8‐22 今こそ……本領!
ミスラさんがテオヤと同じ足場にドスンと降り立つ。今さっき地中を突き抜けたことで、半分に削れていた地形。テニスコートくらいの広さが残ったそこで、二人は睨み合いながら武器を構えていく。状況としては、魔法の効果がわずかに発動しているミスラさんの方が若干不利か。けれども、そんなのは自転車の空気が少し減っただけのこと。パンクさえしていなければ、まるで問題のないことなのだ。
ミスラさんの復帰に、賑わっていく観客たち。突然起こった天変地異。その驚愕を俺たちはとっくのとうに忘れ、白熱した試合に目を奪われてしまっていた。恐らく誰もが期待していることだろう。二人の戦いの行く末に。これから起こるかもしれない、どんでん返しに。そして、最初にテオヤが動き出した時、一転二転していた試合は更に激しさを増した。
「三尖刀流儀――」
彼は一瞬にしてミスラさんとの距離を詰め、先の試合で見せたあの技を構え出す。
「斬刈欧突!!」
斜めの斬り上げから刈り取るような切り捨て。一瞬で繰り出されたその二連撃に大剣がはじかれると、ミスラさんの胴体に柄が強くぶつかる。そうしてよろめいてしまうまで一秒ぴったし。最後に三尖刀の刃を向けるように回して突き出そうとすると、ミスラさんは意地を張るように大剣を持つ腕を胸に引いた。
自分の腕のように太い大剣の面に、再び尖った三尖刀が突き刺さる。テオヤはもはやパンチするかのように武器を振り切ると、不安定な体勢だったミスラさんはまた一直線に吹き飛ばされていった。そしてその方向は、不運にも観客席にいる俺たちの方向だった。
「うわっ!?」
身を丸めるようにしてギュッと目を瞑る。瞬間、耳からアマラユの声がすると、何事もなかった俺はすぐに目を開き、目の前に浮かんでいた土の塊を目にした。
「赤目よ。ここは場外だぞ」
塊に着地していたミスラさんがすぐに飛んでいき、目の前の土が試合場に落ちていく。ミスラさんは大小さまざまな足場を使って跳ねるように向かっていくと、テオヤに向かって大剣を振り被った。その刃がまた地面をえぐって、当たり前のようにその地形がパックリ割れる。
崩れた衝撃で足場が落下を始める。周りは破片だらけになって、一人分の足場、というより塊が散らばっていた。攻撃を避けていたテオヤは先に飛び上がると、ミスラさんも逆の方向からそこを目指そうと両足を蹴り出した。
互いに塊を踏んでいき、途中ですれ違ってしまうと火花だけが落ちていく。ガキン、ガキン、と、血気盛んな光景が続くと、二人は躍起になったかのようにそのせめぎ合いを続けていった。
「なんと空中バトル!? どちらが落ちてもおかしくありません!! 先に攻撃を当てるのはどっちだあ?」
二人の勢いは更に増していくと、途中にあった大きな足場をも超えていき、観客たちが真上を向いてしまうほど上がっていった。足場を踏んではクロスして武器を振る。会場の外からでも見えていそうな激戦と、耐えず散っていく火花と金属音は、遠くから見てたら花火と勘違いしてもおかしくない。そんな目まぐるしい激突はいつまで続くのかと思った時、大剣の刃が三尖刀の分かれ目と強くぶつかった。同時に二人はその場で静止し、空中つばぜり合いというとんでもない状態になる。
「おおっと止まった!! 小さな足場は近くにナシ!! 一体どうなる!」
衝突した勢いが真ん中で相殺され、ふわっとした浮遊感を与えてから落下を始めていく。それでも二人は押し合いをやめない二人。すると、わずかにテオヤの背中が傾いてくると、ミスラさんは完全に彼の頭上を取り、引力の力で圧倒するように大剣を振り抜いた。
彗星のように落下していくテオヤ。偶然にも真下に大きな足場が浮いていて、そこにわずかな土煙を上げながら背中から落ちた。魔法の効果は出ていなくとも、誰の目にも全身に痛みを感じているのが分かる。それでも彼は三尖刀を立てて、その場に立ちあがろうとした。
そこにまもなく、容赦のない鬼が降ってくる。
ズシンッ! と、直径五十メートルはありそうな足場が揺れる。そして彼は顔を上げ、傷跡も残った赤黒い目を見開いた。
「今こそ……本領!」
弧を描くように振り下ろし、大剣の刃を地面に叩きつける。立ち上がろうとしたテオヤも思わず片膝をついてしまうと、地面に二本のヒビが一瞬で走っていき、ピタリと止まった。そして次の瞬間、地軸もろとも砕くような爆音と共に、ミスラさんの前の地面は、フタがパカッと開くように一気に隆起した。
「――我、悪鬼羅刹をこの身に受けた者」
人口の自然災害再び。当然テオヤも、シーソーに突然十トンの重りを載せられたように浮き上がっていき、それを見てミスラさんも高く飛び上がる。
「堕ちるがいい」
テオヤの前で、威圧の目をしっかり向ける。すかさずテオヤは三尖刀を横に持って構えると、ミスラさんは右手に持っていた大剣を、オーバースローで投げるように豪快に振り下ろした。
「天骸!!」
太い刃が黒い柄に触れた瞬間、溜まっていた力が一気に解放されたかのように、ミサイルが発射されるかのように落ちていく。真下にあった地形を砕き割り、もっと下にあった地形も、更に重なっていた三つ目も、垂直落下するテオヤが一瞬で突き抜けていく。そして、最後には大きな地響きが空まで響き渡り、会場は突然静けさを取り戻した。
爆弾が爆発したように高く立ち昇っていく土煙。ミスラさんの体もその煙に包まれていくと、俺たちは彼らがどうなったのか知ろうと目を凝らしたが、濃度が濃すぎてよく見えない。
「一体、どうなったのでしょう!? とうとう、決着がついたのでしょうか?」
突然、煙が嵐に流されるように晴れていき、中から大剣を振るったような体勢でミスラさんがいた。その前には、アマラユの魔法のせいか、それともミスラさんの攻撃のせいか、大きく掘られたようなクレーターの真ん中で、テオヤが倒れていた。手からは武器が離れてしまっている。ミスラさんはそこに歩いて近づいていき、大剣を重たそうに振り上げた。そして、最後に勢いよく振り下ろすと、その刃を彼の頭の隣に突き刺した。
静寂の中、パタパタパタッと音が鳴る。ボロボロの試合場にウグーが降り立ち、片翼を上げると、気合の入ったような大声を上げた。
「しょうしゃ! こっち!!」
「決めたあ! 決めました! 第五十五回、決闘祭り優勝者は、ジバの臣下、赤目の戦士ミスラに決まりましたあ!!」
「うおおおミスラさんすげえ!!」
感極まってしまい、普段出さないような大声を俺は上げていた。けれども周囲に湧き上がった歓声はそれを余裕でかき消していて、この世界で一番の熱気に満ちているものだった。隣でアミナも「勝った! ミスラさんが勝ったあぁ!」と盛り上がっていて、ヴァルナ―も「ほええ……」と意識が飛びそうなほど感服していた。試合場ではミスラさんが手を伸ばし、テオヤがそれを取ってしっかり起き上がっていた。
「熾烈な戦いでした決勝戦! それを制した彼こそが、五百人を超えた参加者の中から、最強を名乗るのにふさわしいでしょう! お疲れ様でした皆さん! まもなく表彰式を行います!」
浮いていた土が、中央の二人とウグーを避けるように端に落ちていく。ふと横を見てみると、俺たちのところに突如現れていた彼は、また音もなくどこかに消えていたのだった。
こうして、激しい戦いが続いた決闘祭りは、その幕を閉じた。俺はあの後運営に呼ばれ、予選突破した分の賞金。「その数金貨千枚!」とアガーに言われて受け取った。その価値がいまいちわからなかった俺だが、セレナに聞いてみると、いつも泊まっているような宿には百日ほど滞在できてしまうくらい大金らしい。そんなに貰えたのか、と驚く反面、俺はもっとちゃんとした何かを手に入れていた。
魔法対決の最上級水魔法から始まり、上手く必殺技がささった予選。死ぬような思いをしてきた特訓も、本選の一回戦突破へと繋がり、おまけにそれはグルマンへの勝利だった。その勝利が、俺に確かな自信を与えてくれる。
「ぬおおおセレナアアァァ!! 久々に会えて父さんは嬉しかったぞおおぉぉ!!」
「ちょっと父さん! もう相変わらずなんだから」
泣きつくグルマンに、セレナが呆れ顔を浮かべながら、わずかに微笑んでみせる。隣でそれを見ていると、首を振り向かせたグルマンがギッと俺を睨んできた。
「小僧! 分かってるな? もしセレナに何かあったり、何かしたりしたら……」
「重々分かってますって……」
「本当だな!! セレナがどうしても転世魔法を、って言うんだ! お前は死ぬ気でそれに付き合うんだぞ!! 分かったな!!」
「分かってますから、そんなに大声を出さないで――」
「口答えするな!! 馬鹿もん!!」
「んな!? こ、これでも俺、グルマン村長に勝ったんですからね!」
自分の発言を奪われ、試しにそう言い返してみるとグルマンは「ぬお!?」と意外そうに目を丸めた。この人の溺愛っぷりは相変わらずだ。けれど、俺への誤解をやっと理解してくれてると、俺を認めるように自慢げな顔つきになって「セレナを頼むぞ」と最後に言ってくれた。それに俺は「分かってます」と言って返した。
――――――
「お見事でした、ミスラ。あなたの武勇は、やはりさすがですね」
「もったいなきお言葉です」
ミスラさんが軽く頭を下げる。それを隣で一緒に見ていたヤカトルが「いやあ、優勝するとは」と感心していると、キョウヤが私を見てきた。
「アミナもおめでとう。かつての相手を超えた瞬間、思わず感動してたわ」
祝福の言葉に、なんだか私は恥ずかしくなってしまう。ふと、ずっと髪の毛を縛っていた簪のことを思い出すと、それを引き抜いて自分の胸の前に持ってきた。
「私、多分キョウヤがいなかったら、ここまで強くなれなかった。だから、私からもお礼を言わせて。私に、力を手に入れるきっかけになってくれて、ありがとう」
私がそう言うと、キョウヤは麗しい微笑を顔に浮かべてくれた。
――――――
「ラシュウもユリアも残念だったね」
「予選突破で、金貨二千枚が手に入った。それだけでも十分だろ」
「そうだけど、二人とも惜しい感じだったじゃん。特にユリアなんて、準優勝の人と互角に戦えてたんだよ。もしかしたら、優勝できてたかもしれなかったのにね」
ネアの言葉に、ユリアは無反応を示す。
「優勝しても下手に目立つだけだ。これでよかったんだよ」
「そう言って、実はラシュウが一番悔しがってるんじゃないの?」
「んな!? そんなことは! ……んん」
「悩んじゃってるじゃん! やっぱり悔しかったんだ!」
「うるさい。もうすぐ夜だ。早く行くぞ」
――――――
「師匠も惜しかったよな。兜の裏が赤目じゃなかったらいけてたんだろうけど」
「うるせえな。あん時はタイミングがずれちまっただけだ。次やったらこうはいかないさ」
「ハハッ! まーた強がってらあ。んじゃ、アタイはそろそろ」
「おお。また明日、道場でな」
カルーラの背中が小さくなっていき、ラグルスは背後のコロシアムの入り口に振り返る。
「……さて。そこにいんだろ? ――黒豹さんよ」
――――――
「決闘祭りの感想はいかがでしたか? 戦場の荒くれ者さん」
にやけ顔を浮かべながらそう聞くヴァルナ―。
「どうしてお前がここにいる」
「いいじゃないか別に。随分と楽しい体験ができたんじゃないのか?」
「うるさい奴だ。まあ、祭り自体はいい気晴らしになった」
「そうかそうか」
「だが……」
「ん?」
「……やはりまだ、答えが出ない」
様々な思いと情熱がぶつかり合った決闘祭り。その長い一日を経て、新しい日の出。
「んじゃ改めて、今日からエングっていう魔法使いを探しに行くか」
宿を出て、俺はセレナにそう話しかける。
「それじゃ早速、ギルドで情報を聞きに行きましょうか」
俺たちはまた本来の目的に戻っていく。転世魔法とはかけ離れた、とても長くて熱かった寄り道。だがそこで得たものは、決して無駄なものではなかっただろう。この力は、いつでも役に立つはずだ。これから、よっぽどのことが起こらない限りは。
「……ここに来て正解だったかな。この世界に関して色々情報が手に入った。特にあの男の存在、レッドフリーズを無効化した彼は、色々と対策しておくべきだろうな。……野望の実現も、そう遠くはなさそうだ」
八章 決闘祭り
―完―