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8‐14 決闘祭りは舞踏祭じゃねえぞ!(カルーラVSネイブ)

今日は一部分だけ投稿すると言ったな。

――あれは嘘だ。

 両足で素早く交互に地面を蹴り、疾風のごとく詰め寄っていくカルーラ。勢いよく突っ込んでくる彼女の攻撃を、ネイブはまた舞踏の足並みで回転して避ける。勢い余って突き抜けたカルーラは、ズサーッと土煙を上げながらブレーキをかけ、すぐに身を翻して再び突進していく。冷静に迫り来るのを見定め、変わらない動きでネイブは避けていく。


「突進を続けるカルーラ! 猛進の名に恥じない攻めっぷりですが、黒豹はいともたやすく、闘牛を扱うかのごとく避けていきます!」


「くそっ! クルクルクルクル回りやがって! 決闘祭りは舞踏祭じゃねえぞ!」


「……そうだな。すぐにでもこの試合を終わらせよう」


 細剣を持つ手を胸元まで上げていく。そしてさっと手首を横向きに曲げて首元に構えると、カルーラに向けて細剣の刃先を光らせた。構えまでの切り替え速さが、カルーラにピリッとした空気を感じさせると、ネイブはゆったりとした足運びで歩き始めた。


「やっとやる気になったかよ。こっからが本番だ!」


 螺旋槍を腰に引っさげるように持ち、猛進のカルーラは大きな一歩を踏み出して走り出した。「はああっ!」と螺旋槍が振り抜かれる。そこから一つ、コォーンと金属音が波を打つように強弱をつけて鳴り響く。鋼のこすれる音と、火花が幾度と散り落ちていき、互いに手を止めるつもりのない、連撃の嵐が巻き起こっていく。行きつく余裕もない、耳をつんざく高音が、何度も試合場から波状に広がって。


「っく! おら!」


 空を切る勢いで突き出された螺旋槍。その螺旋の一端の上を、細剣の剣先がカルーラめがけて走っていく。


「っのあ!?」


 カルーラは頭を横に動かし、毛先にかすりながらネイブの攻撃を避けた。すぐに螺旋槍を振り上げ、バッとコマ割りされた漫画に効果音がつきそうな勢いで、互いに大きく飛び退いていく。


「っと、あぶねえ。今の剣さばき、さすが三英雄か」


「今のを避けたか。少しだけ見直したぞ」


「ッヘ! アタイの本気を見ても、まだそう言えるかよ!」


 そう叫び、カルーラは螺旋槍を真上のはるか空に向けて、ドリルのように回転させながら投げた。空に投げ出された螺旋槍は、何層もの傘を作るような速さで回転し続けると、刃先がゆらりと傾いていき、武器全体が縦に回転するようにしながら落下を始めた。それを見てカルーラは、片足を伸ばして回し蹴りができる体勢を取る。


「必殺! ぶっぱなしドリル!!」


 左足のかかとがタイミングバッチリに螺旋槍の持ち手に当たる。弾丸のように螺旋の刃は飛び出していくと、ネイブの元まで一直線に向かっていった。


「――面白い妙技だ」


 眉を寄せて集中するネイブ。細剣を持つ手を背中より後ろに引いて、螺旋槍を待ち構える。そして、高速回転するそれにカッと目を見開いた時、その細剣が蚊を潰すような繊細さ、かつ速さで一点に突き出された。そうして次の瞬間、腕を真っすぐに伸ばしきったネイブ。その顔の横を、ドリルが風だけを残して通り過ぎていった。


「んな!? ずらした、だと!?」


「っふう……。中々いい技を持っている。だが――」


 ネイブの背後で、螺旋槍が思い切り壁に激突する。


「捨て身の一撃にしては、少し物足りないか」


 崩れる音と土煙をバックに、ネイブは突き刺すようにそう言った。その目にカルーラはギョッとしてしまうと、ネイブは片足をそっと踏み出して、音もなくカルーラに急接近して細剣を突きつけるのだった。


「終わりだ、赤狼の一番弟子よ」


「……くっそ。このアタイが、初戦敗退なんて。ざまあないぜ」


「しょうしゃ! こっち!」


 颯爽と降り立ったウグーが、片翼を元気に伸ばしてそう叫ぶと、会場は待ってましたと言わんばかりに歓声に包まていった。


「決めましたあ! 黒豹ネイブが決めました! カルーラ選手の必殺ドリルを、真向から防いでの勝利です! これはまさに、誰も文句がつけられない完璧な勝利でしょう!!」


 アガーの勝敗宣言を受けて、ネイブがカルーラから細剣を降ろした。カルーラが体の緊張を解くと、その口を開く。


「ちくしょう。そんな細い剣でアタイの必殺技を防いだってのが、納得いかねえ」


「周りに優秀な細剣使いがいなかったのだろうな。刀身が細かろうと、攻撃のタイミングと力加減を合わせれば、この剣が折れることなどない」


「達人の技ってやつかよ。ったく、力で押す師匠とは大違いだな」


「あの脳筋馬鹿と比較しないでもらいたい」


 そう言い残して、ネイブは試合場の出入り口に歩いていく。その背中をしばらく眺めてから、カルーラも渋々螺旋槍を拾いに動き出した。




「さすが最強決定戦。強者だらけですね」


 必殺技を返したのに唖然としていた私は、どこか遠くに飛んでいた意識を取り戻すようにそう呟いた。それにグレンさんが言葉を返してくれる。


「ネイブの実力は依然健在だったな。あの調子だったら、優勝してもおかしくない」


 率直な感想にフォードさんが「しかし――」と口を挟む。


「黒豹は何が目的なんだろうな。今まで国を置き去りにしていた奴が、のこのこと最強を目指しに来るのはあり得ないだろう」


「言い方に気をつけろよフォード。仮にも俺たちは、魔王を討伐したギルド。たとえ国の英傑が相手でも、しっかり彼女の本質を見極めようとするべきだ」


「本質ねえ」


 あまり納得してるような声色でフォードさんはうなずいた。魔王に支配された時、この世界は未曽有の危機に瀕していた。私もここに来るまでに、その被害を受けてきた街並みや人を見てきたから、それがどれだけ残酷で無慈悲なものを生み出してきたか、それなりに理解しているつもりだ。だから、ネイブさんが逃げたって言う人がいても、それなりの事情があるんだと分かってしまう。


 けれども、あれだけ強い人が、怯えて逃げ出すような光景も思い浮かばない。本当は、何かがあったんじゃ……。




「――やってるなあ。相変わらずの盛り上がりだ」


「……ん? あなた、どうしてここにいるのよ」


「おっとその声は……おお! やはり私を許してくれた女神さま――」


「口を慎まないと、その下品な目に矢を撃ち込むわよ」


「おうおう。相変わらず毒のある花だ。だが、それが魅力的だ」


「っはあ……どうしてこんな奴を許したのかしら、私は」


 ミツバールが頭に手を当ててやれやれと首を振る。それにヴァルナ―は、載っていた馬から降り、おふざけモードから一つ、段階を下げるようにこう聞く。


「君は何をしにここにいるんだ? 実家にでも帰るつもりか?」


「いいえ。必要な物を買いに来ただけよ。あなたはなんなのよ。アトロブへの道のりを忘れた?」


 ヴァルナ―の目がコロシアムに向けられる。


「招待状を貰ってたんで、せいぜい見学だけでもって思って。噂だとどうやら、三英雄のあいつもいるらしいしな」




「さあさあ、一回戦も残り二試合だけ残りました。ここまで数々の名勝負がありましたが、次の試合もきっと、熾烈なものになるでしょう。なぜならここにいるのは、選ばれし十六人だからです!」


 アガーの実況がいつもより早口に聞こえる。興奮のあまり口の滑りもよくなっているようだ。


「一回戦第七試合。続いてタイマンをするのはこの二人!」


 言葉に導かれるように出てきた二人の人間。一人は猫を被った女性で、もう一人も兜で顔を隠した男性だ。


「猫の下はどんな顔なのか? 予選を勝ち上がったからには、素顔は悪魔の可能性もあるかも?! ログデリーズの多分女傭兵、ユリア!! そして。同じくログデリーズ出身。皇帝の用心棒であり、国一番の戦士と噂のこの男! 目元を隠すのはハンデのつもりかあ?! 戦場の荒くれ者、テオヤ!!」


 ネアさんたちと一緒にいたユリアさんと、出会い頭にハヤマさんに武器を突き付けたテオヤさん。


「互いに素性を隠したミステリアス系戦士! 果たして、この対決はどうなるう?」


 アガーさんが、私の考えていたこととまるで一致した内容を叫んだ。ユリアさんが強いのは、前に依頼に同行した時に知ってるけれど、相手も相手で有名人。隣のグレンさんも顎に手を置きながら「どうなるか……」と呟き、静かに魔法陣と炎が消えていくのを眺めているのだった。




 時計を示すかのように浮かんだ炎が、一つ一つ、時を刻むように消えていく。胸元の装束に片手を入れ、二本のクナイを持ってきて、それを逆手に握っていくユリア。テオヤは三尖刀を立てたまま棒立ちでいると、魔法陣はあっけなく消え、開始の雄たけび係が大きな声を出していた。


 ――試合、開始!


 裏返りそうな声が空へ消えていき、その場に無音だけが残っていく。ふと、彼女が左手に目を落とした時、その腕がフルフルとわずかに震えていた。


「……武者震い、なわけないよな」


 テオヤの声に、ユリアはむくっと顔を上げる。


「俺にはお前の考えてることは分からない。だが、お前が今感じていることは、なんとなく予想がつく。……まさかここで、また会うとは」


 最後に小声でそう呟くテオヤ。依然、猫の頭は不気味に感じるほど止まっていて、けれどもその手に握ったクナイには、しっかりと力が入っていた。少しばかり強すぎるように見えるほどギュッと。するとユリアは、いとも当然だというような、さりげない動きで急に片手のクナイを放り投げた。それなりのスピードが乗って、その刃がテオヤの足下に突き刺さる。その様子を彼は最後まで目で追っていると、ユリアは空いた手を見つめていた。そこには爪の食い込んだ跡が微かに残っていて、ただじっと、何も言わないままそれを眺め続けていた。


「自分で分かっていないようだな。今、お前自身が抱いている感情に」


 顔を動かさないまま、ユリアが手を下ろして前を見る。当然瞬き一つしない猫の頭に、テオヤは顎を引いて、兜越しに睨みつけるようにして一言「――殺意だ」と切り出した。


「お前が俺に抱いてる感情。殺意意外にあり得ない」


 彼の言葉が、今か今かと待ちわびる観客の声に溶けていく。始まってまだ、どっちも一歩も動いていない試合。その緊張感の中、ユリアは一瞬体が傾いたかと思うと、音もなくその場から姿を消した。それに気づいた観客が小さくどよめくと、ユリアはテオヤの目の前でクナイを兜に突き立てようとしていたが、その腕は色黒い彼の手に掴まれて止められていた。


「偽物の殺意なんてものは、存在しない」


 テオヤがユリアの腕を押しのけるように強く離す。ユリアは足をもたつかせるが、何歩か下がりながらすぐに立て直すと、テオヤは三尖刀を両手に構えながらはっきり呟いた。


「やるなら、徹底的にかかってこい!」


 一旦、試合場に沈黙が流れる。音の波状も、空気の揺れも、大地の震動も消えた、閑静の時空間。胸元の装束に手を入れ、新しいクナイを取り出したユリア。静けさに包まれた戦いが、始まろうとしていた。

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