8‐20 やっとその面晒してくれたか(ラグルスVSテオヤ)
「準備が整ったようです! 準決勝第二試合。戦うのは、この二人だあ!」
ここまで長いことやってるはずの司会者は、相も変わらず威勢のいい声を張り上げる。その勢いに観客たちも変わらず湧き上がってみせると、試合場に赤狼と兜が出てきた。
「出てきたのは優勝候補の二人! 一人は三英雄、赤狼のラグルス!! そしてもう一人は、戦場の荒くれ者、テオヤだあ!!」
魔法陣と炎も浮き上がり、観客たちの期待も絶頂に達する。その傍らで、ヴァルナ―は小さく何かを呟いた。
「この組み合わせは、また読めないものがやってきたなぁ」
「ん? 読めないって、勝敗がか?」
「それもあるが、どちらかと言うと、あいつらがどういう心境で戦うかだ」
心境? また何か厄介な事情が絡んでるということだろうか。とりあえず魔王が一枚噛んでいるのはもう予想がつく。
「ここまでで残った獣人は赤狼ただ一人! スレビストの民としては、ここはなんとしてでも勝ち残ってほしいところ! そして、最強の名を手にしてほしいところです!!」
「よお。久しぶりだな、兜野郎。いや、指示待ち人間というのが正しいか?」
大太刀の鍔を爪で押し上げ、俺はそう言った。兜野郎は言葉を返す代わりに、三尖刀を回しては両手でつかんで構えてきて、俺も右手で武器を抜き取った。
「ネイブといいお前といい、今日はやけに知ってる顔を見るな。まるで同窓会だ」
昔、雨音と、血の匂いが絶えず蔓延していたあの場所でのこと。
目の前には折れた剣と、今さっき殺した人間が横たわっている。何度もその光景を俺は目にした。獣人よりも非力な人間が俺に向かって武器を振れば、誰でもこうなる。なのに、あいつらは俺に向かってくる。恐れと不安。そして、あの狂った王と同じ、狂気に満ちた瞳を俺に向けながら。
「次はてめえか」
目の前に立った一人の男。直感からして五キロはありそうな三尖刀に、筋肉質で固そうな腕。それに、目元まで覆った青い兜。……兜?
「なんだぁお前。ここは障害者が散歩する場所じゃねえぞ」
その男は黙ったまま、俺に三尖刀を向けてくる。
「正気かよ……。誰を相手してるのか、後悔してもしらねえからな」
手に持っていた大太刀を、一度鞘に戻す。そして鍔に爪を立てておき、ゆっくりと目を閉じる。両の耳から聞こえてくる雑音の中、目の前の男にだけ集中するよう意識させ、周りの音をかき消す。獣の感で極限まで体を敏感にし、俺はその時を待った。
そして、風を切り裂いて突き進んだ時、大太刀の刃は奴に届かなかった。三英雄意外にこの必殺技を見切れる奴。俺は戦場のど真ん中で、大いに気持ちが高ぶったことをしっかり覚えている。
「あの時の続きだ!」
「……上等だ」
テオヤの口元は明らかに真顔で、けれど血気盛んな雰囲気を思わせてくる。そして、五つ目の炎が試合場から消えた時、同時に響いたのは、まるで鈍器で叩き合っているかのような金切り音だった。
ガンッガンッ! と、とても切断系の武器からは耳にしないような音が轟き続ける。二人は一歩引くことを知らないまま、力の限り各々の武器を振るい続ける。重たい一撃を、何度も、何度も。そしてすぐに試合に変化が起こると、それは大太刀の大振りにテオヤが足を引きずるように吹っ飛んでいた。
「ッヘ! その程度かよ!」
ラグルスの行動は突進一択で、なおもテオヤを三尖刀の上から押していく。前のめりな彼の攻撃に、じわりじわりとテオヤが追い詰められていく。やがて、壁際までいってかかとがぶつかると、ラグルスはしめたっ! と言う顔をして大太刀を真っすぐに突き出した。
ガツッ! と壁から鈍い音が鳴る。赤狼の突き出したその刃が壁に刺さっていると、テオヤは壁伝いに走るようにして宙返りをしていて、彼の頭上を悠々と飛び越え、その背後を取った。
すかさず「ふん!」と三尖刀を横に振るテオヤ。とっさに大太刀を壁から抜いていたラグルスは、伸びた鼻先が地面に当たりそうなほど姿勢を低くして攻撃を避け、その状態のまま、テオヤの足元めがけて大太刀を振った。テオヤもそれを飛び退いて避けてみせると、彼らはまた最初のようにぶつかり合い、再び試合場中央へと移っていく。
「互いに攻め合う! 攻め続ける! 攻撃に攻撃を重ね、攻撃に攻撃でお返しをしています! この均衡状態! 先に仕掛けるのはどっちだあ?」
そうアガーが叫んだ次の瞬間、テオヤは三尖刀を勢いよく振り下ろし、土の破片がいくつか散らばった。攻撃を振り損ねたのかと、俺は疑ったが、決してそうではない。テオヤは突き刺した勢いを利用して地面を蹴り出し、その両足を使ってラグルスの頭をガシッと挟み込んだのだ。そして、彼の肩の上で体を一周させ、最後に足を上げてラグルスの体を放り飛ばした。
「な!? ――がはっ!?」
一瞬宙を飛んだラグルスが、受け身を取り損ねて背中を強く打つ。口からもつい声が出てしまっていたが、それでもすぐにギッと殺意のこもったような目を光らせると、「あんにゃろうっ!」と寝たままの状態から宙に飛び上がり、空中で身を捻りながらテオヤから距離を取った。そして、そこで彼は大太刀を鞘に納め、目を瞑ろうとする。
「心技……」
一言呟き、鍔の部分に爪を引っかける。そうして一瞬、時が止まったかのように場が静まったかと思うと、彼は大きく目を見開いた。
「一閃!!」
稲妻のように飛び出し、閃光のように一瞬で走り抜ける。やはり肉眼では完全に追いきれないその必殺技で、赤狼は突き刺さったままの三尖刀の横に、大太刀を振り抜いた様子で立っていて、肝心のテオヤはなぜかそこにいない。
「――ふうう……」
肺の中の空気を全部出すように、深いため息を吐き出すラグルス。すると、頭上からあるものが落ちていった。それは、見覚えのある青銅の兜。すると彼の背後に、テオヤが降ってくるのだった。
兜が外れた!? 俺はそう思い、座ったまま身を乗り出しそうになる。目に映るのは、後頭部まで焼けたように黒いスキンヘッド。そこには刺青なんかも入っていて、猛々しく吠えている狼の頭が、黒く繊細に、立体感を持ってそこに映し出されていた。そんな彼が立ちあがる中、ラグルスは大太刀の先に、兜を吊り上げるようにして引っかけ、軽く手首をひねってヒョイッと投げると、真ん中に空洞ができるほど傷が入った兜を片手にキャッチした。
「かろうじて避けやがったか」
三尖刀を見ながらそう呟き、兜を投げ捨てて振り返る。テオヤも遅れて彼に振り返ると、瞑っていた両目を、しっかりと見開いた。それを見てほくそ笑むラグルス。
「やっぱそうか。てめえの正体。その強さの秘密は、赤目にあったんだな」
「な! ななななんとお! テオヤ選手の兜の中身は、まさかの赤目!! 衝撃的な事実ですよこれはあ!!」
「マジかよ!?」
アガーにつられるように、俺はそう声を出してしまう。アミナや周りの観客たちも一斉に動揺する様子を見せていると、ヴァルナ―だけはそうでもない顔をしていた。
「なんだよハヤマ? お前気づかなかったのか?」
「いや、気づかないだろ、普通」
「そうか。案外バレないもんなんだな、あれで」
「でもそうか。戦場の荒くれ者って呼ばれてて、三英雄とも渡り合えてる奴が、赤目じゃない方がおかしいのか」
赤く怪しいように光る瞳、その正体に会場のどよめきが止まらない。だが、試合場の二人にはその様子がまるで伝わっていないようで、ずうっと睨み合っている状況だ。
「やっとその面晒してくれたか」
ラグルスは三尖刀の黒い柄を掴み、刺さっていた刃を引き抜って、テオヤに真っすぐ飛ぶように投げつけた。テオヤは右手でタイミングよく掴み取り、手首のスナップでクルッと一回転させて掴み直す。
「いいのか? 一度手放した武器を敵に渡して?」
「俺が欲しいのは最強の称号だ。納得のいかない勝利なんか取っても、しょうがない」
そう言って、ラグルスが再び大太刀を鞘に納めていく。体勢も低くなっていくと、俺にも次に何をするのかが分かった。テオヤもその場を軽く飛び退いて距離を取り、三尖刀で迎え撃つ構えを取ってみせ、正面から正々堂々受けて立つのは、さすが脳筋バカと言うところか。
「脳筋バカだなぁ」とヴァルナ―も口にしたかと思うと、彼はその後にこう続けた。
「けど、これは結果が見えたかもしれないな」
「「え?」」
俺とアミナは同時に振り向いた。ヴァルナ―はにやけ顔を浮かべながら説明していく。
「さっきの必殺技をあいつは避けた。もう一回やったとして、果たして当たると思うか?」
「確かに」と俺は呟き、アミナは別の意見を口出しする。
「でも、さっきのはやられた後の攻撃で、不完全な状態からの必殺技だったわ。それに、兜にはちゃんと届いていた。今の万全の状態なら、十分あり得るはずよ」
「お嬢ちゃんの話しは確かに正しい。けれど、それはあいつが兜を外していなかったらの話しだ」
「兜を? どういうことなの?」
「あんな前も見えない変な兜、一体誰がつけると思うか? 目が見えないんじゃ戦えないし、おしゃれだと思わない限り、一人もつけないだろう?」
思わせぶりな言い方に、答えに焦った俺はつい口を挟んだ。
「それじゃ、何か別の理由があるわけか?」
「あの兜はハンデだ。自分の目を封じるためのな」
「ハンデ? なんだってそんなのを?」
「あいつ、実は相当変人なんだぜ。自分の実力が通用しない相手と出くわす時が、生きているのを一番実感するんだとさ」
「え? それじゃまさか、自分の実力を最大限出さないために、あの兜をつけてるってことか?」
「その通り」
最後に俺に人差し指をピッと向けたヴァルナ―。にわかに信じ難い話しだが、実際にあの兜でここまで戦ってきているのを俺は見ている。そんな彼が視界というハンデを取り払った今、その実力は、三英雄をも超えてしまうのか。ピリピリと張りつめた試合場に目を移す。ラグルスじっと、指の一本も動かずに時を待っていて、テオヤも赤い目で彼を見通すかのように眉をひそめている。
三英雄の渾身の技と、荒くれ者の力の解放。俺の直感が、この一撃で終わりそうだと予言してくる。そしてその時は、曇り空から降った、一つの雨粒を額に受けるような唐突さで訪れた。
「心技一閃!!」
まさにその瞬間、空気が爆発したのかと俺は錯覚した。電光石火のごとく飛び出した赤狼と、兜を外した赤目がぶつかり合った瞬間は、一瞬であれど俺の目に映っていた。その次の瞬間に、とんでもない轟音が会場の外にも漏れる勢いで鳴り響くと、テオヤは足を引きずったまま奥の壁まで吹き飛ばされていた。
「どうなった?!」
壁に強く激突し、がれきが崩れるような音が耳に入ってくる。やはり三英雄は伊達じゃないか。と、思った時、俺はラグルスの振り抜いた大太刀を見て目を丸くした。
――大太刀が! 刃が! 短く切れてる!
「……ッヘ。ウソみてえだ」
ボソッとそう呟いたラグルス。その後すぐに、吹き飛んでいた大太刀の刃が彼の足下に突き刺さった。その前にテオヤが平然と歩いて近づいていると、傷跡一つない三尖刀を手にしたまま、赤い目を向けてこう聞くのだった。
「まだ、やるか?」
「……生憎、俺は不器用なんだ。大太刀以外の使い方を知らねえ」
「そうか。残念だ」
「ああ……本当に残念だよ、コンチクショー。俺の負けだ」
微かに聞こえた敗北宣言。すぐにウグーも降り立つと、テオヤがいる側の羽を上げて、可愛らしい大声を上げた。
「しょうしゃ! こっち!」
「見事な切り返し!! あの赤狼の一閃を完璧に防ぎきり、鋼鉄の刃を完全に討ち取りました!! テオヤ選手! お見事です!!」
アガーの実況と、湧き上がる観客たち。誰もが納得したような、満足そうに盛り上がっていると、俺は忘れていた呼吸を取り戻した。
「……なあ、ヴァルナ―」
「ん?」
「あいつ、人間じゃないだろ?」
「おいおい。いくら赤目だからって、人外扱いはさすがにひどいんじゃないか?」
そう言い返されると、俺はあり得ないものを見るような目でヴァルナ―に振り向く。
「だって、あんな早い一閃受け止めるとかどうかしてるだろ! ラグルスだって完全な一撃を繰り出してたみたいだし!」
「長い間、視界に頼らずに戦ってきた男だ。その視界が開かれた今、あいつに攻撃を通すのは、ほぼ不可能かもな」
「マジかよ。そんな漫画みたいな奴が、この異世界にいるってのか」
「まんが?」と首をひねったヴァルナ―。そこにアミナが口を割ってきた。
「不可能じゃない人がいるはずだわ。この後出てくる、あの人ならね」
「あの人?」とヴァルナ―が逆に首を傾げる。それを横目にあの人か、と俺も心の中で思うと、いよいよこのトーナメント戦も終わってしまうのかと実感する。
「とうとう、決勝戦か」