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8‐11 人を思ったところで、強さは手に入らない(ラシュウVSアミナ)

「フードの中に隠れた瞳。そこから覗いているのは、呪いが込められたまさかの赤目! 一介の傭兵、ラシュウ!」


 彼は開かれた扉をさっさとくぐり、試合場へと姿を見せていた。私はその場に立ち止まって深呼吸すると、胸に当てていた手を下ろして、重たく感じる足を上げていった。


「対するは、時の都ジバからの参戦! 女王を守りし臣下が一人。速さ極めし女剣士、アミナ!」


 ヒュー、という口笛混じりの歓声が、私たちを出迎える。前にはもうラシュウが中央で立ち止まっていて、私も高鳴る鼓動を感じながらそこまで歩いていった。



 ――――――



「こんなことってあるんだな、女王さん」


 ヤカトルさんが膝を使って頬杖をしながらそう呟くと、キョウヤさんも少し驚くような顔を見せていた。


「バルベスに雇われていた傭兵。ここで再び、顔を見ることになるとは」


 すぐに険悪そうな表情になったように見え、私は急いで口を開いた。


「あ、あの。その、お二人にこう言うのもなんですけど、その、ラシュウさんにも訳があったというか、その……」


 なんと説明していいのか分からなくなる。彼は決して私たちの敵ではない。中身を知れば、意外といい人なんだって。ただそれだけを伝えたいのに、何も言葉が思い浮かばない。ラシュウさんの正体の秘密とか、キョウヤさんたちの立場とかがあって、どう話しを整理すればいいのか私には分からなかった。


「分かってますよ、セレナ」


 キョウヤがすっと放った一言に、不意打ちを食らった私は「え?」とこぼしてその顔を見た。そこには、険悪に構えていた顔つきなんかではなく、しっかりと目を凝らし、試合場に出たラシュウさんたちから目を離さないように。そして、何かを強く信じるかのように。


「人が悪に染まる時は、何らかのきっかけがあるもの。私は、見定めることにします。本当の彼がどんな存在なのか。アミナの剣を通じて映る、彼の本当の姿を、私自身の目で」




 運命だと感じた。予選をギリギリで勝ち上がった時、あの日見たフードの彼が、同じ場所に立っていたのを。そして、トーナメントで選択枠の横に、彼の名前が埋まったのを。これを選ぶのが、私の運命だと、信じて疑わなかった。


 私は中央を挟んで彼の赤目を睨んでいると、そこに突然魔法陣と炎が浮かび上がった。実況の「まもなく開始です!」と大興奮な声も耳に入ってくる。私は魔法陣で霞んで見える赤目をじっと見つめ続け、一つ目の炎が消えていくのを音で感じた。あれだけ騒いでいた歓声はもう聞こえない。またふっと炎がかき消されるのを感じると、そこで私は右手を腰に回し、鞘に納めている剣の柄に触れた。そして、三つ目、四つ目も消えた時、もう一つの手を反対側に回し、そこにつけていたもう一本の剣に触れた。


 始まる。私と彼の戦い。私の、勝たなければならない戦いが!


 それらを同時に引き抜く。そして、外野の「開始!」という声と共に地面を蹴り出すと、私は消えた魔法陣を突っ切って二本の刀を交差させるように振りかざした。


「っはあぁ!」


 ――キン! と甲高い音。そして、押し切れない力が腕に跳ね返ってくる。私の二刀流は、黒光りの槍の柄に阻まれていて、彼は真っすぐ縦にそれを構えたまま、私を威圧するように頭上から強く、片目だけとは睨みつけていた。それに負けじと、私も彼を睨み返したまま両腕に更なる力をかけていく。


「……随分と荒っぽい戦い方だな」


 槍と刀の間からカタカタと震える音を聞きながら、彼はそう話してきた。


「負けられないもの。私はあなたに、負けるわけにはいかないんだから!」


 感情がこもってそう強く叫ぶ。なんとかして押し切ろうと力を入れ続けるが、不意に腕が槍に押されるように頭上に持っていかれると、私の刀はあっけなくはじかれてしまった。しまった!? と体がのけぞっていく。その隙を狙おうと、彼が立て続けに槍を正面から突き出そうとするのが見えると、私は強引に腕を戻して二本の刀で攻撃を受け止めようとした。槍の刃が交差した剣の焦点にぶつかってくる。同時に、大きな岩が転がってきたような衝撃が伝わった。


「っくっきゃあ!?」


 強すぎる衝撃に体が吹き飛んでしまう。背中から倒れそうになるのを耐え、地面を引きずる両足をしっかりと踏ん張らせ続ける。勢いが切れかかった最後に、ぐっと体重を入れて勢いを殺し切ると、私は両腕の交差を解きながら詰まっていた息を「っぷはあ!」と大きく吐いた。強い。これが赤目の力。でも、負けるわけには……。


「お前じゃ俺には敵わない。早々に、降参したらどうだ?」


 顔を上げ、生意気な口を利いた彼を凝視する。槍を片手に持って、門番のような体勢でいるのにも腹が立った。


「私を舐めてるわけ! 誰が降参なんてするのよ!」


「怒りは力にならない。人を思ったところで、強さは手に入らない」


 もう、なんなのよあいつ! 苛立つ私に対して、とても冷静な一言。ピキッときてしまった私は、考えるよりも先に走り出し、両足で飛んで二本の刀を重ねるように頭の横から振り下ろした。それを、素早く後ろに下がっただけで避けられると、私は怒りに身を任せたまま彼を追っていった。


「勝つわよ! 勝ってやるわよ! あなたなんかに、負けたりしないんだから!」


 両方の刀を一心不乱に振り続ける。ビュン、と空を切るほどの速さで、立て続けに何度も。それなのに、フードの彼は後ろに下がりながら、全部の攻撃をいとも容易く避けていってしまう。


「っつ! 必死に努力してきたのよ! 稽古も毎日欠かさずやってきた。ミスラさんからの指導で、二刀流の戦い方だって教わった。あの日から、あの日からずっと――」


 どうにかして当てようと、躍起になった時、左の刀を横に振ろうとした。けれど、その手首を彼はパッと強く掴み、そこから動けなくさせてきた。中の血管が止められそうなほどの強い怪力。どうやっても離せそうにない。


「俺とお前じゃ、天と地ほどの差がある。さっさと降参しろ、時間の無駄だ」


 ギッと目つきを変えて、私はもう一方の刀を突き出す。それも彼は手を離しながら、くるりと避けてしまうと、またさっきと同じように槍を突き出してきた。掴まれていた左手は痺れていて、右手は今突き出したばかり。体を捻ることしたできなかった私は、左肩にピリッとした刺激が伝わってくるのを感じるしかなかった。


「っう!」


 大急ぎでその場から飛び退いて、肩を抑えながら数歩下がって彼から距離を取る。パッと肩に受けた傷を見てみると、どうやら傷跡は薄かったようで、魔法の輝きは小さなものだった。


「最初に攻撃を当てたのはラシュウ! アミナの連続攻撃を軽々かわし、余裕の一撃を命中させました! 力の差を示すかのような戦いぶりに、会場は大興奮です!!」




「……アミナさん、厳しいでしょうか」


 会場中から湧き上がった歓声を聞きながら、私はそう呟いた。この参加者専用のスペースは、予選が終わった後に帰った人が多かったのか、空いてる席がちらほらと見えており、大きく騒いでる人も少なかったせいで、次に呟いたキョウヤさんの声が私の耳に入ってきた。


「いつもと雰囲気が全然違う。いつだって前向きで元気なアミナが、あんなに怖い顔をするだなんて……」


 それにヤカトルさんが冗談混じりに返す。


「お友達さんを傷つけられたのが、どうしても許せないんでしょうね。いやあ、素晴らしい友情じゃないですか」


「友情……私のせいで、アミナがあんな顔をしていると?」


「そうだと思いますよ。随分と仲良しじゃないですか、女王さんとあの剣士。中々いないと思いますよ、面と向かって大事な人だって口にできる人は」


 ヤカトルさんは当然だろうというような、自慢げな顔でそう言い切った。キョウヤさんはそれに渋い顔をしてしまう。


「……私には分かります。今あそこに立っているアミナは、決して私のために戦おうとしているアミナじゃない」


 深く考え込むように呟かれた言葉に、ヤカトルさんが「じゃなんなんですか?」と聞き返した。キョウヤさんは静かに顔を上げ、試合場で剣を振り続けるアミナさんを眺める。歯を食いしばって、とても辛そうに攻撃を繰り返す顔をしっかりと。


「……悔しさ。悔しさに支配されて、周りが見えなくなってしまっている。自分がここに来た目的も。剣を握るために抱いた志も。すべてが、見えなくなってしまうほどに」




 同じ方向から両腕を同時に振り切る。それもまた甲高い音と共に阻まれてしまうと、彼は槍をグッと押し返してきた。私の腕は押しのけられ、豪快な勢いに思わず片足も上がってしまう。そうしてまた無防備を晒してしまうと、槍の柄が私の頬を強くぶってきた。ドスッと鈍い音と衝撃。中の歯と骨が軋む感触も感じると、私は男の人に殴られたように地面に倒れ、勢い余って五回転ぐらい転がっていく。


「ッケホ! ッケホ!」


 咳込みながら急いで立ち上がろうとする。ふと、視界に映っていた光が人影に覆われた。すぐそこで槍を振りかざそうとした彼から、私はとっさに横に転がってその刃を避ける。膝を立ててから立ち上がっていき、体勢を立て直す。その間にも敵が目の前まで迫ってきていると、薙ぎ払いの攻撃を二本の刃で受け止めようとした。


「っぐ! 急に攻撃的ね、っく――!」


 一度は食い止めた槍が、力ずくで最後まで振り払われる。反発して私の体はまた地面を引きずってしまうと、彼は再び間合いに入り込んで、槍を刺すように突き出してきた。さっきと同じ、巨岩のような威力。二本の刀で防ぐのが精一杯で、私は更に吹き飛ばされてしまうと、背中から壁にぶつかったような衝撃が伝わった。


「追い詰められてる!? っは――!」


 前から脱兎のごとく走ってくる彼に気づき、構えていた槍の刃をかろうじて横に転がって避けた。怒涛の勢いで攻め始めた彼が、壁の手前で急停止する。私は次が来ると警戒していると、彼はゆっくりと背後に振り返って私を見てきた。真っ赤に染まった、高圧的な睨み。気がつくと私は少しだけ後ずさりしてしまっていて、彼から離れようとしていた。


 どうして下がるの? 彼の殺気に満ちたような、今まで感じられなかった勢いに物怖じしたから? 怖くなって逃げないとって思ったから? 私は、勝てないかもって思っちゃったの? 私の意志と体の行動が一致していないのを、どうしてと喚いてしまう。それに怒りが込み上げてきて私は強く歯ぎしりした。


 ――だったらこれで!


 左の剣を右の腰に納め、一本の刀を両手にしっかりと握る。そして、片足をぐっと限界まで引いて姿勢を低く低く、獲物を狙う虎のように低くして構えた。


春草しゅんそう……突撃!!」


 ガサッと音が鳴るほど地面を強く蹴り、風になるような勢いで体を飛ばしていく。そして、握ったこの刀で彼の首を一瞬で捉える! そのつもりで、腕を振り切った。それなのに……耳にキーンとつんざく音が響いては、私の刀は彼の槍によって、はるかそらまで舞い踊っていってしまった。


「――足掻くのは、何よりも無意味だ」


「ウソ!? っつ――!」


 まもなく振り下ろしてきた槍の刃に、とっさの判断でもう一本の刀を抜き取る。上からの攻撃に頭上で横に構えた防御でなんとか受けきったが、その槍の刃が流れるようにもう一度頭上に持っていかれると、今度は斜めになるような一振りをお見舞いしてきた。それも受け流したら今度は横から。上から。また斜めの角度から。クルクルと武器を回しながら踊る、舞踊のような華麗な動きで、フードの赤目は私を追い詰めてくるのだった。


 洗練された動きに、全く隙は見当たらず、私は刀をはじかれては、またすぐに次の攻撃を防ぐしかなかった。そうしておよそ十連撃目。怒濤の攻撃を繰り返してきた彼は、最後の攻撃だと言わんばかりに両足で軽く飛び上がりながら斜め切りをかましてきた。槍の見た目には似合わない重量感。まるで、縄で自分の刀が持っていかれるように体勢を崩してしまうと、彼はまた飛び上がって、私の胸を強く蹴り飛ばした。


 途端に肺がきつくなる感じがして、息が不自然に切れてしまう。おまけに強い蹴りに耐えきれず、両足が宙に浮いてしまった私は、勢いを殺すこともできず、ただ背後の石壁に体を強くぶつけるしかなかった。


「ったは!!?」


 背中からの衝撃に、スカスカな声が出てくる。拍子に両ひざが地面に崩れ、片手もついてしまうと、背筋に骨が割れそうな、キシキシとした痛みを感じながら、私は無呼吸から必死に空気を吸い込んで意識を保とうとした。


「っはあ、はあ、ったはあ、はあ、っあはあ……」


 呼吸が整わない。どうして? どうしてなのよ? 私の体なのに、どうしていうことを利かないのよ!


「……最後の忠告だ。お前は俺に勝てない。もう降参しろ」


 前まで歩いてきた彼に、私はそう通告される。私は倒れそうな体勢のまま、顔だけを上げて彼の赤目の見た。


「はあ……嫌よ。私は、絶対に、降参、なんか……」


「……弱い物イジメは俺も嫌いだ。降参しないのなら、さっさと立ってみせろ」


 そう言って、彼は予め拾ってきていた私の刀を投げ捨ててきた。私はヨレヨレと震える腕を伸ばして、その刀をしっかりと握り取る。そうして言われた通り、意地でもその場に立ちあがろうと試みた。腕がガクッと折れかかっても、背中の痛みに泣きそうになっても、なりふり構わず私は、ボロボロの体に鞭打って、なんとか、立ち上がろうと――。




 ――力で勝てないなら、速さで戦え。速さで勝てないなら、技術で戦え。


 ミスラさんの言葉が思い浮かぶ。それは、私が刀を二本握るきっかけとなった言葉だった。ミスラさんとの手合わせを繰り返していくと、長い手足のリーチとか、それを活かした体重での押し込みとかに負ける場面がとても多かった。ミスラさんが特別大きいっていうのもあったけど、女である以上、それを実感する経験は今までにもあった。


 速さを求めるために刀の振りを極め、技術を求めるために手数を増やせる二刀流を極めた。そうして私は力をつけていった。新しい力を。今までとは違う、新しい強い力を。


 そう。極めたの。全部全部、頑張って極めたのよ。それなのに……。

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