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8‐12 月花二輪双

 速さでも、技術でも敵わない。無理に動いたせいで、全身に疲れも溜まっている。かすり傷で少し聖魔法の効果も失っていて、壁に強く打った背中も悲鳴を上げている。


 あれだけ攻め立てたのに。逃げる隙を与えなかったのに。なのに、私の刀はすべて防がれた。速さも、技術も、力も。どんな能力も、彼の前ではすべて敵わない。彼の強さの前に立ち尽くすしかない。これじゃまるで、あの時と一緒……。


 悔しさのあまり、胸が強く締め付けられる。自分の無力さに嘆くのが、こんなにも苦しいことだなんて知らなかった。自分が情けなく思えてきて、思わず唇をギュッと噛みしめてしまう。


 バルベスたちに襲われたあの日。私はキョウヤのために戦った。戦ったけど、私は何もできなかった。何もできなくて、みんなのことを羨ましく見てたんだ。ハヤマはバルベスに挑発的な態度で向かっていける度胸があって、時間稼ぎのために大げさに注目を浴びてくれた。セレナちゃんの風魔法がなかったら、キョウヤはあの時に死んでたかもしれないし、お調子者のヤカトルだって、危険な状態にあったジバに一人で向かって、食料や情報を集めてきてくれた。ミスラさんは言わずもがな、自分一人の力で私たち全員を助けてくれた。


 そして何より、絶体絶命のピンチでも、キョウヤは諦めずに戦っていた。私たちだけじゃなく、時間魔法で民たちも守って、最後には最上級魔法も初めて成功させた。本当にすごいよ。キョウヤがいなかったら、確実に私たちはみんなやられてた。ミスラさんも間に合わなかっただろうし、バルベスのやりたい放題になってたはず。


 結局、私が出来たことなんて何もなかった。赤目の彼を相手していても、私一人じゃ手に負えなかった。ヤカトルにも助けてもらったりしたのに、それでも彼を止められなかった。本当に、私だけ何もできなかったんだ……。


 目に涙が浮かび上がってくると、視界が真っ白に染まっていった。四つん這いに倒れ、目に映っていた試合場の土が、色塗り画用紙のように真っ白に。周りからも何も聞こえない。歓声を上げていた観客たちや、司会者の威勢のいい実況。そして、彼の声もなく、とうとう気配も感じられず。それだけ、物音一つない世界……。


 ――あれ? 本当に、何も聞こえない。


「アミナ!!」


 聞き覚えのある声が、私の名前を叫んだ。ハッとして私は顔を上げる。すぐに色が抜かれたかのような白黒な試合場が目に映ると、何も聞こえず、誰も動かない、静止した世界が広がっていたのに気づいた。目の前の赤目の彼も、騒ぎ散らしていた観客たちも、身動き一つ、瞬き一つすらしない。


 私だけ世界に取り残されてしまったような、不思議な光景。そんな中、私の目の前に何かが落ちてきた。銀色に光った小さなそれに手を伸ばすと、それは銀の平打ちかんざしだった。形が薄くて二本の足がついていて、円形の中にニリンソウの花を描いた簪。これは紛れもなく、バルベスに占領されたジバの前を通り過ぎた時に、私がキョウヤに貸していたものだった。


「次に頑張るのは、アミナだからね!!」


 背後からそうはっきりと聞こえてきて、私はまた顔を上げようとした。すると、白黒だった世界に色が広がっていき、次第に観客たちのガヤガヤ声もしてくると、止まっていた世界は瞬く間に元に戻っていったのだった。




「あれ? 今魔力の感じが……ってキョウヤさん? どうしたんですか、いきなり立ち上がって?」


「なんでもありませんよ。ちょっとだけ、感情的になってしまっただけです」


「珍しいですね、キョウヤさんが感情的になるだなんて。応援してるって大声で言わないとじゃないですか?」


 座ろうとするキョウヤさんにそう言ったが、私の提案は首を振って断られた。


「いいえ。思いなら伝えました。十分に、しっかりと」



 ――――――



「ねえねえ? そのあたまのやつ、なあに?」


「あたまの? これは簪だよ。髪をまとめられるの」


「へえそうなんだ。かわいいなあ」


「つけてみる?」


「いいの?」


「うん。私がつけてあげる」


「ホント? ありがとうキョウヤ」


 あの時、私は無邪気にはしゃいでたんだろうな。頭がきゅっとする感じが新鮮で、髪の毛に彩りがついた感覚が無性に楽しくて。あれから、どうしてこの簪を買うことになったんだっけ?


「――あ!?」


「ああ……壊しちゃったか」


「ご、ごめんキョウヤ! 私、ちからいれすぎちゃった!」


「ううん、気にしないでいいよ。同じもの、家にたくさんあるから」


「うえーん! 本当にごめーん!!」


「な、泣かないで。泣かなくても大丈夫だから。……そうだ、今度新しいの買いに行こう。アミナの選んだものを、私はつけたいな」


「グスッ、本当? それで、キョウヤは許してくれる?」


「もちろんだよ」


 昔から、キョウヤは優しかったなぁ。あの時の簪も、きっと高いものだったはずだよ。家に一杯あるからって、そんな高いものを壊しちゃったら、親にこっぴどく怒られちゃうだろうに。


 けれどキョウヤは、たとえそうだったとしても、また城から抜け出して、私の手を引いてくれたんだ。店にあった簪はどれも華やかで、可愛くて、とても綺麗なものだらけだった。宝石だらけかと思った私は感動して、それらを一つ一つ丁寧に見ていったんだ。子どもが入るにはちょっと場違いな、大人びた雰囲気の呉服屋さん。だけど私は、そこでキョウヤが手に取ったものに気を惹かれたんだ。


「あ……それがいい。それにしよう!」


「これでいいの?」


「うん。これがきれいだとおもう!」


 銀色の、花びらが八枚だけついただけの、結構簡易的なデザインの簪。そんな簪が、どうして当時の私をそんなに魅了させたんだろう。


「わかった。すみません、この簪、二つありますか?」


「ニリンソウの簪ね。二つありますよ」


「あれ? 二つ買うの?」


「そう。一個はアミナにあげる」


「ええ?! どうして?」


「アミナがつけると、似合いそうだなって思って。それに、その……」


「ん?」


「いつも一緒にいて、楽しくしてくれてるから、その、お礼、というか……ありがとうを、伝えたくて……」


 ――キョウヤ! と、幼い頃の私だったら、勢いよく抱き着いてたんだろうな。うん。絶対にそうしてた。だって私は、無邪気でいつもキョウヤを振り回してたんだもん。それをいつだってキョウヤは、笑いながら一緒にいてくれたんだ。


 ……。そう。一緒にいてくれた。いつだって、私はキョウヤと一緒にいたかったんだ。一緒に、同じ時間を、最高の友達と一緒にいたかったんだよ。


 だから、私は……。


 簪を強く握りしめ、地面につけていた手に力を込めていく。立ち上がらないと。立ち上がって前を向かないと。私が前を進まないと、キョウヤを引っ張れないから。


 グラグラと揺れる腕に棒を刺すようにピンと立たせ、ようやく片膝を立てる。私のことを信じてくれる人がいる。こんな私のために、簪を買ってくれる人がいる。その人のことが大好きだから、私は剣を取ったんだ。


 もう片方の膝も立てていき、そこに手を置いて、最後に残った気力でグッと体を起こし上げる。頭もちゃんと前を向くように上げると、そこでじっと私を待っていたフードの赤目に一言話しかけた。


「ちょっとだけ、いいかしら?」


 その言葉に、彼は一歩後ろに下がって、槍の刃を地面に軽く突き立ててくれた。私は空いている手で、ポニーテールにして結んでいるヘアゴムを取った。それを適当に胸元にしまっておき、簪を口に咥えて両手で髪の毛をねじるように回していく。もう、忘れたりなんかしない。私が剣を握った理由。一人で泣いていた彼女を守るって、あの時決めた決意を。


 十分に回し切った時、口の簪を手に持って一度髪の毛に挿す、団子を作るようにしてもう一回、そこから最後に止めるように一回挿して、肩に触れそうなぐらいの髪型を完成させた。そして、一回だけ深呼吸してから、ゆっくりと足下の刀を二本拾い上げていく。精神を統一させるようにゆっくりと。胸に刻んだ決意を、心の髄までしみこませるように。


 私は強くなる。負けないため。守るため。


 これからも、一緒にいるために。


「……負けない。絶対に負けられない」


「……それは、誰かのためか?」


「そうよ。大事な友達を守る。それが、自分で決めた使命だから」


「そうか。だがお前じゃ、俺は倒せない」


「あなたを超えなきゃ、私は前と変わらない。だから私は――」


 軽く膝を曲げながら、左の刀を前にして構える。そして、赤黒く染まった彼の目を真っすぐに見つめ返して、私ははっきりとこう言った。


「絶対にあなたを超える!」


「……精々足掻いてみろ、女剣士」


 彼は槍の刃を抜いて腰の裏に構えてみせる。どうせ勝てないだろうと信じているような顔。分からせてやるわよ! そう心の中で叫んでから、私は飛び出すように地面を強く蹴った。体をひねらせながら宙に浮き、二本の刀を重ねるようにして同時に振りかざす。その攻撃が槍の柄に阻まれたが、今までにないほど大きな、鼓膜に耳鳴りを残すほどの金属音が鳴り響いていると、すかさず私は左の刀を引きはがし、腹部めがけて突き出そうとした。


 彼の反応は素早く、すぐさま刀を押しのけて後ろに跳び退いた。それを追いかけようと、私はまた腰を屈めて走り出す。距離を詰め、一本の刀を振ろうとした時、頭上から槍が振り下ろされるのが映った。とっさにつま先でブレーキをかけ、自分の身を翻してみせる。そうしてくるりと一回転して攻撃をかわして、自分の攻撃を仕掛けようと二刀を振り抜くと、彼は慌てた表情を見せながら後ろに跳んだ。


「逃がさない!」


 無理やりに体を前に出し、それにつられるように両足を走らせていく。絶対に彼を超える。超えなければいけないから!


「っぐ!? どうして、ここに来て速さが!」


 交差させた二刀を腕を広げるように振り抜く。その途中で固い鋼に手が痺れるのを感じたが、私は構わず振り切ろうと力を入れていった。


「くっ! こんな、ところでえっ!」


 超える。超えてみせる。私は超えるんだ。


 限界を超えた先の、極限まで!


「はあああ!!」


 力いっぱい押し込んだ刀が、スパッと最後まで振り抜かれた。同時にフードの赤目は足を引きずって押されていき、その目も驚きの余りまん丸になっていた。今こそ好機! この勢いを途切らせないため、私はまた彼に向かって飛び込むように走り出した。


 目の前まで迫っては刀を振りかざす。彼は槍の柄を使ってそれを防いでは、同じように背後に飛び退いていく。それを私がまた追いかけては、攻撃を仕掛けて彼が防ぐ。そうして下がっては諦めずに迫っていき、たまに襲ってくる反撃を素早く避けては、両の手の武器を交互に振りかざしていく。幾度も幾度もそれを続いていくと、いつしか私は、ウサギのように飛び跳ね続けて彼を追い回していった。


「絶対に逃がさない!」


 たびたび鳴り響く金属音と、空を切るような感触の連続。常に風を切り裂いていいっては、嵐の海にできる渦潮のように、私たちは試合場を駆け巡っていく。絶対にこの刃を通すんだ。あの時の借りを返すために。今までの自分を超えるために!


 ――届け。届け。届け。


「届けえ!!」


 右手の刀を突き出した時、その刃がついに彼の手首をかすめた。彼の体から初めて黄緑色の光が輝くと、彼は大げさに体を背後に反り、バク転をして私から距離を取った。依然、私はお構いなしに追いかけていって、今の勢いをそのままに、畳みかけるつもりで右の刀を振りかぶった。


 けど、赤目の戦士はただでは終わらせてくれない。


「っく!」


 波打つような金属音が鳴り響くと、一本の刀が強くはじかれた。右腕が遠くに引っ張られていく。ぐっと引き直そうとする抵抗もできないまま、槍の刃がその隙を付つけこもうと払われてくる。


 形勢を変えたのに、流れは断ち切られて、このまま終わってしまう。そんなのってないよ!


 左の刀をグッと寄せて、槍の攻撃に合わせて頭を下げる。そうして頭上で火花が散っていくと、刀の上を槍の刃は滑るように流れていこうとした。「こいつ!?」と小声で驚く彼に、私は決意の固まった瞳で訴えかける。


 私は、絶対に負けないんだから!


 切り返しで突き出した右の刀が、後ろ跳びした彼を捉え損ねる。また逃げるのなら、追い続けるまで。キョウヤを守る、一番の友達であり続けるために。


 決して足を止めず、臆することなく神速のごとく追い詰めていく。流れは取り戻した。今が間違いなく最高速度だ。突き詰めた速さと、相手の反撃を許さない技術。私の実力はまだ道半ばでも、今この瞬間だけは譲れない。その思いで私は、右の刀を威勢よく振りかざした。


「っはあ!!」


 一瞬、彼の赤目が細くなったように見えた。すると次の瞬間、振りかざした攻撃はまた見事にはじかれ、今度は刀が手から離れていきそうになった。握りこぶしの中から、するりと抜けていこうとする。これを離してはいけない。離したら、ここまでの流れが止まってしまう。 振り続けてきた攻撃が、積み重ねてきた努力が、信じてくれる人の思いが、すべて無駄になってしまう。


「っにいぃ!」


 一度離れていった刀を、私は瞬時に逆手にして掴み直した。そして、その刀をそのまま地面に突き刺し、吹き飛ばされた勢いを殺し切る。そして、またズンッと地面を蹴り出して時計の針のように回っていって、一回転で十分に加速して、彼の顔面目掛けて強烈なキックをお見舞いする。


「っぶぉっ!」


 横に向かって大きくよろめいた赤目。今なら届く。そう確信した私は、地面に刺した刀を抜き取り、両腕を交差させて顔を下げ、片膝がギリギリつかないくらいに姿勢を低くした。


「私の、奥義!」


 キョウヤのために強くなる。その一心で、私は!


月花げっか二輪双にりんそう!!」


 一直線に飛び出していき、両腕を思い切り振り切りながら彼の体を通り抜けた。ほんの一瞬ながら、私の両腕に確かな感触が残る。その後ろでは、力なく片膝をついたような音が微かに聞こえていた。体が魔法の光で包まれているのだと、そう私は気づいた。


「やっと……追い越せた……」


 一匹の獣人の羽ばたき。その人が地面に降り立つと、会場に聞こえるようにこう叫ぶのだった。


「しょうしゃ! こっち!」


「決まりましたあ!! 逆転!! まさかまさかの大逆転!! これが、女王に仕える者としての意地! アミナ選手の底力です!!」


 壮大なストーリーを描いた能楽の、その最後に沸き起こるような盛大な拍手と歓声が、私の耳にドッと押し寄せてくる。超えたんだ。私は、あの時何もできなかった私を、やっと超えたんだ。


「……強かったんだな。こんなに」


 大歓声に埋もれながら、ラシュウの呟く声が聞こえた。私はちゃんと立ち上がって振り返ってみると、彼は突き立てた槍に支えられるように、立膝を立てて座り込んでいた。


「強かったんじゃないわ。強くなったの。あの時よりも」


 なんだか小さく見えるその背中に素っ気なく答えると、また彼の声が、さっきよりもはっきり聞こえてきた。


「今なら復讐できる。大事な友を傷つけた奴に、お前は報復できる」


 その言葉に一瞬目を見開いてしまう。けれど、すぐに二刀を元の鞘に納めて、呆れ顔半分に答えを返した。


「私は臣下よ。こんな祭りの中で、そんな物騒なことできるわけないじゃない」


「……後悔しても知らないぞ」


「しないわよ。それに、ちょっと皮肉だけど、強さを求めるきっかけになったのはあんたのおかげなのよ。だから、もうキョウヤを襲うようなことはしないでよね」


 私の言葉を聞くと、ラシュウはのらりと、ちょっと不気味な感じに立ち上がった。そうして私に振り返ってくると、槍を持たない手を顔を隠すように覆った。


「お前たちに伝えておく。……あの時は、悪いことをした。謝らせてくれ」


「え?」と、急なことに私は驚いてしまったが、すぐに彼の口から「それともう一つ」と話しが続き、彼はフードに手をかけた。


「お前なら、もっと強くなれるだろう。……俺を超えた、お前なら――」


 深い髪に紛れて、真っ黒に輝く何かが目に映る。それはもしかして、とうろたえてしまっている間に、ラシュウはさっさとフードでその目を隠して、私の横を通り過ぎようと歩き出した。隣から「誰にも言うなよ」と小声で呟いたのが聞こえると、彼は淡々とした足取りで試合場の出口に向かっていくのだった。

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