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8‐18 やる気か?(ラグルスVSネイブ)

 ラグルスの鋭い爪が、腰の大太刀のつばに引っかけられる。同時にネイブも細剣を手に取ると、二人は抜刀と共に勢いの乗った火花を一つ、それなのに小さな音だけが響くようにぶつけあった。


「ゼインのこと、さすがに知ってるよな?」


 ラグルスの神妙な問いかけに、ネイブは言いづらそうに口を開く。


「……洗脳大戦で、命を落としたそうだな」


「スレビスト王国一の弓使い。あいつは最後まで命がけで戦った。スレビストの地を、魔王ごときに汚させないってな。とても勇敢だろ? 同じ三英雄として誇らしいさ。そして……」


「友としても、だな」


 口ごもったラグルスに代わって、ネイブがそう答える。ラグルスはそのお礼として大太刀を振り、再びネイブの細剣と金属音を鳴らした。


「今となっては不幸な事故さ。魔法に詳しくなかった俺には、ダファーラ前皇帝の暴走した理由を知るよしもなかった。国のために剣を取った人間あいつらだって、皇帝に従わないわけにはいかない。すべては魔王の手の内だったわけだ。だが――」


 大太刀を持つ腕が上がっていき、ネイブの首の横にその刃が突き付けられた。


「ネイブ。オメエはそんとき、どこで何をしてたんだ?」


「……すまなかった」


「おいおい。謝ってほしいんじゃないんだ。どうしてあの時、お前は戦場にいなかったんだって聞いてるだけだ」


「……止むを得ない事情ができたからだ」


「具体的にはどんな事情だ?」


「正直に言ったら、お前は納得するのか?」


「はぐらかすなよ。同じ道場を出た仲じゃねえか」


 優しい声色でそう言いつつ、大太刀はまだネイブの傍から離れようとしない。一度ネイブの目がその銀の刃を見ると、意を決するように彼にこう言った。


「他に、守るべきものができたんだ」


「へえ……。そうか。そうか。他に守るべきものが……」


 腕を下ろし、ネイブから大太刀を遠ざけるラグルス。一瞬、穏やかな空気になったかと思った瞬間、急に目つきを変えたラグルスが乱暴に武器を振り上げ、それを細剣で防いだネイブは足を引きずりながら後ろに吹き飛んでいった。さっきまでとは大違いの轟音に、ピリッとした空気が張りつめられた。


「ふざけんなよメス騎士! てめぇのせいで仲間が、市民が、友が! どれだけ犠牲になった!」


 ラグルスの慟哭にネイブの顔がゆがみだす。


「誓いを忘れたってのか? 同じ道場を出て、国にも認められた俺たち三人は、魔王討伐のために必ずこの国を守り切るって。そう誓い合ったことを、お前は忘れたってのか?!」


「忘れてなんか!」


「じゃあどうして、今になってのこのことこの国に戻ってきた! 許してもらえるとでも思ったか!」


 強く言い返したネイブより、更に声を荒げる赤狼。それに黒豹は物怖じすることなく、はっきりと答えを示した。


「許しなど求めていない。私は、お前にけじめをつけに来た!」


 それを聞いてラグルスが大太刀を両手に構える。


「けじめだあ? だったら示してみせろよ。俺は苛立ちをぶつけてやっからよお!」


 ラグルスが飛び込んだ瞬間、幾度とない金属音が鳴り響き出した。ガクンガクンという重低音が、オーバーな攻撃を繰り出すラグルスの心情を表しているようで、次第に勢いが増していくその様子は、観客席にいる俺にも、十分伝わってくるほどだ。


「乱暴な剣だな」


 俺はそう呟いてみると、横からヴァルナ―が声を挟んできた。


「やっぱそう見えるか? まあ、あいつが怒るのも、無理はないのかもしれないな」


「何か知ってるのか?」


「確かなことは言えないが、憶測で検討はつく。三英雄の赤狼、黒豹、蒼鳥。彼らは元々、同じ道場で出会っていて、昔から仲が良かったんだ。魔王が現れた時に活躍して、三英雄と呼ばれるようになった時も、三人の絆の固さは国中で評判だった」


 うんうん、と俺は話しを聞き続ける。


「けれど魔王が現れたある日、黒豹のネイブが失踪してしまったんだ」


「失踪?」


「洗脳大戦は知ってるだろ? あれは元々、中立の国フェリオン連合王国にも加わってもらう予定のものだった。その協力要請のために、互いの国から使者を向かわせたわけだが、スレビスト王国の使者はネイブだったわけだ」


「その時にいなくなったっていうことか?」


「そう。その日からネイブは俺たちの前から姿を消した。あそこは中立の国。戦争とは無縁の国だ。洗脳大戦の時にも協力しなかったおかげで、国の人たちはネイブが戦争から逃げだしたと噂し始めたんだ」


「そうだったのか。でも、三英雄とも呼ばれる奴が、逃げ出したりなんかするか?」


「それは俺にも分からない。全く音沙汰なかったから、死んだんじゃないのかって思っていた奴も少なくなかったらしいが、結局あいつは生きていた。生きてまたここに現れたのなら、もしかしたら、俺たちの知りたいことを教えてくれるかもしれないな」


 ヴァルナ―が最後にそうまとめる。俺は試合場に顔を戻すと、荒々しい攻撃を繰り返す赤狼を目にした。


「それじゃラグルスは、ネイブが洗脳大戦に参加しなかったことを怒っているわけか」


 信頼していた友を失い、もう一人の友はその場から姿を消していたとしたら……。親友とも呼べるゼイン犠牲となった時、ネイブはそこにいなかった。ラグルスが怒りを見せる理由も、それだけで十分理解できる。だが。


「だとしても、ネイブにも事情があった可能性もある。彼女がどんな人かは分からないけど、話し合ってみれば分かることもあるだろ?」


「話し合う前に、冷静になれればな」


 ヴァルナ―の言葉の後に、鳴り止まない金属音が耳に入ってきた。


「……むずがゆい気分だよ。結局すべては、魔王の洗脳から始まったことなのに」


「元凶が魔王だってわかってても、割り切れない部分が出てきちまう。思いが強ければ強いほど、その部分は大きく膨らんじまうんだ」


 吐き捨てるようにそう呟いたヴァルナ―。どうしてこうも複雑に絡み合ってしまったのか。魔王の存在を呪いたい気持ちになっていると、試合場から怒号のような叫びが響いてきた。


「おらああ!」


「っぐ! 弁解の余地は、なさそうだな」


「御託はいい。さっさと俺の前にひれ伏せ!」


 ラグルスの荒々しい大太刀が、なおもネイブを追いかけ続ける。


「私とて――」とネイブは言葉を区切り、横ぶりの攻撃を見事な宙返りで避けてみせた。そして、着地と同時にラグルスに詰め寄り、細剣の刃を喉元に突きつけた。


「ぬお!?」


「……私とて、この国を見殺しにしたくなかった。だが、過ぎてしまった時は戻せない。だから私は、せめてもの誠意を示しにきたんだ!」


 ラグルスの緑色の瞳を、鋭く凝視するネイブ。ふいに大太刀が細剣をどかすように強く振られると、ネイブは彼の間合いから外れるように下がっていった。


「その言葉、本気なんだろうな?」


 ラグルスが問い直す。それにネイブは、首元に細剣を持ち上げ、手首をひねってその刃先を彼に向けた。


「本気だとも」


「なら、確かめさせてもらうぞ。徹底的にな!」


 そラグルスはバッと飛び出していき、ネイブとの間に一度だけ刃を交じ合わせた。互いに武器を振り合ったのが、観客たちの目にも映る。だが次の瞬間、突然二人は、水面から波風立てずに飛び立つ鳥のように地面を蹴ると、途端に試合場のあちこちで火花が散っていくのだった。


「はっや!」


 俺の目には、視力が落ちてしまったかのように、二人の存在がぼやけて映っていた。同時に飛び出し合っては、お互いを通り抜けるように駆けていき、すぐに身を翻しては同じことを繰り返す。確かに聞こえてくるのは刃がこすれる金属音だけで、どちらも傷を負わず、血の気の多い雰囲気は一歩も譲らない様子だ。


「熱い切り合いだあ! 動きが速すぎて、追い切るのも大変です!」


 本物の狼や豹よりも、断然素早い動き。ここで一度、低く途絶えるような金属音が鳴ると、二人は互いの刃をぶつけあって止まり、じりじりとしたつばぜり合いが始まった。だがそれも、すぐにラグルスの押し切りでネイブを結構な距離まで吹き飛ばすと、追撃を狙った攻撃をネイブはひらりとかわし、お返しに後ろ蹴りで背中を攻撃した。


「っぐお!? ――っと! ったく、キリがねえ」


 片膝をつきながらも体勢を整えたラグルス。ギラギラの不良の目でまたネイブを睨みつけると、ネイブもきりっとした顔つきで細剣を縦に持ったまま、その足を後ろに持っていき始めた。「ん?」とうなる声をこぼしかと思うと、すぐに何か閃いたのか、ラグルスの目が見開かれる。


「やる気か? 戦場を離れたせいで、鈍ってなければいいけどな」


 ネイブに対する皮肉。するとラグルスはいきなり、握っていた大太刀を鞘にしまってしまった。ネイブもそれに攻め込むことなく、ずっと下がり続けていっては、シャトルランが出来そうなほどの間隔を空けて足を止めた。


「魔王の支配はここだけではなかった。お前にもきっと、それが分かるはずだ」


「それが、見捨てていい理由になるかよ」


 大太刀の鍔に親指の鋭い爪がたてられる。そして、ラグルスは膝を曲げて姿勢を低くしていき、右手を添えていつでも抜けるような体勢で目を閉じる。一方ネイブも、細剣を弓を引くように頭の後ろまで持っていき、伸脚しんきゃくをするように腰を屈め、目を瞑った。


 さっきまでの花火のように響いていたせめぎ合いから一転、試合場がスンッと静かになった。突然の変わりように、俺たち観客も戸惑ってしまう。二人の毛並みが風に揺らされてるだけで、構えた状態から全く動こうとしない。次第になぜだか緊張感を感じてしまう。息を吸ったりも苦しいような、ちょっとでも動いてしまったら取り返しのつかないことになりそうな。そんな嵐の前の静けさを感じてしまうと、周りの雑音もいつしか消えてしまっていた。


 ……。


 動かない。彼らはまだ動かない。眠るように立つ二人。だが、指の先まで神経を張り巡らせているほど集中しているのが伝わってくる。


心技一閃しんぎいっせん……」


 小さく呪文を唱えるように呟いた赤狼。その手はまだ動かない。


紫電豹破しでんびょうは……」


 ネイブも口だけが動く。脳内の電子回路が通ったような、準備を整えたかのような言霊。


 ……。


 やるかやられるかの一瞬。サッカーのPK戦を見守るのは、こんな気分なんだろうか。ドクンっと、俺の心臓が飛び出そうな勢いで脈打つ。


 その瞬間。二人の目がカッと見開かれた。


「「――ッハ!!」」


 試合場には、赤と黒の稲妻が走っていた。あまりに唐突で、そして一瞬の出来事すぎて、俺は今の状況を理解しようと試合場を凝視する。今さっき、耳から聞こえたのは甲高い金属音。二つの稲妻は中央で交わるようにぶつかっていて、当の本人たちは瞬きする間もなく位置が入れ替わっているのだった。


 自分の目を疑ってしまう。二人は武器を振り抜いたような体勢でいて、俺の目には攻撃した瞬間などちらりとも映っていなかった。周りの観客たちも動揺のざわめきを上げていて、その声は、二人の全身が同時に光り出したことで更に膨れ上がった。


「これはああ!! 同時です! 同時に魔法の効果を切らしました! まさかの結末! 一体、どのような判定が出るのでしょうか!!」


 小うるさいオウムに、俺も興奮のあまり混じっていく。


「引き分けかこれは!?」


「いや待て。ネイブの細剣が――」


 突然言葉を切ったヴァルナ―。自然と彼の視線に引っ張られると、俺はネイブの下ろした細剣に目をやった。銀色の鋭利な形をした剣。それが次の瞬間、スパッと刀身が半分に折れた。


「……所詮、私はこの程度だったか」


 目元を隠すように俯き、力なく呟くネイブ。足元に欠けた刀身が転がると、彼女の背後でラグルスは、ゆっくりと大太刀を納めていく。


「軽いんだよ。お前の覚悟は」


 彼の一言にネイブは細剣を持つ手を強く握った。


「軽くなどない。命の恩人に、背中を向けられるわけないだろ……」


 震えた声が、俺の耳に届かないまま吐き出されていく。ラグルスは天を仰ぎ、煙草の煙を吐き出すように息を吐きだす。


「っふう……話しは、後で詳しく聞いてやる」


「……降参だ」


 最後にすっぱりその言葉が言い切られると、神妙な空気にウグーは図太い神経で入り込んでいった。そして「しょうしゃ! こっち!」と、ラグルスのいる方の片翼を上げて声を響かせると、会場はいつもの様子を取り戻すのだった。


「これが、これが三英雄の戦い!! 互いのプライドをかけた戦い! どんな試合よりも、はるかに激しかったこの試合。最後に武器をへし折り、敵の戦意を喪失させたのは、赤狼のラグルスだあ!」

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