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9‐6 最上級闇魔法! イリュージョン!!

「こいつ!? 前に見た幽霊!?」


 老眼鏡もついた老いたヤギの獣人。間違いなく前見た存在と同じそれに俺はそう叫ぶと、まずセレナがギョッとした顔をした。


「ゆっ! 幽霊!?」


 まだスコーンを口にしないまま、怖がりなセレナは真っ青になっていく。そんな彼女を見て幽霊はまた笑みを浮かべると、横から場違いなほどのんびりしたソルスの声が聞こえてきた。


「これ、僕のお祖母ちゃんですね」


「「お祖母ちゃん!?」」


 エングと俺が同時に振り返る。お祖母ちゃんだって? 幽霊の正体が?


「おいソルス! どういうことだ! どうしてお前のお祖母ちゃんがここにいるんだ?」


「僕にも分かりませんよ。けどまあ、一応丘のログハウスは、お祖母ちゃんの別荘でしたし」


「なに!? 私も初耳だぞ!」


 本当に知らないようにエングは叫ぶ。その間に幽霊お祖母ちゃんは動き出すと、どこからともなくパッと手に何かを出した。マジックのように出てきたそれは扇子のようで、気取るようにバサッとそれを開いた瞬間、彼女の目の前に紫色の魔法陣が現れて光った。その光に誘われるように、俺たち全員が着ていた衣装も光輝いていき、その形を変えて別の衣装へと変化した。


 新しく着せられた衣装。それは布地の少ない、この海にピッタリの水着だ。水着なのだが……。


「こ、こいつ……!」


 わなわなと俺の唇が震えていく。俺の着せられていたのは海パンだけでなく、胸の乳首を隠すような女性用の、赤色の胸隠しがおまけについていた。


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 エングのうなる声が聞こえる。見てみると、彼も俺と同じもので、フリルのついた緑色がついている。隣のソルスも水色の同じものがついていたが、なぜか本人は「うわ! 女ものだー!」とはしゃいでいる。そして、女性であるセレナはというと、大した大きさもない胸が青白に包まれた水着で、唯一可愛らしい姿をしていた。本人は俺たちを見て、口元を手で隠して笑いをこらえるのに必死だった。


「お前……大爆笑じゃねえか……」


「プフッ! ご、ごめんなさ、……ププ」


 耐えようと頑張っているのが余計に頭にくる。だがそれ以上に、開いたままの扇子を使って口元を隠しながら、それが意味を為さないくらい爆笑している幽霊が非常に腹立たしかった。有頂天にたっしそうな怒り。それはエングも同じだったようで、頭から煙が出てきそうなほど顔が真っ赤に染まっていた。


「ぐぐぐ……お祖母さんだが分かりませんが、この羞恥を晒させるとは……!」


「気が合いますねエングさん……俺も絶賛、怒り沸騰中ですよ……!」


 声もなく笑い続ける半透明のお祖母ちゃん。似合いもしないのに勝手に女装され、ケラケラと憎たらしく笑ってくれば、それは簡単には許せる気にはなれない。なんなんだこの祖母さんは! 真っ白な扇子に、開きかけの缶詰めに「耳」と書かれている意味不明なデザインも訳が分からない。それを振って魔法が出るとかも意味が分からない。もう何もかも意味分からん。


「エングさん。どうにかして闇魔法を解除できないんですか?」


「そうしたいのは山々だが、一度かけられれば解除はできない。しかし、私の今閃いた理論が事実なら――」


 エングは手を掲げ、白色の魔法陣を光らせていく。


「ソルス! お前のお祖母様に無礼を働くが許せよ!」


 そう宣告しておき、エングの口から「アイスランス!」と唱えられた。同時につららが一本飛んでいくと、幽霊祖母さんは扇子に当たらないように慌てて腕を上げた。当然体には当たらずすり抜けていく。


「やはりそうだ。魔法の原動力はあの扇子です! あれをお祖母様の手から落とせれば、この魔法を解除できるはずです!」


「そうですか! ……って、俺なんもできねえ……」


 お祖母ちゃんは宙に浮いていて、ジャンプなんかしても到底届きそうにない。そんな時にソルスが前に出た。


「任せてください! 僕がやってやりますよ!」


 意気揚々と両手を突き出し、青色の魔法陣を作り出す。「そーれ!」と威勢よく魔法陣を光らせると、そこから多量の水が触手のように伸びていき、幽霊に向かって空中を流れていった。幽霊はスーッと横移動をして避けると、ソルスは腕を振ってその後を追いかけさせる。それを見て幽霊が不適な笑みを浮かべると、見えていないセレナを通り抜け、俺とエングも連続して通り抜けていった。その後を追い続けている水が、綺麗にその軌跡を辿ろうとすると、エングがとっさに叫んだ。


「おいソルス! 魔法を!」


 だが、彼が中断するよりも先にセレナが魔法の餌食になっていた。そしてそのまま俺とエング、果ては自分もしっかり水浸しの魔法を食らった。。


「ふぶぅっ!?」


「――っぷはっ! ソルス! 止めるのが遅いぞ!」


「遅いってか止めてなかったけどな……」


 顔を振って水気を払い、俺はボソッとそう呟く。前を見ると、なぜかセレナは呆然とその場に佇んでいた。


「セレナ? 何ぼうっとしてんだ。早く理グルメを食ってあのお祖母ちゃんを止めねえと……ってお前、あのスコーンはどこやった?」


 手にあったはずのスコーンはどこかに消えていた。砂浜に落ちたのかとも思ったが、グググッとロボットみたいに堅苦しく振り向いてきた。


「ノンジャイマシタ……」


「へ? なんて?」カタコト過ぎて聞き取れない。


「飲んじゃったんです……」


「飲んだ? 理グルメをか?」


 うんうんとうなずいたセレナ。ふとその目線が俺の頭上を越えたかと思うと、顔の表情だけを一瞬で青ざめ、徐々に体をブルブルと震わせていった。俺も振り返って見上げてみると、幽霊お祖母ちゃんが水浸しの俺たちを見て、また声もなく高らかに笑っていた。


「……そう言うことか。けどセレナ。あのお祖母ちゃんから扇子を奪わないと、一生俺たちは幻を見せられたままだ。お前の風魔法でどうにかできるだろ?」


「そ、そそそそんなこと言うなら、ハヤマさんが行ってくださいよ!!」


 セレナが右手を突き出し、緑色の風魔法を発動させる。その角度の先は、どう見ても俺の足下だ。


「お、おい!? ちょっと待――」


 抵抗むなしく白い空気に包まれた風の塊が、俺の足下の砂にポトッと落ちる。そして彼女の「いやあああ!!」という叫びに呼応するよに、一気に破裂した。同時に俺の体は反発するように宙に射出され、グルグルと後ろ回転しながら幽霊お祖母ちゃんに近づいていった。


 空と海が交互に交互に入れ替わっていって、グルグルグルグルとせわしなく世界が回っていく。そんな中で幽霊の持っている扇子が見れるかと言われると、それはどう足掻いても無理だったわけで。


「ぐふぉ!?」


 結局俺は空を飛ばされただけで、何もできないまま砂浜へ頭から着地した。


「大丈夫? ハヤマさん?」


 ソルスが俺を心配してくる。俺はビーチバレーのボールじゃないんだがな。


「あああハヤマさん!! 勝手にどっかいかないでくださいぃ!!」


「お前がやったんだろうが!」


 砂の中で大きくそう叫び、俺はピタリとはまった頭をポコッと上げ、顔面中にこびりついていた砂を振り払った。


「くそ、勝手なことしやがって。扇子を狙わないでどうするんだよ!」


「そ、そんなこと言われたって、怖いものは怖いんですよ!!」


 俺の元まで全速力で走ってきたセレナがそう訴えてくる。身震いが止まらない様子は、とても頼れそうな感じがしない。


「エング先生どうしましょうか? 最上級水魔法で一気にいきますか?」


 ソルスがそう提案すると、エングはそれに否定を示した。


「いや、結局空高くまで昇っていったら、また私たちが浴びるだけで意味がない。ここは一つ、試してみるしかないか。ソルス! お祖母様の好きなものはなんだ?」


「え? うーん、好きなもの……イケメンじゃないですか?」


「そうか」


 さっとエングは身を翻し、両手突き出して集中するように目を瞑った。


「幽霊に利くかどうか……試してみる価値はある!」


 その手に、幽霊が出したのと同じ紫色の魔法陣が浮かび上がる。蛍光塗料のように淡く光り出していき、その輝きがお祖母ちゃんに向けられる。


「最上級闇魔法! イリュージョン!!」


 太陽の光に負けないくらいに光り輝いた時、エングの手元から魔法陣がはじけるように消えた。その矛先にいた幽霊お祖母ちゃん。急に気絶するようにぐったりと頭を下げたが、何事もなかったかのように前に向き直った。しかしなんとなく、俺たちを見てそわそわとしている様子だ。


「なんだ? 俺たちを順番に見回ってるような……」


 なんだか値踏みするように見られているような。俺たちに対してやけにキラキラとした目を向けているような。一体何が起こったのか気になっていると、エングが確信を持つように口を開いた。


「どうやら成功したようですね」


「エングさん。一体何を?」


「最上級闇魔法イリュージョン。お祖母様にも幻を見せてあげたのです」


「そうなんですか! 最上級闇魔法が使えたんですね!」


 俺がそう感心すると、横からソルスが「先生の十八番の属性ですね!」と付け加えてきた。セレナも勇気を出すように「そ、それで、どういう幻を?」と聞いた。


「私たち四人がイケメンに見える幻だ」


 なんだその幻は。


「これでお祖母様の気を引いて、隙を晒した時に扇子を奪う作戦です」


「なるほど~。さっすがエング先生~」


 上機嫌にソルスが囃し立てる。その後にエングは一言付け足した。


「ただ、お祖母様の好みは分からない。私たちはそれぞれ別の顔をしているから、引っかかった人がお祖母様を魅了してください」


 作戦を言い渡され、俺たちは妙に若返った顔をしている幽霊に向き直った。じろじろと見つめられ、ゆっくりじっくり俺たちを判別していく。やがて、ドキュンとするように見ている先が一点に留まると、幽霊お祖母ちゃんは少しずつその人ににじり寄っていった。


「……え? えええ!? なななんで私?!」


 段々と距離を詰めてくることに、セレナが脊髄反射するよう一心不乱に叫んだ。思わず逃げ出しそうになる彼女の体を、俺はとっさに腕をガシッと掴んで止め、逃げられないように羽交い絞めにする。


「離してくださいハヤマさん!! 私を殺す気ですか!!?」


「頼むセレナ! 死なないから少しの間だけ耐えてくれ!」


「嫌です嫌です! 絶対に死んじゃいますってええぇ!!」


 ジタバタ暴れ続けるセレナを、俺は必死に抑え続ける。横でエングも「頼むセレナ君!」と懇願していると、幽霊お祖母ちゃんはとうとう彼女の目の前までやってきた。

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