに手を伸ばした。


「私の金貨袋! ああ、お前だけは私の味方なんだな」


 金貨の袋を頬に当て、すりすりと中身の金貨でなで始める。がめつい固執精神に少し嫌気を感じながらも、俺とセレナはその場で行く末を見守ろうとすると、とっさにモグリの目がパッと開いた。


「待て待て落ち着け。落ち着いてこれからどうするかを考えるんだ」


 大げさな独り言と共に、昨日の出来事を思い返すように顎に手をやるモグリ。恐らく彼の頭には今、俺が最後に呟いた一言が思い出されているのだろう。


「あいつがこれを落としたのだと気づけば、あいつはまたここに訪れる。その時これがなかったらどうなる? 隣にいた私が怪しまれる! というか人柄で怪しまれて当然!? マズイ! マズイマズイマズイ! そうなったら私は、晴れて追われる身となってしまう!」


 モグリはそう慌てふためくと、一目散にテントを畳み始めた。働き蟻も驚くような早さでテキパキとすべてが片付けられていく中、モグリは早口でこう呟いていた。


「急いでここを離れなければ! そうしなければ私は――」


 退散しようと背を向けるモグリ。それを見て、セレナが立ちあがろうとした。


「逃げようとしてますよ!」


 そう言って駆け出してしまいそうになるのを、俺は腕を掴んで止めた。すぐにセレナは「ハヤマさん!」とキツイ目を向けてきたが、俺も彼女に真剣な目を向けると、早足の一歩を踏み出したモグリに向かって、俺は大声を出して呼び止めた。


「モグリさん!」


「ひいい! その声は!」


 モグリが背筋を震わせながら足を止め、血の気の引いた顔を見せてくる。


「や、やややはりあなたでしたか! いやはや勘弁を! 私は何もしておりませんから、どうかご慈悲をぉお!」


 恐怖のあまりか地面に膝を折り、限りなく頭を低くしていると、モグリは急いで金貨の袋を俺に差し出そうと腕を上げた。俺は彼の前まで歩いていくと、袋を手に取り、受け取ったかと見せかけてから、それをモグリの前に投げ落とした。モグリがそれを目にすると、今度は間の抜けた顔を見せてきた。


「へ? こ、これは一体?」


「返します。俺には官僚の知り合いどころか、そもそもこの世界に知り合いがいないので」


「そ、そんな!? 昨日の話しは、嘘だったのか?!」


「そうですよ。モグリさんと同じ、俺も嘘をついてあなたからそのお金を騙し取ったわけです」


 モグリの顔が一瞬で怒りに染まるように眉をひそめた。


「ひ、卑怯な! 私を騙したのか!」


「あんたに言われたくはない!!」


 俺はモグリに負けないくらいの、自分でも驚くほどの大声を出していた。その怒号に、モグリの身も一瞬縮まったように見えると、俺は今一度冷静さを取り戻しながら話しをした。


「モグリさん。昨日の私の話しを聞きながら、あなたはきっと嘘だと気づいていたはずです。冷静に考えれば、村に住む平民と国の政治を動かす官僚が交わることなんて、そうそうあることじゃない。昔の馴染みでの知り合いならあり得るかもしれないけど、それならそれで詳しく言及すれば聞けたことです」


「そ、そうしたところで、お前はどうせ嘘をついてただけだろう」


「たとえ嘘を重ねたとしても、人の嘘にはいずれボロがでるもの。俺だって嘘に慣れてるわけではないんですし、普段から嘘をついているあなたなら、それに気づくこともできたはずです」


「そ、それは……」


「でも、あなたはそれができなかった。嘘だと気づいても、結局それを信じ込んでしまった。それがどうしてか分かりますか?」


 俺の質問に、モグリは体を震わせたまま、何も言えずに泣きそうな顔を見せた。


「その顔こそが答えですよ。あなたは臆病過ぎる。普通の人の何倍も臆病だ」


「おく、びょう……」


 わなわなとした口でそう呟くのが聞こえると、俺は天を仰ぐように見上げた。


「モグリさん。俺は過去に、たくさんの人に嘘をつかれたことがあるんですよ。それまで仲が良かった友達とか、信じていた家族とかに。その時気づいたんです。人が嘘をつく時、それは決まって自分を守るためなんだって。自分を守れれば、他人なんてどうでもいいんですよ。まさに、あなたが嘘をつくのと同じ理由です」


 岩のように大きく黒い雲が漂うのを見ながらただそう呟き、再び目線をモグリに落とす。


「でも、嘘というのは、虚弱で紙っぴらのような壁でしかない。真実を覆い隠すにはあまりに薄すぎる。だからみんな、人の顔色に集中しようと目を凝らしてしまう。自分の言葉が疑われていないか、無意識に体が反応してしまう。そのせいなんでしょうね。嘘つきが、知らず知らずのうちに臆病になってしまうのは」


「お前は、一体……」


 そう呟いたモグリは、体の震えを抑えきり、呆然とした表情になっていた。それに俺はしゃがみこみ、地面に落ちた金貨の袋を拾ってモグリの手に置いた。


「昨日の脅迫なら謝ります。この金貨もあなたに返しますから、後はモグリさんの好きにすればいい。これからも、人から騙し取った金で生きていきたいなら、これをそのまま持ち帰ればいい。あなたの人生の生き方に、異世界から来た俺が口だしする理由もないのでね」


 穏やかな口調で喋る俺に、モグリが身を引いて疑いの目を向ける。


「そ、そんなこと言って、今度は何が目的だ?」


「目的なんて別に。私はもうあなたとは一切関わらないと約束します」


 そう言って俺は立ち上がり、区切った話しの続きを口にする。


「でも忘れないでください。あなたが嘘をつき続ける限り、その裏には必ず見破る人間がいることを。あなたが臆病者である限り、絶対にバレない嘘をあなたはつけない。その事実を知ってもなお、面と向かって嘘をつける度胸があるのなら、ここで引き返すべきだったと後悔しないでくださいね」


 犯罪者のような顔にしわを寄せ、モグリの顔を鋭く睨みつける。それにモグリがまた怯えて身を震わせたのを見届けると、俺は顔からそらして背後に振り返り、その場を離れようと歩き出した。ふと背後から舌打ちが聞こえた気がすると、俺はセレナの元までたどり着いていた。そこでセレナの目が俺ではなく、遠くの一点を見るように眺めているのに気づくと、俺も振り返ってモグリの様子を見てみた。


 近場にあった一軒の家。モグリがその前に立つと、少しためらいながらもその扉を叩いた。そして、手に持っていた金貨袋から予め一枚の金貨を準備しておくと、扉が開いた瞬間にそれを出てきた村人に押し付け、事情を話さずその場から走っていった。金貨を受け取った村人はうろたえる様子を見せたが、モグリがあっという間に消えてしまうと、不思議そうにその扉を閉めていった。


「あれは……まさか、自分から返したんですか!?」


 セレナが信じられないと言わんばかりに声を上げる。それに俺は「そうだといいな」と適当に返してバックパックを背負うと、セレナも自分のを背負いながら俺の顔をまじまじと見てきた。


「なんだか気味悪い笑顔ですね」


「え? 笑ってたか?」


「はい。とっても不気味な笑みを浮かべてましたよ」


「酷い言い方だな……」


 俺は悲しむようにそう言いながらも、セレナの引きつった顔を見て、本当に気持ち悪い顔をしていたのかと焦ってしまった。


「一体、何を話したんですか?」


「うーん、まあ色々な」


 そう言って俺が木陰から出ていくと、セレナもそこから出て隣についてきた。そのまま歩き続け、村を進みながら俺は詳しい事情をかくかくしかじかと簡単に説明した。


「なるほど。嘘をつくと人は臆病になる、ですか。でもそうですよね。世界に人はたくさんいるわけですから、人のことを気にして生きていたら、きっと生きづらくなってしまうんでしょうね」


「大方そう言うことだ。才能もないのに嘘なんてつくもんじゃない。結局自分に返ってくるからな」


「それを知ってモグリさんも考え直したってことですか。ハヤマさんは凄いですね。まさかモグリさんを改心させてしまうなんて」


「改心するかどうかは、あの人のこれから次第だけどな。やり直そうとしても、今まで嘘をついたっていう罪悪感に襲われるだろうし、それで逆戻りっていうパターンもあり得る」


「はあ。難しいですね」


「難しいもなにも、誰かを騙した時点で間違えてるんだけどな、人として」


「でも、ちょっと意外です。ハヤマさんもモグリさんに嘘をつかれたのに、助けちゃうんですね。普通だったら、その人を許したりしませんよ」


「それは、まあ……」


 そう口にしながら目線が下に落ちていく。セレナは何気なくそう呟いたのだろうが、俺自身、その言葉を聞いて自分でも意外なことをしたもんだと気づいた。


 なぜあんなことを言ったのか。どうしてモグリにやり直せるための道を示したのか……。


 ふと顔を上げた時、村の出入り口からモグリが出ていくのが見えた。その背中がすぐに柵を通り越していったかと思うと、彼の腰から中身が空っぽの袋が地面に落ちたのが目に映った。


「……自分の人生を自分で壊す奴がいたら、腹が立つのかもな」


「ん? 何か言いました?」


 セレナの声が耳に入ると、俺はいつの間に足を止めていたのに気づいた。


「別に。さっさと食料調達して、この村を出よう」


 それだけ口にすると、俺はセレナの隣に早足で戻っていった。

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