2‐2 目が笑わず口角だけを上げた不適な営業スマイル
一夜が明けて次の日。朝の陽ざしを受けながら平原を歩き続けていると、俺たちの前に二本の分かれ道が現れた。真ん中にあったそれぞれの方向を示す看板にセレナが近づくと、異世界の言葉で俺には読めない文字に目を通し、真っすぐ進む道とは別の、分かれた道の方向に指を差した。
「こっちが目的の村みたいですね。そこで食料や水を分けてもらえないか、聞いてみましょう」
「ジバまではまだ時間がかかりそうなのか?」
「そうですね。思ったよりまだ進めてないんですよね。そのせいで、予定していた食料も底をつきそうですし」
「そうだったのか。まあ、初めて旅なんかするわけだし、想定外なことも起こるよな」
そう納得すると、俺たちは道を曲がってそこを真っすぐに進んでいった。その途中で俺は思ったことを口にする。
「村の人たち、ちゃんと食料を分けてくれるかね?」
「きっと優しい人がいるはずですよ」
「そうか? 世の中色んな奴がいるからな。村なんて閉鎖的なイメージだから、意外とよそ者に冷たいかもしれないぞ」
「な、なんてひねくれた思考を……」
俺は至って当然のことを口にしたつもりだったが、セレナは若干引いているようだった。
「冷たい可能性があるかもしれませんが、ちゃんと訳を話せばきっと大丈夫ですよ。ハヤマさんのいた世界じゃそうかもしれませんけど、このプルーグにそんな悪い人はいませんよ」
そう言われた瞬間、俺の頭に即時にモグリの顔が思い浮かんだ。
「どうだか。村でも変な詐欺師が現れてたじゃねえか」
「ああ……言われてみれば、確かに……」
思わず沈黙してしまうセレナ。
「不安になってんじゃねえか」
「そ! そんなことないですよ!」
そうこうしながら約一時間。休憩も挟みつつ進み続けていると、俺たちは村の入り口までたどり着いた。魔物の進行を防ぐための簡易的な柵を通ると、そこら一帯に木造の家々や畑、物見櫓を中心に置いた広場があるのが目に入った。
すぐ目の前の広場を子供たちが走り回る。立ち並ぶ家の数からして、大きさ的にはセレナの住んでいた村より一回り大きいだろうか。その割に外にあまり人気を感じられないでいると、セレナが先に村の中へと歩き出していった。
「やっと着きましたね。早速村長さんにでも挨拶に行きましょう」
「そうだな。……ん?」
後に続いて歩き出そうとした時、ふと俺の目に、見覚えのある腹が映った。
「セレナ、ちょっと待ってくれ」
「どうしました?」
振り向いてきたセレナに、俺は村の右奥を指差す。その先にいたのは、家の玄関前で女性住人と話しをする詐欺師、あのモグリがいたのだった。それを見てセレナも「あ!」と驚きの声を上げる。
「あの人!? この村にも来てますよ!」
「住人と何を話してるんだか……お? 袋を取り出したな……」
モグリが小さい袋をパッと広げると、住人の女性が腰裏から取り出した金貨をその中に入れてしまった。
「金貨が入りましたよ! あの人、懲りずにまた人を騙してるんじゃ!?」
モグリが大げさに頭を下げて女性に礼をする。女性は一言何かを言うと、モグリはもう一度頭を下げ、そのままそこを離れていった。次の家の扉を叩きにいった。
「こいつはもう現行犯だな」
「許せません! ありもしない話しで、人からお金を騙し取るなんて」
「見え見えの嘘に騙される方が悪いとも思うが……まあ、見ていて気分のいいものでもないな」
「私、ちょっと行ってきます。もうこんなことさせないためにも、厳しく言ってやります」
そう言ってモグリに近付こうとするセレナを、俺は「待て待て」と急いで肩に手を置いた止めた。
「あんな人間が反省すると思うか? 俺たちが言ったところで、また逃げられるだけだぞ」
「でも、このまま見捨てるのもできませんよ」
セレナが振り返ってそう訴えてくる。かく言う俺も、あのままモグリの悪事に目を瞑るのは許せなかった。
「だったら身をもって教えてやろう。下手な嘘にはツケが回ってくるってことを」
俺がそう言うと、丁度モグリが家の住人に追い返された。それでもまた別の家に狙いをつけて進んでいく姿を見て、セレナが聞いてきた。
「あんな人に、どうやって教えるんですか?」
「うーん……できるかどうかは分からないが、まあ、失敗しても関係ねえか」
「何か作戦があるんですか?」
「一つ考えが浮かんだ。とりあえず、今日はあいつに見つからないようにしてくれ。夜になったら動くから、その時セレナもちょっと協力してくれ」
とりあえずそれだけ伝えると、俺はセレナと一緒に村を少し外れた所からモグリを監視し、夜が訪れるまで待ち続けた。
この日、モグリはニ十件ほど家を回っては、そのほとんどから金貨を貰っていた。うっすらと聞こえた会話からは、俺たちにしてきたものとまるで同じ話しだった。ただ違うところがあったとすれば、話しに出てくる息子たちの名前がコロコロ変わることだけだった。
そうして夜を迎えると、モグリは村外れにテントを張り、中でランプを灯らせながら夜を過ごしていた。俺とセレナは内側の光が漏れるテントを裏の木陰から見つめ、中からモグリが出てこない様子なのを確認すると、俺は腰のサーベルを外し、早速行動を開始しようと立ち上がった。
「それじゃ、行ってくるわ。セレナは予定通り、土魔法をよろしくな」
「はい。分かりました」
セレナをその場に残し、一人だけでテントに向かって行こうとしたが、あることを思い出して俺は足を止めて振り返った。
「あっとそうだ。聞きたいことがあるんだった」
「何ですか?」
「この世界に官僚って職業はあるか?」
「それって、国で働く偉い人みたいな職業ですよね?」
「アバウトな理解だな……まあ、あるのは確かなんだな、それが分かれば十分だ」
とりあえずは大丈夫だというのを理解させ、俺は再び足をテントに進ませていった。テントの横を通った時、中からジャラジャラという金貨のこすれる音が聞こえた。
「うっしっし。今日は結構稼げたな。いやあ人の同情なんて、なんて安いものなんだろうか」
悪趣味な言葉だと思いながら前まで来ると、俺はテントに入ろうとその入り口を片腕でめくった。
「失礼します」
すぐにモグリの顔が俺を見つける。
「ん? お、お前は!?」
例の甲高い声と共に、驚いてその身を引かせたモグリ。彼の手元には、金貨がたらふく詰まった袋があった。
「金を数えていたところだったんですね」
モグリは慌ててそれを背中に隠す。
「い、いやあ。こ、これは別に騙し取った奴じゃなくてその……そう! ボランティア活動で頂いたチップでして」
聞いてもいないことをモグリは口にする。この慌てぶりは、俺に対する警戒心が本能的に動いているようだ。
「チップでそんなに稼げるなんて凄いですね。一体どんなボランティアをしてるのか、俺にも聞かせてくれませんか?」
「やや! そ、それはですね……」
モグリが冷や汗を流し、忙しそうに目を動かし続ける。あえて話しを合わせようとしたのだが、これではただ長引くだけに思えてしまった。
「はあ……もはや動揺すら隠さないんですね。モグリさんの度胸だけは感心ですよ」
ため息交じりにそう言うと、モグリの作り笑顔から表情が一変した。
「っく! やはり気づいていたか!」
「今日一日中見てましたよ。あなたの犯行のすべてを」
口調は丁寧でも、俺は呆れたのを通り越した、無関心な心で語り掛ける。
「なに!? いつの間に!」
「何も知らない村人たちから金を巻き上げるのは、さぞ楽しかったのでしょうね」
「う、うるさい! これが最も楽に稼げる方法なんだ! 私は仕事なんかしたくないし、自堕落に生きていける場所が欲しいだけなんだ!」
「そんな潔く言われても、身勝手な理由で人を騙したのに変わりはないですけど……」
「別にいいだろ! 私の人生は私だけのものだ。どう生き追うがお前には関係ないじゃないか!」
「まあそうですけど、それで人を騙すのは少しどうかと」
ただの暴論に俺も嫌々に詰め寄っていくと、モグリはそこで声のトーンが一段階上がった。
「これは生きるための技術なんだ! 人は技術を磨いてそれを仕事にするわけだろ? だったら私の場合、このやり方がその技術なんだ!」
「俺に散々見破られたあれがですか?」
「っぐぬ!?」
図星を食らったモグリの体が固まる。これ以上話しをしても意味がないと感じた俺は、さっさと本題を切り出すことにした。
「技術だがなんだか知りませんけど、嘘をつく相手は慎重に選ぶべきでしたよ、モグリさん」
モグリの前に立膝をつき、顔を近づける。これからの話しをしかと耳にさせるように、強い意識を向けさせる。
「俺はこれから王都に向かうのですが、そこに官僚の知り合いがいるんですよね」
モグリの黒い瞳が一気に縮まる。
「な、なに! 知り合いの官僚だと! う、嘘をつけ! 国の官僚と村のお前が知り合いなんて、そんなはずは――」
「信じないのは勝手ですけど、それで後悔するのはモグリさん。あなただ」
モグリの顔を俺の影で埋めていき、斜め上から威圧するように見つめる。
「悪徳詐欺師が村の住人を騙している。それも俺を含めた色んな場所で、何度も何度も……、なんて知り合いの官僚に言ったら、一体どうなってしまうんでしょうね? 俺は官僚の権力がどこまであるのか、詳しく知らないので、ちょっと興味があったりなかったり」
「っひ!? そ、そんなことを言えば、私が追われてしまうに決まっている!」
「そうかもしれないですね」
俺は顔に作り笑顔を作ってみせる。目が笑わず口角だけを上げた不適な営業スマイルだ。
「モグリさん。そうなるかもしれないと分かっていて、あなたはここで俺を見逃しますか?」
「そ、それはどういうことだ?」
「俺には一つ悩みがありまして。王都の知り合いに久々に会うって言うのに、手ぶらってのもあれだと思いませんか?」
表情を崩さないまま開いた両手を見せると、モグリは反射的に隠した金貨を前に出した。
「ひいやああ! 払う! いや、払いますから! これでなんとか、お見逃しを!」
慌てて袋から金貨を十枚差し出してくる。それを受け取りながら、俺は渋い顔を作る。
「少なくないですか? 官僚の知り合いに会うんですよ?」
「は、ははあ! こ、こここんなものでどうでしょう!」
更に十枚の金貨が追加される。だが、まだ袋の中には、半分くらい残りがあるようだった。
「足りないですって。一体誰に対して口止めをしてもらうと思っているんですか? 相手は王都所属の官僚。それも、三つの国で一番大きい国、ログデリーズ帝国なんですよ?」
「し、しかしこれ以上は……」
「そうですか……それで監獄に閉じ込められてもいいと言うなら、まあいいでしょう。いや、俺の言い方次第では、監獄では済まないのかもしれませんが、まあ仕方ないですよね」
「っひ!? あ、ああ挙げます! 挙げますからあ!」
モグリが更に十枚の金貨を渡してきたが、その腕がガクガクと震えているのが目に映ると、俺は失望するように目を閉じ、まるで金貨を見ていないかのような口ぶりで話しを続けた。
「知り合いの官僚は友達も多かったような。もしも今回の件を話したら、きっと国中で秘密裏にあなたの捜索が始まって、知らないところであなたの情報が流通して、適格に居場所を突き止めるんでしょうね」
「いい!? やめてくれえ!!」
「そしたら、凄腕の傭兵があなたを捕らえに行くんでしょう。でも、私の知ってる傭兵さんだと、屈強で剛力な方なんですが、脳みそをプチプチ潰すような、過剰な拷問が趣味だとか。実際に捕らえられたら、一体どんな顔になって役所につきだされることか。あまり想像したくないですね」
「――っひいやああ!!」
とうとう耐えきれなかったモグリが、突然飛び上がってテントから出ていこうと駆け出す。しかし、テントの入り口から飛び出そうとした時、その体が壁にぶつかるように止まり、反動で背中から倒れた。モグリは何事かとすぐに起き上がると、焦るように入り口の布をめくった。するとそこには、土の壁が入り口をふさぐようにそびえていたのだった。
「こ、これは!? まさか! 土の魔法!」
モグリが白い顔をして俺に振り返ってくる。
「貴様! 魔法使いだったのか!?」
「逃げようとしても無駄ですよ。ここは既に包囲済み。いくら叫んでも誰も助けはこないんです」
すっと立ち上がってテントの壁を指でつつき、この先にも土壁が張り巡らされてることを示す。
「分かりますよねモグリさん? 俺を納得させるには、何をするべきなのか」
「わ、分かりました! 全部! 全部払いますから、それで許してえ!!」
そう嘆きながらモグリの頭が床につく。そして同時に、両腕を伸ばして袋そのものを渡してくると、すべての金貨を差し出そうとした。俺はそれを片手でつまむように受け取ると、先に貰っていた金貨をすべてその中へ入れ、ここを出ていこうとテントの入り口に近付き、ふさぐ土の壁をトントンと戸を叩くように叩いた。しばらくして土の壁がゆっくりと崩れていくと、俺は何かを思い出すかのように口を開いた。
「あっとそうだ。俺はこの隣に寝泊まりさせてもらいますね」
「な! そ、それはどうして!」
「どうしても何も、どこで寝ようが関係ないと思いますが。まあ安心してください。朝早くにはいなくなってるでしょうし、モグリさんの邪魔はしませんから」
最後にまた営業スマイルを見せると、俺はすっと振り返ってテントから出ていった。そして、なるべくテントのすぐ傍を縫うように歩きながら、俺は中まで聞こえるように独り言を呟いた。
「俺は忘れっぽいからな。前も金貨をおきっぱにして店を出ちゃったし、今度は置いてかないように気を付けないと」
呟く途中、中で不意打ちでもくらったのか「ヒッ!?」という悲鳴が聞こえた。その反応でちゃんと伝わったのを確信すると、そのまま俺はセレナが待つ木陰の裏まで歩いていった。
「どうでしたか?」
小声で聞いてくるセレナに、俺は金貨の詰まった袋見せた。それを見て、作戦が上手くいったことを喜ぶように握りこぶしを作る。
「やりましたね! 金貨を取り戻しましたよ」
「なんとかな。そうだ。今夜はこのテントの隣で寝ることにしたから、準備を頼む。あと、明日はなるべく早く起きてくれたら助かる」
「朝早くですか? 分かりました。できるだけやってみます」
そう言ってセレナは早速、テントの隣に土魔法のドームを作り始めた。俺は木陰に置いていた荷物を一通り中に移すと、寝床を完成させたセレナが俺に聞いてきた。
「ところで、どうやってモグリさんから金貨を取り戻したんですか?」
「一言で言えば、脅迫だな」
「え? 脅迫?」
寝袋を取り出そうとしたセレナの手が一瞬固まる。
「そう。脅迫だ。初めてだったからどうなるか分からなかったけど、向こうが臆病な性格だったからなんとかなったよ」
「ハヤマさんって、元いた世界では詐欺師だったりしませんか?」
「しねえよ。人聞きの悪い」
「でも、人の嘘は見抜きますし、平然と怖いこと言ったりしますし、そうじゃなかったらおかしいくらいですよ」
「知らねえよ。人生適当に生きてたら、そんなことできるようになっただけだ」
そう言ってもセレナは「ええ……」と疑い深い目を向けてきたが、俺はそれを無視して自分の寝袋に手をつけた。その時、バックパックの横に置いた金貨の袋が目についた。
「その金貨、どうやって返しましょうね?」
ふと俺が手を止めていると、横からセレナがそう聞いてきた。俺は寝袋を取り出しながらそれに答える。
「適当に村長にでも渡して事情を話せば、後はなんとかするだろうな」
「なるほど。賢い判断ですね」
「でも、それは最後の手段だ。これにはまだ使いどころがある」
「え? 何に使うんですか?」
首を傾げたセレナに、俺は寝袋を広げ、金貨の袋を眺めながら呟いた。
「身をもって教える。最初に言ったそれのまとめに、こいつで試してみたいんだ。あの人にまだ人の心があるかどうか、それを確かめるために……」