8‐13 三英雄、黒豹のネイブ
「届きましたね、アミナ。やっと、あなたの思いが」
「やりましたねやりましたね! アミナさんの勝利ですよ!」
思わずキョウヤさんに向かって身を乗り出しながら、私は歓喜の声を上げていた。
「あんなに押されていたのに、最後まで諦めずに走り切って、そして止めの必殺技! もうかっこよすぎます! 感動しちゃいました、私!」
「随分と嬉しそうですね、セレナ」
そう言うキョウヤさんも、笑みが浮かんでしまうのを隠せない様子だ。その横からヤカトルさんも感心するかのように口を挟んでくる。
「にしても普通あり得ないだろ。あんだけ追い詰められていったってのに、いきなり覚醒しちまうなんて。人が変わったようだったぞ」
「確かに。いつの間にか簪も取り出してましたよね」
「突然手にした簪、ねえ。まさかとは思いますけど、女王さんが仕組んだりしてませんよね?」
冗談を言うようにそう口にしたヤカトルさん。キョウヤさんも満面の笑みを浮かべて「まさか。私が時間魔法を使うわけがないですよ」と返していた。それをヤカトルさんは疑うように、まじまじと顔を見つめ続けた。
「……そうですか。ここにハヤマがいりゃ、確かめられたんだろうけど。んまあ、ウチの女王さんに限って、そんなことするわけねえか」
なんだか白々しいような物言いに、私は「ん?」と首を傾げたが、そのやり取りを中断させるようにアガーさんの声が響き渡った。
「一回戦もいよいよ折り返し! 続いて第五試合、このお二人の対決です!」
試合場に二人の獣人が姿を現す。その内の一人の存在感に、コロシアム中の観客たちが大いにどよめく声を上げた。
「スレビスト王国出身。独自の流儀で極めた格闘術は、素早さピカイチ! 威力はいまいち! そう本人が豪語する祭り一のから騒ぎ戦士! チャルス!!」
丸いコロシアムにいる私たちに向かって、レッサーパンダのチャルスさんが、ピョンピョンと飛び跳ねながら両手を振ってくる。
「対するは! スレビストの三英雄がついに登場! 疾風の如く走り出しては、嵐のように魔物を蹴散らした剣士! そう! 彼こそ三英雄の赤狼、ラグルスだあ!!」
盛り上げるような紹介に、まんまと観客たちが声量を増していく。コロシアムの外にいても熱気が伝わりそうな大歓声。中にいた私もその雰囲気に乗っかっていた。
「皆さん期待の優勝候補の初試合! その期待に、コロシアムが揺れております!」
「……ったく、うるせえ奴らだな」
「おうおうアネキの師匠! 最高の盛り上がりだな!!」
「煩わしくたまんねえよ。どうせ俺とお前との勝負なんて、結果は見えてるだろうに」
「お? このオイラに宣戦布告か! いいぞ! オイラは正々堂々勝負してやる! ハヤマに鍛えられたオイラの強烈パンチ! 三英雄にお見舞いしてやる!!」
「はあ……こいつもうるせえや」
鋭い目を覆うように手をかざし、やれやれと首を振るラグルス。そうしている間に、もう試合場の中央にたどり着いていると、魔法陣はいきなり二人の間に映し出された。
「魔法陣が現れました。まもなく始まろうとしております。チャルス対ラグルス。一体、どんな戦いになるのでしょうかあ!」
「かかってこーい!」と両手のトンファーを叩き合わせるチャルス。着々と炎が消えていく中、ラグルスは刀身と柄を繋ぐ、大太刀の鍔に親指の爪を引っかける。そして、片足を引いて右手の平でいつでも抜けるように構えると、彼はゆっくりと目を瞑った。
「試合、開始ぃ!」
次の瞬間、彼の手から銀色の光が、一瞬だけ光り輝いた。
――――――
「あ! おーい、ラシュウ~」
壁の角から顔を見せたラシュウに、ネアが走り寄っていく。「お前! どうしてここに?」と驚きを見せるラシュウ。その前をアミナが通り過ぎようとすると、顔を向けて俺を見つけてきた。
「あ、ハヤマ!」
「アミナか。試合が終わったみたいだな」
「うん。ばっちり勝ってきたわ」
「うお! マジか!」
ニコニコ顔で近づいてくるアミナがそう言って、俺はラシュウを超えたことに素直に驚いてしまう。彼女の背中で、ラシュウはネアに纏わりつかれながら奥の通路に消えていく。
「ラシュウに勝つなんて、やるじゃねえか」
「そういうハヤマは、どうだったの?」
「俺もばっちりだ」
「本当! すごいじゃない。あれからちゃんと強くなったのね。ミスラさんが言ってたわよ、ハヤマには隠れた才能がありそうだって」
「本当かよ。だとしたら全部、ミスラさんのおかげだな。ちゃんとその才能を引き出してくれてたってわけだろうし」
そう口にした瞬間、試合場の方から、コロシアム全体に響き渡るような大歓声が聞こえてきた。地震を思わせるような振動が、この控え室通路のところまで伝わってきて、これほどまでにない熱気が会場を包んでいるようだ。
「スゴイ盛り上がりね」
「次の試合に、いわばこの国のヒーローが出てくるわけだからな。観客も獣人たちが多かったし、当然の盛り上がりだろうな。……そう言えばそうだ、聞いてみたいことがあるんだった」
「なに?」と聞き返してくるアミナに、俺は予選で使ったバックグラウンドと、さっきの一回戦でグルマンが必殺技を叫んでいたのを思い出しながら口を開く。
「俺も予選の時に作ったけど、必殺技ってどうして作るんだ?」
「そんなの気合を入れるためよ」と、即答のアミナ。
「心の問題ってことか?」
「そうよ。叫んだらスカッとするわよ」
「叫ぶべきなのか?」
「当然よ」
「叫んでも強くならないだろ?」
「気合が入るわ」
「他には?」
「ないわよ」
「それだけ?」
「そうよ」
「本当かよ」
「本当よ」
「……そうか」
とりあえず納得の意志を見せておくと、再び会場から歓声がとどろいてきた。
「一太刀! たった一太刀で仕留めました! 赤狼のラグルス! 一回戦突破です!!」
「ウソだろ。オイラより、速いなんて」
全身の光が止み、チャルスがガクンと膝をつく。その後ろで、ラグルスは平然とした表情で大太刀を鞘に納めていた。
「テメエの素早さがピカイチだとしたら、俺の速さは天下一品ってわけだ」
「瞬きも許されない一撃はまさに圧巻! これが三英雄! さすがは優勝候補だあ!」
沸き上がった観客席を背に、ラグルスは悠々と試合場から退場していく。意気消沈していたチャルスだけが残されていると、すぐに来た犬の獣人によって、機械のようにカクカクとした歩きでそこを去っていくのだった。
――――――
「あっという間に終わっちゃいましたね……」
今さっきの試合内容を、私はそう振り返る。そよ風がさらっと吹き抜けるだけだったような、その一言でしか表せないくらい、一瞬で決着はついていたのだ。「さすが三英雄だな」とグレンさんも呟き出す。
「噂は聞いてたけど、俺でも一瞬、何が起こったのか分からなかった。赤狼のラグルス。彼は間違いなく優勝候補の一人だね」
グレンさんでもこの評価とは。恐るべし三英雄。思えば私は、昨日の道場で彼の戦いっぷりを見ていたけれど、その時とは比較にならない速さで彼は大太刀を振り抜いていた。それは間違いない。
「続いて第六試合。なんとここでも、三英雄が登場します! しばらく行方知れずだったあのお方! まさかまさかの黒豹が、このトーナメントで再び姿を見せてくれます! 三英雄、黒豹のネイブ!!」
今までどっと沸き上がるのがお決まりだった会場だったが、試合場に現れた黒毛の豹の獣人さんの登場には、意外に思ったような、本当なのかとざわざわしていく雰囲気だった。
「三英雄の黒豹、ネイブか」
「知ってるんですかグレンさん?」
「ああ。逆転不可能な劣勢を、迅雷のごとき真っすぐな突撃で覆した女騎士だ」
「なるほど」と私はもう一度ネイブさんをよく見てみる。男勝りな背丈に凛々しい顔立ち。全身はきらびやかな黒の毛に染まっていて、腰にはピッとっ真っすぐな細剣を携え、銀と緑の鎧は軽微な装飾のように見えた。顔だけ見たらあまり女の人には見えないけれど、手足は確かに(男性よりかは)細めだし、鎧の胸元部分はしっかり胸が入るような形になっている。意外と大きいかも。
「それに立ち向かうは、あの赤狼から直々に武術を習っている一番弟子。荒っぽい攻撃型戦術を継承し、数多の道場に殴り込みもしている、猛進のカルーラだあ!!」
紹介に合わせて、サーバルキャットのカルーラさんが試合場に顔を出してくる。背中にはやはり、あのいかつい螺旋槍を背負っていて、その顔も自信満々だと語っているようだ。彼女ら二人が試合の準備が整うまでの間、私はさっきから気になっていたことをグレンさんに聞いてみた。
「あのグレンさん。ネイブさんが行方知らずだったっていうのは、どういうことなんですか?」
グレンさんの顔がわずかに渋い雰囲気に包まれる。もしかして聞いてはいけないことだったのかと、私は身構えてしまう。
「洗脳大戦が起こる少し前に、彼女は突然国から姿を消したんだよ」
「え? どうして。まさか、逃げ出した、とかですか?」
「詳しい事情は俺にも分からない。ただまあ、多くの人はセレナの言った通りに思ってるかもね。どこかで命を落としたとか、遠いどこかでひっそり生き延びてるとか、色んな噂がログデリーズ帝国にも広まってたけど、やっぱり生きていたか」
グレンさんでも詳しくないとなると、それだけ身を潜めていたのだろうと私は察した。
「けど、三英雄とも呼ばれる人が、逃げ出したりするでしょうか?」
「どうだろうね。今まで音沙汰なかった彼女が、突然この祭りに出てきた。何か意味があるのかもしれない」
グレンさんは眉をひそめて、目を離さないようじっくりと試合場を見つめる。私もそれにつられるように、自然と意識が両目に集中していくと、丁度配置についた二人の間に、例の魔法陣が浮かび上がっていた。
「黒豹ネイブ。行方不明だった三英雄さんか……。フン。魔王が消えるまでの間、アンタが何をしてたのかはアタイには関係ねえ。最強を決める大会の初戦には、うってつけの相手じゃねえか!」
数を数え始めた炎を見て、カルーラは背中の螺旋槍を右手に構える。対してネイブは、腰のベルトにつけた細剣。刀身が若干丸みを帯びている軽量のそれを、音もなくすらりと右手で抜き取った。炎の残りと共に、アガーの実況が響き渡る。
「かつての栄光がまた蘇るのでしょうか! 一回戦第六試合! 今、開始です!!」
ぶわっと、五つ目の炎が消えた。それと同時に威勢よく走り出したのはカルーラだった。
「うらあああ!」
先手必勝と言わんばかりに、螺旋槍を勢いよく突き出す。ブルドーザーのような圧力と共に飛び出た攻撃。それにネイブは、舞踏を披露するようにひらりと回転しながらかわすのだった。優雅な回避に、カルーラはすかさず螺旋槍を薙ぎ払うように振る。だが、その刃がかする気配すらしないと、ネイブは猫のような軽やかさで飛び上がり、空中で体が水平になりながら、これまたムラのない回転を見せながら攻撃を避けた。
「っけ! アタイの攻撃は遅いってか!」
声を荒げたカルーラが、立て続けに螺旋槍を突き出し、十字に払い、振り抜いていく。しかし、そのどれもが流動体のような回避で空を切っていくと、最後に飛びかかって突き出した刃が地面にひずみを入れた。
「ちくしょう! ハヤマよりも身のこなしが軽やかだ。こいつは時間がかかるか」
膝の屈伸で着地音を消すネイブ。つけてる鎧が本物かと疑うほど無音で避け続けた彼女が、勇ましい顔に似合った、大人の女性を思わせるような、芯の通った声を出してきた。
「あの不良の門弟と聞いてどんなもんかと思ったが、なるほどこの程度か」
「なんだと!」
「どうした? もう攻撃は終わりか? 猛進という異名は、ただの飾りのようだな」
「っつ! ……へえ言わせておけば。案外偉そうな口を利く奴だったんだなっ!」
挑発的な態度にカルーラが湧き上がり、両手で固定した螺旋槍を持って大型車のように走り出す。そうして、さっきと同じように距離を詰め切り、両腕を突き出そうとしたその瞬間だった。
「っ!?」
声にならない驚きをするカルーラ。彼女の目に、銀の光が映り込む。目の前にピシッと細剣の刃が突き出されていると、ネイブの腕がカルーラの螺旋槍よりも先に伸びていた。
「……さすがに自分からは当たらないか」
「っつ!? 舐めやがってえ!」
思い出したように螺旋槍を動かし、目の前の細剣を横にはじいてから、カルーラは人間を超えるほどのジャンプで大きく飛び退いていく。そこでもう一度武器を構え直すと、ネイブも細剣を手元でクルクル回して、最後はガシッと顔に来るように真っすぐ立てた。
「あなたの実力は理解した。悪いがここで負けてもらおう」
「負けるかよ。この試合、絶対にアタイが勝って、アンタの口を黙らせてやらあ!」
本日は一部分のみの投稿とさせていただきます。