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8‐17 必ず届かせますよ(ミスラVSアミナ)

「二回戦第二試合。この広いプルーグ大陸ですが、ライバルというもんは意外と身近にいたりするのでしょう。時の都ジバの臣下同士、ミスラ対アミナの対決となります!」


 オウムの大声と共に、歓声がここまで聞こえてくる。私は、既に二刀を手にしたまま中央まで歩き続け、そこでミスラさんに向き合った。今まで何度も模擬戦をしてきたけれど、まだ一度も勝てたことはない相手だ。


 大剣片手に仁王立ちするミスラさん。立ってるだけなのに、大量の水を一度に浴びたような重圧を感じる。一回戦で戦ったラシュウとは明らかに違う。この人からは、どこから攻め立てようとも、攻撃を通せる光景が見えてこない。


 魔法陣が浮かび上がる。淡く燃える火の玉が五つ。まず左上の一つが消えて、今度は左下。緊張感がまた高まってしまって、私は胸を抑えながら深呼吸をした。


「赤目をくだしたアミナ選手と、一回戦不戦勝で上がった、未知数のミスラ選手。一体、どちらが勝ちあがるのでしょうか! 今、試合開始です!」


 目を開けた瞬間、ふわんと魔法陣が無色になるように消えていった。同時にミスラさんの真っ赤な目が見えると、私は一気に走り出した。格上の相手だろうと、間合いを詰めないことには始まらない。


 間合いに入る直前で飛び上がり、二刀を一本の剣にするように振り抜こうとした。その刃がどっしりと構えられた大剣に防がれると、自慢の腕力で押し切られ、私の体は吹き飛ばされてしまった。


「っくう!」


 空中で背中から一回転して、片手をつきながら着地する。


「まだまだ!」


 再び地面を蹴って、私はミスラさんに向かっていく。今度は両腕を交差させて一緒に。そうして振り抜こうとした刀は、またもグッとした金属音を鳴らして、急いで引いてまた振りかざした二刀も、大きな刃を超えることができない。結局また刀の上から大きく飛ばされてしまうと、私は試合の振り出しに戻されるように中央で着地した。


 軽く息が切れる。これだけ速く詰め寄ってるのに、間合いに入ることすらできないなんて。攻撃が単調すぎるんだわ。速さを生かしつつ、もっと複雑な攻め方をしないと、私の刃は一生届かない。できるかな、私に。この刀が、あのミスラさんに届くかな。


 ううん、届かせるの。今ここで強くなって。また私は自分を越えていくの。


 覚悟を決め、再び地面を蹴って風を切るように飛び出していく。二刀を構え、さっきと同じように攻め入ろうとする。その代わり映えしない私の行動に、ミスラさんが間合いに入るタイミングを見計らって、自分の腕よりも太い剣を振り下ろしてきた。


 ――いま!


 ななめに振り下ろされる大剣に合わせて、私は背中を見せるように身を捻りながら地面を蹴りだした。勢いよく跳んだ背面跳びに、鋭い刃が背中にかすりそうになる。かろうじてそれを避けきってみせると、私はミスラさんの裏に着地し、そこにがら空きの背中を目で捉えた。


「はあ!!」


 すかさず立ちあがって、たった一歩だけの間合いを強く踏み込んだ。しかし、刀が背中に届きそうになった瞬間。


「ふん!」


「っふぐ! っきゃあ!?」


 大剣を空振りしたはずのミスラさんが、一瞬で体を捻り、勢いそのままにその刃を振るってきたのだった。乱暴に振られた大剣に、二刀では力が防ぎきれない私はまた吹き飛ばされてしまう。腰から地面に着地し、ゴロゴロと地面を転がってしまうと、途中で刀を地面に刺して強引に立ち上がり、勢いを殺し切った。


「はあ……はあ……まだまだ」


 顔を上げ、ミスラさんの位置を確かめる。彼は試合場のど真ん中にどっしりと構えていて、思えば試合が始まってから、あの場所から動いていないのに気づいた。もしかして、私が相手じゃ、そこから動く必要すらないってこと? 私の力じゃ、まだ彼を一歩も動かすことすらできないってことなの?


 刺していた刀を抜き取り、両足でしっかりと立つ。そして、引き抜いた刀を握る手を、私は見てみた。茶色の土が乱雑についていて、刀の柄の隙間からは、ぼつぼつとマメができている。ボロボロになるまで鍛えた証。でも私は圧倒的な彼に、一体、どれだけ強いというの、と思うしかなかった。


 さっきもがら空きに見えた背中も、一瞬で見えなくなった。それどころか、私を吹き飛ばそうと大剣を振ってきた。ついその前まで大剣を振り切ってたのに。


 ――経験は何よりの力になる。才能なんかより、よっぽど強い力に。


 ふと、ミスラさんの言葉が思い出される。きっと予測してたんだわ。じゃないと、あんな早い反応と動きはできない。私が避けるのを予測しながら武器を振った。二度目の攻撃にもしっかり力が入ってたし、慌てて振った攻撃じゃ、こんなに力は出せないもの。


 経験の差っていうのは、こういうことをいうのね。さすがミスラさんだわ。攻撃パターンを変えても、まるで通用しないなんて。でも、私も負けてられない。強くなりたいから。強くなって、彼女を守りたいから。


 ――だから、全力で!


 しばらく硬直していた試合。依然ミスラさんはその場に立ち尽くしていると、私から走り出して仕掛けていった。背を屈め、最大限風の抵抗を受け流しながら、両手を腰より上に持ち上げ。そして、目からミスラさんと大剣を見逃さないように、集中して。


 大剣の構え、向き、動き。寸前で突き出しの振りがくると分かると、私は両膝をぐっと曲げて飛び上がり、頭上を飛び越える高さまでジャンプした。そして、強面の顔面目掛けて回転するように両腕を振り切った。しかし、やはりミスラさんに読まれていると、とっさにしゃがんで避けられた。


「っつ! まだいける!」


 着地と同時に身をひるがえし、振り返ってくるミスラさんに飛び込んでいく。今度は真正面から正直に、二刀を同時に振り抜こうとする。当然、二本の刃は大きな刃一本に防がれるが、それでも腕を大きめに振って刀を振り切ると、一歩横にずれてまた切り込んでいった。それも防がれたらまた横にずれて、次の攻撃も駄目ならもっと横から。ミスラさんの周りを回るように、間髪入れずに刀を振るっていった。キンキンキンッと何度も火花が散っていき、たった今新たな金属音が鳴った時だった。


 左手で振った刀が防がれる。その防御が地面に突きたてるような構えであると、反対の脇腹が全くのノーガードだった。


 ――ここだ!


 急いで右の刀を振りかぶる。絶対に当たったと、信じて疑わないまま力一杯に。けれども、ミスラさんは決して甘くはなかった。縦を向いていた大剣が一瞬で動き出すと、その大きな刃に勢いを殺されてしまった。瞬間的にウソ!? と思ってしまうのも束の間、動きを止めてしまった私を、ミスラさんはまた押し返した。


 足がもたれつき、背中から倒れそうになるのを、私はかろうじて後転倒立をしてごまかす。まだ足りない。こんなんじゃ、まだ届かない。


 私は走り出す。懲りずに足を動かし続ける。どんなにはじかれたって、どんなに吹き飛ばされたって、この歩みを止めたくないから。その一心で再びミスラさんに詰め寄ると、大剣が私の頭上に迫ってきた。それに私は左の刀で防ぐような構えを取る。


 ミスラさんとの圧倒的な差。それは力の差だった。速さや技術なんかも到底差があるんだけど、力だけは絶対的な壁があった。どうすればその差を埋められるのか。どうすればあなたに勝てるのか。


 重くのしかかってくる大剣。押し合いでは勝負にすらならないそれを、私は刀をずらして受け流そうとした。大剣の刃が、固い石にでも当たったかのようにななめにずれていく。


 縦に振られる大剣に対して、刀の刃に沿って進ませるように受け流す。これこそが私の求めていた答え。つばぜり合いを流すことで力の差を埋める。そして、現れた一瞬の隙を、さっきの試合で手に入れた、新しい速さと技術で!


 大剣を流し切り、とっさに両足でミスラさんの体を、地面から高く飛び出すような勢いで強く蹴る。そうして一定の距離を取るように離れると、やっと足をよろめかせたミスラさんを見ながら、私は腕を交差させて腰を屈める。


月花(げっか)二輪双にりんそう!!」


 キリキリと引き絞られた弓矢が放たれるように、私は強く地面を蹴り出した。そして、ミスラさんに向かって渾身の二刀をお見舞いした、はずだった。突き立てられた大剣から、耳をつんざくような音が鳴り響くまでは。


「そんな!?」


 私の両腕は振り切れていなくて、体勢を崩していたミスラさんは、右腕をぐっと伸ばしてなんとか私の攻撃を防いでいたのだった。予想外のことに顔を青ざめてしまうが、次の瞬間、二刀からグググッと揺れる感触が伝わると、大剣が地面をえぐりながらこっちに押されてくるのだった。


「ふうん!」


「――っくあ!?」


 大剣は思い切り振り上げられ、二刀の上から押された私は、地についた足に体が置いてかれるように押し切られ、最後はそのまま背中から地面に倒れてしまった。後頭部も少しだけ打ってしまう。その隙を見逃さなかったミスラさんが大きな一歩を踏み込んでくると、私の顔の真横に大剣を深く突き刺した。


 固く鈍い音が地面に響く。目の前には、ここから逃さないような威圧を感じる強大な敵。自分の顔の横には、大剣が地面に深々と刺さっていて、ここから勝てる状況は、もう見つけようがなかった。


「……参りました」


 悔しさのあまり目を瞑ってそう呟くと、すぐに勝敗が大きな声で宣告された。


「しょうしゃ! こっち!」


「決めましたあ! 二回戦第二試合、勝者はミスラ選手! 赤目の名に恥じない、圧倒的な力の差を見せつけての勝利だあ!」


 実況と観客の歓声が、またここまでうるさく聞こえてきた。ミスラさんは大剣を抜くと、私に向けて手を差し出してくれた。その手を取って起き上がりながら、私は感服の声をこぼす。


「完全に参りましたミスラさん。全く歯がたたなかったです」


 ミスラさんは何も答えず、大剣を背中の定位置に戻すだけだった。


「これからの試合も頑張ってください。私も、キョウヤたちと一緒に応援しますから」


 その言葉にミスラさんはうん、と大きめにうなずいてくれると、試合場から出ていこうと体の向きを変えた。横顔が目に映った時、その口が動いた。


「手ごわかった。今までとは別人だったくらいに」


「え?」


 急な言葉に変な反応をしてしまう。普段は寡黙で喋らないミスラさん。稽古をしている時だって、直接褒め言葉をもらったことは、実は一回もなかったのだと言われて今気づいた。お世辞だったのかもしれない。でも、きっと私は。今の私は、昔の私よりも、一歩踏み出せてる気がする。


 いつかは、ミスラさんをも超えていく。私一人でも、キョウヤを守れるようになりたいから。そう強く思って、私はミスラさんの背中を追うように歩き出していった。


「いつかは、必ず届かせますよ」



 ――――――



「くっそ、今でも納得いかねえ!」


 コロシアムの外に出てきた俺は、試合の結果を振り返りながらそう声を荒げた。


「魔剣を使うとか聞いてないぞ。ルールに書いてないからって言っても、こういうところでは普通使わないだろ、そういうの。散々俺をけなしてきた挙句、悠々と勝ちやがって……」


 喋り出した愚痴が止まらない。グルマンとの戦いで、しのぎを削って勝ち上がったというのに、その次の試合があんな終わり方なんて誰が納得できるものか。そう怒りを募らせながらも、観客席を目指して歩き出そうとすると、誰かが俺の名前を呼んできた。


「お? ハヤマじゃねえか」


 顔を上げてみると、声の主は金髪の騎士。アトロブで出会った、あの女好きのヴァルナ―だった。


「ヴァルナ―か! 今更コロシアムに来たのか?」


「ああそうだ。実は俺あての招待状が来てたんだけど、俺が出るのはちょっと忍びないかなって思ってな」


 三英雄、ゼインのことか、と察する。


「それじゃなんだ? 見学にでも来たってことか?」


「そう言うこと。ハヤマは参加してるみたいだな」


 ヴァルナ―が腰のサーベルを見ながら言ってきた。


「そうだな。でもさっきの試合で負けたんだよなぁ」


「おいおい本選に出たってことか? 結構やるじゃねえかお前。意外と男が極まってんだな」


「男、かどうかは分からないけど、まあそれなりにな……。どうせだったら、一緒に試合見るか?」


 俺がそう提案すると、ヴァルナ―はすぐに「もちろん」と手慣れたような返事を返してきた。



 ――――――



「うおおおお!」


 盛り上がる観客たちの声に紛れながら、ベルガがそう大声を出す。それにグレンが声をかける。


「悔しいのか、ベルガ?」


「ああ! 悔しくてたまんねえ気分だ! まさか俺が、ロナに負けるだなんて!」


「同じ仲間に負けるのは、確かに悔しいだろうな」


「うおおおお! 次はぜってぇ負けねえ!!」


 歓声の中からひと際目立つ声で、ベルガがそう叫ぶ。その雄たけびを、俺とヴァルナ―はどこかからか耳にするのだった。


「……バカでかい声がしたなぁ」


「なんか聞き覚えのあるような……というか、セレナたちはどこにいるんだ?」


 周りは人だらけで、俺は中々セレナたちを見つけられずにいた。観客の総数は五万人くらいいそうで、おまけに広い会場のせいで探す気が失せてしまう。


「見つけるのは無理そうだな。仕方ないから適当に座ろう。花は最後に取っておくのもいいからな」


「また殴られてもしらないけどな……あそこ空いてるな」


 目についた空席に歩いていく。丁度四人分空いていて、その真ん中に俺とヴァルナ―が座ろうとしていると、その間に司会が祭りを進行させていた。


「早いもので、二回戦も折り返し! 準決勝進出をかけた次の試合ですが、獣人の皆さんなら待望の組み合わせでしょう! わたくしアガーも、始まる前から興奮が止まりませんよお!」


 アガーの実況に囃し立てられて、獣人の観客たちのざわめきが一層増していく。そしてそのざわめきは、試合場に現れた二人の獣人によって、一瞬で最大限のものになった。


「きたああ! ついにこの二人が現れましたあ! スレビスト王国の歴史に名を残す三英雄。赤狼のラグルスと黒豹のネイブ!! その彼らがなんと! とうとうこのコロシアムで、雌雄を決します!!」


 赤毛の狼ラグルスと、黒毛の豹ネイブ。ミツバールの兄、蒼鳥そうちょうゼインと合わせて、彼らが三英雄ということか。そう理解している隣で、ヴァルナ―が渋い顔を見せていた。


「初めて見る試合がこれって、タイミングばっちしだな、おい」


「……やっぱ、色々思い出しちまうもんなんだろうな」


 彼に寄り添うような言葉を探してそう言ったが、返ってきた返事は少し拍子抜けするような声色だった。


「それはそうだが、俺とあいつらの溝なんかより、もっと深いものがある」


「そうなのか?」


「ああ。国を代表する戦士の重圧。そしてそれ以上に、あいつら同士の仲もな」


 ヴァルナ―がじっと試合場から目を離さない。言葉の意味をちゃんと理解できないまま、アガーの声が大きく轟いてくる。


「さあ! 両者が位置に着いた模様です……っと、これは? ――近い! 既に間合いに入り込んでいる距離です! 始まる前からバチバチです!!」


 腕を伸ばせば互いに届きそうな距離感。それだけの至近距離で、二人はまるで、目から火を散らし合っているかのように睨み合っているのだった。


「さあ! 魔法陣も浮かび上がって、あとは炎が消えるのを待つのみ! 熾烈な戦いが予想されますが、果たしてどうなってしまうのか!」




「随分と久しぶりな面だなぁ、ネイブ」


「……まさか、私を待っていたわけではあるまい」


「ッハ! ずっと待ってたさ。お前が来るのを、俺たち(強調)はずっとな」


 ギラギラとした眼差しで、ラグルスがネイブを睨み続ける。その時、徐々に消えていた炎がすべて消えると、二人の間から魔法陣は消え、開始の挨拶にラグルスは一言こう呟いた。


「この裏切り者」

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