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9‐3 子どもはわがままであるべきですよ

 ログハウスの二階。階段を上ってすぐ右手にあった扉の中の、イスと教卓だけがあったその部屋で、俺はまさかの光景を目にしていた。


「先週のおさらいです。魔法の基本属性はいくつあるでしょう?」


 エングがそう聞き、前に座っている五人の獣人たちが、口をそろえて「きゅうこ~!」と答える。「はい、正解です」と喜ぶエング。そのまま魔法について続ける話しを、子どもたちが真剣な眼差しで吸収していく。後ろからその様子を見ていた俺は、声をひそめるようにして隣のソルスに聞いた。


「なあ、これってもしかして、魔法の授業か?」


 ソルスも俺を真似してこしょこしょと話してくる。


「そうですよ。エング先生が子どもたちに、魔法を教えているんです」


「獣人なのにか?」


「彼らは私と同じく、獣人ながら魔力を持った子たちなんですよ」


「そうなのか?!」


 魔力を持った獣人がソルス以外にもいたとは。驚いて授業風景に目をやると、丁度エングが自分の右手から白い魔法陣を浮かばせていた。


「これが氷魔法だ。氷と言えば、どんなイメージがあるかな?」


 小さな氷に「うわあ!」と湧く子どもたち。その中の一人、ウサギの獣人が手を挙げた。


「はい! つめたくてひんやり」


「その通り。氷は冷たいもので、触るとひんやりしている。魔法として使うときも、熱いものを冷やすのに使えたり、魔物に使えば、体を凍らせて動きを止めることもできるんだ」


 細かな説明に子どもたちが納得していく。すると突然、横で生徒ではないソルスが手を挙げ、幼いような口調になって質問した。


「エング先生! 冷たくてひんやりだと、水と同じじゃないんですかあ?」


「お前はいつからこの教室の生徒になったんだ?」


 急に表情を硬くしたエング。


「いやぁ、魔法発動のためのイメージは、ちゃんと区別をつけておくのが大事だって、先生が言ってたのを思い出したので」


「どうせお前は氷魔法使えないだろ……」


 アハハ、と子どもたちがウケる。「ソルスお兄ちゃん、おっかしい」などと口々に言われるが、ソルスも笑っていてかなり愉快気な雰囲気だ。


「まあでも、水と氷の区別をつけておくのは確かに大事なことだ。将来、両方の魔法を使う人が、この中から出てくるかもしれないからね」


 エングがそう言って、場の空気を切り替えさせる。


「ここでおさらい。魔法を使うには、頭の中のイメージを魔力と結びつける必要がある。頭の中のイメージがしっかりしていないと、魔力は上手く結びつきません。これはみんな、覚えているかな?」


 五人全員が首を縦に振る。


「水と氷は、冷たくてひんやりしてるという同じ特徴を持っているから、魔法に慣れてない最初のうちは、同じイメージしかできなくて難しいんだ。けど、たった一つのイメージがあれば、これが簡単にできるようになるんだけれど、それは何か分かるかな?」


「うーん……色?」


 ショタ声のアライグマがそう答えてみる。


「色か。確かに魔法陣の色は違うね」


 エングは実際に、両手から青と白の魔法陣を出して見せた。


「青は水で、氷は白。だけどこれだと、魔法陣のイメージになって、ちゃんとした魔法を発動するにはちょっと難しいかな。もっとイメージしやすいことがあるはずだよ」


 今度は鹿の獣人が女声で答えた。


「あ、水はながれるけど、氷はながれない」


「その通り! よくわかったな。水と氷の決定的な違いは、液体か固体か、要は流れるかどうかということだ。魔法を使うときも、水だったら流れるものを、氷だったら固くて動かないものを一緒にイメージすると、発動しやすくなるんだよ」


 へええ、と口々に納得の声を上げている子どもたち。それに紛れて「なるほど。ためになりますね」とセレナも理解していた。


「よし。水と氷の違いも分かったところで、また氷魔法の説明に戻るか」


 そうしてエングが、また氷魔法を浮かべながら授業を進めていく。真剣ながらも楽し気に話しを聞いていく子どもたちを、俺たちも終わるまで後ろで見守っていた。




「ねえねえ。セレナお姉ちゃんも、まほう使いなの?」


「そうだよ、私も魔法使いだよ」


「そうなんだ。ねえ。どんなまほうを使うの?」


「風魔法と土魔法が使えるよ。ほら」


 実際に風を吹かせてみるセレナ。吹き始めたそよ風は、周りにいた子どもたちの毛並みを揺らすと、彼らは無邪気にはしゃいでみせる。三十分程度の授業が終わった後の、午後の昼休み。子どもたちと一緒にお昼を頂いた後、子どもたちは外に出て、ログハウス前の芝生スペースで好きに体を動かしているのだった。遊び相手になっているソルスと、ちゃっかり混じっていったセレナ。彼女は子どもに慣れているのか、本人も楽しそうに相手していた。俺は建物の前に置かれていたロングベンチに座わりながら、その様子に「よく子どもと遊べるもんだ」と呟くのだった。


「ハヤマ君は行かないのかい?」


 さっきまで中にいたはずのエングが、俺の隣に座ろうとしながらそう聞いてきた。


「子どもは苦手なんです。わがままで騒がしいし、その上勝手に泣き出す」


「ハハハッ。苦手だったらしょうがないね。急にうるさくなって、迷惑だったでしょ?」


「いえ、そこまででは……」


 子どもたちの笑い声。横からは波の音と、未だに効果が消えていない鼻に潮風が伝ってくる。結構強すぎてガスっぽく思えてしまう。太陽が真上に当たっていて、気温も少し高いくらいに感じていたが、ここは居心地がいいほど快適な温度で、体を動かすにはもってこいな環境だと思えた。こんな魅力的な物件が存在するとは。その家主であるエングを見てみると、子どもたちを見ながら満足そうに口角が上がっていた。


「子どもが好きなんですね」


うちが元々兄弟が多くてですね。私が一番上で、下に五人いたので、それで自然と」


「そうだったんですか。俺は一人っ子でしたね」


「兄弟に憧れたりしますか?」


「うーん、上に一人でもいたら、色々甘えたりしてらくしたかったですね」


「フフ。自分に正直なんですね、ハヤマ君は」


 言葉遊びなんかで戯れる彼らを見ながら、俺たちも他愛のない会話をする。ふと、こんな穏やかな時間が流れるのは、子どもがいるからだろうかと思ってみた。子どもは本当に好きではないが、こういう雰囲気は嫌いじゃない。


「エングさん。あいや、先生って呼ぶべきですかね?」


「好きに呼んでください」


「うーん、先生はなんか変な感じがするので、エングさん。俺が知る限りでは、獣人は魔法を使えないと思っていたんですけど、彼らはどうして魔力を持っているんですか?」


 ずっと疑問に思っていたことを、俺はやっと口にした。エングは変わらず子どもたちを見たまま、


「ソルスや彼らは、両親のどちらかが人間で、かつ魔法使いなんです」と切り出してきた。


「魔力についてはまだまだ謎だらけで。今有力な説は、親から子への遺伝子だと言われています。その説にのっとれば、獣人である彼らが魔力を持っているのもおかしくないでしょうね」


「へえ。魔法使いの遺伝子で子どもにも。人間と獣人の夫婦って、結構いるんですか?」


「あまり聞いたことはないですね。私たち人間からしたら、獣人を同じ人間として見るのが難しいですからね。けれどきっと、時代が変わろうとしているんです。いずれ、人間と獣人の結婚は増えていく。そして、そこから生まれる子どもも、それに応じてきっと増えていきます」


「人種を超えた結婚か」


 俺のいた世界にも国際結婚なんてざらにあるし、同性愛だとかも普通にあったりしていた。この世界でも、きっとそういうのが広まろうとしているんだろうなと、俺は理解しておいた。


「そうなるとエングさんは、その新しい時代の先駆けになってるんですね」


「そんな大層なものではありませんよ。私は単に、彼らの可能性を引き出してあげたいだけです。スレビスト王国には、魔法学校が存在しませんからね」


「あーそうなんですね。でもそうか。魔法使いがいないのに、学校があってもしょうがないか」


 そう納得した時、セレナの「ハヤマさーん!」と呼ぶ声が聞こえて、俺は顔を上げた。すると、前から氷の豆粒が飛んできていて、ふわりとした速度で向かってくるそれを、俺はお得意の回避術でスッと首だけ動かして避けた。後ろで氷がカランとログハウスの壁に砕けた音がすると、魔法を撃っただろう羊の獣人が「すごい! ホントに避けた!」とセレナに振り向いて喜んでいた。


「俺を遊び相手に巻き込むなよ……」


 ボソッと、彼らに聞こえないくらいの声で呟く。それを唯一聞いていたエングはおかしそうに笑った。


「アッハハ。すまないハヤマ君。うちは特に好奇心旺盛な子が多くて」


「その無邪気さが、俺が苦手に思う一番の理由なんですけどね」


「子どもはわがままであるべきですよ。彼らには素質があり、そして未来がある。自分の持つ力をどう使い、どう未来に生かすのか。それを決めるには、色んな経験が必要になりますから。そうしていつかは、自分で生きる未来をしっかり自分の手で選んでほしいものです」


 彼らに向けられたエングのその顔は、隣の家の、優しいお兄さんが見守るような表情で、一目見ただけで子どもたちを大事に思っていることが俺に分かった。




 それから時は過ぎ去り、夕陽が差してきた頃。


「バイバイ、エング先生。ソルスお兄ちゃん。セレナ姉ちゃん。あと……ハヤマお兄ちゃん」


 五人を代表してウサギの彼女が別れを告げ、彼らが全員バイバイと手を振りながら奥へと歩いていった。「気を付けて帰るんだぞ」とエング。ソルスとセレナも「またね~」と手を振っていると、俺も軽くその真似をして見送るのだった。


「いやあ。みんないい子で可愛かったなぁ」


 子どもたちが遠くまで行って背中を見せた時、セレナが幸せそうな顔をしてそう言った。


「得意なんだな。子どもと遊ぶの」


「はい。村にいた時も、子どもたちと遊んでたりしてましたから」


 俺にそう答え、セレナはエングに振り向いた。


「エングさん。あ、エング先生と呼ぶべきでしょうか?」


「お好きな方で」


「それじゃエング先生。一つ質問があります」


「何かな?」


「どうして獣人の子どもたちに、魔法を教えてるんですか?」


 前ふりもなく投げかけられた質問。俺も同じような質問をしたような気がするが、エングはもう見えなくなった子どもたちの方に目をやると、ある望みを口にした。


「私には夢がある。それは、このスレビスト王国に、魔法学校を建てることだ」


「魔法学校、ですか?」


「この国には魔法学校がありません。それは獣人が魔力を持つことがなかったからです。けれど、今は違う。あの獣人たちは、例外的に魔力を持って産まれてきました。きっとこれから先も、魔力を持つ獣人が増えてくるはずです。だから私は、その子らに魔法を教え、スレビスト王国に新しい可能性を見出してほしいと思っているんです」


 自信のこもった声で、エングははっきりとそう語る。強く決心したような面構え。どうやらお腹よりも、胸に抱く想いの方のが大きいようだ。


「立派な夢ですね」とセレナが賞賛し、「ありがとう」とエングが礼を言う。夕焼けのように暖かな空気に包まれると、「さて」とソルスが切り出し、足の方向をログハウスに向けた。


「すぐに夜になっちゃいますし、夕食の準備といきましょう先生」


「そうだな。セレナ君とハヤマ君もどうですか?」


「え? いいんですか?」とセレナ。


「もちろんです。転世魔法についても話しそびれましたし、そのお詫びも兼ねてぜひ」




 夕食の時間は、気がつけばあっという間に終わっていた。体を動かしていたソルスとセレナの手の進みが早かったのはもちろんだが、それ以上にエングに衝撃を覚えた。食べる量も力士さながらで、それを吸収するようにどんどんかきこんでいったのだった。とある電子ゲームで、敵を吸い込んで倒す悪魔がいたなと想像してしまう。


 そんなこんなで辺りが真っ暗に染まった頃。俺とセレナがリビングフロアの空けてもらったスペースで、バックパックから寝袋を取り出した時に、


「エング先生。結局転世魔法については、どうするんです?」


 片付けを済ませたソルスが、イスに座ったままのエングに聞いた。


「それは、理魔法でどうにかできないかって話しか? 正直に言うと、あまり期待できるものではないだろうな」


「やっぱり無理ですかね?」


「そもそも、理魔法は完成とは呼べない。基本の魔法でさえ、長い時間の発動ができないからな。より複雑な魔法である転世魔法を使えるようにするには、今の理魔法では力不足だ」


 そう見解を述べるエング。シュンと残念そうな顔になってしまうセレナに、俺は「難しいものは仕方ない」と慰めの言葉をかけたが、途端にエングが「ん?!」と口の中で唸り声を上げると、その顔には何か閃いたような表情を浮かべていた。


「待てよ。ラディンガル魔法学校で出てきた仮説。転移魔法の延長線上である可能性。そこから探れば、転世魔法にたどり着けるかもしれない!」


 途端に元気を取り戻したセレナが「本当ですか!?」と叫ぶ。


「そもそもセレナ君は転世魔法を発動したことがあって、あくまで発動の仕方が分かればいい。転世魔法の特徴を分析していけば、転移魔法との繋がりも見えてくるだろうし、もしかしたら、理魔法のためにまとめた文書から、手がかりが見つかるかもしれない」


 そう断言したことにソルスが目を輝かせた。


「おおエング先生! その言い方はもしや、なんらかの目処めどが立っていますね?」


「確実かどうかは分からない。だが、文字にまとめれば何か掴めそうだ」


 そう言ってエングはイスから立ち上がり、俺たちの前まで歩いて丁寧に喋ってきた。


「もしお時間を頂けるなら、転世魔法についてお調べします。けれど、確実に結果が出せるわけではないのであれなのですが、どうでしょう? その間、この研究所で好きに過ごしてもらって構いませんので」


 詰め寄るエングにセレナが驚く。


「逆にいいんですか? そこまでしてもらって?」


「もちろん!」


 頼もしい返事が返ってくる。なんだか個人的にも興味を持っているような雰囲気で、セレナもそれを察したように、喜びながら頭を下げた。


「それじゃ、お願いします、エング先生!」


「ああ。任せてくれ」

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