8‐10 一体、彼は何者なんだ?
「やったあ! やりましたやりましたあ! ハヤマさんが勝ちましたあ!」
思わずその場に立ちあがって、私は腹の底から歓喜の声を上げてしまう。拍手する手が止まらない。まさか本当に勝ちあがってくれるなんて、なんだか夢を見ているような気分だ。
「嬉しそうね、セレナ」
隣でキョウヤが微笑ましくそう言ってくると、私は嬉しさに心を躍らせるまま、ストンと座りなおる。
「もちろんですよ! 昨日頑張ってたバック宙が成功して、綺麗な反撃でしたもん。嬉しくないはずがありません!」
「手伝っていたのって、そのバック宙の練習にですか?」
「そうです。ハヤマさんが飛んだタイミングで、私が土魔法で足下の地面をなるべく柔らかくしてあげたんです」
「なるほど、クッションを作って練習の手助けを」
キョウヤさんが感心してくれると、反対側からグレンさんの声が入ってきた。
「土魔法で回避の練習か。俺もレイシーに頼んでみようかな」
首をひねるグレンさんにフォードさんが口出しする。
「止めとけ。お前が回避術なんて身に着けても、どうせ誰かを守るために突っ走るんだ。盾で防ぐだけで十分だよ」
その言葉にグレンさんは苦笑してしまうと、司会のアガーさんが祭りを進行させた。
「さあ。興奮冷めやらぬ空気ですが、トーナメントはまだ始まったばかりです。次の試合も大いに期待しましょう!」
先に退場していたハヤマさんとお父さんに代わって、試合場に新たに二人の人間が現れる。そのうちの一人に、私は目を奪われた。
「一回戦第二試合。片方の男はそう、さきほど魔法大会で最強の名を手にした男。アマラユ!」
「あの人! 魔法大会にも出ていた!」
私は声を荒げてしまうと、フォードさんも顔をしかめていた。
「魔法最強が、武術の心得もあるってか。まったく、嫌な奴だよ、あいつは」
「対するは――」と、アガーさんがその相手となる、上半身の筋肉を晒した狐の獣人さんを紹介していく。最後に「ラーユ!」と名前を大きく叫ぶと、中央で向き合った二人の間に、試合開始を告げるための魔法陣と炎が浮かび上がった。
「俺と同じ魔法剣士か。だけど、魔法をなしに予選を勝ち上がるのは、決して簡単なことじゃない。一体、彼は何者なんだ?」
グレンさんが少ない情報に彼を詮索する。私は試合場に目を向け直すと、残りの炎が三つに鳴った時、アマラユさんは、魔法大会の時には持っていなかった腰の鞘から、刀身が深紅の赤に染まった剣を抜き取った。
「さあ。両者共に武器を取って、一回戦第二試合、今、開始です!」
最後の炎と共に、中央から魔法陣がふわっと音もなく消える。開始後すぐに聞こえてきたのは、ラーユさんの若干甲高い声だった。
「おいお前。アマラユとラーユって、名前が被ってんだよ。だからこれに負けたら、名前変えてもらうからな!」
自分の持つ剣の先を向けながらそう叫ぶと、アマラユさんは薄ら笑いを浮かべた。
「ッフ。私が負けるとは思わないが、まあいいだろう」
「言ったな。よし。そんじゃ……」
ラーユさんの姿勢が前かがみに傾いていく。腰の前で剣をがしっと両手で掴むと、「覚悟!」という言葉と共に試合は動き出した。
――――――
「っはあ……今でもなんか信じらんねえや。自分が本選で勝てたってのが」
自分の控え室を目指しながら、俺は一人そう呟いた。それもそのはず、つい最近まで現世で自堕落な生活をしていた引きこもりが、異世界に来て想定外の才能に目覚めようとしているのだ。
あの時、初めてカルーラと一騎打ちを申し込まれた時。俺は彼女の華麗な回避に唖然とし、見事に隙を晒して負けてしまった。予想外の動きに人はつい動けなくなってしまうものだったと、あの時感じたことを試してみたのだが、まさかこんなに成功するとは。俺に戦闘の才能があるだなんて、元いた世界でどうすれば気づけただろうか。神様がいるのなら、生まれるべき世界を間違えていると訴えてやりたい気分だ。
「まあ、神様は信じてねえんだけどな」
興奮冷めやらぬ気持ちのまま、再び独り言をポツリ。ふと、歩いている通路の前から人影が見えると、そこには本選トーナメントと関係ないはずのネアがいた。
「あ、ハヤピー!」
「ネアか。……って、お前ここにいていいのかよ」
「うーん、まあバレてないから多分大丈夫だよ」
「バレてないからって……。まあ、迷惑になるようなことはするなよな」
「分かってるよー」
駆け寄ってきたネアが、あざとく首を曲げながらそう言ってくる。この様子じゃ、彼女の目的は大方残りの二人だろう。
「ラシュウとユリアを探してるのか?」
「うん。ネアは予選で負けちゃったから、二人を応援したいなって思って」
「観客席があるだろうに……。まあいいや。ところでネアはどうやって負けたんだ? 強い人に無謀にも挑んだのか?」
「ううん。相手を崖際まで追い詰めた時に、最後の一押しだ! と思って突っ込んだんだけど、それを避けられちゃって……」
「ああ……」と言いながら頭の中で想像してみる。崖際まで追い詰めたネア。えい! と飛び出した攻撃が避けられて、そのまま「おっとっと」と勢い余って落ちていく光景。うん。想像するに容易い。最後の「だはっ!」というところまで脳内再生できる。
「まあドンマイだな。その分、二人が頑張るだろ」
「うん! ネアもそう期待してるよ」
切り替えの早い奴だ、と心の中で思いながら、ラシュウとユリアの控え室がどこだったか思い出そうとする。そうして通路の奥に目がいった時、そこからミスラさんが犬の獣人について歩いてくるのが映った。
「あ、ミスラさん。久しぶりです」
つい緊張で体がこわばってしまう。ミスラさんは俺の挨拶にうなずいてくれながら、俺たちの隣まで歩いてきて足を止め、端的に一言だけ聞いてきた。
「勝てたのか?」
「あ、はい。ミスラさんのおかげです。あの稽古から学んだこと、というか体が覚えたこと。色んな場面で役立ってるんですよ」
心の底からの感謝を伝えるように、俺は丁寧にそう喋っていく。それにミスラは「そうか」とまたうなずいてくれると、係の人に続いていこうとまた歩き出した。それに俺はこう聞く。
「もしかして、もう試合ですか?」
「第二試合が終わったらしい。次は私の番だ」
「そうですか。頑張ってください、ミスラさん」
そう口にすると、ミスラさんは振り返ることなく歩き続けていった。通路の曲がり角を進んでその姿が見えなくなると、俺はある事実に一言呟くのだった。
「もう第二試合が終わったのか。さっき彼らとすれ違ったばかりなのに……」
――――――
「てめえ……何しやがった?!」
試合場への扉が閉められると、狐のラーユは鋭い睨みと共にそう聞いた。それにアマラユは、素っ気ない態度で答える。
「何って。何もしてないさ、私は」
それだけ言ってその場を去ろうとするアマラユ。怒りに満ちていたラーユはとっさに腕を伸ばし、彼の行く先を塞ぐように壁を叩いた。
「とぼけるつもりか! あの時何をしたか教えろ。お前みたいな華奢な人間が、俺の自慢の筋力に剣一本で抑えきるなんてあり得ねえだろ!」
アマラユは彼ではなく、通路の先に目をやったまま口を開く。
「攻撃を防ごうと君の剣を止めた。そして剣を払いきり、無防備な体に止めを刺した。それだけだよ」
「それだけだあ? 嘘つけ、そんなわけあるか!」
「事実がそうなんだから、そう言っただけなんだが……」
アマラユの目が、通路の奥を確かめるように瞼が動く。扉を閉めたウグーは、既にこの場にはいない。
「それより、さっさとこの手をどかしてくれないかな? 早く休みたいんだが」
「うるせえ! 本当のことを言いやがれ! 一体何をした!」
「本当のことならもう喋っている」
「納得いくかそんなもん! ここまで言って言わねえなら、今ここで剣を抜きやがれ。それで証明してみせろ!」
「……そうか。証明すればいいんだな?」
そう言ってアマラユが右手を動かす。その手は、腰の剣ではなく、そのままラーユの体にへと伸びていった。
――――――
僕の名前はポチ。パンダの獣人だ。
今日は四年に一度の祭典、スレビストコロシアムで行われる決闘祭りに参加している。前回も祭りに参加していたが、その時は実力足らずで予選落ち。こんなに激しいものだとは思っていなかった。だからこそ、僕は今日まで修行を積んできた。体つきも大きくなったし、筋肉もついた。愛用している籠手も新調してきて準備は万端だ。万端だった、はずだったんだけど……。
「ポチさーん。案内しに来ました」
係の獣人が、個室の前で俺の名前を呼んできた。とうとう順番が回ってきたと、僕は個室から出ようとする。
「はーい、ヒッ!?」
あまりの存在感に思わず情けない声がこぼれた。係の犬の獣人の後ろにいる、生きる時代を間違えてるような存在感。いやあ……いつ見ても怖いよあの人。だって目が真っ赤だし。背もでかくてがたいもすごいし。ていうか後ろに担いでる剣、でかすぎじゃない? まさかあれ使うの? あれで僕と戦うの? ヤバくない? がたいのよさで気づきづらいけど、僕と同じくらいの大きさじゃないの、あれ?
「ポチさん?」
「あ、は、はい! 今行きまあす!」
とりあえず行かないと。折角予選を勝ち上がれたんだし。ていっても、この人から逃げてるだけで、勝手に数が減ってただけなんだけど……。というか圧力すご! 横歩いてるだけで僕の毛が逆立つんだけど! なんなのこの人!?
「あ、す、すすすみません。忘れ物してきたんで、急いで取りに行ってきまあす!」
やばいよやばいよ、思わず逃げ出しちゃったよ。怖すぎるもんだって。近づきたくないよ本当。と、とりあえず個室に戻って落ち着こう。うん。そうしよう。
「ポチさん、大丈夫でしょうか? ま、とりあえず先に行っときますか」
ポチがいなくなった後、係の獣人は先にミスラを案内しようとした。だが、試合場とを繋ぐ扉の前まで来た時、係の獣人は「あれ?」と呟きながら、そこに倒れていた人物に駆け寄っていった。
「ラーユさん!?」
削れた壁を背にしてぐったりと倒れていたラーユ。それはまるで、誰かに壁にぶつけられてやられたような様子だった。それに係の獣人は慌てる中、ミスラは冷静に膝をついて彼の首元に中指と人差し指を一緒にして触れ、脈を計り始める。
「……生きている。気絶しているだけだ」
「そ、そうなんですか。よかった……じゃなくて、修道士さんを呼ばなきゃ」
係の獣人が急いで通路を戻っていく。その途中、分かれ道となる曲がり角で誰かの前を横切ると、そこからポチが不思議そうに顔を出してきた。
「あれ? 大急ぎで一体なにを……ヒイッ!?」
なんで? なんで人が倒れてんの? 壁えぐれてるし。あの人もなぜかぐったりしてるし。ッハ!? まさか、まさかあの人。とうとうやっちゃった? ねえやったよね? やっちゃったよねあれ? あんな目で見てるんだもん。間違いないよね。って、ヒッ!? とうとうこっち見た!
何? 今度は俺なの? 俺やられるの? あの目はやるよね? 絶対そういう目だよね?
「修道士さん。今連れてきました!」
横を通り過ぎようとする係の獣人の腕を、僕はすぐさまに掴んだ。
「降参! 降参します! 僕の負けでいいです! だから! だから次の試合はナシにしてくださいぃ!」
――――――
「ええ~ここでお知らせが一つ入りました。続いての試合である第三試合。ミスラ対ポチの試合ですが、ポチ選手が棄権したとのことで、第三試合はミスラ選手の不戦勝となりました」
アガーの報告が会場全体に届くと、観客は期待を裏切られたことで残念そうな声を上げていた。突然のことに私も少し驚いてしまう。
「本選を棄権するなんて。何かあったんでしょうか?」
それにヤカトルさんが「ミスラと戦うのが怖くて逃げたのかもな」とわざとらしく言ってくる。
「そんな。ヤカトルさんじゃありませんし、そんな訳はないですよ、多分」
「まあ、この祭りに出る奴らに限って、そんなことはないか」
そう納得する素振りを見せるヤカトルさん。ミスラさんの活躍は見れなくなってしまったが、すかさず司会が次の試合を促すのだった。
「まさかの展開となってしまいましたが、切り替えると同時に、第四試合にいきましょう!」
――――――
「……あ、ラシュウだ」
俺の背後を見つめながら、ネアがそう言った。振り返ってみると、確かにラシュウがウグーに連れられて歩いていたが、その隣にもう一人の姿が見えると、駆け出そうとしたネアの腕を掴んだ。
「っと。ハヤピー?」
何も事情を知らないネアに、俺は首を振ってからこう話す。
「二人の間に水を差すのは野暮だ。特にあいつにとって。友達を傷つけられた、あいつにとってはもとな」
そう言って俺は、試合場へと続く大きな通路へと曲がっていくアミナを、横顔が見えなくなるまで見つめ続けた。
ちゃっかりジバで登場したキャラクターの挿絵を追加してたりしてます。気になる方は二章四節からどうぞ。