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8‐19 矛と盾のぶつかり合い(テオヤVSロナ、アマラユVSミスラ)

 赤狼と黒豹が退場し、俺は緊張感から解放されるように「ふう……」と吐き出す。なんで俺、この本選に出れたんだ? 初戦のグルマンとまるでレベルが違うじゃねえか。


「お前本選に出たんだったよな? その面構えはやっぱ戦場を渡り歩いたからか」


 横からヴァルナ―が勝手に納得しようとして、それに俺は「この顔は生まれつきだ」と返した。すると、決闘祭りは次の展開に進もうとアガーの声が響き出す。


「赤目に三英雄に最強魔法使い、と、ここまで錚々(そうそう)たる面々(めんめん)が準決勝進出を決めております。その残りもあと一つ。最後の進出者となるのは果たしてどちらか!」


 青銅の兜で目元を隠した謎の男と、背中の盾と大きさが似合わない華奢な白虎(びゃっこ)が並んで歩く。その内の一人にヴァルナ―の体が前のめりになった。


「お。やっぱあいつは本選に出てたか」


「あいつ? ああ、もしかしてテオヤのことか? 同じ皇帝側近なんだもんな」


「そうそう。れっきとした脳筋バカだ」


「脳筋バカって……酷い言いようだな」


「なんでもかんでも力で解決しようとするからな。それがきっと、最強の盾が目の前に出てきてもな」


 ロナを見ながらヴァルナ―がそう言う。


「小細工は使わない主義ってことか」と俺は納得しながら、別の心配が脳裏に浮かんだ。


「というかいいのか? 側近が二人もここにいるなんて。そんなにたくさんいるもんじゃないだろ?」


 目だけを動かし、ヴァルナ―が俺を見てくる。


「問題ないさ。皇帝とはそれなりに仲がよくて、今日ここに来るのも許しを貰ってのことだ。それに……」


「それに?」


 ヴァルナ―の目が元の位置に戻る。


「あのお方は、俺たちがいてもいなくても変わんないさ」


「ん?」と首を傾げてしまう。その言葉が、一体どういう意味で口にしたのか理解できなかったが、その間に例の魔法陣が浮かび上がっているのだった。


「戦場の荒くれ者テオヤ対、アストラル旅団メンバーロナの対決! 攻撃的な矛と不動の盾のぶつかり合いとなりそうです! 二回戦第四試合! ただいま開始します!!」


 試合場の二人は既に武器を手に取っていて、一つ目の炎が消えると同時に構えた。二つ、三つ、四つ、五つと。時計の針を刻むようにすべてが消えてなくなると、試合の序章は、三尖刀が大盾のど真ん中をぶち抜こうとしたところから始まった。


「真正面?!」と俺は驚いてしまう。ロナの盾は大きくて分厚い、鋼の壁とも言えそうなものだ。それに真向から攻撃をしようと考えるなんて普通ではない。だが、少なくとも兜を被った彼は、その普通ではないらしい。何度も何度も武器を振るっては、微動だにしない盾をひたすらに攻撃し続けていた。


「無茶する奴だな」


 素直に出た感想にヴァルナ―の説明が割って入る。


「ログデリーズ帝国の特攻兵。軍をまとめるのが俺の役割なら、あいつは前線に一直線に走って場を荒らすのが役目。孤軍奮闘こそがあいつの得意分野ってわけだ。百の敵に囲まれたなら、百を倒せば解決する。あいつはそれをやってみせる男なんだ」


「めちゃくちゃじゃねえか」


「そう。めちゃくちゃなんだあいつの強さは。だからこそ、『最強の矛』と呼ぶに足る武人なのさ」




「すごい連撃。ロナさん、大丈夫でしょうか?」


 絶えず響き渡る金切り音を耳にしながら、私はロナさんを心配してそう呟いた。


「あの程度の攻撃に、ロナが負ける訳がねえ」とベルガさん。グレンさんもそれに言葉を付け加える。


「ベルガの言う通りだ。ロナはギルド中の奴らから『最強の盾』と呼ばれているんだ」


「最強の盾ですか」


「そう。ロナの背中ほど、頼りになる壁はないよ」


「現にベルガの獅子連斬ししれんざんも、完璧に防ぎきっていたしな」


 フォードさんがそう付け加えると、ベルガさんが口元を噛みしめ、獣のようなうなり声をあげた。




「最強の矛と最強の盾。読んで字のごとく矛盾むじゅんってわけか」


 俺がそう呟いた瞬間、試合場の中央から、ひと際大きな轟音が響いた。見ると、テオヤの三尖刀の押しで、ロナの体が若干よろめこうとしているのだった。


「っく! さっきから単調なのね。それなのに隙を見せない。中々腹立たしいわね」


 テオヤは黙って後ろに飛び退いて距離を取り、三尖刀を構えつつ、右の足を思い切り引いた。その体勢はどう見ても、今にも走り出そうとする獣だ。


「そう。あなたがそのつもりなら、私もつきあってあげる。その槍が折れるまでね!」


 ロナはそう叫ぶと、テオヤが体重を乗せるように重く走り出したのに対し、大盾をグッと振り上げ、地面に突き刺さるほど強く突き立てた。


燕頷虎頭えんがんことう!!」


 即席で造られた鉄壁の防御。仕上げに槍を握る手も盾の後ろで支えるように開くと、闘牛のように土埃を上げるテオヤを迎え撃った。


「はあっ――!!」


「ぐっ!! 数多の魔物の攻撃を防いだこの構え! 魔王の魔法だって受け止めたこの技! 崩せるものなら崩してみなさい!」


 盾の表面に、三尖刀の先が食い込んでいく。二人は顔を突き合わせそうなほど頭が近くなっていると、ロナの盾を通じて、まるで透明の壁を押し合うような力比べが始まった。


 ギギギギッという音が武器のこすれた部分から鳴り、色黒いテオヤの腕の血管が浮き出てくる。ロナも長い尻尾の先まで力が入っていると、じりじりとした押し合いは一分を超えた。


「譲りません!! 矛と盾のぶつかり合い、互いに譲ろうとしません!! この勝負! 間違いなく先に力尽きた方の負け! 果たしてどちらが持ちこたえられるのでしょうかあ!!」


 もはや戦闘とは呼び難い、意地と意地のぶつかり合いみたいになってきた。スタジアムのように広い試合場だと言うのに、二人の戦場は直径二メートルだってないくらいだ。おおよそ三分が経過しただろうか。観客たちの盛り上がりは常にピークで、いつ決着がつくのかと血眼になりそうな奴が何十、何百人といた。そして、その熱狂に負けないくらいの雄たけびが、試合場からもこだましてきた。


「「っはああああ!!」」


 気迫の押し合いにも発展した競り合い。すると次の瞬間、ピキッという音が聞こえたかと思うと、盾の表面にヒビが走っていき、それは一瞬にしてぱっくりと開いた。


「そんな?! ――ったは!?」


「――ぐおっ!?」


 勢い余った両者は強くおでこをぶつけ合い、反射的によろよろと後ろに下がった。二人はとても痛そうに(一人は兜ついてるのに)額を抑え、首を振って少しでも冷まそうとする。そうしてロナが手をどかすと、三つに割れて落ちた盾の残骸を目にした。


「……まさか、特性の鋼で作ったこれが破れるなんて」


 そう呟いてるときに、ウグーが試合場に降り立ってくると、ロナはなんとなく、すがすがしいような顔をして「参った」と呟いた。


「しょうしゃ! こっち!」


「崩した! 崩し切りましたあ!! あの鉄壁と呼ばれた『燕頷虎頭』を打ち崩しての勝利! 誰も文句のつけようのない勝利です!!」


 そう叫ぶアガーの実況の中に、喜びと悔しさの混じった歓声が広がっていった。最後まで三尖刀を握っていたテオヤ。黙って体を横にすると、そのまま試合場から退場しようと歩き出した。


「私も、まだまだ甘いわね」


 ロナはそう言って、犬の獣人が盾の残骸を拾っているところに向かっていく。係の獣人が重たそうにそれを拾い上げている隣で、ロナはひと際大きな破片を片手でヒョイと拾い上げ、背面のフックにいつも通りそれを引っかけた。そして最後に立ち去る前に、父親のいる司会、実況席に目をやった。


「いつか超えてみせるから。いつまでも自分が最強だと思わないでよね」




 ロナさんが試合場を後にしていくのを眺めていると、私の隣でグレンさんが悔しそうに「アストラル旅団、全滅か」と呟いた。


「残念でしたね」と私は返す。それにフォードさんが口を開く。


「魔法最強を逃し、武術最強も可能性がなくなった。屈辱的だな」


「まあそう言うなってフォード。俺たちは五人でアストラル旅団だ。たとえ一人一人の力が届かなくても、仲間の結束力ならどんなチームにも負けないさ」


「さすがリーダー。いいこと言う」


 グレンさんの言葉にベルガさんが調子よく乗っかる。フォードさんも眼鏡を上げ、「次こそは、だな」と呟き、グレンさんがうなずいた。


「ああ。今回は俺が出られなかったんだ。次回の決闘祭りでリベンジといこう」


「うおおおお! 最強までの道は、まだまだこれからだあ!」


 最後にベルガさんがうるさく叫ぶと、それはコロシアムの空まで轟いていった。



 ――――――



「この決闘祭りの終わりも、そろそろ見えてきました。ただ一人が君臨することができる最強の座。準決勝第一試合! 決勝進出をかけたこの試合。戦うのはこの二人! 魔法が最強なら武術も最強か? 謎だらけの戦士、アマラユ!! 対するは、他を寄せ付けない強さを見せつけた赤目、ミスラ!!」


「あいつか……」


 試合場に姿を見せた黒服の男を見て、俺はげんなりとするようにそう呟いた。辺りからもまた批判の嵐が巻き起こっていく。見ている側からとしても、一回剣に触れるだけで終わる試合は望んでいないのだろう。それを知らないヴァルナ―は俺を見て「浮かない顔だな」と言ってきた。


「まあちょっとな。俺は二回戦であのアマラユって奴に負けたんだが、その敗因が納得できないものだったんだよ」


「どうやって負けたんだ?」


 そう聞かれた時、アマラユが腰の武器を手に取り、真っ赤な刀身が光った剣を抜き取った。


「あいつの剣、見えるだろ? あれに触れた瞬間、体の身動きが取れなくなったんだよ」


「は? なんだそれ?」


「『魔剣レッドフリーズ』っていうやつで、変な力が込められてる武器なんだ」


「魔剣か。そいつの効果が、お前の動きを封じたと。なんだってそんなおっかないもの持ってんだ、あいつ」


 ミスラさんに話しとけばよかったな……、と今更後悔する。あまりに悔しくて、ついうっかりしてしまった。いくらあのミスラさんでも、魔剣の力に気づかなければ揚げ足を取られそうだ。


「魔法陣の炎もカウントダウンを始めました! 早速いってみましょう! 準決勝第一試合! 勝つのは果たしてどちらなのか!」




 相変わらずやかましい獣の声が響き渡り、私たちの前から五つの炎がすべて消え去った。ジバの臣下ミスラ。彼の顔がはっきり目に映ると、私の顔よりもデカい剣を両手に構え、忍び足で距離を詰めてきた。


 赤目の戦士。初めて目にしてみたが、なるほどすごい迫力だ。近づいてくるたびに強まる威圧感。熊や虎、果ては鬼なんかも逃げ出すのではないだろうか。そこらのパンダなんかでは、目を見ただけで気絶してしまうだろうな。だが、威圧感だけでこの魔剣には敵わない。


 右手を上げ、魔剣の刃を彼に向ける。赤目は一瞬警戒したのか、足の動きをすっと止めたが、私が口元だけの笑みを浮かべてやると、彼は様子を伺うように軽く大剣を振り下ろしてきた。


「っぐ?!」


 思わずうめき声が出てしまう。予想以上の怪力に、腕の骨が折れたかと思った。とっさに両手で剣を握ったのはいいものの、電流が流れたようなショックが全身に響いていった。両腕が重い。普通に振った剣なのに、大柄な彼の全身を支えているようだ。だが……。


 赤目が異変に気づいたようで、その顔が途端に険悪な表情に変わっていく。両腕への重みも消えてなくなると、私は腕を払って彼の大剣を押しのけた。相手の動きを封じる魔剣。この刃に触れてしまえば、そいつは鎖に縛られたかのように全身の自由を奪われる。赤目だろうと結局、この魔剣レッドフリーズが当たれば勝負は決まるのだ。短い時間でしか効果は発動しないが、その効き目は確実で、逃れる術はない。


 大男は体をわずかに震わせていて、全身硬直に抗おうとしている様子だ。即効性の高い拘束効果に、赤目もなす術なしということのようだ。


「フフ、すまない。私は最強の称号ではなく、情報が欲しくてこの決闘祭りに参加してるんだ。君には感謝するよ。赤目の戦士である君からは、とてもいい情報が手に入ったからね」


 さて、もう恐れるものは何もない。勝利の愉悦のためにも、早くこの試合を終わらせよう。揺らぎようのない事実を確信ながら、私は魔剣を彼の胸元に向けて刺していった。


 ――はずだった。


「んな!?」


 体を貫くはずの魔剣に、別の感触が伝わる。腕は最後まで伸びきっておらず、握っている魔剣が、意味もなくカタカタと音を立てている。その音の出どころを見ると、赤目の男は私の魔剣の刃を直接握っていたのだ。


「貴様?! なぜ動いている!?」


 なぜだ? 魔剣の効果は発動したはず。こいつの体は動けないはずだ。なのに、どうして、どうして片手が!? 想定外の出来事に取り乱してしまう。とにかく急いで魔剣を引こうとしたが、強く握られた魔剣は全く動こうとしなかった。それどころか、彼の握っている部分から、ピキッという嫌な音が鳴ってしまうのだった。


「んな!? やめろ! 放せっ!!」


 必死になって声を荒げたが、赤目は聞く耳を持たなかった。握りこぶしにさらなる力を加えていくとメキメキという音が鳴っていき、しまいにはとうとう、ガラスの割れるような音と共に、魔剣の刃はボロボロに砕けて散ってしまった。


「――まさか……こんなことが!?」


 血のように真っ赤な刀身が、彼の素手で真っ二つに。その瞬間に彼も体の自由を取り戻すと、私の顔面に大きすぎる刃を突き付けてきた。


「終わりだ、詐欺師よ」


 それを聞いて、私の口から乾いた笑いが出てくる。


「……ッフ、フッハハ。私が、終わるだと?」


 そう呟いた次の瞬間、赤目は大剣を伸ばして私の体を突き刺し、すぐに抜き取ってみせると、私の体から聖属性魔法の光が溢れ出ていった。その淡い黄緑色を目にして、私は目の前の脅威を再認識するのだった。


「この地に、こんな奴がいるとは……」




「しょうしゃ! こっち!」


 何度も耳にしてきた勝敗宣告だが、この試合の勝敗ほど観客たちが湧いたものはないだろう。野球で逆転ホームランを打った瞬間のような盛り上がりが、爆音の大歓声で再現されていく。


「決まりましたあ!! 決勝進出を決めたのは、赤目の戦士ミスラ!! 豪快に敵の武器を割っての、完全勝利だあ!!」


 いつもだったらあまりのうるささに耳を塞いでいただろう俺だが、今回ばかりはミスラさんの驚異的な実力に驚きすぎて、それを気にしている場合ではなかった。


「マジかよミスラさん! 真正面から勝負して勝つのかよ!」


「なんだ。あっさり勝っちまったじゃねえか。お前が負けたのって、本当に魔剣のせいだったのか」


 冗談混じりにヴァルナ―がそう言ってきて、「ちょ、俺を疑うのかよ?!」と反論する。


「ハハッ、冗談だよ冗談。にしてもあの赤目の戦士すごいなぁ。片手で剣を握りつぶすなんて」


「おまけに体も動かせなかったはずだ。本当に、どこにそんな力が残っていたんだ?」


 底知れない力の謎に首をひねった時、俺の背後から突然「そんなの、あのミスラさんだからに決まってるでしょ?」という声が聞こえてきた。「え?」と急いで振り向いてみると、そこにはアミナが立っていた。


「おおアミナか。いつの間にいたんだよ」


「ついさっきね」


 アミナはそう返してくると、俺の隣のたらしがすぐに口を挟んでくるのだった。


「これはこれは麗しきお嬢さん。一人で観戦するのもなんだから、俺と一緒に、優雅にお茶でも飲みながらどうかな?」


「うーん、お茶は別に趣味じゃないからいいかな」と真面目に答えるアミナ。そのやり取りを呆れた顔で見ていた俺は、「なら――」と続けようとしたヴァルナ―を遮って口を開いた。


「というかなんでここにいるんだ? キョウヤたちは別のところにいるぞ」


「それが、さっきからずうっと探してるんだけど、全然見つからなくて」


「ああ……確かに、これだけ広ければな」


「もう残り二試合なのよね。終わりも近いし、試合もじっくり見ておきたいわ……ねぇねぇ。隣空いてるわよね?」


「もちろん。一緒に見るか?」


「ええ、ぜひ」


 そう言ってアミナが石で造られた席をまたぎ、俺の隣に腰かけようとする。


「んな!? ハヤマお前! セレナちゃんという女がいながら――」


「誤解を生むような言い方するなってヴァルナ―。あいつともアミナとも、そういう関係にはならねえよ」


 口答えしてくる彼を軽くあしらい、俺は正面に向き直る。ふと試合場に目をやると、既にミスラとアマラユの姿はもうなくなっていた。

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