8‐9 墓場までごり押しアタックじゃ!!(グルマンVSハヤマ)
試合が始まった瞬間、グルマンはすぐに斧を持ち上げながら走ってきた。
「うおおお!! 変態死すべえぇし!!」
頭上に振られる斧。その刃の向きをしっかり見極め、俺は横に足を動かす。
「グルマン村長! さっきまでの話しは一体なんだったんですか!」
「んなもん! 始まるまで自分を抑えていたに決まっとるだろうがあ!」
「えええ!? 互いの覚悟を語り合うみたいなあれじゃないんですか?!」
「んなわけあるかあ! たわけがあ!」
怒りに満ちた斧が、空という空を切り裂いていく。道理で戦うまで静かになっていたはずだ。なんと分かりづらい。グルマンの攻撃が続いていると、豪快な横振りに腹をへこませながら大きく飛び退いてみせる。
「ああもう! 相変わらず滅茶苦茶な人だな!」
「うるせえ!! 娘がお前のせいであらぬ姿になっているのを想像してみろ!!」
「だから何もしてませんって! 誤解です!」
「嘘つけえ!!」
オーバーに振られてきた斧が、ガツンと地面の土に刺さる。かろうじて俺は身を翻してその場を離れていると、武器を持ち直そうとうするグルマンにすぐ体を向け直した。
「小僧……許さんぞ小僧……ワシですら娘のデリケートゾーンは久しく見ていないというのに、貴様という奴は……」
確かな怒りを持った殺人鬼が、のらりくらりと迫ってくる。なんだかさっきより話しが膨らんでいる。
「待ってくださいグルマン村長。勘違いが行き過ぎてますって!」
「勘違いだとするなら! ワシの目でも覚まさせてみろってんだ!!」
懲りもせず振られてくる斧。次の縦振りをウサギのような横っ飛びで避け、流れでくるりと一回転して距離を測ると、俺はやっと腰のサーベルを引き抜いた。
「もう分かりましたよ! 俺が勝ったら誤解だと認めてくださいね!」
「上等! 万が一にでもあり得ないがな!!」
グルマンはなんの躊躇もなく斧を振り続けてくる。まるで聖属性魔法なんか関係なく、本当にここに墓場を作らんとする勢いだ。上から右から斜めから。全身銀に包まれた斧はとても重そうに見えるのに、そんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりの猛攻撃が続いた。
「ちょこまかちょこまかと。避けることしかできん小童があ!」
「っき! これでも、こっちは必死なんですよ!」
守ることを知らない蛮族のような暴れっぷり。無尽蔵な体力が備わっているのか、もう何度も振り回しているのに、彼の額には汗一つ浮かんでいない。おまけに、さすが予選を実力で上がったからか、攻撃は単調でも動きに無駄がない。おかげでこっちが避けきったタイミングと、グルマンが再度踏み込んでくるタイミングが重なり続けている。この乱暴な刃を見切ることができても、俺が攻撃に転ずることができないのだ。
「ッチ! やっぱり攻撃が苦手なのがきついか!」
「避けて避けて避け続けて! それで貴様は反撃できない。一方的とは、これほど愉快なものなんだなあ小僧!」
こんな広い試合場で、熱いぶつかり合いもなく、ひたすら一人が逃げ続けているのは、さぞ退屈な絵面が続いていることだろう。だが、リング内のウサギを狙う狼は、至極悪趣味な笑みを浮かべている。もはや彼は、この状況を楽しみ始めている。
どこかで切り返しのチャンスを見出さなければ。苦手だろうが何だろうが、敵の間合いに入っていかなければ勝利はない。恐れてばかりでは、俺の誤解は一生解けない。
どこだ。どこに隙がある。
一体どこに――
「っつ!?」
頭上から迫ってきた斧に対し、左足を引いて体をそらしたはずなのに、左手の甲にピリッとした痛みが走った。同じ周期で回り続ける歯車のように、一定に保っていた集中力がプツンと切れてしまう感じがして、どたどたと後ろに数歩下がってしまう。自分の左手を見てみると、手首に届きそうな一筋の切り傷が、丁度黄緑色の光と共に治りかけていたところだった。
「マジかよ」
「やっと一発かすったようだな小僧」
ざまあないぜ、というような顔でグルマンが近づいてくる。急いで俺はサーベルを構えて牽制すると、間合いに入る一歩手前でグルマンは足を止め、銀の斧を教鞭のように、片手の平でカツンカツンと揺らし始めた。
「お前にいいことを教えてやろう。攻撃ってのはな、当たるまで振れば当たるんだよ」
「せ、世間ではそう言うのをごり押しって言うんですよ」
「まさにワシのためにあるような言葉じゃないか? ええ?」
「そ、そうですね。暑苦しいグルマン村長にピッタリですね……」
「よろこべ小僧。ワシの十八番を貴様に味合わせてやる。名づけて、墓場までごり押しアタックじゃ!!」
カッと目が見開かれた瞬間、グルマンはどっしりと重たい一歩を踏み出し、斧を両手に振りかぶってきた。
――――――
「防戦一方だなハヤマ」
隣でグレンさんがそう呟く。お父さんとハヤマさんの一騎打ち。幾度となく襲ってくる斧を避けていく彼の姿を、私は観客席で、キョウヤさんとヤカトルさん、グレンさんとフォードさんと一緒に見守っているのだった。
「お父さん、いつも以上に血の気が多いよ。あれだけ誤解だって言ったのに、もう全く話しを聞かないんだから……」
ほとほと呆れながら私はそう口にすると、ヤカトルさんがほくそ笑んできた。
「ハハ。溺愛のお父さんを持つと、色々苦労してそうだな。けどその代わり、実力はちゃんとあるみたいだし、このままハヤマが追い詰められて終わるんじゃないのか、この試合?」
「そ、そうなんでしょうか。さっきも攻撃を避け損ねていましたし、本当にこのまま――」
そう言った時、お父さんの斧がハヤマさんの脚の脛をかすめた。その部分だけが聖魔法の効果で光り出すのを見て、フォードさんが喋る。
「二度目の軽いダメージ。次に同じようなダメージを受けたら、全身が光り出してもおかしくないな」
「え? もうそんなに危ないんですか?」
つい反射的に私はそう聞いた。
「リジェネレーションは見た目以上に効果を発揮しているからな。軽いケガだとしてもそれを完治させようと働くから、思っているよりも倍の効果が発動しているんだ。仮に次の攻撃が致命傷だったとしたら、軽く傷跡が残るかもな」
「とっても危ないじゃないですか!」
「それがルールだから仕方ない。これは決闘祭り。賞金と名誉をかけた、命知らずの者たちが集まる祭りだ」
きっぱり言い切られてしまうと、私も返す言葉を見失って試合場に目を運んだ。歯止めの利かないお父さんの攻撃を、一つ一つ冷静にかわしていくハヤマさん。その様子に固唾をのんでしまうと、キョウヤさんの声がすっと耳に入ってきた。
「セレナは、どちらに勝ってほしいのですか?」
「え?」とまた反射で首が動く。
「自分を育ててくれた父親様と、自分の旅に付き合ってくれているご友人。セレナは、どちらに勝ってほしいと思っていますか?」
「私は……」
それは、私にとって究極の選択だったのかもしれない。口を閉じながら、頭の中に二人とのことを思い浮かべていた。ちょっと行き過ぎたこともしちゃうけど、それでも私や村をずっと守ってくれていたお父さん。それに対してハヤマさんは、出会ってからまだ二ヶ月程度しか経ってなくて、お父さんみたいにかっこよく守ってくれたりとかはできないし、たまに出てくる卑屈オーラも、正直面倒だって感じてる。けれど昨日、武術道場でハヤマさんは……。
「……私、多分両方に勝ってほしいんだと思います」
「両方、ですか?」
意外そうな顔をするキョウヤさん。ヤカトルさんも笑いながら「おいおい、二人勝ち上がりはどうやっても無理だろ」と言ってきたが、私は自分の意見を曲げなかった。
「分かってます。けれど、どっちにも頑張ってほしいんです。お父さんはまあ、勘違いであんなに怒っているんですけど、けどそれも、私を思ってくれてのことですし、後でしっかり言えばちゃんと伝わるって信じてます」
「なら、ハヤマに勝ってほしいのはどうしてですか?」
キョウヤさんの目が向けられると、私は一度顔を伏せて、左手首についている銀の魔力石ブレスレットを親指で触ってみた。
「昨日、とある武術道場でずっと、ハヤマさん頑張ってたんです。自分の可能性を知りたいって言って、できるかどうかも分からない無茶を一日中」
「……そうですか。努力している人が隣にいると、応援したくなりますよね」
「はい。私も手伝ってあげた分、その努力が実らないかなって思っちゃうんです」
「努力ね……」とヤカトルさんが両手を頭の後ろに回すと、横からグレンさんが口を挟んできた。
「ハヤマはまだ何か隠してるってことか。何を手伝ってあげたのか、気になるな」
「とある回避術ですよ。体全体を使ったアクロバティックな。もしかしたら、グレンさんとかでも難しいかもしれないです」
「へえ。それは見てみたいな。この試合で見せてくれないかな」
そう言って試合場に目を戻したグレンさん。私もつられながら視線を戻す。そこで中央で一呼吸置いているハヤマさん。その顔は小さくとも、まだ真っすぐに立ち向かう目をしているのが見えると、私は自信を持ってこう言った。
「見れますよ。ハヤマさんならきっとできます。今だって、きっとその時を伺ってるはずですから」
――――――
――ふう、っと一息ついて、間合いから少し離れたグルマンを眺め続ける。もう五十回くらい攻撃を避けたんじゃなかろうか。俺は結構息が荒くなっているというのに、あれだけ暴れ回った彼は未だに息を切らしていない。意外と化け物じみた戦士だったということに今気づく。
「当たるまで当てる。墓場までごり押しアタック。次で終わりにしてやるぞ小僧」
「……そうですか。それもそうですね。次で終わりにしましょう。俺も、勝負に出ますよ」
俺はずばりそう言い切ると、グルマンは一瞬拍子抜けしたような、教鞭のように打っていた斧も止めていた。それだけ予想外の返しだったのだろうか。そう察していると、グルマンは大きな笑い声をあげた。
「ガッハッハッハッハ! そうか小僧! やっと死ぬ覚悟ができたようだな!」
挑発的な言葉に俺は黙ったまま腰を落とした。サーベルを持つ手に力が入り、少しの間だけ目を瞑って心の準備を整える。特訓の成果を披露するための覚悟はできた。次に仕掛ける攻撃で、この試合は決着がつくだろう。あれが成功するかどうか。本番で上手くいくかどうか。すべては、次の一瞬にかかっている。
「いいだろう! お前に味合わせてやる。グルマン必殺、とんでもごり押しパワフルアクスを!!」
詰めに詰め込んだネーミングセンスを叫んだグルマン。次に「うおおお!!」と豪勢な雄たけびがコロシアムに響き渡ると、彼は柄の端っこを両手で掴み、銀の斧ごと自分の体を回転させ始めた。
まさにハンマー投げ選手のようなフル回転。段々と勢いを増していき、木枯らしが吹き荒れそうなほどになっていくと、その刃が少しずつ俺に向かって近づいていた。だが、あくまでもその接近速度はゆったりとしている。
「どおらああああ!!」
「速さじゃなく威圧感で攻めるつもりか」
迫り来る台風は、確かに俺が攻め入る隙がなかった。それが来ようとしているのに、俺はすっと後ろに跳んで片手の指がつくように着地する。そうして改めて前を向いた時だった。
「必殺!! パワフルアァックス!!」
グルマンの手から、なんと銀の斧が離れてしまう。その刃がブンブンと回転してくると、俺に向かって水平に飛んでくるのだった。後先を考えない、まさにここで終わらせるための捨て身の攻撃。避ける隙もなく、それはあっという間に目の前まで迫ってくる。
――マズイ!
脳内に伝わる危険信号。やれるだろうかと、そういう心配をする暇もなかった俺は、既に頭の中に浮かべていた方法を試す他なかった。密かに自分の志に、やってやる! と強く思いながら。
一瞬で上半身を屈め、曲げた両ひざの屈伸を使って宙へと飛び上がる。その場でとにかく勇気をもって回転する勢いで背筋を反らすと、今度は足を胸元まで引き付けて、両ひざの裏で抱え込むように手を合わせる。そうしてなるべく丸く小さくなっていると、俺の視界に地面の上をすらりと飛んでいく銀の斧が映るのだった。
「んな!? 馬鹿な!!?」
驚愕するグルマンの声。その間に俺は片手をついてドスンと着地する。避けた。かわせた。成功した!
すかさずハッとして地面を蹴り出すと、俺は右手に持っていたサーベルを頭の横まで持っていき、両手で柄を握りながら、下を向いた刃の頂点をグルマンの顔面に突きつけた。
「……」
時間が止まったかのような沈黙だった。あんぐりと口を開けたまま、グルマンは立ち尽くしていて、対して俺は、緊張でこわばっていた体から自然と息を吐き出していた。
「はあ……はあ……降参……してください」
「……貴様のような小童が、バック宙をしてみせるとはな」
「これでも、相当苦労したんですよ、昨日」
「……ッハ。最初の頃といい、実力を隠すのが上手いってこった」
グルマンはこわばった表情のまま、俺のおでこめがけて手を伸ばしてきた。何かと思ってしまうと、突然中指でデコピンされ、強烈な勢いに俺は頭を抑えた。
「イテッ! なんですか急に――」
そう訴えた瞬間、グルマンは俺の頭をガシッと鷲掴みにしてきた。そして、威圧するような顔をぐっと近づけてこう聞いてきた。
「最後に聞くぞ小僧。セレナに何もしてないってのは、本当なんだろうな?」
「ほ、本当ですって! あいつに何かしようと思ったことすらないですって!」
「本当の本当だな?」
「本当です!」
「本当の本当の本当の本当なんだな!」
「ほ、本当ですから……」
あ、圧が濃すぎる……。もはや嘘です、と言わなければ許さないんじゃないのかと思い出してきたが、そこまで言ってグルマンも納得してくれたのか、やっと顔を離してくれた。顔の表情も少しだけ和らいでくれると、俺はホッと心の中で一息ついたが、すぐに掴まれていた頭から髪を引き抜きそうな勢いでグルマンが手を引いた。
「アイタッ!」
ヒリヒリする箇所を自然となでてしまう。武器を失っているのに、いまいちどちらが優位に立っているのか分からなくなってしまうと、グルマンはやっとまともな声色で話してきた。
「こーんな奴にワシが負けたなんてな。にわかに信じられんわ」
「で、ですが、ちゃんとグルマン村長の必殺技を避けたわけですし、そろそろ負けを認めてもいいんじゃないですかね?」
「うるさいわい!」
ええ……。理不尽すぎやしませんか。そう頭の中で思った時、グルマンはふんぞり返るように腕組みをし、やっと俺の求める言葉を口にしてくれた。
「ったく、降参だ」
「え?」
唐突なことに変な声が出てきた。
「認めたくないが、お前は見事にワシの必殺技を避けてみせた。あれだけ完璧なバック宙回避を見せられれば、ワシはまだ戦えると言っても、周りの奴らが納得しないだろうからな。それで勝ちを譲ってやるだけだからな。勘違いするんじゃないぞ小僧」
釘を刺すようにそう言われたが、すぐにウグーが俺たちの傍に降り立ってくると、片翼をピン伸ばして目一杯叫び出した。
「しょうしゃ! こっち!」
どわっ、と沸き上がった観客たち。その存在を今まで忘れてしまっていると、立て続けにアガーの実況も耳に入ってくる。
「勝負ありましたあ! 一回戦第一試合。まさかまさかのハヤマの勝利だあ! 力の差で圧倒されていた彼が、見事なバク宙ですべてを覆しましたあ!」
会場中から音を響かせる観客たちに目をやる。驚いたようなどよめきと、感心するような拍手。そして、今の試合を盛大に祝うような騒がしい声を全身で感じると、俺は今、やっと勝てたんだという自覚が芽生えるのだった。
「勝てた……。本当に、勝ててしまった……」
「ッケ。せいぜい喜ぶことだな。言っとくが、セレナの前でワシより自分が強いと言った日には、今度こそ貴様を墓に沈めてやるからな」
「わ、分かりましたよ。最後の最後まで物騒なんだから……」
「フン。ワシに勝ったんだ。これからは、優勝を目指してもらわんとな」
「優勝ですか……一人戦いたくない相手がいるのでなんとも――」
ミスラさんの顔を思い浮かべていると、すかさずグルマンの怒号が飛んできた。
「言い訳無用! もし優勝できなかったら、お前を一生変態呼ばわりしてやる!」
「またですか!? もう勘弁してくださいよ……」
斧を拾いに行こうとするグルマンに、俺は情けないような声でそう言った。この人は本当に、親バカがすぎる。ここまでの逸材も中々いなさそうだと思った時、グルマンは背中を向けたまま、足を止めて何かを呟いてきた。
――ワシのセレナを任せたんだ。それくらい、できる男になりやがれ。
鳴り止まない歓声と、口の動きが見えなせいではっきり聞こえなかったが、俺にはそう聞こえた気がした。もしこの言葉が本当だったとしたら、俺は認めてもらったのだろうか。その答えを聞くより先に、ウグーに退場するよう羽で指示されてしまった。
「鮮やかなバク宙こそ、ハヤマの真の武器だったのでしょう。見事に出し抜かれたグルマン。彼のトーナメント勝率は、またしても0%という記録を更新しましたあ!」
「うるさいわ!!」
最後に彼の大声がコロシアム中に響き、トーナメントの最初の試合が終わったのだった。