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9‐1 すこぶる平気だ……

 異世界プルーグ。台形のような形をした大陸の、左下を占拠するスレビスト王国。その更に左端の海辺の位置に、俺とセレナはたどり着こうとしている。


「結構離れた場所にいるんだな、エングっていう魔法使いさんは」


「あ、多分あれですよ。ハヤマさん」


 セレナが指さす方向に目を向けた。分かれ道の右の方向。丘の上に続いていたその向こうに、二階建ての結構立派なログハウスがあった。家だとするなら、八人くらいの大家族が住んでいそうだ。家の前には小さな草原があって、子どもたちが走り回るにはいい感じのスペースだった。


「家、にしては大きいか?」


「魔法研究者って言ってましたから、もしかしたら実験施設なのかもしれませんね」


 セレナの言葉になるほどと心の中で納得する。そのまま歩き続けて岐路を右に進んでいくと、視界のふもとに青色が映り込んだ。よく見てみると、もう一つの下り道は海辺へと繋がっている。白い砂浜と、そこに続くまでにチョロチョロ生えている緑。ここまで固い土の荒野か、枯れ木の雑木林ばかりだった風景とはまるで大違いだ。


「海辺の研究所って感じか」




「すみませーん」


 ログハウスのドアをノックしながら、セレナが声を張り上げる。反応は返ってこず、もう一度セレナはドアを叩く。


「すみませーん」


「……留守かもな」


「うーん、大抵はここにいるって、ギルドの人からも聞いてたんですど」


 セレナがそう呟いた時、微かに中から人の声が聞こえてきた。気になってドアの前に近づいて耳を立ててみる。その声は俺たちに向けられたものではなく、言い争っている感じだった。人数は二人か。子どものような甲高い声と、重みのある男の声だ。


「誰かいるみたいだ」


「聞こえなかったんですかね? あのー」


 またセレナが声を張り上げる隣で、俺は試しにドアノブに触れてみた。クルッと手首をひねると、それは簡単に開こうとした。


「あ、開いてる」


「勝手に入るんですか?」


「日が暮れるまで、ここで待つわけにもいかないだろ」


 そう言って右腕を引いて、中へ入ろうとする。ちゃんと挨拶はしておこうと口から「すみませ――」と言いかけた瞬間だった。


 目の前に白い何かが迫っていたかと思うと、避ける間もなくそれは俺の顔面にベチャっと音を立てて命中した。熱を通したような温かさを肌から感じ、鼻からケーキのような甘い匂いがグッと入ってくる。建物の中からは、二人分の「あ……」という、いかにもやってしまった感満載の呟きが聞こえてきていた。


「だ、だだ大丈夫ですかハヤマさん!」


 慌てたようにセレナに聞かれ、俺はとっさに瞑っていた目をちらりと開いてみた。視界が真っ白のクリームに染まっている。


「すこぶる平気だ……」


 平然を装うようにそう言ってみせると、中の方から低い男性声が誰かに命令した。


「今すぐ洗面所へ案内しろ!」


「はいぃ!」


 甲高い方が答え、恐らくその男性が俺の手を取って中へと案内されていった。




 ログハウスの真ん中にある、一番大きそうなリビングフロア。壁や床は当然、ソファやテーブルなんかの家具も一通りログデザインのもので統一されている。ゆっくり落ち着けそうでとても雰囲気のいいそこで、俺はソファに座って濡れた顔をタオルで拭いていた。


「申し訳ない。私の弟子が、失礼を働いてしまって」


 タオルを目の下まで下ろし、声の主を見てみる。口には出さないが、はっきり肥満者だと断言できる人間。背は俺より低めだが、多分八十キロはいってそう。歳は十歳くらい上くらいで、顔も大きく肩幅も広い、こげ茶色の髪をした男性だ。


「まささ飛んでいったパイが丁度当たってしまうとは。折角の客人だと言うのに、一体どう詫びればいいものか……」


 シュンとした顔で、本当に申し訳なさそうな態度に、逆に俺は申し訳なく感じて慌てて口を開いた。


「ああいえ。突然のことで驚きましたが、別に詫びてもらうほどでは」


「本当によろしいのですか?」


「謝罪の言葉だけで十分ですよ。その代わり、こっち側から聞きたいことがあるので、それに答えてくれませんか?」


 上手い事本題の話しへと持っていこうとし、男は「もちろん」と快く受け入れてくれた。そしてセレナが説明をする前に、男は自己紹介をしてくれた。


「私はエング。ここで魔法を研究している者です」


「私はセレナって言います。こっちはハヤマさん。私たち、ある魔法を習得したくてここまで来たんですけど、その魔法が色々と訳ありな感じで。エングさんなら分かるかもって、フォードさんに紹介されて来たんです」


「なるほどフォードから。その魔法について、詳しく聞かせてください」


 四角い横長テーブルを挟むようにエングが座り、セレナが詳しい事情を話していく。


 転世魔法を習得したいこと。間違えて俺を召喚したこと。母親が転世魔法を使った初めての魔法使いであること。魔法学校で転移魔法との関わりがある可能性を知ったこと。これらすべての内容を一つ残らずエングに伝えた。


「転世魔法……私も初めて聞く魔法ですね。すぐに渡せる情報は、こっちも持っていないかもしれない」


「そうですか……」


 エングの言葉にセレナが顔を俯かせる。魔法の研究と言っても、突然新しい名前を聞いたらさすがに無理があるか。ここまで来て無駄足になってしまったのか、と諦めかけていた時、俺は鼻から草木を思わせる獣のような匂いを感じた。


「ん? セレナ、何か匂わないか?」


「匂い? 私は何も感じませんけど」


「そうか? 結構強く匂ってるんだけどな」


 意識せずとも、大自然の中で土と草が混ざったような、牧場が思い浮かべそうなほど匂いがしっかり感じ取れる。そんな時、エングが怪訝そうな顔で「まさか」と小さく呟くのが聞こえた。何か心当たりがありそうな様子に、俺は聞いてみようとしたが、それを遮るように彼の座っているソファの後ろから、ひょこっとヤギの顔が出てきた。


「まさか、さっきのあれの効果じゃないですか?」


 ヤギの獣人がエングにそう話す。その成熟しきってないような甲高い声は、最初に聞こえたいがみ合いのもう一人のものだった。


「お前いつの間に!? 勝手に聞いてたのか!」


「えへへ、ごめんなさい。なんだか面白そうな話しが聞こえてきたので、つい」


「つい、じゃないだろ。はあ……」


 悪びれない様子を見せるヤギの獣人。というかヤギで合ってるか? と俺は思ってしまう。白くてフサフサしてそうな毛に、小さな顔。頭から二本の角が丸くなるように伸びているのは、きっと羊ではない……はず。


「あの、そちらの方は?」


 セレナがそう聞き、エングが呆れ顔から戻って答える。


「彼はソルス。私の弟子で、獣人の魔法使いだ」


「獣人の魔法使いって……」


 聞き覚えのあるその単語を、俺は声に出しながら頭の中で探っていく。すぐに出てきたのはスレビストコロシアム。その魔法大会の時、獣人の魔法使いの登場で場が湧き上がったのを思い出した。


「ああ! フォードと戦ったヤギの獣人!」


「あ、見ててくれてたんだ! 嬉しいなぁ」


「見てたっていうか、普通に俺たちも参加してたんだ。本選にも出てたから、そっちも知ってるんじゃないのか?」


「本選トーナメントのこと? 敗退した後すぐに帰ったから、そこまで見てないんだ」


「ああ、そうなのか」


 ソルスが俺を知らない理由を説明し、セレナの方に目を向ける。


「彼女は覚えてるよ。コロシアムの中を、全速力で駆け抜けてたよね?」


「そ! それは、その……」


 困惑して目をそらすセレナ。恐らくアマラユから逃げた時のことを言われているのだろう。恥を晒して逃げたと素直に言えずにいるのを察するが、彼女の困った様子を見てエングがソルスに喝を入れた。


「こらソルス! 客人を困らせるんじゃない!」


「ああすみませんでした!」


 正直に謝ったソルス。それにセレナは「いえ、過ぎたことですから」と煮え切らない声色で返事をした。ソルスはそれを聞いてほっとする素振りを見せ、改めて元気よく自分を紹介した。


「初めましてセレナさん、ハヤマさん。僕はソルス。エング先生の下で働きながら、魔法を教わってる弟子です」


「どうも」と俺が返しておく。するとソルスは首を動かし、すぐにエングに新しい話題を口にした。


「それよりエング先生。ハヤマさんの感じた匂いって、多分僕のことだと思うんですけど」


「まあ、恐らくそうだろうが……」


 エングが何かを信じたくないような顔をする。対してソルスは嬉しそうに跳ねる。


「ってことはやっぱり成功してたんですよ! あの料理は!」


「うぬぼれるな。あれだけの分量を材料にしときながら、成功な訳があるか。あれを全部口にしていたら、また違ったかもしれないんだぞ」


 唐突に始まった会話に、俺たちは置いてけぼりになる。話しぶりから察するに、俺の鼻が突然反応したことに対し、彼らは何か知っているらしい。


「あの……」


 セレナが会話に口を挿むと、エングが慌てて俺たちに向かいなおった。


「ああ申し訳ない。私たちだけで話してしまった」


「ハヤマさんの鼻が利いたのって、何か原因でもあるんですか?」


 セレナが直接そう聞く。するとエングは、やれやれと首を振ってから、意外なことを口にしてきた。


「ハヤマ君に当たったパイがありましたが、あれはただのパイじゃない。特殊な魔力がこもった、ことわり魔法の力を込めたパイなんです」


「パイに魔法を込めた?」


 セレナが首を傾ける。当然、俺も何を言っているのか理解できない。鼻がよく利く魔法をかけられ

たってことか? その成分というか、元の魔力がパイの中に含まれていると? 俺自身は魔力を持たない体質。一生魔法は使えないはずだ。


「そうですね。説明すると長くなるんですが……まず理魔法というが――」


 詳しく説明しようとしたエング。その時、ソルスが何かを思いついたようにポンと手を打つと、空気を読まずに彼の言葉を遮った。


「そうだ! エング先生! 理魔法で転世魔法もどきを作りましょうよ」


「いや無理だろ」即答のエング。


「ええ!? でもあれって結構、世紀の発明なんですよ? やってみれば、転世魔法だって発動できるかもしれないじゃないですか」


「あれはまだ研究途中であって、完成と呼ぶにはまだ早すぎる」


「やってみる価値はあると思いますよ。できることなら役に立ちましょうよ」


 再び俺たちは置いてけぼりになる。ソルスは思いつきで行動するタイプなのだろうと心の中でメモしておき、俺は一度話しを整理しようとこう聞いた。


「あの、理魔法ってなんなんですか? 魔法の属性?」


「あ、気になります?」とソルス。「紹介するだけならいいですよね、先生?」と聞くと、エングは「お調子者が」と呟いてから、持ってこいと指示するように手を振って指図した。


「持ってきまーす!」


 ソルスは嬉しそうにそう言い残し、リビングフロアを駆け足で出ていく。すぐに壁で姿が見えなくなると、エングは前もって話しを進めようとした。


「これから紹介するのは、私の発明した魔法です」


 魔法を発明!?


「発明!? 魔法を作ったんですか?」


 セレナも目を丸くしてそう聞いた。


「大したものでは。理魔法はまだ未完成のものですから、あまり期待せず」

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