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8‐16 努力を否定されるのって、結構ムカつくんですね!(ハヤマVSアマラユ)

 アガーのやかましい実況に乗せられて、まんまと観客たちが大歓声を上げる。扉越しでも十分、耳を塞ぎたくなるその声量に、俺は重たいため息を吐き出した。


 ――はあ……。勝った時は素直に喜んだけど、よーく思えば、勝ちあがるとそれだけ目立つってことじゃねえか。戦い方はなんとか手にできても、人目にさらされるのは、どう頑張っても慣れそうにない。


「――緊張してるのかい?」


 いきなり声をかけられ、俺は横に振り向いた。声の主である男、次の対戦相手であるアマラユは、赤いメッシュを指でどかし、少し俺を蔑んでそうなつり目で見つめてくる。


「ああいや。ちょっと考え事をしてただけです」


  俺は、ウグーが既に待機している扉に目を戻しながらそう言った。


「勝負前に考え事とは、随分と余裕そうだね」


 そう言う自分のが余裕なんじゃないのか、と俺は横目に睨む。


「しあい、はじまる。ごぶうんを」


 重たそうな木扉が、ウグーの小さな両羽によってゆっくりと開いていく。また俺の前に、だだっ広い試合場が再び姿を現すと、俺は歓声に飲まれるそのホールに向かって歩いていった。


「二回戦第一試合! 激闘の一回戦を制し、次に相まみえたのはこの二人い! ハヤマアキト対アマラユ!!」


 暑苦しい声援が飛んでくる中、顔を上げると桃色の髪がチラッと映って、よーく見るとそれがセレナだと気づいた。俺に向かって懸命に両手を振っている。叶うことなら、今すぐこの場所をあいつと入れ替わりたい。


 というか、気のせいだろうか。周りをぐるりと見回してみると、ほとんどの獣人が俺に向かって声援を送ってきているように見える。アマラユと同じ場所に立っているとは言え、声を届けるように口に手を当てる獣人や、ハヤマアキトー! と呼ぶ声がよくしている。まさか俺が浮かれている? いやまさか、なんなら一回戦に比べて、こっちのテンションはやや下がり気味だ。なんなら、アマラユに対して軽くブーイングしている奴だっている。


 そうこうしている内に配置についてしまうと、向き合った俺たちとの間に、魔法陣と炎が浮かび上がった。もう開始なのかと気分が落ちると、アマラユが腰の剣をすらりと引き抜いた。その真っ赤な刀身に、俺は少しばかり目を奪われてしまう。


「さあ、間もなく開始です! 二回戦をまず勝ち上がるのは、一体どっちだあ!!」


 既に炎が二つ消えているのにハッとして、俺もすぐ腰裏のサーベルを抜いて構える。深呼吸もして準備を整え、炎が消えるのを待った。グルマンもどこかで見てるだろうか。まがいなりにも彼に勝った以上、あまり情けない姿は見せたくない。できる限りの力を出し尽くそう。そう決心した時、試合場から魔法の炎はまるっきり全部消えていた。


「開始い!」


 魔法陣が消え、はっきりと見えたアマラユの剣に集中する。同時に周りからの雑音も遮断される。魅惑的な赤い剣だが、あれはれっきとした刃物だ。


「……攻めてこないのか?」


 出方を伺おうとしていた俺に、アマラユが突然声をかけてきた。


「自分から攻めるのが、得意じゃないので」


「慎重派、ということかな」


 褒めたたえる気のないような声で言い放たれると、アマラユは剣を持つ腕を下ろしてから、その足をゆっくりと進めてきた。


「冷静なのはいいことだ。油断を生まず、隙も見せない。それなのに、肝心のタイミングでは機敏に動き出すことができる。これほど戦いづらい相手はいないだろうね」


 そう言って歩いてくる彼は、まるで余裕をひけらかすかのようで、どう見ても隙だらけだった。あからさますぎるその行動に、逆に俺は警戒心が高まって腰を低くする。


「さっきの相手はまるで脳無しだった。最強トーナメントがこの程度かと失望しかけたけれど、君には期待できるかもしれない」


「期待って。失礼ですけど、本気で言ってるならきっと、あなたの目は節穴だと思いますよ」


 俺は至って当然の事実を口にしたつもりだが、アマラユは意外そうに足をピタリと止め、「フッフフ」と不適な笑みを浮かべてきた。


「面白い人だ。少し君に興味が湧いてきたかな」


「いやいや、男に興味を持たれても困るんですが……」


「フフ。それは私も願い下げだね。時に――」


 アマラユは言葉を区切ると、真っ赤な剣を持ち上げ、そのままの体勢で近づいてきた。まるで赤子を相手するかのような、ゆったりとした動き。挑発のつもりだろうか。俺はずっと睨みを利かせていると、アマラユはずかずかと俺の間合いに足を踏み入れてきて、柔らかい布でも切るかのようにゆっくりと振り下ろしてきた。避けてくださいと言わんばかりの攻撃に、俺は足を使って横に動く。


「……なんのつもりですか?」


「慣れてる動きだな。きっと君は、誰かに戦い方を教わったことがあるんじゃないのかな?」


「だとしたらなんなんですか」


 俺は少し苛立つようにそう言い返した。俺が最強にふさわしくないという自負があっても、さすがにさっきの攻撃は舐めすぎなんじゃなかろうか。魔法大会の優勝者と言うことで、あのフォードよりも強い彼に身構えていたが、最強の風格、迫力なんかは一切感じられない。


「なに。私もある人に魔法を学んでいてね。少し親近感を感じただけだよ。そんなに怖い顔をしないでもらいたい」


「すみませんが、俺は胡散臭い人が苦手なんですよ」


「まあまあそう言わずに。どれだけ修行を積んだんだ?」


「……一週間だけだが」


 嫌に思いながらも、一抹の可能性に注意しながらそう答える。するとアマラユは「一週間!」と驚くような声を上げた。そして、いきなり怪しい剣を横に振るってきて、とっさに俺はしゃがんでそれを避けた。


「っと!」


「なるほど。羨ましいな、君の才能は」


「才能?」


「反応がよくて、動きのキレも素晴らしい。とても一週間で出来る動きじゃない」


「教える人が良かったんですよ」


「ほう。ぜひ紹介してもらいたいものだね。優秀な師匠の教えなら、私も剣術を極められそうだ」


「言っとくが、あの人に教わるのはあまりお勧めしないぞ。直接体に叩きこまれるスパルタ教育だからな」


「へえ。スパルタ、ねえ。一週間で手に入る力なら、これ以上のものはないと思うけどね」


「いやいや、さすがにあれは度が過ぎてたっていうか。自分の体が耐えきったのが奇跡ってレベルだ」


「奇跡? フフ、その人と出会ったことこそが、君の奇跡なんじゃないのかな? それともなんだ。才能のある君には、もっと手軽な修行で事足りたというアピールかな?」


 癪に障る言い方に、俺は眉を寄せる。


「そう言うあなたも、魔法の才能があったんじゃないんですか?」


「神様がいるとするなら、不公平だと私は思うね。私が一週間で得た魔法なんて、たったの一つだってない。強大な魔力を持っていたとしても、それを扱えずにいた。宝の持ち腐れってやつだったね。それなのに君は、人並み以上の技術を簡単に手にした」


 ――簡単に? 何を適当なことを。


「元々才能があって、それを短い時間で、かついとも簡単に自分の物にしたんだ。誰もが羨む天性の才能ではないか」


 舐めた口を利く。仮に才能があったとして、それを物にするのにどれだけ体を痛みつけられたと思っているんだ。


「君みたいな人間は楽だろうね。苦労をせずに成功できる、唯一無二の力を持っているんだ。君は人から『できて当たり前』という言葉を聞かずに育ったのだろうね」


 ……イラッ。


「君みたいな人間は、失敗とは無縁の存在。いや、一般的に言われる失敗なんて、君にとっては些細なことでしかないんだ。そうだろ?」


 ――これは、さすがに悪ふざけが過ぎているのでは? 俺の腹底から、怒りがゾクゾクと湧いてくるようだ。この男の言葉と言い喋り方と言い、好き勝手言われている状態が納得いかない。


「あの……被害妄想も大概にしてもらっていいですか?」


「被害妄想? そう言われても、君に才能があって、環境にも恵まれた。それは事実じゃないのかな?」


「一回攻撃を避けただけなのに、よくもまあそんなデタラメを」


「おおっと。もしかして怒らせてしまったな? そんなつもりはなかったんだが」


「いや別に怒ってなんかいないですよ」


「その言い方は、さすがに分かってしまうよ」


 自分でも胸の辺りが熱くなっているのに気づいていた。けれど、彼の言葉の一つ一つが俺の神経を逆なでしてきて、声を聞くだけで不快な気持ちになってしまう。


「くそ。好きに煽りやがって。努力を否定されるのって、結構ムカつくんですね!」


「才能を持ってる君に、そんな苦労を語れるのかね?」


 一定に流れていた調子にちょっかいを出されるような、俺の発言を軽くあしらう言い方に、俺はまるで、謎解きの答えが、決して見つからない場所に隠されただけの単純なものだと知った時のような苛立ちを覚えた。


「言っときますけど、自慢できるほどじゃなくとも、苦労ならしてきてますよ! 頭が割れそうなほど叩かれたし、たんこぶだって無限に作られた! 人生の内での苦労を数えたら、数えきれないほどしてきてるんですよ!」


「でも実際、君は一週間でその身のこなしを得たじゃないか?」


「そんなもの、一週間鬼のような大男を前に、何度も何度も強くぶっ叩かれたら誰でも身に付きますよっ!」


 俺は自分でもしたことないような、強い口調でそう言ってやった。だが、アマラユの顔は、まるで理解していないような平然とした表情で、それに俺はサーベルを構えることにする。


「決めた。この試合が終わったら、望み通りその師匠に合わせてやりますよ!」


 そう言って露わにした怒りを、そのままアマラユに向かって振りかざす。その一瞬、わずかに彼がほくそ笑んだかと思うと、アマラユの掲げた剣に、俺のサーベルが金属音を鳴らした。その瞬間だった。俺は体に、異変を感じた。


「……動かない!?」


 体全体がまるで動かない。足も、顔も、サーベルを握っている手も、全身すべてが固まってしまっている。彼の持つ真っ赤な剣に触れた瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように縛られる感覚が巡っていた。


「やっと、この魔剣に触れてくれたね」


 そう呟いたアマラユが、俺のサーベルからゆっくりと自分の剣を放す。そして、俺の胸の中央に、悠然と刃を突きつけた。


「私は魔法が使えても、武術には自信がないんだ。けれどその代わり、この魔剣がある」


「魔剣、だと?!」


 口だけは微かに動かせた。しかし魔剣と言えば、グレンたちと一緒にいった、目玉のついた剣のような奴ではないか。この深紅に染まった剣も、それと同じたぐいのものだと言うのか!


「魔剣レッドフリーズ。触れたものを縛りつける呪いがこもった剣。手にするのに苦労した分、中々役に立つものだな」


「くっ! 卑怯だろ、そんなの!」


「卑怯? 最強トーナメントのルールを忘れたのかな。使用する武器は、どんなものでもよかったはずだよ。魔法さえ使わなければいいんだ」


「お前っ!」


 怒りが沸騰しそうになる。だが、俺の体は銅像にでもなったように、全く動かせない。今すぐこのサーベルで体を貫いてやりたいところだが、指一本ですら言うことを利いてくれなかった。そして俺は、抵抗する意思が叶わないまま、アマラユの突き出した剣をこの身に受けるしかなかった。


「二回戦目も逸材はなし。本当にこのまま、終わってしまうかもしれないな」


 俺の体から、ゆっくりと赤い刃が引き抜かれていく。俺は自分の体がこんにゃくにでもなったかのように何も感じずいると、ただ全身が黄緑色の光に包まれていくのを、黙って感じるしかなかった。


「しょうしゃ! こっち!」


 ウグーの大声が空に響く。アマラユは魔剣を鞘に納めると、途端に俺の体も脱力するように一瞬崩れ、慌てて足に力を入れて自由になった。すぐにしらけた歓声と、いい加減な拍手が聞こえてくる。


「ああっと……二回戦第一試合。アマラユ選手の勝利です。一回戦と同じく、敵を動きが鈍く、というか、止まってしまったところを悠々と反撃しての勝利。お見事です……」


 あの威勢のいい声を張り上げていたアガーも、言葉選びに困っているような実況をしていた。納得のいかない俺はアマラユに訴えようとしたが、武器はなんでもアリのルールの話しを思い出し、その口を咎めてしまった。


「ッチ! 嫌な奴だ」


 先に出口に向かっていった彼の背中に舌打ちをして、サーベルをちょっと乱暴にしまう。二回戦、敗退。折角ここまで勝ち上がってこれたのに、その終わりが呆気ないものであると、俺は渋々試合場を後にするのだった。




「ハヤマさん、負けちゃいましたか……」


 ハヤマさんが試合場から出ていく姿を見ながら、私は残念そうにそう呟いた。すると隣から、魔法大会で負けていたフォードさんが声を荒げた。


「やっぱりおかしい! あいつの剣に触れた瞬間、全く動かなくなっているじゃないか! こんなのが最強を名乗っていいのかよ!」


 その愚痴にグレンさんが首をひねる。


「きっとあれは、魔剣だろうね。明らかに何らかの効果を持っている。そうじゃなかったら、バク宙を見せたハヤマが負けるなんておかしいよ」


 魔剣という、依然にも聞いたことのある言葉を聞いて、私はすぐに身を乗り出した。


「魔剣を使ってるんですか!? そんなの卑怯じゃないですか!」


「でもルールには、好きな武器を使っていいとしか言われてないからな……。それに、五百人以上の予選を勝ち上がっている以上、全く実力がないってわけでもないだろうし、運営側も、なんとも言えないんだろうね」


「ですが、武器の力で勝つなんて、そんなのおかしいですよ!」


 私は握りこぶしを作ってしまう。折角ハヤマさんが予選を逃げ切って、お父さんにも勝ってここまで来たというのに、こんな終わり方は、私は認めたくなかった。けれど決闘祭りは、そんな私の意見なんか気にもせず、決闘祭りはアミナさんとミスラさんの登場で、さっさと次の試合へと移行していくのだった。

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